#3961/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/23 17:19 (200)
そばにいるだけで 10−3 寺嶋公香
★内容
(……タイプが違う、かぁ……)
純子は自分の胸を見下ろすと、慌ててリュックを手に取る。隠すために、両
腕でしっかりと抱いた。
「ゲートが開いたから、そろそろ行こうか」
英弘が声をかけてきた。
空港に着いたとき、純子の耳はまだ痛かった。
近くでルミナが、「何度来ても、あったかーい」などとはしゃいでいるのが、
うるさく感じられる。
気圧の違いをもろに受けてしまい、何度、口をぱかっと開けてみても、うま
く耳抜きできなかった。
(痛いーっ。耳鳴りしてる感じ……本を読むどころじゃなかった)
空港ロビーで立ち止まって、額に片手を当てていると、相羽が心配そうに声
をかけてきた。
「治まらないんだったら、薬、もらって来ようか」
「い、いいわよ。地面に立ったんだから、もうすぐ戻るって」
「だったら、冷たい物でも飲む?」
その声を聞きつけたらしく、ルミナが足早に歩み寄ってきた。
「ジュース買うんなら、言ってよ。兄貴に走らせるから。英兄っ! ジュース
三本、買ってきて!」
荷物が出て来るのを待つ英弘が、肩越しに振り返った。
「俺はマネージャーであって、付き人じゃないんだぞ。何度言ったら分かるん
だ、全く」
「いいからいいから!」
ルミナの大声に押される形で、結局、英弘は自販機へと走り、手早く三本の
缶ジュースを調達してきた。
「ほら。−−純子ちゃんは、大丈夫かい?」
「あ、平気です。久しぶりの飛行機だったから、身体の方がびっくりしちゃっ
たみたいです……」
いつもより小さな声で答えると、ジュースを受け取った。すでに、相羽の手
によりリングプルは引かれている。
よく冷えたジュースを飲んで、純子はようやく人心地つけた。
荷物も手元に戻って来て、全員揃って空港近くのレンタカー屋に向かう。
(いいのに)
前を行く相羽は、純子のリュックも持っていた。
「先発隊の人は、どうしてるんでしょう?」
「プライベートビーチで撮影……もう終わってますね、きっと。迎えに来ても
らった方が、経費節減になったかもしれない」
英弘の問いに、相羽の母が時計を覗きつつ答える。
「プライベートビーチ?」
聞き耳を立てていた純子は、おうむ返しにその言葉を口にした。
「AR**の保養所があってね、そこを借りるの」
「毎年あそこじゃ、飽きてくるわ。たまには、どこかの島に渡りましょうよ」
ルミナが主張した。
「ルミナちゃん、無理言わないで。そうしたくても、どこを使うかを決めるの
は、小栗さんや他のAR**の人達だから。うちは企画を出すだけ」
「分かってまーす。あーあ、グラビア飾るようなアイドルに早くなりたーい」
そこまで言うと、ルミナは兄の前に回り込む。
「マネージャー、もっとしっかり売り込んでよ」
「では、きれいになりなさい。人目を引くようなね。声さえかかれば、どうに
でも売り出してやりましょう、お姫様」
英弘の要求に、ルミナはぷっと頬を膨らませた。
(モデルよりも、タレントになりたがってるのね、あの子。それにしたって、
凄い自信……)
純子には、遠い世界での出来事のように感じられてしまう。その点、自分は
才能ないし、特になりたいわけでもないから気が楽だね、と思う。
「落ち着いた?」
いつの間にか、並んでいた相羽。顔は前を向いている。
「え……うん。荷物、重いでしょ。自分で持つ」
「気にしないの。それより、沖縄、初めてだろう? 感想があったら、聞きた
いなと思って」
「そうね」
ちょうどレンタカー屋の手前に着いたので、立ち止まって考える。
「何てったって、暑いわ。ゆっくり歩いたのに、汗が、じわじわ出てきてる。
風があったかいんだもん。それに、あ、花。花の香りが、いっぱい。ミックス
ジュースの工場にいるみたい」
