#3966/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/23 17:29 (200)
そばにいるだけで 10−8 寺嶋公香
★内容
「いいじゃない、それでも。好きなんだから」
きつい調子で言い返した純子。その気勢を削ぐ形で、ルミナが声を上げた。
「化石? 恐竜なんかの、あれでしょ。変わってるー」
「どうせ、変わった趣味ですよぉだ」
また言われたと思いつつ、純子は肩をすくめた。
ペースを狂わせられるのは、いつも相羽が原因。と、純子は思っていたが、
この夜の発端は、ルミナだった。
夜十時半を過ぎた頃。疲れてるでしょうし、もう眠った方がいいわと相羽の
母に促され、素直に従う、ただそれだけで終わるはずだったのが。
「三人で、一緒に寝よっ」
ルミナが言い出したのである。
相羽の母にとっても意想外の展開なのであろう、右手を頬に、左手をその右
肘に当てる格好をし、困り顔だ。
「ルミナちゃん、寂しいの? だったら、英弘お兄さんに頼んで」
「違いまーす。寂しくなんかないもん。だけど、こういうチャンスって、滅多
にないから、一緒の部屋で眠ってもいいでしょ。楽しいよ、きっと」
「三人ねえ……」
相羽の母は、息子へと焦点を合わせた様子。それに気付かないのか、ルミナ
は踊るような身振り手振りで続ける。
「部屋は、ここを使わせてよ、おばさん。いいでしょう? 広さ充分!」
こことは、さっきまでトランプゲームやら手品やらで盛り上がっていた部屋。
はしゃぎ気味の彼女は、純子のそばまで来て、手を強く引いて同意を求める。
「ね、純子ちゃんも、その方がいいわよね。修学旅行みたいで」
「え、えっと」
頭の中では、かなり混乱している純子。
(ルミナちゃんとだけなら何でもないけど、相羽君も? 冗談で言ってる……
ようには見えない)
勘弁して、という気持ちである。
「斉藤さんは、かまわないんでしょうか」
相羽の母が、英弘に耳打ちするように聞いた。
「ええ、こちらとしては、何の心配も」
純子の願いとは裏腹に、英弘は異を唱えなかった。
(何故ーっ? かわいい妹さんが、男の子と一緒の部屋で寝るのに?)
どんより、純子の気分は重たくなったきた。
その間にも、ルミナが高い声で言う。
「何も心配いりませんよー。信一君、変なこと、しないわよね?」
「ばっ、ば……」
急に振られた相羽は、さすがに一瞬絶句したが、すぐさま言葉を継いだ。
「冗談なしっ。するわけないだろ。だいたい、女二人に男一人じゃ、僕が負け
るに決まってる」
冗談なしと言いながら、冗談混じりの相羽に、ルミナや英弘ばかりか、母親
までくすっと笑った。
一人、純子だけが、ますます気を滅入らせていく。
(ちょっと! もう、私も数に入れてるわけ? 勝手な……)
しかし、今や私は遠慮しますと言えない状況に陥っていた。
何故って、ここで純子が断れば、相羽とルミナが二人きりになりかねない。
(だめー! それだけは絶対にだめっ)
心の中で叫びながら、握り拳を二つ作る純子。
(だって……もしそんなことして、郁江達が知ってしまったら、落ち込むわ、
うん。だから、仕方ないのよ。全く、もう)
心を決めたとき、ちょうど相羽の母が聞いてきた。
「純子ちゃんは、どう? 嫌だったら、はっきり言ってくれていいのよ」
返事は、声に出すときも変わらなかった。
相羽を真ん中にして、右に純子、左にルミナ。
仲よく並ぶ布団の間は、互いの手を伸ばせば、触れ合うほどの距離。
もっとも、寝なさいと言われて大人しく寝るはずがない。
「枕投げ、したい」
