#3926/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/ 6/13 23:22 (126)
【OBORO】 =第2幕・会者定離=(15) 悠歩
★内容
あれから三日が過ぎた。
あの後、麗花たちの家に戻るのには一苦労だった。何しろ音風と真月は気を失
い、優一郎、麗花、美鳥の三人もぼろぼろの状態。
優一郎は、自分のマンションの方が近いので、そこで休むよう提案した。しか
しマンションに戻れば誰かに目撃される。田邊の事件が発覚した直後、麗花たち
の家にいたはずの優一郎が、マンションに戻っていれば疑いが掛かるかも知れな
い。
夜明けを待って電車で戻るのも、不都合だ。傷だらけの五人組が、電車を利用
すれば否応なしに人目に付く。
結局匿名で警察に通報した後、来たとき同様に美鳥の力で戻ることにした。し
かし一人人数が増えた上に、行きには美鳥をサポートしていた音風も気を失って
いる。指導を受け、優一郎と麗花が力を美鳥に力を送り込みながら、どうにか戻
る事が出来た。麗花たちの家に戻ってすぐ、夜は明けた。
音風と真月を寝かせてから、優一郎も気を失った。
美鳥から聞いた話では、慣れない力を一度機に使った反動らしい。同じように
麗花も倒れ、しばらく寝込んでいたようだ。
結局四人が気を失い、比較的軽傷だった………と言っても傷を負い、力を使い
果たした美鳥が、みんなの面倒を見る事になってしまった。
優一郎は丸一日眠り続け、目が覚めた後も身体に痛みを感じ、起きあがること
が出来なかった。その間、美鳥は自分も決して万全の体調でもないのに、甲斐甲
斐しく世話を焼いてくれた。あの晩、白い肌を露にした美鳥の姿を思い出し、何
か気まずさを覚えたのは優一郎だけだったのか。
美鳥の持ってきてくれた新聞や、客間に置かれた小さなテレビで、田邊のこと
がどう報じられているかを知った。
行方不明になっていた者達のうち、女性七名が市内のマンションの一室で発見
された。また、マンション前の路上で砕けたミイラが見つかり、解剖の結果行方
不明の男性の一人と断定された。室内には、警察が駆け付ける寸前まで何者かが
争った跡があった。拉致されていた女性の証言や残されていた体液から、部屋を
借りていた高校生を犯人と断定。行方を追っている。通報者と、犯人と争ってい
た人物も合わせて探しているが、これについては女性たちも知らないらしい。さ
らにマンションの向かいのビルの屋上に、何者かが大型機器を使って破壊した跡
が残されており、事件との関連性を調べている、との事だった。
いまのところ、優一郎たちに疑いは掛かっていないようだ。もし警察に知れて
しまったら、どう説明しよう。正当防衛を主張して、事実を話したところで信じ
てもらえるだろうか。優一郎は、そんな事を考えた。
また報道では女性たちが陵辱を受けていたことについては、伏せられていたが、
数人は精神に異常をきたしていたような事を言っていた。知らない者ではないだ
けに、優一郎には辛かった。同じく、見つかっていない行方不明者の男性三名も
捜索中らしいが、彼らが既にこの世に亡いことを、優一郎は田邊から聞いている。
ワイドショーはこぞって、事件の異常性や、同じマンションの住人が全く気が
つかなかったと言う事を、大袈裟にクローズアップして伝えていた。
優一郎は思う。
あれは、何だったのだろうと。
田邊が身に付けていた力。あいつは生まれついての化け物だったのだろうか。
何が田邊を狂わせたのだろう。
そして優一郎の力。「朧」と称する力とは。
美鳥以外、寝込んでいた状態で、未だ詳しい説明を訊く機会がない。優一郎自
身も、訊く気にならなかった。全てを知ってしまう事が恐かったのだ。
田邊との戦いは必死だった。一度は化け物となった田邊と、刺し違える事も覚
