AWC そばにいるだけで 11−2   寺嶋公香


        
#3968/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 6/24  20:11  (200)
そばにいるだけで 11−2   寺嶋公香
★内容
「二人も一緒に行くんでしょ? それでいいの?」
「いい!」
 一も二もなく、もろ手を挙げての賛成だ。
(何を考えてんのよー、もう。自分から言い触らさないんじゃなかったの?)
 純子は指で机の上をこつこつ叩いた。相羽の考えていることが分からなくて、
いらいらする。
「それで、相羽君。さっき、『僕達』って言ったからには、他にも男子、連れ
て来る気なんでしょ。誰?」
 町田の問いに、相羽は少し間を取る。
「うーん……改まって言うほどでも。勝馬と立島と唐沢ぐらいになるかな」
「それは無理じゃない? 確か立島君、用事があるって言ってたわよ」
「何で、知ってるの?」
「ちょっとね。前田さんの線から」
 秘密めかして笑みを見せる町田。情報集めの能力は健在らしい。
「あと、唐沢君も無理じゃないかしら。女子、誘いまくってるからねえ、彼。
見境がないわ」
「暇なのは、僕と勝馬だけか」
 すねたように天井を仰ぎ見る相羽。
 暇なんかじゃないくせに、と言いそうになった純子だが、やめた。
「じゃ、土曜日。二時にP**の正面入り口に集合ってことで」
 いつの間にか、予定も決められていた。

 音楽のテキストと縦笛、筆記用具を持って席を立つと同時に、純子は言った。
「こういう感じの曲、耳にしたんだけど、知らない?」
 前田達の足を止めて、リズムを口ずさむ。
「……知らない。聞いたことないね」
「私も」
 町田、有村咲恵の順に首を振る。
「涼原さんはその曲、何で聴いたの?」
 前田も心当たりはないらしく、首を傾げながら尋ねてきた。
「書店で。有線放送だと思う」
「それだと、どんな曲でもかかる可能性あるわね」
「ねえ、誰か知らない? 気になってたまらないのよー」
 純子はまなじりを下げ、弱り顔になって、同じメロディを繰り返した。
「それって」
「え?」
 第三者の声に振り返ると、相羽だった。
「これじゃないかな」
 廊下に出ようとしていた彼は身を翻すと、ピアノの前に回る。純子達が注目
する中、立ったまま、鍵盤に手を伸ばした。
 ほんの一瞬、思い出すためらしい間を取ってから、指が動き出す。
「−−あ、それそれ! 似てるっ」
 純子一人、手を叩き、次いで、その場の女子みんなで顔を見合わせた。
 短いフレーズはものの十秒ほどで終わった。
「あ、あ。全部、おしまいまで引いてっ」
「え……いいけど、うろ覚えだから」
 そう言いつつも、相羽は今度はきちんと座り、一息ついてから始めた。
 前奏から入り、ややスローテンポで、確かめるように音が流れ出す。
 一旦、途切れた。
「よし」
 感触を確かめられた。そんな風にうなずくと、改めてスタートする相羽。
 軽やかでいて、ちょっぴり寂しさのあるメロディ。
(これ。間違いない)
 曲は三分足らずで収束した。
「ふう。何とか弾けてよかった」
 言って、手のひらをこすり合わせる相羽。案外、緊張していたようだ。
「あの、相羽君。曲名、教えて」
「えっと……ごめん、曲名、覚えてないや」
 片手を頭にやり、苦笑いをする相羽に対し、純子は眉を寄せた。
「弾けるくせして、何で知らないのよーっ」
 相羽のすぐ横に立ち、詰め寄る。
「そんなこと言われても……アーティストの名前なら分かる」
「それ、それでいい」
 胸に抱いていたテキストの類を慌てて置いて、メモを取る準備をする。
「いい? ギルバート=オサリバン」
「ギルバート、オサリバン? サリバンじゃなくて、オサリバンね?」
「そうだよ」
「有名な人?」
「結構、有名な歌手のはずなんだけどなあ。僕、CDを持ってる」
「歌手?」
 思わず、声を大きくして聞き返す。
「じゃあ、歌も唄うの? 私が聴いたの、ピアノの演奏……」
「さっき弾いた曲にも、歌詞があるんだ。この人の一番有名な曲は、『アロー
ン・アゲイン』といって」
「知らない」
 首を振ると、下ろした髪が肩に触れて、さらさらとかすかな音を立てた。砂
時計の音が聞こえるとしたら、こんな感じだろうか。
「聴いたことあると思うけどな。こんな曲」
 言うなり、再び弾き始めた相羽。先ほどより、さらにゆっくりとしたテンポ。
元の曲自体がスローテンポらしい。
 純子を始め、女子四人で耳を傾けていると、相羽が「どう?」という視線を
向けてきた。
 純子は口をつぐんだまま、また首を振って答えた。
 が、その後ろで、一人が歌詞を口ずさむ。もちろん英語の詞で、ちょうど曲
名が入っていた。
「前田さんが知ってるみたいだよ」
 手を止め、相羽が言った。
「あら、ごめんなさい。続けて弾いてくれていいのに」
 前田はすまなさそうに、相羽と純子を交互に見やってきた。
 それにはかまわず、純子は聞き返す。
「前田さん、知ってたの?」
「ええ。と言っても、歌手の名前は知らなかったわよ。何度か聴いたことあっ
て、歌詞も印象に残ったところを少し覚えてる程度」
「ふうん」
「相羽君は、歌詞、全部覚えてる?」
「この曲は特に好きだから、暗記してた。でも、昔の話だから、今はどうだか」
「唄ってみせてよ」
 前田のリクエストに、相羽は遠慮したそうに身を引く。
「もうすぐ、給食なんだけど」
「いいじゃない。五分もかからないはずよ。みんなも聴いてみたいでしょ?」
 と、純子達三人へ尋ねてくる……と言うよりも、同調せよとほのめかしてい
るのがありありと窺えた。
「聴きたいなあ」
 早速、調子に乗った様子で町田が言った。純子と有村も面白がって追随。
「美声の奮いどころね」
 相羽はやれやれといった体で、肩をすくめ、大きく息をついた。
「何で、こうなるかな。……本気で言ってる?」
「本気よ、もちろん」
 にっこり、笑みを揃って返す。
「仕方ないなあ」
 相羽は覚悟を決めたようにつぶやくと、詰め襟の一番上、フックを外した。
普段と比べて、荒っぽい仕種に見えなくもない。
「さあて、どこまで覚えてるかなっと」
 おどけるように言ってから、相羽の表情は一変した。鍵盤に十指を添えた格
好のまま、じっと前を見つめる。何度か、しばたたいた。
「−−」
 やがて、軽く息を吸った。
 まず、メロディが奏でられ始め、十秒ほどあとから、歌が入った。