突然のリクエストに、相羽も純子もぽかんとして、顔を見合わせてから、ル
ミナに目を向けた。
「だって、したことないんだもーん」
「え? 本物の修学旅行のときは?」
布団の上にぺたりと座り込んだ姿勢で、純子は聞いた。
ルミナも似たような姿勢で、枕を抱え込んでいる。
「行ってないもん」
「あ、ごめん」
意外な答えに、純子は慌てた。でも、ルミナは首を振る。
「いいのよ。自分の都合でね、五年生のときの林間学校も、六年生の修学旅行
も行けなかった」
「ふ、ふうん」
理由を聞いていいものかどうか、迷う。
「枕投げ、したいところだけど、三つじゃ少なすぎるよな」
相羽が言った。
ルミナは、興味深そうに質問をしてくる。
「ねえ、二人とも、学校行事の旅行で、枕投げした? どんな感じだった?」
「どうって言われても……」
何とか説明しようと、言葉を探す純子。
と、隣の相羽が、いきなり行動に出た。
「男子の場合−−こんな感じ!」
自分の枕を手にすると、ルミナめがけて放ったのだ。
不意をつかれたルミナは、頭で枕を受け、少しよろける。
「や、やったわねっ。この」
早速、両手で抱きしめていた枕を相羽に投げつける。
ところが相羽は充分予期していたらしくて……。
「−−っ」
呆然と見守っていた純子は、突然飛んで来た枕をよけられなかった。
一瞬だけ顔に張り付いた枕が、ずるずると落ちていく。
「……相羽君。よけるんなら、よけると言ってよ、ね!」
身を低くしたままの相羽に、純子は自分の枕を、思い切り投げつけた。そう、
ドッジボールの要領で。
「開戦」から、約五分が経過……。
掛け布団三枚、敷布二枚の下に相羽が埋まり、終結を見た。
「助けてくれー」
くぐもった声で、情けなくも助けを求める相羽を、純子とルミナは笑いなが
ら救出にかかる。
山と詰まれた寝具を取り除き、奥底から現れた相羽の両腕を引っ張ってやる。
「あ、ありがとう、息が詰まるかと」
安心する相羽を挟んで、見つからぬように目配せした純子とルミナ。
「−−せーのっ」
息もぴったりに、反動を付けて投げ出してから、手を放してやった。
かわいそうに、相羽は布団の山に再び突っ込まされてしまった。
「……おい」
いい加減にしてくれと、その目が語っている。
「うふふ、ごめんなさあい」
「悪気はないのよー、信一クン」
純子達が笑顔で謝ると、相羽はあきらめたように肩で息をした。
「でも……ま、いいか。枕投げって、たった三人でも、こんなに盛り上がるん
だって分かったから」
「枕投げと言うより、布団投げね」
純子が言うと、またひとしきり、笑いが起こる。
「枕投げの雰囲気、伝わった?」
相羽がルミナに聞いた。
「うんっ。あぁ、面白かった。……私さあ、小学校の頃、劇団に入ってて」
話が飛んだように感じて、純子達は口をつぐんだ。
「お母さんが期待かけちゃって、学校よりも演劇に力を入れる有り様。だから、
修学旅行も行けなくなって……行きたかったんだけど。それが原因で、大喧嘩。
劇団、やめちゃった」
ルミナの言葉に、純子は最初に会ったときの第一印象を修正した。
(お母さんの期待が大きすぎて、好きなようにできなかったのかな? 好きで
始めたことが、そんな理由で嫌になったら、悲しい……ね)
「今も喧嘩、続いてるんだ? お兄さんしか来ていないってことは」
相羽が納得した口調で言う。
「そう。あー、ほんと、行きたかったな。ねえ、どんな感じだったか、聞かせ
てよ。信一君達が行ったの、どこ?」
「『達』って……僕と涼原さんは、別なんだ。修学旅行が終わってから、転校
して来たから」