「はは、ミックスジュースの工場ね」
愉快そうに顔をしかめると、相羽は持っていた彼自身の荷物を下に置いた。
「あとで食べてみようよ、トロピカルフルーツってやつ」
「うん。あ、相羽君、沖縄は何度も来てるの?」
「そんなことない。二回目」
「前のときも、相羽君のお母さんの仕事に着いてきたのね?」
「違うよ。家族旅行さ」
「あ……」
気にしすぎかもしれないが、純子は口元を押さえた。
(家族旅行……お父さんのこと、思い出させてしまったかも……)
相羽の表情を見やれば、まるで気にしていないようで、髪をかき上げていた。
「さあ、手続きできたわ! みんな、乗ってください」
相羽の母が示したのは、落ち着いた感じのある緑のワゴンカーだった。
全員が乗り込むと、車は当然ながら保養所に直行。観光は、予定している撮
影が全て終了して以降、余裕があれば。
「斉藤さん達はご承知でしょうが、寝泊まりは保養所で。食事は、賄い婦さん
が作ってくれます。仕事の詳しい打ち合せは、到着してから」
ハンドルを握る相羽の母は喋りながらだというのに、こなれた手つきだ。ス
ピードを出しすぎることもないので、同乗者全員、不安感は微塵もないだろう。
「果物、あるよね?」
相羽が母親に、そんなことを確かめている。純子は声を立てずに笑った。
AR**の保養所は、純子の想像よりもずっと立派だった。
病院のような殺風景な建物かと思いきや、洒落た洋風の田舎建築で、プチホ
テルといった風情さえある。
管理人のおじさんと賄いの痩せた女性に挨拶をしてから、部屋に通された。
たくさんあるからとかで、一人一室だ。
荷物を置くと、すぐさまロビーに集合。
そこへやっと、小栗も姿を見せた。相羽の母と何やら話し込んでいる。
「ちょうど入れ違いになってしまったようですね。一日余計にかかりましたが、
その他の点では順調に行ってますよ」
「うちの梶浦(かじうら)は、粗相なかったでしょうか?」
「ああ、彼? 初めてにしては、よくやってると思いますよ。あっと、今、ど
こにいるのかな? さっきまで見かけたんだが」
小栗の声に呼応して、どこからか返事があった。「ここにいますー」と、遠
い声だ。
きょろきょろと見回すと、ロビーの受付カウンターとは反対側の、一面ガラ
スと言っていい壁の向こうに、若い男が立っていた。
「梶浦君、こっち来なさい」
慌てた風に、その男性は玄関から入ってきた。
ウィンドブレーカー付きの上着を羽織るその下は、Tシャツに短パンという、
実に夏らしい−−沖縄ではもう夏だ−−格好をしている。履き物だけ、サンダ
ルではなく、スニーカーであった。
眼鏡を掛けた目元は涼しげで、彼自身がタレントと言っても通用しそう。
「遊んでたのね? 報告しておくわ」
「そりゃないっすよ。ビーチの整備をしてたんです」
「本当かしら? だいたい、そういうのは撮影スタッフにお任せして、君はや
らなくていいの。私達は、プラン通りに進行するよう−−」
「まあまあ、相羽さん。いいじゃないですか」
同性のよしみか、小栗が助け船を出すと、梶浦という若い男は、ほっと胸を
なで下ろすポーズ。
「あの人、初めてだわ。誰? 知ってる、信一君?」
ルミナが相羽に聞いた。
「うん。母さんの会社の人。今度の撮影で、母さんがここに来られない間、梶
浦さんが代わりにやってくれたんだ」
「そうなの? じゃ、もう帰るのかしら」
「さあ? モデルさん達を先に帰しておいて、梶浦さんがあとから一人で帰る
のも変だから、残ると思うよ」
二人の会話に聞き耳を立てていた純子に、別の声がかかった。
「やあ。気分はどう?」
梅津だった。初めての撮影のとき、お世話になったカメラマンだ。記憶にあ
る顔よりも、随分と日焼けしている。
「あ、あの、こんにちは。こ、この間は、色々とご迷惑を……」
前回、さほど会話したわけでもない純子は、緊張してとにかく、頭を下げ続
ける。あのとき、色々と注文を付けながら、遠慮なしにレンズを向けてくるカ
