AWC そばにいるだけで 11−1   寺嶋公香


        
#3967/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 6/24  20:10  (200)
そばにいるだけで 11−1   寺嶋公香
★内容
 日曜日も、夜遅くなりつつあった。
 沖縄で買ったお土産を両親に渡してから、純子は唐突に思い出した。
(あれ? ひょっとして、来週の日曜日……)
 カレンダーで確かめる。
 父の日が迫っていることを忘れていた。
(お母さんにちゃんとした物を贈ったから、手抜きできないもんね)
 だったら、沖縄土産とひとまとめにすればよかったかなどとも思う。渡して
から気付いたのは、失敗だった。
「ご迷惑、おかけしなかったか」
 純子のそんな心の動きは露知らず、父が聞いてくる。
「大丈夫、と思う」
「おいおい、思うってのは何だ? 心配だな」
 口で言うほど心配してるようには見えず、笑みを覗かせた父。
「心配いりませんよ」
 先ほど、お客さんに出したお茶の片付けを終え、純子の母がキッチンから戻
って来た。
「相羽さんも、よかったとおっしゃっていましたし」
 お客さんとは、純子を空港から送ってくれた、相羽の母のこと。ちなみに相
羽本人は、慣れてるからとか言って、一人で先にマンションへと帰っていた。
「それもそうだな。初めてお会いしたが、外で働いている女性は違うね」
「あなた、どういう意味ですか、それは」
「え? えっと、いや、別に、特に深い意味は……ありません」
 二人がそんなやり取りを始めたのを横目に、純子は二階に上がり、自分の部
屋へ直行。
(宿題、これで大丈夫かな……)
 旅先に持って行ったのだが、全部を向こうで終わらせることはかなわず、飛
行機の中でも取り組んだのだ。慣れない環境だったため、文字が一部、読みに
くくなってしまっている。
「ま、いいや」
 疲れもあって、清書する気にはなれない。
 鞄に明日月曜の時間割に沿って、テキストやノートを入れると、再び階下に
戻る。いくら眠くても、お風呂に入らないといけない。結構、汗をかいていた。
 服を脱いで、肌の色に目を凝らす。
(日焼けしてる。黒いというほどじゃないけど。気付かれるかな)
 何しろ、今度の一件は、友達にも内緒にしていたので、できることなら雑誌
が発売されるまでは隠し通したい。
(沖縄、しかも相羽君と一緒だったことが知れたら、何て言われるか分かった
もんじゃない。水泳が始まるから、セパレート型の跡が残ってたら、怪しまれ
るかも。どこで遊んで来たんだって)
 クラスメートや親友の顔を頭の中に浮かべながら、純子は浴室の戸を開けた。

 月曜は朝礼集会があるので、制服を着るように指導されている。
 衣替えもとうに終わっていたが、まだ暑くなりきっていないので、朝などは
たまにひやっと感じることもあった。
「あれ?」
 登校時にしては珍しく、遠野と一緒になった。普段は、遠野は早めに学校に
行くらしく、滅多に会わない。
「遠野さん、髪型、変えたんだ」
「う、うん。ちょっと」
 歩きながら、うつむいてしまう遠野。
 これまで髪型を特に気にする様子もなかった彼女が、今朝は二つにまとめ、
お下げを作っている。
 純子の方が背が高いから、それをやや斜め上から見下ろす格好だ。
「この髪、変じゃない……?」
「見違えたけど、変じゃないよ、全然」
 首を振る純子の髪型は、今日は素直にストレート。
「あ、もしかして、髪をいじってる内に時間が経って、家を出るのが遅くなっ
たとか?」
「うん、そう。慣れないから、こんなことでも手間取っちゃった」
「何か理由でもあるの、髪を変えたの」
「別に……何となく」
 遠野の口調はいささか歯切れが悪かったが、純子は気にせずに受け流した。
「それより、涼原さん。今日の小テスト、自信ある?」
「小テスト……あ!」
 思い出した瞬間、立ち止まりかける純子。
(わ、忘れてた……英単語の小テスト。宿題だけやって、すっかり安心しちゃ
ってたよー。わあ、どうしよどうしよ?)
 頭の中で慌てまくる純子に、遠野が心配そうに聞いてきた。
「あ、あの、忘れてた? 大丈夫?」
「うーっ、走っていい? ちょっとでも早く着いて、勉強しなくちゃ」
「え、ええ。どうぞ」
 戸惑いも露な遠野を残し、純子は駆け出した。

