AWC そばにいるだけで 12−3   寺嶋公香


        
#4005/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 7/28   5:46  (187)
そばにいるだけで 12−3   寺嶋公香
★内容
 ノートの一ページを破いた紙に人数分だけ線を引き、その下半分に、一から
三十六までの数字をアトランダムに書く。一は最も廊下よりの列の先頭、三十
六は校庭側の列の最後尾を表す。
 数字を書くのは先生の役目。数学の教師だけあって、擬似乱数を発生させら
れるポケットコンピュータを持っているのだ。
 それからその数字が見えないように紙を折り、もう一方の端の好きな位置に、
各人が名前を書いていく。と同時に、あみだくじになるように、好きなところ
に一本、線を引いていくのだ。
 椅子に座る生徒達全員が記入し終え、最後に白沼と相羽が書き込んで完成。
「それでは……一番から順に言っていくから、静かに聞いて。確かめたい人に
は、あとでこの紙を見せるってことで」
 相羽の声に、みんな素直に従う。
「一番は徳野(とくの)」
 即座に、「げ!」という悲鳴のようながらがら声が。
「まじかよー。一番前かあ」
「疑うんなら、見る?」
 相羽が紙をひらひらさせると、徳野は「いや、いい。見たって一緒」と引き
下がる。
 それからも順番に読み上げていく相羽。
 純子の名前は、後ろから二番目に呼ばれた。
「三十五番が、涼原さん」
 相羽の声で名前を呼ばれるのが、久しぶりな気がした。
(……何とも思ってないみたい、相羽君)
 ほっとしたような、気抜けしたような。
 そんな気持ちを隠しつつ、席に着く純子。
「三十六番目は……呼ぶまでもないよな」
 相羽は最後に残った一人−−席替え提案者の唐沢に視線を送った。
「おお。待たされただけあって、特等席が当たったな。一番後ろの一番端っこ、
気楽でいいねえ」
「唐沢、おまえのことは、ようく監視させてもらうぞ」
 釘を差す牟田先生に、笑いが起こった。
「ようし、ご苦労さんだったな。戻っていいぞ」
 先生にうながされ、相羽と白沼の二人も、それぞれ新たな席に着く。
「−−え」
 それまで純子は気付いていなかった。自分の真横の席、番号で言えば二十九
番の椅子が空いていることを。
 そして、たった今、その席を占めたのは、委員長の相羽。
「あい−−」
 あとのつながりをどうするかなんて考えず、とにかく名前を呼ぼうとした矢
先、後ろから声をかけられた。
「すっずはらさん、お近づきになれて嬉しいなっと」
 唐沢の、囁くような調子だが、随分と明るい声に、力が抜ける。
「しばらく、ご近所ということで、よろしく」
「は、はい。よろしく……」
 戸惑い含みの笑顔を作る純子が振り返るのと同時に、牟田先生の怒声が飛ぶ。
「こら唐沢! 言ったそばから、何やっとるんだ!」
 唐沢はびくりと首をすくめ、純子は慌てて前を向く。長く結わえた髪が、唐
沢に当たったかもしれない。
 それからは先生の締め括りの言葉が始まって、純子から相羽に話しかけるタ
イミングは、また失われる羽目に……。

 避けられてるんだわと明確に感じ始めたのは、席が隣になって、相羽の存在
が間近になったせいもあった。
 席替えの次の日から、相羽はすぐ横にいる純子に対して、本当に必要最低限
の会話しかしない。
 今、改めて思うと、これまでもそうだったかもしれない。ただ、現在の相羽
は、どことなく敷居が高いような、話しかけにくい空気をまとっている。
(恵ちゃんのことでも、借りたCDのことでも、したい話なら、いくらでもあ
るのに。困ったよぉ)
 相羽の顔色を窺いつつ、あれこれと思い悩む純子。
「相羽くーん!」
 話しかけにくい要因は、もう一つあった。
 相羽の右隣、つまりは彼の席を挟んで純子とは反対側に位置するのが、白沼
なのだ。
「相羽くーん、聞こえてる?」
 返事がないのを見て取って、同じ調子で白沼は言った。
「聞こえてる。近いんだから、そんな大きな声を出さなくても」
 素っ気ない口調だが、相羽は白沼へ身体毎向き直った。純子の横目に映るの
は、彼の背中ばかり。
「だったら、返事してよ。ま、いいわ。それよりね、今度の生徒会に出すアン
ケート、今日中にまとめなくちゃいけないでしょ」
「やってるじゃないか。手分けして」
「そうだけど、最終的に一つにしなくちゃいけないでしょう? 別々にやって
ると、明日の朝、学校に来て慌てなくちゃいけないわ。だから、今日、相羽君
のお家にお邪魔していいかしら」
 早くも決めてかかっているような白沼の声に、ぎょっとしたのは相羽本人だ
けではなかった。
(積極的……なのかな?)
 純子は思わず、顔を向けてしまいそうなのをどうにかこらえ、次の授業の予
習を続けるふりをする。
(だけど、そのぐらいのことで、いきなり家にっていうのも)
 純子が思っていると、相羽が口を開いた。
「じゃ、今日中にやってしまおう。放課後、学校に残ってやれば、そんなに遅
くならない内にできるよ」
「……」
 そうじゃなくって〜と言わんばかりの、白沼のしかめ面が、相羽の肩越しに
見えた。
「持って来てるんだろ、アンケート用紙?」
「そうだけれど、場所はどこにするの? 放課後、どこか部屋がある?」
「教室でもどこでも、空いているよ」
「大きめの机があった方がやりやすいわ」
「じゃあ……図書室なら他の部が使うわけでもないだろうから」
 相羽の言葉に、純子は一拍遅れて反応した。
(−−今日の受け付けだわ、私!)
 別にどうってこともないのに、気付いたときからどきどきが始まる。
「白沼さんはそれで、何か都合悪い?」
「いいわ。放課後、図書室ね」
 委員長と副委員長の間での、そんな約束の成立をもって、折よく休み時間の
終わりを告げるチャイムが鳴った。

