AWC 【迷昧】10             悠歩


        
#3945/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/ 6/15  23:56  (191)
【迷昧】10             悠歩
★内容



 終わったと思っていた事件だが、そうでは無かった。少なくともあの刑事は、
まだ何かを調べているらしい。
 裕樹も琴音が無事だったからと、関心を失う訳には行かなくなった。刑事の疑
いは、琴音にも向けられているらしいのだ。事件当日、力になれなかった裕樹は、
今度こそ琴音を守ってやる義務を感じていた。第一、刑事が最後に言った言葉。
琴音と静音が入れ替わる必要がどこにあるのだ。双子の姉妹、瓜二つの容姿を持
つ者と入れ替わったところで、何も意味がないではないか。刑事が琴音の何を疑っ
ているか知らないが、彼女が無関係であると証明してやる。
 翌日の学校、いつもと変わらず一クラスメイトとしてしか接する事の出来ない
琴音に、裕樹はもどかしさを感じた。有り得ないと思いながら、昨日刑事に言わ
れた事が気になっているせいかも知れない。だが今日の、いや事件後の琴音は裕
樹に対してどこかよそよそしいように思えて来た。
 放課後、琴音と約束もせず裕樹は教室を出た。考えてみれば学校が終わって外
で会う時、いつもその約束を言い出すのは裕樹の方だ。
 昨日刑事から訊いた話から美術室を調べようと考えた。他に裕樹の知った範囲
で、油絵の具と結びつく場所はない。遺書の真偽を調べるには、元木の部屋がい
いのだが、勝手に入れる場所ではない。また美術室で何を探せばいいのか、はっ
きりと目的が有るわけでも無いが、他に思いつくものもない。
 とりあえず図書室に行き、書架の本を適当に選んではぱらぱらとめくり、時間
を潰す。
 試験が近いため、ほとんどの部活が休みに入っていた。
 部員数も少なく、活動らしい活動もしていないようだが、美術部は存在してい
る。いろいろと物色しているところに部員が来ても面倒だ。少し時間を潰してか
ら美術室に向かい、部活が行われているようだったら、今日は止めにするつもり
だった。
 美術室には誰もいなっかた。部活が行われるなら、もう誰か来ていていい頃だ。
今日の部活は無いのだろう。
「さて、来たのはいいけれど。何をしたら………」
 周囲を見渡しながら、思案する。とりあえず油絵の具があるかどうか、探して
みよう。授業では使われなくても、部員が使っている可能性もある。
 美術室に置かれている作品、或いは壁に貼り出されている作品に目を通す。水
彩、ポスターカラー、木炭。油絵による作品はない。あまり知識は無かったが、
前に人から訊いた話では油絵の具は、色や材料によって極端に違うが高価な物ら
しい。一色で数千円するものもあると言う。中学生が、週二回の授業で使う物で
はないか。
 ここに来たのは無駄足だったか。遺書の封筒に有ったと言う油絵の具は、何処
か別の場所の物か。そもそもそれが事件と関係しているのかも、定かではない。
もしかすると、単に刑事の考えすぎて、他に隠された真実など無いかも知れない
のだ。
 ふと裕樹の目に、準備室へのドアが映った。準備室にも一部の生徒の作品や画
材が置かれているはずだ。美術の得意でない裕樹には、あまり関係ない場所だっ
たが調べておくべきだろう。
 そう思いながら、ノブに手をあてた。鍵は掛かっていない。
 狭い室内には画材を納めた棚とロッカー、教師用の机が一つ。その上に高橋の
物と思われる湯呑みとやかん。
 ロッカーには鍵が掛かっていて、中を調べる事が出来ない。仕方なく棚の中の
作品を見てみるが、収穫は無い。やはり無駄足だったと、引き返し掛けた時、ロッ
カーの影にカーテンのような物が立っているのが見えた。
 近寄ってみると、カーテンではなく何かに掛けたカバーであった。
「これは」
 カバーをめくると、上にキャンバスの乗ったイーゼルが出てきた。正確なサイ
ズは分からないが、裕樹が軽く手を広げたほどの大きさだ。そしてそれに描かれ
たものは絵に疎い裕樹でも、油絵の具が使われていると、すぐに知れた。
 しかし油絵が存在していたことより、それに描かれているものに裕樹は驚かさ
れた。それは一枚の肖像画。この学校の制服を着た女性の姿。その顔に裕樹は見
覚えがある。
 今中琴音。
 間違いようが無い。それは琴音の肖像だった。
「なんで………」
 なぜここに琴音の肖像が有るのか。誰がこれを描いたのだろうか。その絵が、
どの程度のレベルに値するのかは分からない。しかし良く描けた肖像だ。これだ
けの物を、本人を見ずに描くことを裕樹には想像できない。長い時間、琴音を目
の前にしていたに違いない。しかしそんな話を琴音から訊いたことはない。いや
もしかするとこの絵は、静音なのか?