悟した。しかし戦いに生き残り、時間が経つにつれ次第に優一郎の心は、恐怖に
支配されて行った。
得体の知れぬ存在と対峙する事への恐怖、己の中に潜む力への恐怖。それは一
介の高校生としては、当たり前の感情だったのかも知れない。
優一郎には戦う理由がない。
最初は自分の身を守るため。次は真月を救うため、仕方なく戦ったに過ぎない。
それにしても、麗花たちに関わった為に巻き込まれてしまったようなものだ。
最初の戦いについては、どうも麗花たちに仕組まれたもののような節がある。
優一郎は決めた。
ここを出ていこうと。
もともと遺産などあてにしてはいなかった。自分に従姉妹がいると知り、人恋
しさだけでここに来ていたのだ。しかし恐怖がその感情に勝った。
いま優一郎は、麗花たちの家の門に立っていた。その前ではタクシーがドアを
開き、優一郎が乗り込むのを待っている。
「それじゃあ、お世話になりました」
優一郎は麗花へ、儀礼的な挨拶をする。
「ええ、優一郎さんもお元気で」
力無く微笑み返す麗花。あれから麗花の体調も、ずっと優れないらしい。青白
い顔色をしながらも、優一郎を見送るために出てきてくれた。
麗花、美鳥、見送ってくれるのは二人だけだった。
音風はまだ起きあがれないらしい。そして真月もあれ以来酷く怯え、部屋から
出ようとしないらしい。今日まで、優一郎にも顔を見せていない。
「優一郎、また………」
美鳥は何か言葉を、途中で飲み込む。
「遊びに来て」だろうか。
だが美鳥には分かっていたのかも知れない。優一郎が二度とここを、訪ねて来
るつもりのないことを。
「お二人ともお元気で。音風ちゃんや、真月ちゃんにもよろしく」
最後の言葉を言い終え、優一郎はタクシーに乗り込む。
「あ、ちょっと待って下さい」
ドアが閉められるを、優一郎は止めた。
玄関から真月が走って来るのが見えたのだ。
「真月ちゃん」
優一郎はドアから半身を出した。
「………これ」
両手を添えて、真月が一枚の封筒を差し出した。恥ずかしいのか、拭いきれな
い恐怖のせいか、その手が小さく震えている。
「あとで、よんで」
「ああ」
優一郎が受け取ると真月は、さっ、と美鳥の影に隠れてしまう。
それが優一郎には寂しく思えた。
けれど仕方ない事だと思えた。
優一郎は逃げ出すのだから。
この真月たちを見捨てて。
「すみません、もう出して下さい」
これ以上、ここに留まるのが辛かった。優一郎は運転手を促す。
車窓を流れる風景が、目に馴染んだ、見覚えのあるものに変わっていた。
あと三駅で、優一郎の街に着く。
優一郎は現実の世界に帰って来たような気がした。これまでの出来事はみんな、
夢だったのではないか。そう思えてくる。
ふと、真月にもらった封筒の事を思い出す。全てが、少なくとも従姉妹たちの
存在が夢ではなかった証に、優一郎の胸ポケットには小さな封筒が入っていた。
少女漫画の付録なのだろう。可愛らしいキャラクターのイラストの付いた封筒
を手に取り、開けてみる。四つ折りの便せんが一枚、入っていた。
広げてみると、やはり便せんにもキャラクターがデザインされていた。そして
そこには、小さく控えめな文字で何か書かれている。真月の字だろう。
『つりのときの やくそく』
そんなタイトルが目に入る。
「そうか、まだ約束、果たしてなかったもんな」
そして後に続く内容、優一郎が守るべき真月の願いが短く綴られていた。
『真月の ほんとうの お兄ちゃんに なってください。』
便せんを持った手を膝におき、優一郎は天を仰ぐ。
ガラにもなく、熱くなってしまった目頭のものを堪えるために。
「ごめん………真月ちゃん、ごめん」
純真な真月の願いが、優一郎の胸に痛かった。
真月を見捨てて逃げ出した自分が、情けなかった。
だが再び真月たちの元に戻る勇気もない。
優一郎は、そんな自分がまるで価値のない人間に思えた。
電車は間もなく、優一郎の街へ着く。
【続く】