 午前中の大休みの時間は、教室も人がまばらになる。
 そんな中、机に両腕で枕を作り、顔をうずめていた純子。
 不意に、頭に感触が。
「何か、落ち込んでるわね」
 見上げれば、後頭部を小突いたのは、町田だと分かった。
「落ち込みもするわ、さっきのテスト」
 散々な結果とまでは行かなくても、勉強していれば満点を取れたであろうテ
ストの結果を、みすみす悪くしてしまったのは確実。悔しかった。
「思ってたより、簡単だったじゃない。ははあ。朝礼の始まる間際まで教科書
を読んでると思ったら、さては忘れてたでしょ」
「図星」
「どうしたん? 珍しいじゃない、純がこの手のことを忘れるなんて」
「そうでもないよ……。まあ、少し、はしゃぎすぎたというか、遊びすぎたと
いうか」
「うん? てことは、日曜日、どこかに行ったの」
「え? ううん、別に遠くへは」
 無意識の内に話をまずい方向に持っていっていたと気付き、急いで否定する。
 町田は怪訝そうに、眉を寄せた。
「遠くかどうかなんて、聞いてないわよ。怪しい」
「怪しくないってば。あっ、そうだ! 金曜か土曜、あれに行かない?」
 話題を逸らそうと、叫び気味に言う純子。何でもいいから、昨日と一昨日の
話は避けたかった。
「『あれ』じゃあ、分からん」
「あれよ、ほら。−−父の日のプレゼントを買いに」
「ああ、なるほどね。今度の日曜日だったの、忘れかけてた」
 町田も純子と同様だったらしい。世の父親の大多数が、こんな憂き目にあっ
ているのかも。
「付き合うわ。他にも誘うんでしょう?」
「いいわね。何を買う?」
「さあ? ネクタイなんて、高い割には、あまり喜んでくれないみたい。何本
も持ってたって、使うのは限られてるからかしら」
「それは分かんないけど。どうしよう」
 今から考える純子。
 ふっと、昔のことを思い出した。
「ねえねえ、小学校の……四年のときだったっけ。工作で、父の日のプレゼン
ト用に、絵入りの灰皿を作ったの」
「あー、あったあった」
 懐かしさからか、手を打って喜ぶ町田。
「ほとんどできあがってる灰皿に、自分の絵を描いて、はめ込んでコーティン
グしてもらったやつでしょ。それがどうかしたの?」
「あれをね、お父さんに贈ったら、確かに喜んでもらえた。最初はそれで私も
嬉しかったんだけど、段々、失敗したなあって思うようになって」
「何ゆえ?」
「だって、遠慮なしに、じゃんじゃん吸うようになったんだもん、煙草。私は
煙草の煙や匂い、あんまり好きじゃないのに」
「それはでも、お父さんを悪く言えないんじゃない。娘からのプレゼントを、
使おうとしたわけだ」
 そう言う町田も面白がっているのか、相好を崩している。
「うん。仕方ないから私、その灰皿にあとからマジックで書き足した。『吸い
すぎには注意しましょう』って」
「ははははは! 傑作! 効果のほどは?」
「しばらくは控えてたけど、結局は元通りに。私が贈った灰皿は、どっかに仕
舞われちゃった」
 純子の答にまだ笑い続ける町田の横を、外から戻って来た男子数名が通った。
立島、唐沢、勝馬、そして相羽他数名の面々。
「何だ? えらい笑いようだけど……」
 立島が先頭を切って聞いてくるのへ、当然のように町田が答えようとする。
「あのね、そもそもは−−」
「あー、だめだめっ。言っちゃだめ!」
 純子は席から出ると、町田と男子達のとの間に立ち、両腕を大きく上下に振
った。
「な、何よ、純。別にいいじゃない、ちち−−」
「だめっ」
 不思議そうな町田に、何度か目配せした口を閉ざしてもらう。
 それから男子達に向き直り、やむなく秘密めかして、
「教えられないの。ごめんね」
 などと言わなければならなかった。
 呆気に取られたようにきょとんとしていた立島達だったが、相羽の一言で話
題が逸れた。
「いやあ、女子の考えてることって、ほんとに分からないよな。占い一つ取っ
ても……」

