#3964/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/23 17:27 (200)
そばにいるだけで 10−6 寺嶋公香
★内容
純子が口をぱくぱくさせていると、ルミナは再び肩越しに振り返った。
「私の胸元の辺り、ちらちら見るんだもんねえ」
「……ごめんなさい」
「何で謝るのよ。あなたのそのプロポーションで、胸まであったら、私は不機
嫌になってたところね」
と、ルミナはいたずら心を起こした。純子の胸に軽く触れる、ルミナの手。
純子は短い悲鳴を上げて、中腰の姿勢から、ぺたりとお尻を床のタイルに着
けてしまった。
「あれ? そんなびっくりした? うふふ、ごめんごめん」
「……びっくりしたっ」
元の姿勢に戻って、警戒しながらもまた背中を洗いにかかる。
ルミナは前に向き直って、明るい調子で続けた。
「私はねえ、自分のこのぽっちゃりした感じが嫌い。これじゃあ、将来、太っ
ちゃいそうで恐い。だからうらやましいな、純子ちゃんが」
「……慰めてくれて、どうも」
自分でもすねた言い方だと思う。すると、ルミナがやや慌てた様子で応じる。
「ちょっとぉ。本気も本気よ。胸なんてね、大人になればそれなりに格好がつ
くものよ。それに比べて、体質は深刻」
「体質って?」
「太りやすいのよ、私。これでも食事に気を付けてんだから」
「ええ? ほんとに?」
とてもそう見えない。程よくバランスの取れた、健康そのもののといった雰
囲気を発散させている。
「純子ちゃんは、そういう体質じゃないでしょ?」
「分かんない」
「間違いないって。あ、それに、私にはもう一つ、問題ができたのよね。花粉
症。みっともないったらないわ」
ルミナは、悔しそうに首を小さく振った。
純子はその背中を流してあげてから、改めてしげしげと見つめた。
(そう言うけれど、充分、きれいだよ。私なんか、ドッジボールとかバスケッ
ト、バレーボールなんかの球技よくやってるから、すり傷のあとや痣がいっぱ
いあるもん)
その後、二人仲よく、湯船に浸かる。
本当は大人が十人近く一度に入れるだけのスペースがあるから、実に広々と
した使い方だ。思い切り手足を伸ばせて、気持ちもいい。
「ルミナちゃんのお兄さんて、何歳? よかったら教えて」
少しばかり気になっていたので、聞いてみた。
「うん、いいよ。えっと……二十四歳だっけ。誕生日、まだだから」
「ふうん。いつから今の仕事をしてるのかなあ?」
「英兄のこと? 高校卒業してから、ずっと。だから、六年間、私の付き人な
のだ。あはははは」
快活に笑うルミナに、さらに質問。
「え、じゃあ、ルミナちゃんは六年間、モデルを……」
「そうよ。小学校入ると同時ぐらい。最初はね、近くのスーパーマーケットの
ちらしにね。子供服着て、ポーズ取ってるの。今見たら、変な顔してたわ。恥
ずかしいね」
「あの、初めてのときって、やっぱり、緊張した?」
「しないよー。だって、小さかったから、モデルやってること自体、自分で分
かってなくてね。記念撮影みたいに思ってたのかもね、あのときの私。よく覚
えてないけれど」
「ふ、ふーん」
あまりの答に、うなずくほかない純子。
「じゃあさ、自分はモデルやってるんだって意識したときには、慣れちゃって
いたとか……」
「そういうこと。ね、こんな話より、もっと楽しい話題にしようよ」
「楽しい話題?」
頭に巻いたタオルを押さえながら、かすかに首を傾けた純子。まるで見当が
つかない。
対して、ルミナは含み笑いを見せたあと、突然切り込むように聞いてきた。
「あなた、相羽君のこと、どう思ってる?」
「……あはは」
つい、笑ってしまった。
(楽しい話題って、何かと思ったら)
口元を押さえながら、見れば、ルミナはきょとんとしている。
「変なこと、言ったかしら?」
「ううん。でもねえ、その質問、何度もされてるから。私にとって相羽君は、
友達の一人としか言いようがないわ」
「そうなの? ああ、ばかな話、振っちゃったかも。私、てっきり、純子ちゃ
んも相羽君のことを好きなのかと」
お風呂場の中故、しかとは分からないが、ルミナの顔が赤らんだような。
「『も』と言うからには、ルミナちゃん、相羽君のことを……」
「うん、いいなあって。今度を入れて三回か四回ぐらいしか、会ったことない
んだけれど」
「おかしなこと聞くかもしれないけど、どこがいいの?」
「どこがって、話してて楽しいし」
「それは分かる」
純子は、うんうんとうなずいた。でもまだ納得できない。
(どうしてあいつが、こんなにももてるの?)
