#3959/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/23 17:16 (200)
そばにいるだけで 10−1 寺嶋公香
★内容 16/06/24 15:07 修正 第2版
科学博物館兼フラワーセンターに着いても、天気の鬱陶しさは変わりなかっ
た。朝からどんより、雲がたれ込めている。
「こんな季節に花の見学なんてねえ」
町田がかったるそうに言った。
「いくら屋根があると言ったって、陰々滅々って感じ」
町田が見上げたのにつられて、純子も天井に顔を向ける。ガラスかプラスチ
ックだろうか、透明な丸天井を通して空が見えた。灰色の曇り空。
「やることないから、学校も仕方なしに組んだんじゃないかしら」
後ろを行く前田は、それでもちゃんと両脇の花々に目をやっている様子だ。
温室のような建物がいくつかあって、中は花や植物で埋め尽くされている。そ
の間を縫うように設けられた順路に従い、見て回る。当然、自由に行動できる
わけもなく、クラス単位で動く窮屈なもの。
このように、最初は面倒だなと感じていた者が大部分だったが、日本では滅
多に見られない珍しい花や植物のコーナーになると、俄然、興味が湧いてきた。
茎も葉もない巨大な花、枕のような実をつける木、大きな葉を持つ蓮、そして
食虫植物等々。花の匂い−−この場合は「臭い」−−の強烈さにはしゃいだり、
葉に子供が乗っても大丈夫とあるのを見て、小柄な子に乗ってみたらとけしか
けたりと、賑やかになってきた。
そこそこ盛り上がったところで、資料館に入った。ここはさすがに自由行動。
相当広く、三クラス百余名がいても余裕があるほど。
「資料館って、ゲームセンターみたい」
その通りで、あちこちにゲーム機めいた箱が設置してある。
「子供の興味を引こうと、色々考えてるんだ。大変だわ」
町田が分かったようなことを言って、うなずいている。
「おばさんめいたこと言って、自分は子供じゃないみたい。早く老けるわよ」
「じゃ、ぼけないように、クイズでもやりますか。ただだし」
町田が指差したのは、こういった博物館によくある知識クイズの機械らしい。
どうやら三択問題のよう。
町田がスタートボタンを押すと、画面に文字が表示された。
「『ジャンルは?』だって」
「えっと、宇宙、動植物、科学の三つね。折角、フラワーセンターを見てきた
んだから、動植物でいいんじゃない?」
と、前田。
「動物問題が分からない」
「いいって。試験じゃないんだから」
前田は勝手に二番ボタンを押して、動植物の分野を選択した。
「二十五問が出題されて、全問正解なら記念にメダルがもらえる、と。えっと、
一問目は……次の中で最も重たい生物はどれか。一.アフリカゾウ 二.シロ
ナガスクジラ 三.ティラノサウルス−−だって」
「時間制限あるわよ。早く押さないと」
画面の片隅では、デジタル表示の数字が秒数を刻んでいる。
「恐竜に詳しい純、頼んだっ」
「えっ、まあ、多少は。でも、重たいのはクジラ」
「信用したっと」
残り時間がきわどいところで、町田が二番を押した。
画面が明るくなり、「正解」と大きく文字が被さった。
「まずは一問」
と、町田と前田はうれしそう。純子はと言えば、自分の知識が役に立ったの
か関係なかったのか微妙なところで、複雑。
「さすが。あ、次が出たわ……次の植物の内、青酸という毒物を含んでいる物
はどれ? 一.ヒマワリ 二.ウツボカズラ 三.ユーカリ」
「知ってる。ユーカリよ」
前田が手早く三を押す。見事正解。
「何で知ってるの?」
「さっき、フラワーセンターの方にあったの。若いユーカリの木には毒性があ
るって」
前田の説明の間にも、出題は続く。
「第三問。えら呼吸するカニが陸に上がっても平気でいられるのは、どんな仕
組みになっているのだろうか。一.肺呼吸もできる 二.水を持ち歩く 三.
