#3963/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/23 17:24 (200)
そばにいるだけで 10−5 寺嶋公香
★内容
太陽はすでに、水平線の向こうに半分以上隠れており、周囲を照らす光もオ
レンジ色から赤に変わっていた。
ときどき吹いてくる風が、純子の髪を流す。やっと涼しくなってきた。
(と言うより、昼が暑すぎたのよね)
髪を指で梳きながら、思う純子。
(夜になったら、星がきれいよね、きっと? 沖縄なら、南十字星も見えるん
だっけ)
知識の記憶を手繰っていると、砂を踏む足音が聞こえた。一人だ。
振り返ると同時に、相羽が話しかけてきた。
「ご苦労様」
「……ルミナちゃんと話して、遊んでたんじゃないの?」
立とうかどうしようか迷っている合間に、隣に相羽が腰を下ろす。
「英弘さんが暇になるまでだから。そんなことより、疲れたんじゃない? こ
んなところで一人、ぼんやりしてるなんてさ」
「ううん。今のこれは……興奮してるって言うのかしら。身体が火照ってる感
じがしたから、ちょっと冷まそうと思って」
そう答えてから、顔を心持ち相羽へ向けて、舌先を覗かせた。
「それに、少ーし、落ち込んでたから」
「え? 何で?」
眉をしかめ、ぎょっとしたように腰を浮かしかける相羽。
「そんな、慌てないでよ。おやつの前にも言ったでしょ、ルミナちゃんを見て
たら、とてもかなわないなあって感じたって」
「あ、あのこと」
ほっと息をつき、相羽はまた座り直した。
「ちょうどいいや。この際だから、はっきり言うよ」
「何を?」
首を傾げ、聞き返すと、相羽は真っ直ぐ海の方を見つめたまま、答えた。
「モデルをやるかやらないかは、君自身が決めることだから何も言わない。た
だ、涼原さんが涼原さんらしくできているときは、モデルでも何でも……凄く
きれいだと思う」
相羽の横顔、その表情は変わらない。
けれども、純子は。
(え? え? 何て言ったのよ?)
顔が熱くなり、両手を頬に当てる。頭の中もかっかしてパニック状態だが、
何とか落ち着こうとする。
(……こいつったら〜。またからかって。そんな歯の浮くような言葉が、よく
出て来るもんだわ!)
心ではそうまくし立ててみたものの、口には出て来ない。
それは、相羽の様子が真剣で、自然だったからかもしれない。
「……ありがと」
言葉がやっと出た。
「その、お世辞でも嬉しい」
「お世辞じゃないんだけどな。何て言うか……生き生きしてるという意味で言
ったんだ」
口をつぐんだ相羽は、どこか不満そう。
純子は、自分のことだけに分からず、目を何度もしばたたかせる。どう応じ
ていいのか、見当つかない。
「そろそろ戻らない?」
いくばくか時間が経った頃、相羽が持ちかけてきた。
腰を浮かした相手を見上げながら、純子が答える。
「まだ呼ばれてない」
「あれ、忘れてる?」
「何をよ」
「宿題。どっさり出たから、持って来てるでしょ」
「−−そっか!」
叫んで、純子も急いで立ち上がった。
贅沢にもエアコンが効き渡っていて、建物の中は快適そのもの。夏の格好で
いると、ときに肌寒く感じるほどだ。
「人数が多くないからね」
半袖の腕を抱えた純子に、英弘が言った。
「体温による室内温度の上昇が緩やかで、冷やす勢いの方が勝っちゃう。何か
羽織るといいよ」
続けて言いながら、純子の手元のカードから、一枚抜き取った。
瞬時にして、二人の表情が変わった。純子はにっこり、英弘はしまったとい
う顔。
「英兄、またババを引いた!」
ルミナがけらけら笑う。彼女の方は心得ていたらしく、長袖の服を身に着け
ている。
「やれやれ。手が吸い寄せられている気がする」
英弘は手の中でカードの扇を閉じ、ひとまとめにして、何度か切ると、「ほ
ら」と言って、妹の方へ突き出した。
「何か取ってきたら、着る物」
しばし暇になった純子へ、相羽が身体をやや寄せながら、言ってきた。もち
ろん、手にあるカードは見えないようにしっかり隠して。
「これぐらい、平気」
「モデルが身体を大事にしないで、どうするんですか」
相羽の冗談めかした口ぶりに、純子はくすっと笑い、「じゃ、そうする」と
断って、自分の部屋に向かった。
南にあるんだから暑いだろうと考え、長袖の物はカーディガンしか持って来
ていない。薄い緑色をしたそれを荷物の奥から引っ張り出すと、腕を通しなが
ら戻って来た。
「遅いよ、純子ちゃん」
部屋に入るなり、ルミナが言う。そんなに時間は経っていないはずだが、バ
バ抜きでカードを抜くぐらいはすぐだ。ルミナは退屈で、相羽と何やら会話を
交わしていたらしい。と言うのも、二人の間がさっきより狭まっていたから。
「ごめんなさい。ジョーカーを持ってるの、誰?」
伏せていたカードを手に持つ純子。
問いかけには、三人の意地悪そうな笑みが返ってきた。
「……ひょっとすると、英弘さんから他の人に?」
「さあ、どうでしょう?」
カードを広げる相羽は、とぼけ口調である。いつもの様子と変わりないため、
さっぱり分からない。
(相羽君が持っている可能性……ありそうだわ)
考えても分かる問題でないだけに、せめて、神経を研ぎ澄ませようとする。
すでにこの回のゲームは終盤。各人の手にあるカードの枚数も多くない。
場に出ているカードを見やる。
(さっきから増えてない。ということは、ルミナちゃんも相羽君もペアを完成
させていない。相羽君の手にジョーカーがある確率は、えっと、五枚の中から
一枚と……六枚の中から一枚だから、三十分の一。これで合ってる?)