相羽の説明に、純子も「そうそう」とうなずく。
「あ、そうだったの。勘違いしてたわ。あ、男の子って、やっぱり、女子のお
風呂、覗きに行く?」
「そんなこと、しないよ」
呆れた風に、相羽は苦笑いを浮かべた。
「えー? だってえ、漫画とかドラマとか、よくあるじゃない」
「……だいぶ、間違ったイメージを持ってる」
「そうなのかな。純子ちゃん、覗かれなかった?」
「あ、当たり前よ」
少し、顔が赤くなるのを意識した。修学旅行のときではなく、水泳授業での
着替えのときを思い出したから。
ルミナは腕組みをして、首を傾げる。
「うーん……。ということは」
言いかけのまま立ち上がると、純子の後ろに回った。
「?」
「こんなことも、しないわけ?」
ルミナは、純子の脇の下から両腕を回し、胸の辺りに抱き付いてきた。
「きゃあぁっ!」
「『やっと大きくなってきたね、純子』っていう風に」
身体を硬くした純子に、ルミナは囁くように聞いてくる。
「しないしないっ!」
「本当に?」
「しないったら! そういう会話なら、少しはするけど、触らないっ」
口走ってから、ようやく相羽の存在を思い出した。
こちらをぼーっと見てる視線に気付き、顔が熱くなる。
「あ、相羽君」
「−−どう言えばいいのやら」
相羽も気まずくなったのか、目をそらす。
「あー、今、信一君、想像したでしょ?」
からかう調子で言うルミナ。その手は相変わらず、純子に抱き付いたまま。
「想像したって、何を」
相羽は顔を横に向けたまま、ぶっきらぼうに応じた。
「決まってる。エッチなことを考えた」
「考えてないよ」
「嘘だぁ。純子ちゃん、身体の線がきれいだもんね。こーんな風に」
唐突に、純子の脇腹の辺りに手を沿わせるルミナ。
「きゃっ。く、くすぐったい。あはは、や、やめてぇ」
純子が敏感に反応したのを面白がって、ルミナは調子に乗った。
身をよじった純子はバランスを崩し、横倒しに。それでもルミナは、くすぐ
りをやめようとしない。
「すっごい、くすぐったがり屋ねえ!」
「あは、はははは! ちょ、ちょっと。や、やめて。い、痛い、笑いすぎて、
し、死にそうっ」
パジャマの裾がめくれ上がったのが分かったが、それどころでない。
「た、助けてーっ、相羽君!」
純子の声を聞いたためか、相羽は顔を赤くしながらも、口を挟む。
「−−斉藤さん、そろそろやめないと、母さん達が」
その折だった。絶妙のタイミングで、ドアが開いた。
「何かあったの?」
顔を覗かせたのは相羽の母。
ルミナの手が、ぴたりと止まる。
「騒ぎが収まったと思ったら、今度は悲鳴が続くから、来てみたんだけど」
相羽の母は、部屋の中を一目見て、事態を理解したらしい。
唯一の男である相羽は、ほっとしたように息をついていた。
「はい、何でもありませーん」
純子の上半身を抱えたままの格好で、ルミナはこともなげに言った。
「騒ぐのもいいけれど、自分達がモデルをやってることを、忘れないでね。そ
れに、いい加減に寝なさい」
「はあい」
ルミナは元気よく、相羽は疲れたように、そして純子は小さな声でそれぞれ
返事した。
翌日の観光、純子達は相羽の母や英弘に連れられ、本当にお決まりの名所巡
りになった。
天気は晴れだが海が荒れているとかで、観光潜水艇に乗れなかったのは残念
だったものの、初めて見る物ばかりで、楽しかった。
まさに修学旅行気分だった。
特に、ルミナにとっては、思いひとしおだったろう。
もちろん純子も。
(相羽君と一緒の修学旅行に行ってたら、こんな感じだったろうなあ。三年生
になったとき、楽しみ!)
−−『そばにいるだけで 10』おわり