 足取りは決して軽くなかったが、自分が遅れることで、図書室利用者に迷惑
をかけたくない。純子は一生懸命歩いた。
(来ないでくれないかな……気が重い)
 そんな願いも空しく、純子が受け付けの席に収まるのと相前後して、相羽と
白沼の二人が姿を現す。
 純子の座っている位置から、相羽の表情は見えなかったが、白沼はと言えば、
いつになく明るい笑顔をなしているのが分かる。
 純子は、立てた本に顔を隠した。
(気付かないでよ)
 隠しながらも、観察してしまう。
 二人は、純子の予想した通り、閲覧席ではなく、受け付けカウンターの左斜
め前方にある席を選んだ。通常、ファイリングした新聞を読むための席で、こ
ちらの方が広い机を使える。アンケート集計のような作業をするには打ってつ
けだろう。
「さ、早く済ませよう」
 相羽がこちらに背を向けて座ったのは、純子にとって幸いと言っていい。
 白沼は相羽と向き合う位置に座ったが、お喋りに夢中で、カウンターに注意
を向ける余裕はないらしい。
「考えたんだけれど、まとめるときにグラフを作った方が、分かり易くなって
いいんじゃない?」
「それはそうだろうけど、時間ないだろ」
 素っ気なく言って、座る位置を一人分横にずらす相羽。
 それに合わせて座り直そうとした白沼を、相羽が小声で注意する。目線はア
ンケート用紙に向けられたままだ。
「前に座らなくていいでしょ」
「あら、どうして」
「向き合ってたら、かえって邪魔になるよ。紙を置くのに、ぶつかり合う」
「……そうね」
 つまらなさそうに言って、白沼は元の位置に収まった。
(理屈は合ってるのよね。でも、白沼さんの気持ち、通じてないんだなあ、あ
の調子じゃ)
 純子の注意は、手にした本にはまるで向けられていない。
(それよりも、話すきっかけが……。すぐそこにいるんだから、声をかければ
いいんだけれど。仕事、邪魔するのも悪いし)
 何だかんだと理由を付けて、会話を交わすのを後回しにしようとしてしまう。
 できれば、相羽君の方から声を掛けてくれたらいいのになと、かすかにそん
な期待をしつつ、純子は二人に意識を向けるのをやめた。そしてひとまず、宿
題に着手。
 が、じきに気が散ってきた。
(白沼さん、声が大きい……)
 横目で伺う。白沼はときに笑い声さえ交えて、集計作業を続けていた。
(ここ、図書室なのよ。もう少し、声を小さくしてくれなきゃ)
 今度は閲覧席の方をざっと見渡す純子。何人かの生徒が、にらむような視線
をこちらに−−白沼のいる席に向けているのが見て取れた。
(まずいかも。上級生だっているわ)
 いつもなら、すぐにでも注意に立つ純子であるのに、今日ばかりは即座に行
動に移せない。
(お願いよ、白沼さん。自分で気付いて、静かにして)
 もはや密かにお祈りまでしていると、相羽の声がした。まさか、祈りが通じ
たわけではあるまい。
「白沼さん、少しお喋り、遠慮した方がよくない?」
「え? だけど」
「場所がよくない。ただでさえ席を占領して迷惑かけてるのに。きっと図書委
員の人だって、いい顔してないぜ」
「うん−−」
 納得した様子の白沼が顔を上げたとき、ちょうど目が合ってしまった。
「あら、涼原さんだったの」
 その声に、相羽も純子の方を振り返る。
 純子は急いでカウンターの外に出た。距離を詰めてから、二人に告げる。
「図書委員として言わせてね。−−静かにしてください」
「分かってるわよ」
 いささかふてくされたように返事する白沼。
 対照的に相羽は立ち上がり、小さくではあるが頭を下げた。
「ごめん。夢中になってた」
 言ったきり、口をつぐんで、また座る。
「い、いいのよ。分かってくれたら」
「もう、涼原さん。もっと早く注意してよ。私ったら、ほら、仕事熱心だから」
 相羽に代わって答えた白沼は、目配せまでした。
 純子は曖昧な笑みを返し、
「お役目、ご苦労様」
 とだけ言って、受け付けの席に戻る。
(話しちゃった。……久しぶりに話せた。この調子なら)
 ほころびそうになる表情を、引き締めるのに苦労した。

(白沼さんがいない今が、チャンスかな)
 CDを借りてから、ちょうど一週間。
「あ、相羽君」
 昼休み、給食が終わってから、頃合いを見計らっていた純子は、思い切って
声をかけた。
 唐沢や勝馬と話をしていた相羽は、ぴたりと口を閉じ、眼をいくらか伏せが
ちにしたまま振り向いた。
「−−返事しろ、返事。声を出せっての」
 不思議そうに見やっていた男子二人の内、勝馬が言って、相羽の背を押す。
 仕方なさげに口を開く相羽。
「……何?」

−−つづく




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