#3960/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/23 17:17 (200)
そばにいるだけで 10−2 寺嶋公香
★内容
本当は、普段以上に充分な睡眠を取っている。肌が荒れるとまずいから。
教室の前まで来た。女子は四組、男子は三組の教室で着替える。
「気をつけなよ。……にしても、昨日、夜更かしするような深夜番組、あった
っけ?」
体操着の上を脱ぎながら、町田が言った。彼女の中では、「夜更かしイコー
ル深夜番組」らしい。
純子は髪をまとめ直しながら、色々と言い訳を考える。
「そうじゃなくて、寝る前に読み始めた本が面白くて、つい」
「何の本?」
今度は富井。眼をぱっちり開けて、興味津々といった感じだ。
(う、嘘をつくのって、苦しいよぉ……)
つまらないことなのに、気が引けてきた。
「えっと、推理小説」
これは満更、出任せでもない。寝る前にではないが、最近、読むようになっ
た。たまに会う椎名と、話を合わせるためという理由もあるが。
「『占星術殺人事件』、すっごくびっくりしたんだから」
「へー? 占星術って、占いに絡んで人が死ぬ話?」
「うーん、占いと全然関係ないわけじゃないけど。ほら、よくあるじゃない、
ホロスコープ」
「知ってる。星占いね」
「そう、それに関係しているの」
「どうせ、被害者が口にちり紙くわえてたから、犯人は山羊座の人間、なんて
のじゃないの?」
町田がばかにしたように言うので、純子は着替えの手も止め、力一杯、否定
した。
「そんなんじゃないったら!」
「じゃあ、どんなの?」
「それはね……って、言える訳ないでしょ!」
「あはは、冗談だって」
眼鏡のレンズを拭き終わり、丁寧にかけた町田の表情は、にやにや笑い。
「今度、読んでみようかな。図書室にある?」
「う、うん」
いつの間にか、話題が逸れていたことに感謝しつつ、うなずく純子。
「郁も読んだら?」
「えー、私、漫画に慣れちゃってるから」
町田の誘いに、ぷるぷると頭を振って、遠慮したそうにする富井。
「そう? 推理小説を読んだら、相羽君とも話が合うと思うけどなあ」
「そうなのよねえ」
富井は首を傾げて、考え込む。
「分かってるんだけど、人が死ぬ話って、基本的に好きじゃないのよー」
「怪談は、きゃーきゃー言って喜んでたじゃないの」
「違うよー、恐がってたんだよお」
富井が不満げに抗議したところで、純子の着替えも終了した。
(沖縄行くとき、何の本を持って行こうかな?)
そんな考えが、頭の中をふとよぎった。
純子は、飛行機に乗るのは、実は初めて。
正確に言うと、意識して乗るのは初めて、となる。つまり、物心も何も付い
ていない赤ん坊の頃、両親と一緒に乗ったことがあるのだ。無論、今の純子の
記憶に、その経験は全く意識されていない。
小ぶりなリュックを胸の前で抱きしめながら、窓の向こう、行き交う飛行機
を眺めていると、ぼんやり見取れてしまう。
「涼原さん」
ぽんと肩を叩かれた。
「飛行機見てるの、そんなに面白い?」
言いながら、相羽は横に並んだ。
「面白いというか、珍しくて……。初めてだから」
「もしかして、恐いとか?」
「恐くなんかないわよ。ただ……ちょっぴり、どきどきしてる」
リュックを床に下ろして、深呼吸する純子。
「平気さ。移動する距離に対して事故の起きる割合は、飛行機が一番低いよ。
それだけ安全なんだ」
本当かどうか、相羽は統計的な話を持ち出した。
「そんな意味で、恐いんじゃないったら」
「そう? 他に恐いこと−−あ、あれがあるかもしれない」
「え、あれって?」
不安に駆られ、両手を強く握る。
相羽は純子の方を向いて、真顔で続けた。
「雲の中を通るときにね、雷が起きてるかも」
「え! やだ、冗談でしょ。恐がらせようと思って」
「ほんと、真面目に言ってる。可能性はあるよ。一瞬だけどね」
「そんなぁ〜」
泣きそうな声になっているのが、純子自身、よく分かった。
「まあ、パイロットの腕がよければ、雷雲をうまく避けるはずだけれど。いい
パイロットに当たることを、祈るんだね」
「う、うん」
いくらかうつむき、手を組んで、本当にお祈りを始めた純子。
目をつぶっていると、くすくすと笑う声が。
「−−相羽君! やっぱり、からかったのね」
耳まで赤くしながら、背中を叩いてやった。
「い、いや、嘘は言ってないよ」
「じゃあ、何で笑うのよ」
「それは、君が凄く真剣だから……」
「真剣にもなるわよっ」
「大丈夫。こっちも向こうも快晴だって、天気予報でやってたから、安心だよ」
気軽い調子で言われても、何もかも初めての経験である純子には、どこまで
信じていいのか、さっぱり分からない。
「涼原さんのお母さん、時間なかったって?」
「うん」
純子の母(もしくは父)も、付き添いで来られるよう手配する用意があると
言われていた。だけど、出発日まで間がなかったため、都合がつかず、純子一
人になってしまったのだ。
「ごめんな。次があれば、もっと早い内に伝えるって、母さん、言ってたから」
「ううん。実はね、結構、楽しんでる。おと……」
「お父さん、お母さん」と言いそうになるのを、危ういところでとどめた。
「両親」と言い換えようと思ったが、これもいけない。
(両親と離れて旅行するのもたまにはいいなんて、言っちゃだめだよね……)
「どうしたの?」