と計算してみたものの、現実の前にはいかほどの役に立つだろう。
(ありっこないと思うけど、三十回に一度起こるんじゃあ……)
計算したことで、かえって不安が増した。
「迷ってるんだったら、こういうのはどう?」
相羽が手元の七枚のカードを切り始める。
「これ、見て」
いきなり、カードの中から一枚、表向きに示す。ジョーカーだった。
「え?」
「心配してる通り、僕のところにジョーカーが回ってきてる」
呆気に取られた純子を後目に、相羽はジョーカーを再び裏向きにして、手元
のカードの一番上に置いた。
おかしな成り行きに、ルミナと英弘も、興味津々といった体で見物している。
「今、置いたばかりだから、ジョーカーがどこにあるかは分かるだろ。これか
ら一枚ずつ、床に置いて行くから、涼原さんは好きなときにストップをかけて、
選べばいい。じゃ、行くよ」
相羽はカードを配る要領で、まず一枚、指先でずらすように角を押し出した。
「さあ、どうする? これにする?」
「どうするって……」
眉間にしわを寄せる純子。
(今置いたそれがジョーカーに決まってるじゃない。一番上のをそのまま置い
たんだから)
あまりに明白な事実に、首を傾げつつも、純子は当然、選ばなかった。
「ほんとにいいの? じゃあ、次」
一枚、絨毯の上に置き、先と同様に、次のカードの端をわずかに押し出す。
純子は、この二枚目のやつを選んでもよかったのだけれど、何となく警戒心
が働いたのと、「三」が好きなせいもあって、三番目を待った。
「これでいいんだね」
相羽は特段、表情を変えることもなく、純子が指定した三枚目のカードを渡
してくれた。
受け取ったカードをめくってみた純子は。
「−−! 嘘っ」
思わず、カードを取り落としそうになる。
「な、何でジョーカーなのよ!」
純子の言葉に、傍観していた二人も怪訝な表情をなし、口々に「そのカード、
見せて」「本当かい?」などと言い出した。
純子はジョーカーを二人に示してから、相羽の顔をきつく見据えた。
「またやったわねっ、手品!」
「涼原さんの見間違いじゃない?」
「ごまかさないでよ、もうっ。変なことすると思ったら……」
「ははは、ごめん。謝る。確かに手品を使いました」
あぐらをかいたまま、大げさに頭を下げてきたので、それ以上の追及はでき
なくなってしまう。
純子が振り上げた拳の下ろしどころがなくて困っている間に、ルミナが尊敬
するような眼差しで相羽に話しかける。
「すごーい。どうやったの? 他にもできる?」
「できなくもないけど」
あやふやな返事の相羽。
(はっきり、できるって言えばいいじゃないの。ふんっ)
内心、いらいらして、知らず知らずにふくれっ面になった純子。
ルミナが、手品を見せてほしいとせがんでいる。どうやら、ババ抜きはこの
回で終わりらしい。
結局、相羽が手品をルミナ達の前で披露することはできなかった。
お風呂が湧いたと、賄いのおばさんが知らせてくれた。相羽の母達スタッフ
の計らいで、一番に入るのはよく働いた二人の子供−−純子とルミナとなった
からだ。
「背中の流しっこしよう」
今日一日ですっかり親しくなり、ルミナの提案に、純子は一も二もなく同意
した。
「あ、ち、あち」
ちょうどいい湯加減だが、心ならずも日焼けした部分−−うなじの辺りには、
少ししみる。
「肌に、もっと気を遣わなくちゃだめよ」
モデルとして先輩ぶっているつもりなのだろう、純子の背に湯をかけたルミ
ナが、おねえさん口調で言う。
「はあい」
「よろしい。さて、これでおしまい、と」
最後にまた一浴びしてもらって、交代。今度は純子が流してあげる番。
「力、これぐらいでいい?」
泡立ったスポンジをルミナの背中に当てながら、尋ねる。同い年と言っても、
相手はプロのモデルだ。さっきも言われたように、肌には神経を使う。
「もっと強くしていいわよ。ガラスの人形を扱ってるんじゃないんだから」
くすくす笑いながら、ルミナ。
純子はこする手に力を入れた。
その途中、目線があるところへ引き寄せられる。
(いいなあ、きれいな形)
言うまでもないかもしれないけれど、胸の話。まただ。
ルミナのそれは、背後にいる純子からでも確認できるほどの膨らみを持って
いる上、さすがに整った形をしていた。
純子は自らを眺め下ろし、ため息を付く。すでに癖になっていた。
「純子ちゃん? どうかしたぁ?」
「は、はい」
手を止めてしまっていたことに気付いた純子は、慌てて上下させる。
「ねえ、続けるんでしょう、モデル?」
「え……別に、無理して続けようとは思ってない……」
空港での初対面時を思い出し、慎重に答える純子。
ところが、ルミナの口から出た言葉は、予想と違っていた。
「そんなの、もったいないよ」
肩越しに振り返ってまで、ルミナは言った。
「そ、そうかしら」
「そうよ。私としたら、ライバルが増えるのは嫌なんだけど、あなたがプロポ
ーションいいのは、認めなきゃいけないと思うし」
「あ、あはは、そんなことないってば」
見られているわけでもないのに、思わず、手で身体を隠したくなった。
「撮影のとき、一緒にやってて感じたんだけど、純子ちゃん、胸のこと気にし
てるでしょう?」
どき。
(ど、どうして分かるの?)
−−つづく