「気を遣ってくれるし、それでいて、私の方からちょっと大胆なことしたら、
恥ずかしそうに赤くなるの。それがいいのよねえ」
「だ、大胆なことって」
富井達や白沼の顔が浮かび、純子は思わず、尋ねた。
「ふふふ。四年か五年生の頃だったと思うけど。今度みたいに、撮影のとき、
相羽君が来たのよね。撮影場所の近くに温泉があって、時間があるから寄って
いこうという話になってさあ。それで、言ってみたの。『一緒に入ろう』って」
楽しそうに話すルミナを見て、純子は「はあ」と呆気に取られた。
「あのときの顔ったら! かわいかったわぁ。でさ、本当に一緒に入って」
「ええっ!」
焦って、身体を起こし、相手の方を向いた。
(小学四年生だとしても……)
するとルミナは、さも愉快そうに口を開けて笑い出す。
「驚いた? えへへ、水着を着けて入ったのよ」
「な、なーんだ」
何となく、ほっとしている自分を意識した。
「さあて、そろそろ上がろうっと」
ルミナが唐突に立ち上がった。勢いよく、しぶきが飛び散る。
「こんな話を続けてたら、いつもより早く、のぼせちゃいそう」
純子もその見方に賛成した。
水着ばかりに気を取られていた純子は、こちらのことにまるで意識が回って
いなかった。それを今、後悔している。
「あっ」
純子の姿を見た相羽が、声を上げる。
「似合ってる」
顔いっぱいに笑み−−多少いたずらっ気の入った−−を浮かべた相羽は、純
子の方を指差してきた。
「ふん。早くお風呂、入りなさいよ」
純子は両腕で自分の肩を抱いた。パジャマを隠したくて。
よくあるタイプの、薄いピンク地にいちごの絵柄が散りばめられた物だ。い
ちごの「へた」の緑色が、ポイントとなって目を引くことだろう。
「それ、いちご柄? いかにも、女の子って感じ」
パジャマの柄を確かめたいのか、近寄って来る相羽から、純子は前を向いた
まま後退。
「嫌。見ないで」
「……」
肩の高さに左手を挙げ、何か言いたそうにした相羽だったが、結局、口を閉
じてくるりと向きを換えた。
「風呂、入ろうっと」
すたすたと、スリッパが廊下にこすれる音を残して立ち去る。着替えを取り
に行ったのだろう。
「あらぁ、行っちゃったか」
入れ替わるようにして、今度は純子の後方から、ルミナが追い付いてきた。
上がってから、スキンケアの乳液だの何だのを塗り込んでいた彼女は、純子よ
り時間を取っていたのだ。
髪を乾かすのは部屋に戻ってから。いつまでも脱衣所を占領していては迷惑
がかかるので。
というわけで、二人して、先ほどゲームに興じていた部屋に入った。
「手品の種明かしをしてもらおうと思ってたのに」
「お風呂のあとでもいいじゃない。ひょっとしたら、教えてくれる」
「……ひょっとしたらって?」
不満そうに口先を尖らせていたルミナが、言葉尻を捉えて聞いてきた。
「あいつ−−相羽君、『手品は種を知ると幻滅するから、種明かししたくない』
っていう考えだから」
「あー、なるほどお」
「頼めば、ヒントぐらい、くれるかもしれないけどね」
経験に沿って答える純子。
「ふうん。て言うことは、純子ちゃん、相羽君の手品を見て、種明かしのヒン
トをもらったこと、あるんだ?」
「ええ、まあ。二回ぐらい」
「どんな手品? やっぱりトランプの?」
