#3925/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/ 6/13 23:21 (148)
【OBORO】 =第2幕・会者定離=(14) 悠歩
★内容
「ねえ、姉さま。あなたも、こにらにいらっしゃいな」
「なんですって?」
「この戦い、朧に勝ち目はないわ。いいえ、その前に姉さまの身体、もう長くな
いんでしょう?」
気力で立ってはいたが、それだけで麗花の鼓動は激しくなっていた。身体中か
ら冷たい汗が噴き出していた。麗菜は、そんな麗花の残された時間が少ないこと
も知っていたのだ。
「断るわ。仮にも私は朧月の長女、その血が異形側に就く事を許さない」
「分からない」
麗菜は首を横に振る。
「私たちを不幸にした朧の血なのに。どうして呪われた血に、姉さまは縛られる
の?」
「交渉は決裂ね」
麗花は力を集中する。
右手に矢、左手に弓が現れる。
せっかく生きていてくれた妹。それを自分の手に掛けなければならない。たが
あの田邊と言う男からは、麗菜の匂いが感じられた。異形、完全体の中には自ら
の細胞を人に与え、異形に変える術を持つ者がいると言う。朧の血を引く麗菜が、
どうしてそんな力を身につけたかは分からない。だがあの異形は麗菜によって生
み出された者である事は間違いない。麗菜を放っておけば、これからも同じ事が
繰り返される。
実の妹であっても、異形に就く者であれば倒さなければならない。それが朧の
者として多くの命を奪って来た麗花の、果たすべき宿命。妹であっても、妹だか
らこそ、せめて自分の手で………
「私を、殺すつもり?」
麗菜は身構えようともしない。麗花を静かに見守るだけだった。
「ごめんなさい、麗菜。私は朧の者、異形に就く者は倒さなければならない……
…私もすぐに行く。そうしたら、今度こそあの世で仲良く暮らしましょう」
弓を引き絞る麗花の目から、熱い涙が流れ出る。
「嬉しいわ、姉さま。私のために、泣いてくれているのね。でも、私は死ななくっ
てよ」
びゅん。
風を裂き、矢が放たれる。
矢は寸分の狂いも無く、麗菜の胸を射抜く。
が、突然麗菜の身体が強く輝き出す。その光は、紛れもなく朧。
麗花の放った矢は、その光に溶けて消える。
「麗菜!」
「忘れちゃったの、姉さま? 私だって、朧の血が流れているのよ」
朧の力は、自らの武器となるだけでなく、他の朧の力を増幅したり無効化する
事も可能である。だがそれは、受ける側の力によるものなのだ。弱ければ、相手
の力を受けきれず、ダメージとなってしまう。
麗花の知る限り、麗菜の力は戦いに使えない微弱なものであった筈。
「麗菜、あなたいつの間に………それに」
朧の力は他の、敵である者たちの力と共存出来ない。田邊と言う男を異形化さ
せた力はまさしく、敵である者の力。この二つの力を同時に持つ事など不可能な
のだ。
「いろいろあったの、姉さまと別れてから。これで分かったでしょう。姉さまも
こちらに来れば、助かる道もあるのよ」
「私の答えは変わらない」
「そう………仕方ないわね」
麗菜が跳ぶ。二人の間には距離があったが、それを瞬時に詰めて蹴りを繰り出
して来た。
寸前で麗花は避ける。
激しい音と共に、それまで麗花が背にしていた壁に巨大な穴が開く。上にあっ
た給水タンクが傾く。
「麗菜!」
もはや疑う余地は無い。壁を砕いた力は、人間の肉体が持ち得るものでは無い。
信じ難いが、麗菜は朧と異形………完全体の力を同時に備えている。
「姉さまでは、私に勝てなくてよ」
「もう一つ教えて」
「何かしら?」
「どうして真月を、狙わせたの。あの子は力に目覚めていない………たぶん、大
きな力を秘めてもいないわ」
「なんだ、そんなこと」
くすっと麗菜は笑った。
「私もまさか、あんな子どもを狙うなんて思わなかったもの。あの男、想像以上
の変態だったのよ」
そして二人は、向かい合い、睨み合う。
かつて朧の者同士の戦いと言うのは聞いたことがない。力で劣る麗花としては、
攻撃を避けながらなんとか隙を窺い、防御される前に矢を打つしかない。狭いビ
ル屋上では、動きも制限される。
麗花は素早く、続けざまに矢を三本、番えて放つ。
「無駄よ、姉さま」
避けようともせず、麗菜はそれを全て身に受ける。しかし一本とて、麗菜の身