 次に相羽と話をする機会が巡ってきたのは、調理部の実習が終わった直後。
 いつものごとく、二、三年生の部員が退出してから、純子は家庭科室にお邪
魔をしていた。
「これ、辛いよ」
 本日の献立は魚の昆布巻。味見させてもらう身ではあるけれども、純子は率
直に感想を述べる。
「そうかなー。こっちは甘すぎるぐらいだよぉ」
 富井が、大して反論になっているとは思えない言葉を返してきた。
「僕の分は、煮込めてないやつがある」
 そう言う相羽を見やると、実に悔しそうな表情のまま、箸をくわえている。
「味が薄い」
「要するに、むらがあるってことね」
 水を飲み干してから、町田。口の中をすっきりさせたというところらしい。
「もったいないから、食べなくちゃね」
 井口が言うまでもなく、みんな、せっせと自分の分を片付ける。出来がよけ
れば持って帰るのだが、これでは無理だ。
「涼原さん」
 手持ちぶさたにしていた純子の隣に、相羽が腰掛けた。わざわざ小皿を持っ
たまま、席を移動したと見える。
「何? 食べきるのを手伝ってくれと言うんなら、お断りよ」
「そうじゃないよ」
 苦笑すると、相羽は一層、声を小さくした。
「朝のことだけどさ」
「朝? 何かあったかしら」
 思い出そうと努めるものの、特に浮かばない。
「二時間目のあと、君と町田さんが話してた……」
「あ、あれ」
 どきっとしたが、素知らぬふりのまま問い返す。
「あれがどうかした? 教えないわよ」
「涼原さん、ひょっとしたら、父の日のことを話してた?」
「−−どうして分かったの」
 びっくりしたが、大きな声を上げるわけにも行かず、囁くように聞く純子。
 相羽は、皿の昆布巻を一つ、箸でつまみ上げ、口に放り込んだ。
「わっ、今度は辛い。−−だって、町田さんが『ちち』って言いかけてたから」
「聞こえてたのね……」
「うん。それで、買い被りかもしれないけど……もしかすると、僕に気を遣っ
てくれたのかなと思いまして」
「……だって、相羽君……」
 みんなに聞こえるかもしれない。言葉を濁す。
「やっぱりそうだったのか。平気さ。父の日を気にしてたら、今度の日曜まで、
外を出歩けなるよ。ははっ」
「そ、そうよね。あははは……はぁ」
 無理に笑ってみたものの、どうも気が引ける。
「あー! 何、話してんの?」
 富井が気付いて、駆け寄ってきた。当然のように、井口と町田も集まった。
 純子がどうごまかそうか思案している間に、相羽が口を開く。
「町田さんと涼原さん、父の日のプレゼントを買いに行くんだって? 僕達も
一緒に行っていい?」
「うん? 純、話したの?」
 不審げに唸って、純子に視線を合わせてくる町田。
「え、ええ、そうなの。ばれちゃってたから。いいでしょ?」
「そりゃ、私はかまいませんけども」
 澄まして言って、富井らへと振り返った町田。

−−つづく




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