 作者名を確認しようと、絵の隅を探すが見当たらない。まだ未完成のためなの
か。キャンバスの裏に書かれているか? そう思って、絵をイーゼルから外そう
としたとき、廊下の方から足音がした。
 裕樹はキャンバスに伸ばした手を離し、元のようにカバーを掛け聞き耳を立て
る。足音は確実に近づいて来ていた。美術準備室は校舎の一番端にある。足音は
真っ直ぐこちらに向かっており、確実に美術室かこの準備室を目指してした。
 裕樹は美術室と準備室を繋ぐドアへ、身を寄せた。
 この準備室には二つのドアがある。廊下に面したドアと、いま裕樹が身を寄せ
た美術室と繋がったドア。足音の主が美術室に入るのであれば、裕樹は廊下側か
ら出ればいい。準備室に来るのなら、裕樹は一度美術室に移りそこから廊下へ出
る。そうすれば相手と顔を合わせずに済む。
 足音は美術室の前で一度止まった。そろそろと裕樹が廊下側のドアに移動しか
けると、また足音が動き出す。もう準備室を目指している事は間違いない。裕樹
は慌てて美術室へと移動した。
 裕樹が美術室へ移動し、静かにドアを閉じるのとほぼ同時に準備室に誰かが入
る気配がした。
 それが誰であるのか、知ろうと身を屈めた裕樹はドアに耳を充てた。
 ガチャリと準備室の廊下側のドアに、鍵の掛けられる音がした。
「さて、これで他の者は入ってこないだろう」
 聞き覚えのある声。生徒ではない、あれは高橋の声だ。しかし一人ではないよ
うだ。
「まあ、立っていないで掛けなさい」
 僅かにスチールが軋む音がする。高橋に促された誰かが、椅子に腰掛けたのだ
ろう。
「余計な事は言わなかったようだね」
「ええ」
 短い返事だったが、女性の声だ。誰であるかまでは判断出来ないが、嫌な予感
がする。
「見舞いに行けなかったのは、悪いと思っている。しかし周囲の目もある事だし、
仕方なかったんだよ。分かってくれるね」
「それで、校長先生方と一緒に来られたんですね。私が余計なことを話さないよ
うに、監視するため。いえ、脅かすためかしら?」
 予感通りだった。これは琴音の声だ。
 しかも話の内容からして、高橋と琴音はごく親しい間柄であるように思われる。
あの油絵も高橋が描いた物なのか。これは一体、どういう事なのだろうか。裕樹
の思考は混乱を始めていた。
「脅すつもりなんてない。純粋に君の身体を心配して、行ったんだ。校長たちが
いなければ、抱きしめてやりたかったところだ」
「その言葉、私が………記憶を戻したのが静音の方だったとしても、同じ事をいっ
たかしら?」
 何か話は深刻なものらしい。
 裕樹に覗きの趣味など無かったが、いまは別だ。琴音に自分以外に付き合って
る男性がいるらしいのだ。しかもそれがよりによって、学校の教師なのだ。おお
よそ現実的とは思えない、下手なシナリオのドラマのような事態が自分の身に降
り懸かっているいるのだ。
 中の二人に見つからぬよう、注意を払いながらドア上部のガラスから準備室内
を覗き込む。手前に高橋の背中、そして奥、出入口のそばに琴音がいた。
「おかしな事を言う。ぼくが好きなのは、君の方で静音じゃない」
「本当かしら」
 琴音が立ち上がったので、裕樹は慌てて身を低くする。一瞬、見つかってしまっ
たのかと思ったが、そうではないらしい。ゆっくりと身を伸ばし、再び室内を覗
く。
「静音は、この絵が完成するのを楽しみにしていたわ」
 そこには、あのイーゼルからカバーを外す琴音の姿があった。
 あの油絵のモデルは、静音の方だったのか。
 裕樹は、自分の身体が小刻みに震えるのを感じた。高橋と言う教師に対しての
怒りのためである。事件に関係しているか、どうかではない。どうやら高橋は、
琴音と静音の双方と何かあったらしい。酷く腹が立つ。
「静音が亡くなった以上、その絵もどうにかしないとなあ。事件以来、どうも学
校の周りを警察がうろうろしているらしくて、なかなか持ち出せなくってね。
 ところで、そんな事を言うためにぼくを呼んだのかな?」