リクエストに応え、純子は、相羽がかつて披露した手品がどんな物だったか
についてだけ、説明する。
話が終わる頃、相羽が戻って来た。
迎えるのは興味津々なルミナの視線と、申し訳なさで伏せがちな純子の視線。
「信一君、手品、見せて!」
「え?」
頭にやっていたタオルを払い、視界をよくする相羽。
彼に向かって、さっさと手を合わせる純子。
「ごめーん。話したら、こうなっちゃって」
「謝らなくてもいいのに」
壁際に落ち着くと、相羽は肩をすくめた。
「てっきり、ルミナちゃんにも見せてあげてるんだと思ってたわ」
「ぜーんぜん」
不満げに首を振るルミナ。乾かし終わったばかりの髪が、ふんわり、広がる。
「何で見せてくれなかったのよ?」
「特に理由なんてないよ。そういう流れにならなかっただけさ。涼原さんが知
っているのは、クラスのお楽しみ会でやった分だし」
「じゃ、今、見せて。お願いするから」
「いいよ。カード、貸して」
請け合う相羽に、ルミナがカード一組を手渡す。
「同じのをやっても、つまらないだろうから」
相羽は純子の方を見ながら、そんなことを言った。
(別にいいのに)
と思う反面、期待もしてしまう純子。現金だなって、自覚した。
それからの相羽は、カードマジックを五つ披露した。
純子にとっても初めて見る物ばかりで、いずれも不思議だったけれど、特に
驚かされたのは、最後の手品だった。
カードを切った相羽が、その山の中から一枚をルミナに選ばせる。相羽が背
を向けている間に、ルミナと純子は、そのカードが何かを確認−−ダイヤのキ
ング−−した。ここまでは、よくあるパターンと言えなくもない。
「確認した?」
背中を見せていた相羽は向き直ると、絨毯の上に、カードの山をきちんと揃
えて置いた。
「ちゃんと覚えておいてよ。時々、忘れちゃう人がいるから」
「あはは、そんなことないわよ。ねー」
ルミナに呼応して、純子も笑う。
「忘れられたら、相羽君、困るんじゃないの?」
「困るよ、そりゃ。だから、忘れてしまわない内に、てきぱきとやりますか。
山の一番上に、そのカードを裏向きにして置いてくれる?」
「こう?」
ルミナは、相羽の表情を窺いつつ、山のてっぺんに選んだ一枚を戻す。
「それでいい。このままでもカードの表が見えないのは間違いないけれど、念
には念を入れた方が、二人とも安心じゃない?」
相羽はうなずいてから、そんな呼びかけをしてきた。
意味が分からず、観客二人が小首を傾げていると、相羽は放ったらかしにし
てあったトランプのケースを取り上げた。それをカードの山の上に、漬け物石
みたく、ぎゅっと押しながら置いた。
「こうすれば、絶対に見えないよね」
「うん」
ケースをどけない限り、密かに抜き取るなんて真似もできないはず。純子は
確信した。
「さて。カードのマークと数字、忘れてないね?」
「もっちろん」
ルミナも純子も、自信を持って首を縦に振る。
「じゃあ、そのカードを強く念じて、僕に教えてほしいんだ。折角、二人いる
んだから、涼原さんはマークを、斉藤さんは数字を、頭の中に思い浮かべてみ
て。あ、目を閉じちゃだめだよ。僕がカードを盗み見たと思われたら、意味が
ないからね。目を開けて、しっかり、僕の脳に伝えるつもりで」
−−つづく