言葉が途切れた純子を、正面から心配そうに覗き込む相羽。
純子はことさら明るく答えた。
「お……お手伝い、しなくていいもん! 羽を伸ばせる」
「……僕もおんなじだ」
相羽がにこっと笑った。
しばらくして、相羽の母が、二人の人を連れて近付いてきた。ショートカッ
トの、少し大人びた雰囲気のある少女と、その子にぴたりと連れ添うように立
つ、スマートな若い男性。
「純子ちゃん、紹介するわね。こちら、斉藤ルミナちゃんとそのお兄さんの英
弘(ひでひろ)さん」
「は、初めまして。涼原純子です」
姿勢を正し、しっかりとお辞儀する。
相羽が軽く頭を下げただけなのを見ると、すでに顔見知りなのだろう。
「よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。ルミナの兄で、マネージャーの斉藤英弘と言います」
意外と丁寧な口調で応じた英弘は、慣れた手つきで名刺を取り出すと、純子
に渡してくる。
「そちらは、フリーだそうなので、ご本人に渡しておきますよ」
「どうも……ありがとう……」
何と返事していいのか分からないまま、名刺を受け取り、そこにある文面を
しげしげと見つめた。
(FKP……フューチャー キッズ プランニング? これが芸能事務所ってい
うやつね。初めて見た)
名刺から目線を上げ、改めて斉藤兄妹を見る。
(だいぶ、歳が離れてるみたい……)
と、ルミナと目が合った。
「仲よくやりましょ」
手を差し出してきたので、何かと思っていると、握手を求めているようだ。
急いで純子も右手を出し、握り返した。
「こ、こちらこそ、よろしく−−」
「ふうん」
ルミナはじろじろ、純子の顔を見つめた。遠慮が全くない。
「なるほどね。小栗さんが目を留めたのも、分からないことない」
「え?」
純子から戸惑いが去らない内に、ルミナはさっさと手を離してしまった。そ
して英弘に対して、何やら耳打ちをしている。その最中も、ちらちらと純子の
方を見やってきた。
(何よ、もう)
呆気に取られている間にも、相羽の母が言葉を挟む。
「二人とも、一緒に写るんだから、仲よくしてね」
「はーい」
すかさず、元気な返事をするルミナ。続いて、英弘が言う。
「心配いりませんよ、相羽さん。同じ中学一年生だし、話も合うと思います。
実際、安心しました。彼女、大人しそうで、いい子のようですから」
手を純子へ向ける英弘。純子は思わず、うつむいた。
「それから、君にもお願いしておくよ、信一君」
「はい?」
窓の向こうを見つめていた様子の相羽は、気のない態度で首から上だけ振り
返った。
「いつかみたいに、ルミナの話し相手になってくれると助かるよ」
「はぁ……」
返事の方も気のない相羽。
(やっぱり、昔、会ってるんだ。いつ頃なんだろ?)
相羽を横目で見ながら、そんなことを考える純子。
「あと五分ほどで搭乗開始よ」
「先発隊の状況は、どうなっているんです?」
「一日延びたから、遊べないってぼやいてましたわ」
相羽の母と英弘の会話が始まったが、純子には分かりにくかった。
それが表情に出ていたのか、相羽がそっと説明する。
「大人のモデルさん達が先に行ってて、撮影やってるんだってさ」
「じゃ、小栗さんやカメラマンの人達なんかは、もう向こうにいるのね?」
「そうだよ」
「大人のモデルさんて、前と同じ人かな? また会えたら嬉しい」
「そこまでは聞いてないけれど……どちらにしたって、僕らと入れ替わりだか
ら会えない、多分」
「そうなんだ……」
ちょっと落胆していると、ルミナが話の輪に加わった。相羽と純子の間に、
割り込むようにして立つ。
「何なにー? 何の話してんの?」
「別に大した話じゃ……」
「そう? 信一君、久しぶりだね」
ころっと話題を換えるルミナ。
「久しぶりって言うほど、間が空いてたっけ?」
「そうよ。もう二年近いよ。この前の撮影のとき、会えると思ってたのに、ま
ーったく、花粉症なんて格好の悪いことになっちゃってさ。悲しかったよー」
「花粉症は、注意してたって、なるものはなるから仕方ないでしょ」
慰めるつもりなのか、相羽は軽く肩をすくめた。
「それでこの子、信一君のクラスメート?」
いきなり、純子の方を指差すルミナ。話の流れが予測できない。
「そうだよ。今もだけど、二月のときも同じクラスだった」
「そのとき、どうして撮影場所に連れて来たのかしら? ねえ、あなた、撮影
に興味あったとか?」
相羽相手に話していたルミナから、不意に質問され、純子は一瞬、びくりと
してしまった。
「え、ええ、興味あったから……」
「ふうん。そのとき信一君、この子一人だけ、連れて来たの? 何で?」
話相手がまた変わる。
「一人だけなもんか。他にも友達がいた」
「そうなんだ? みんな女の子かな」
「違うよ。えっと、男二人に女三人」
「へえ。じゃ、その三人の中で、この子が一番かわいかったんだ?」
相羽に話しかけながら、純子の顔をじっと見つめてくるルミナ。
(な、何を一体……)
純子は目を逸らし、頬を押さえた。
相羽はと言えば、瞬間、目の下辺りを赤くしたようだったが、次には軽いた
め息をついて、ゆっくり答えた。
「決めたのは、小栗のおじさんだよ」
「あ、そうか。うーん、だいぶ、私とタイプ違うよねえ」
ルミナは両手を腰に当て、小さく首を傾げた。よくよく見ると、胸のサイズ
はかなりある。
−−つづく