「いいえ、他に訊きたい事があります」
 それから琴音は高橋を見据え、しばらく沈黙を続けた。やがてゆっくりと開か
れた口から出された言葉には、もうこれ以上驚きはしないだろうと思っていた裕
樹に更なる衝撃を与えた。
「どうして、静音を殺したんですか」
 時が凍てつく。
 あまりにもストレートな琴音の質問に、裕樹は耳を疑った。質問を受けた高橋
もそうだったのだろう。電池の切れた玩具のように、動きを止めている。
 ややあって………
「悪い冗談だな」
 裕樹からは背中しか見えず、高橋の表情は窺い知れない。声から察する限りで
は、笑っているようだ。しかし心なしか、声が震えているようでもある。
「静音………君の姉さんを殺したのは、元木だ。警察の調べはついているし、彼
の遺書にそう書いてあったんだろう? 自殺する人間が、やってもいない殺人を
告白する訳はないじゃないか」
「先生は、私が何も知らないと、思っているんですか」
 感情の無い、冷たい声。話の内容以上に、あの琴音がこれほど冷たい声を出す
事が、裕樹には驚きだった。
「何を言ってるんだ」
 高橋の声に、笑いの響きは消えていた。
「私たちの………私と静音の区別が、先生には出来ますか」
「………」
「出来ないでしょ? 答えなくても分かるわ。私たち姉妹を見分けられるのは、
お父さんくらいだもの。その事はもう、証明済みなんですもの」
「ぼくには分かるよ」
「ふふふっ、うそ」
 琴音は高橋を蔑むように笑う。
「言ったでしょ、証明済みだって。私たちね、時々入れ代わっていたんですよ。
家の中でも、教室でも。お義母さんも、友だちも、誰も気がつかなかった。もち
ろん先生、あなたも」
「な、なんだって!」
「ほら、顔色が変わった」
 くすくすと笑い声が響いた。
「先生は悪い人だわ。外でも、たくさんの女の人と付き合ってらっしゃるんですっ
てね。それでも飽きたらず、自分の教え子にまで手を出すなんて、最低だわ。こ
れが学校に知られたら、困るんじゃないかしら。でもね、静音はそれでも先生の
事を本気で愛していたんですよ。それを………」
「誤解だ、ぼくが愛しているのは琴音、君だけだ」
「先生って、あまり賢くないんですね。私も静音として、何回も先生と話をして
るんですよ。最初、先生が静音に声を掛けた後、二人で相談したんです。その時
は静音も、先生の事なんて、どうも思ってはいなかった。面白いから、二人でか
らかってやろうって。美術の先生でも、弱みを握っておけば何かの役にたつかも
知れない………だけど静音ったら、いつの間にか本気になってしまって」
「酷いのは、君たちの方じゃないか」
「ええ、確かにそうかも知れない。でもそれは五分五分じゃないですか? 静音
をおとした先生は、今度は双子のもう一方、私にまで手を出そうとした。私には
理解出来ないけれど、双子の姉妹の両方を自分のものにする事で、下らない満足
感を得ようとしたんでしょう」
「………君たち姉妹、二人に手を出した事は認めよう。しかし事件とは無関係だ。
あれは全て元木の仕業だ」
 琴音は大きなため息をついた。
「本気で先生を好きになっていた静音が、どうして元木さんと付き合うようになっ
たのかしら」
「知らん、そんな事までは知らん」
「とぼけないで。もともと先生は、遊びのつもりで静音に声を掛けた。だから静
音が本気になると、簡単に醒めてしまったんでしょ。そこで静音に付きまとって
いた、元木さんに目をつけた。
 先生は、元木さんにこう言ったの。『女なんてものは、口ではいくら嫌がって
いても、一度力ずくでものにしてしまえば、後は思いのままだ』って」
「馬鹿馬鹿しい。なんでぼくが」
「だって訊いたんですもの。元木さんから」
「知らん、元木が何を言ったか知らんが、みんなでっち上げだ」
 高橋は興奮していた。もちろん、盗み聞きをしている裕樹も。




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