我慢している−−三は問題外として、やっぱり一番?」
「分からないけど、多分そうよね」
「二だよ」
不意に、相羽の声が後方からした。
振り返ったまま、純子達三人が驚いてボタンを押せないでいると、相羽は手
を伸ばし、二のボタンをぽんと叩いた。
「な?」
画面に正解と示され、得意そうに言う相羽。見れば彼一人ではなく、勝馬と
唐沢、そして立島もいた。
「こんなことまで、知ってるの?」
画面と相羽とを交互に見ながら、純子は聞き返した。が、相羽は答えず、画
面をすいっと指し示した。
「ほら、次が出た」
やや慌て気味に、画面に視線を固定。
問題は、ハチドリが一秒間におよそ何回羽ばたくかというもの。選択肢は十
回以上、五十回以上、百回以上の三つ。分からずに首を傾げていると、
「俺も口出ししていい?」
と、立島が言ったので、どうぞどうぞと教えを請う。
「三番と思わせておいて、二番なんだなこれが」
正解は確かに二番だった。
それからはもう、純子達女子三人に、相羽ら四人も加わった、「三人寄れば
文殊の知恵」ならぬ「七人寄れば文殊の知恵」の様相を呈した。
次の中で実在しない魚はどれ? 一.ヤツメウナギ 二.ヨツメウオ 三.
ミツメアンコウ−−正解は三番。
バイオリンムシという昆虫がいるが、その名の由来は? 一.バイオリンの
ような形をしている 二.バイオリンの音色のような声で鳴く 三.バイオリ
ンの材料になる−−正解は一番。
七人集まった成果か、こんな調子で正解し続け、見事にパーフェクトを達成
した。
「あ、紙が出て来たぜ」
唐沢が言ったように、機械のやや低い位置にある横長の口から、つるつるし
た紙がレシートのように出てくる。この用紙が全問正解した証になっていて、
資料館を出るときに係の者に示せば、メダルがもらえるらしい。
「もらえるの、一枚だけだってさ。どうやって分けるんだよ?」
がっかりしたような唐沢の口調に、笑いが起こった。
行きしなと違い、帰りのバスの座席は、なし崩し的に好き勝手に座った。ク
ラス担任の牟田先生が、鷹揚なのである。
「純ちゃん、どうしたの?」
「ん?」
「目、とろーん、だよ」
窓際の席の富井に言われ、瞬きをする純子。
「眠そう」
「うん……何だか、ぽかぽかして、眠たくなって」
曇天で肌寒かった外と比べ、バスの中は暖かかった。
「眠れば? 着いたら、起こしたげる」
「……修学旅行のとき、そんなこと言って、一緒に寝てたのは、誰?」
眠い目をこすりながら、一年前の話を持ち出す。
「あれは、芙美がいたから安心しちゃって」
「それだけ私は、頼りになるってことだ」
後ろで聞き耳を立てていたのだろう、町田が背もたれに腕を乗せ、顔を覗か
せた。
「じゃ、本当に寝ようかな」
ほんとに眠い。瞼が熱を持っている。頭を傾け、自分の肩に置く。
その途端に。
「純子ちゃーん。もっと話そうよー」
おかげでぱちりと、目を開けざるを得ない始末。
声の主は、唐沢。通路を挟んで反対側、窓際の席にいる彼は、その隣の相羽
がうるさそうにするのもかまわない様子で、身を乗り出している。
「あ、あのねえ、唐沢君」
「つまんないなー」
駄々をこねるようなその口調は、かなり芝居がかっていた。
「おい、唐沢。涼原さんの邪魔するなよ」
相羽があきれ顔で注意するが、唐沢はまるで意に介さないようだ。
「折角、女の子の隣に座れたのに、お喋りの一つもしないと、もったいないぜ」
「おまえなあ」
「涼原さん。眠ったら、こうしちゃうぞ」
「え?」
どきりとする純子に、唐沢はレンズ付きフィルムを示した。
「これで寝顔を撮ってやる」
「−−えーっ、やだっ」
「だから、起きて、喋ろう」
意地悪げに笑う唐沢。