体を貫く矢は無い。矢が触れると同時に、麗菜の身体は光に包まれる。朧の力を
使うのに、麗菜は時間のロスが全くないのだ。
「私を倒すなら、このくらいの力が必要よ」
麗菜の手に、麗花と同じ光の弓と矢が生まれる。
「!」
放たれた矢は、麗花のものより遥かに早い。避けきれない。
麗花も身に光を纏い、それを防ごうとした。その左肩へと矢が当たる。
「はうっ!」
苦痛の声が上がる。麗花のものより大きな力を持つ麗菜の矢。吸収しきれず、
深々と突き刺さる。麗花はよろよろと後退し、手すりを背にもたれ掛けた。
「それを破裂させて、姉さまの肩を粉々にも出来るのよ」
だが麗菜はそうはしなかった。肩から突き出た矢は、砂のように崩れ落ちる。
「兄さまが、望まれないから………」
「兄さま………? 兄さんも生きているの??」
麗菜は答えず、近づいて来る。
その時麗花の後ろ、ビルとマンションに挟まれた道路から、噴煙状に光の粒が
立ち昇った。
「あれは」
麗花たちの頭上にも、微小なガラス状の結晶が降り注ぐ。一瞬、麗菜の注意が
逸れた。
その機に、麗花は麗菜の脚に飛びつく。抱えた脚を降り、屋上から共に飛び降
りるつもりだった。
しかし麗菜の対応は、早かった。飛び掛かる麗花を交わし、蹴りを入れる。
麗花は丁度寄り掛かっていた辺りの手すりに、叩き付けられる。
手すりは飴のように曲がり、麗花の口からは血が吹き出す。
それでも麗菜は手加減をしたのだろう。でなければ、麗花の身体は手すりを突
き破り、下へと落ちていたはずだ。
「あ、あなたたちの………完全体も、無敵では………ないようね」
口内に溜まった血を吐き、麗花は言った。
そこには僅かな希望が有った。こちらにはまだ完全体はいない。けれど敵の完
全体を倒すことが出来たのだ。
「ふふふ、そう、分かったわ、やっぱり兄さまも、麗花姉さまに会いたいのね」
それは麗花に答えての言葉では無かった。麗菜は、その場にいない誰かに向かっ
て話し掛けているような口振りだった。
「姉さまは、勘違いされているわ。女を孕ませてその子を吸収する………面白い
発想だったけれど、あの男まだ完全体には、ほど遠い。見せてあげる、本当の完
全体を………私たちの兄さまを!」
「な………なに、何なの!」
麗菜の長い髪が逆立つ。
手足を大の字に伸ばし、まるで引きつけでも起こしたようになる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
麗菜の喉から、叫びが絞り出される。それが次第に、野太い男の声に変わって
いく。
「麗花さん!」
階段の鉄扉が勢いよく開かれ、優一郎が現れた。ただならぬ事態を察して駆け
付けたのだろう、手には予め出現させた光の刀を握っている。
「チイッ、邪魔が入ったか」
引きつけ状態が解け、声も元の麗菜へと戻る。
「ゆう、いちろうくん………」
「麗花………さんが二人?」
事情を知らぬ優一郎は、麗花と麗菜の区別が付かず、立ち尽くしている。
「ふふふ、助かったわね、姉さま。二人とも倒してしまうのは容易いけれど。夜
明けも近いし、またいずれ日を改めさせてもらわ」
そして麗菜は、優一郎へと笑みを投げかけた。
「さよなら、二つの朧を持つ坊や」
たん、と飛んだかと思うと麗菜の姿は、紫色の空へ溶けて行った。
「麗花さん、麗花さんですよ、ね?」
倒れていた麗花を抱え起こし、優一郎が訊ねて来た。
「ええ、そうよ」
「いまの人は?」
「もう一人の………私かも知れない」
「えっ」
優一郎が、不思議そうな顔で麗花を見ていた。まだ朧月の家の秘密も知らない
優一郎に、説明しても混乱をさせるだけだろう。麗花はそれ以上は語らない。
「真月は………無事ですか」
「気を失っていますが、怪我はありません。心の傷の方が心配です………それと、
音風ちゃんも力を使って、いま気を失っています」
「そう………仕方ないわね。あの敵が相手では。あなたも、酷い傷ね」
優一郎の右半身には、何かに擦り付けたような大きな傷があった。麗花は、血
の乾いた傷跡にそっと触れてみる。見た目より浅い。優一郎には、高い治癒力も
あるようだ。
「ぼくの傷は大したこと、ありません。それより」
「ええ、帰りましょう」
麗花は優一郎の肩を借り、屋上を後にした。