 * * *

 歌が終わると、純子達は気持ちを拍手で表した。
「凄いじゃない」
 感嘆した声の純子に続いて、町田が言い足す。
「歌詞が合ってるかどうか、分かんないけど」
「あはは、確かにね」
 素直な調子で笑う相羽。そして急いだ様子で立ち上がり、ピアノを元あった
状態に戻すや、すぐさま廊下へ。
「さあ、終わり終わり。飯抜きにされかねない」
 純子達も相羽のあとを追いかける。
「ね、ピアノ、どこで習ったの」
 廊下に出てから、純子が何の気なしに聞いた。
「……ピアノ教室」
 たっぷりと間を取った割に、相羽はありふれた返事をした。歩くスピードが
若干、落ちたような。
「子供ピアノ教室だよ」
 そしてわざわざ、そう付け加えた。
「あんなうまく弾けるようになるのに、どのぐらいかかった?」
「うまくなんかないよ。ポップスの練習ばかりやっててさ。習ったのは、だい
たい六年間」
「六年ということは、始めたのは何歳のとき……」
 指折り数えようとする純子の耳に、相羽の声。
「五つだよ。小五のときにやめたから」
「ピアノを持ってるわけじゃないんだ?」
「いや……持ってる。アップライトだけど」
「本当?」
 手を合わせ、声を高くした純子。続いて聞きたかった質問を先取りするかの
ように、前田が言った。
「でも、前に相羽君の家に寄せてもらったとき、ピアノ、見当たらなかったね」
「うん。おばあちゃん−−祖母の家に置いてもらってるんだ。マンションだと、
あっても弾けない」
「そう言えばそうだわ」
「もったいないな。何で、やめちゃったの」
 町田があたかも不満げに口を尖らせた。
 それに答えようとする相羽。すでに、教室前の廊下に差し掛かっていた。
「うーん。自分が好きな曲を一通り弾けるようになったら、とりあえずいいん
じゃないかって気がしてさ」
「そんなものかしら。ピアニストになろうなんて、思わなかったわけ?」
「ピアニストって、ピアノを弾く人のことだよ」
 前田に対してけろりと言って、教室内へと入っていった相羽。
 純子達は呆気に取られてしまい、しばらくその場に立ち尽くしかない。
「−−そういう意味じゃなくって!」
 叫ぶように言って、彼女達も中に入った。

 同じ日の内に教室で、「そのCD、貸して」と頼んだら、相羽は快く承知し
てくれた。
 純子が中学校から直接、相羽の家に足を向けるのは、今度が初めて。
 話を聞きつけた純子の友達何人かが一緒に行きたがったが、いずれも用事が
あるとかで断念。
 ただ一人、唐沢だけが部活は休み、追試にも引っかからず、急ぐ用もないと
いうことで、何故か着いて来た。
「珍しいよな」
 相羽が、自転車を押している唐沢を横目で見やりながら言った。
「暇なときはたいてい、女子大勢と付き合ってるんじゃなかったっけ」
「いっつもいつも、スケジュールが合うわけじゃないさ」
 答える唐沢は、人差し指で鼻の下をこすり、得意そうである。
「で、考えてみたら、おまえのとこ、行ったことなかったからな」
「何も出ないぜ」
「いいよ、それで。どんな家か、外から眺めるだけのつもりだからな。それに」
 と、唐沢は純子へ真面目な視線を向けてきた。
(え? 何?)
 鞄を抱く腕に力を込める純子。
 すると、唐沢は一転して表情を崩し、再び相羽へ視線をやる。
「女の子一人だけ、おまえのところにやらせてたまるかよ! はは」
 純子はどきりとし、二人を交互に見る。と、相羽はあきれ口調で言い返した。
「よく言うよな。唐沢、おまえこそ」
「お門違いだぜ。今んとこ、俺は大勢といっぺんに付き合ってるんだからな」
「なお、質が悪いじゃないか」
 冗談めかしたやり取りをしながら、やがてマンションの手前まで到着。
「ほーお」
 自転車のスタンドを立てるや、額に右手をかざし、見上げる唐沢。
「五〇三号室とか聞いて、おんぼろアパートを想像してたのが、外れた。こん
なすげえ、立派なとこだったとはお見それを」
「分かりそうなもんだよ。おんぼろアパートは、普通、五階までないんじゃな
いか。危なくて」
 相羽が答えると、唐沢は思い出したようにうなずいた。
「ああ、五〇三って、五階にあるのか。言われてみれば、そうだな」
「今頃……。涼原さん、行こう」

−−つづく




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