(うー、私って、唐沢君にまで、からかわれてるのかな? 悪い人じゃなさそ
うなんだけど……あいつ一人でも疲れるのに、そこに唐沢君が加わったら、た
まらないわ)
小さく、お手上げのポーズを取る相羽の顔を見やりながら、思う純子。
「いいわ。眠るの、やーめた」
あきらめ半分に言うと、唐沢の表情は一層明るくなり、相羽の方は意外そう
に首を振った。
純子はせいぜい、注文を出すことにする。
「その代わり、とびきり面白い話、聞かせてよね。眠くならないように」
「それじゃ、まずは軽く、『去って行った男』の話から」
「去って……?」
唐沢の口から飛び出した意味不明の単語に、首を傾げたのは純子一人ではな
い。富井達周囲の者も怪訝そうに目を細め、声を揃えて聞き返す。
相羽だけが、あきれた風に頭を振った。
「その話、あんまり面白くないと思うぜ」
「−−小三のときの友達で」
意に介さず、唐沢。
「そうだな、まだ記憶に生々しいから、Zと呼ぶ」
「あははは。何それー」
「Zは顔の広い奴で、お喋りな面白いタイプと思ってもらえばいい。そんな奴
が、あれは梅雨で鬱陶しかったから六月のある日、話があるって俺を呼び出し
たんだ。何かと思ったら、Zは『誰にも言うな』と前置きして始めた」
「ふんふん」
「『僕、転校するんだ』、ときた。びっくりして、いつ、どこにとか、色んな
こと聞いたけど、それは省略。『親友の君だから打ち明けたんだ。じめじめす
るの嫌だから、絶対に誰にも言うなよ、約束したからな』って念押しされた。
俺、結構ぐっと来て、約束を守った。
それで、Zが転校して行ってから、一ヶ月ぐらい経っていたかな。今ならも
ういいだろうと判断した俺は、打ち明けられていたことを他の友達何人かの前
で話したんだ。そしたら、『え? 俺も聞いてた』『僕も』って声が相次いで」
唐沢の周りで、爆笑が起こった。気が抜けたような、それでいてお腹を抱え
てしまうほど馬鹿馬鹿しい。
「そいつ、親しい友達全員に、『誰にも言うなよ』と打ち明けてたわけ」
「一世一代の大仕掛け、だね」
町田が、目尻を拭いながら言った。笑いすぎて、涙が出て来たと見える。
引き続いて、富井。
「文句言うわけにもいかないもんねえ。照れ隠しなのかなぁ」
「元々、笑わせるのが好きな奴だったね」
「少なくとも、僕には真似できない」
ぼそりと言ったのは相羽。
「そうか。相羽君も転校の回数、多いんだよね」
「どんなお別れ、してきたの?」
興味を覚えて−−と言うよりも、眠気を取り去るためもあって、尋ねる純子。
相羽は、ぼんやりと見返してきたかと思ったら、
「……秘密、だよ」
と、話をそらしてしまった。
「何でよ」
「唐沢の話の方が面白いよ。ほら、次に行った行った」
純子が言葉で詰め寄ろうとするのをかわし、相羽は唐沢の右肩を叩いた。
風邪を初めとする病気はもちろん、小さな怪我もしないように−−。
相羽伝いにそう注意を促されたのは、撮影の日が近いから。
「何か、大人しいじゃないのぉ。どうしたの、純ちゃん?」
三組と四組合同の体育が終わって、富井が聞いてきた。
「そ、そう?」
純子自身、意識してセーブしているので、どぎまぎ。加えて、今度の撮影は
秘密にしているので、ちゃんとした説明もできない。
「うん、変だった。ねえ、芙美ちゃん?」
隣にいた町田に同意を求める富井。
「そうね。いつもに比べて、レシーブに勢いがなかったような。ボールを取り
に行くのも、なーんとなく消極的」
今日の授業はバレーボールだったのだ。
(よく見てるなぁ……でも、突き指したらだめだもん。転んで怪我するのも恐
いし)
町田の指摘に、内心、そんな答えを返した。だが、口には出さない。
「ちょっと寝不足で……身体が動かなかったのよ」
−−つづく