メラマンは、純子にとって少なからず、恐い人に写った。
「ほ? 最近の子供って、四角四面な挨拶をするんだねえ」
くわえようとしていた煙草を指に挟んだまま、梅津は口に手の甲を当て、く
っくっくとおかしそうに身体を揺らす。
「え、えっと」
「ま、緊張せずに。二回目ならまだ言い訳が利くが、これから先も続けるつも
りあるなら、早く慣れること」
上機嫌らしく、梅津は陽気な調子だ。何やらハミングしながら、改めて煙草
をくわえ直すと、火を着けた。
(う、わ……)
純子は右真横へ一歩、移動。カメラマンから離れた。
「うん?」
気付かれないよう、小さく動いたつもりだったが、梅津には分かったらしい。
「あっ、もしかすると、煙草の煙、苦手とか? これは悪いことを……」
小さながま口財布に似た、緑色の携帯用の吸い殻入れを取り出した梅津。開
けると、火を着けたばかりの煙草をその金属部分へ押し付けた。
「あ、あの、私、そんなつもりはなくて……煙が来なければいいから……」
「いいよいいよ。本当かどうか知らないが、煙の粒子が肌に着くと汚れて、化
粧の乗りが悪くなるって、よく文句言われるんだ。うるさいけど、仕方ない」
火を消した煙草を戻した梅津へ、女性の声がかかる。
「梅津さんの健康のためにも、言ってあげてるんですよー!」
「おっと、聞こえてたか。うかつに物を言えないな」
メイクの桐川登子へ、芝居がかって肩をすくめた梅津は、早々に退散した。
「久しぶり、涼原純子ちゃん!」
元気よく言って、桐川は右手を差し出してくる。下から迎える形で、純子は
握手した。
「お、お、お久しぶりです」
まだ空気に慣れきっていない純子は、逢う人逢う人みんなに対し、どもって
しまう。
桐川は、あきれたように笑った。
「あらら、ほんとに緊張してるのね。まだ撮影じゃない内から、そんなことじ
ゃだめだよー。肩の力抜いて、リラックスリラックス」
そして実際に両手を純子の肩に持って来ると、軽く押さえてきた。
「は、はぁ……」
「ここだけの話、毎年六月にやるこの撮影は、半分遊びみたいなものなのよね」
一転して声を低める桐川。おまけにウィンク付き。
「沖縄まで来て何もしないなんて、もったいないでしょ。だからさっさと、気
楽にね、仕事済ませて、少しでも多く遊んじゃおう」
「はい……って、いいんですか?」
「大丈夫っ。それから、ため口でいいよー。遠慮なく」
「あの……ため口って?」
首を傾げた純子。半袖の服から出る腕を、髪がなでる。
「え? ああ、そっか。中学生になったばっかりじゃ、分からないか。そうね
え……同い年の友達のつもりで、話してくれていいってこと。分かった?」
純子は、はいと答えようとして思い止まり、改めて返事する。
「うん!」
「よろしい」
笑いながら桐川が言ったのへ重なる形で、手を打つ音が響き渡った。小栗だ。
彼の口から簡単な挨拶(訓示?)が述べられたあと、相羽の母が段取りを説
明した。
焼けていない白い肌。それがAR**の注文であるので、先に水着姿の撮影
を行う運びである。
「あちゃあ……やっぱり」
あらかじめ渡された衣装類の中から、セパレーツの水着を見つけ、純子は顔
をひきつらせそうになる。
(前に小栗のおじさんが、手術の痕がないかって聞いてくるから、ひょっとし
てと予想しないでもなかったけれど……ビキニなんて)
赤い上下を手に、考え込む純子。サイズはこちらに来る前に測っているから、
心配ないのだが。
(これじゃあ、ひょっとしたら、相羽君に来てもらわない方がよかったかも)
知らず、両手で水着を、くしゃくしゃともんだ。
弱気になる純子の背中へ、明るい声が。
「よし、できた。純子ちゃんはまだぁ?」
もちろん、ルミナ。浴室の脱衣所を使って、二人一緒に着替えている最中だ。
見れば、明るい黄緑系を配色した、同じくビキニタイプの水着が似合ってい
る。むしろ、着こなしている、という感じだ。
−−つづく