#3924/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/ 6/13 23:20 (185)
【OBORO】 =第2幕・会者定離=(13) 悠歩
★内容
『どっちが、たくさん釣れるか、競争』
『競争か、面白そうだね、やろうか』
『でね、負けたほうは、勝ったほうのいうことを、一つだけぜったいにきくの』
優一郎は、真月と釣りに行った日の事を思い出していた。
『そう言えば、まだ約束、果たしてなかったっけ』
どうやら永久に果たす事は出来なくなりそうだ。優一郎は約束は守れない、助
けてやる事も出来ない、いい加減なヤツになってしまいそうだ。
人懐っこい、真月の笑顔が浮かぶ。
「ちっ、どうせこれで終わりなら」
せめて田邊と刺し違えてやろう。優一郎は、残りの全ての力を刀へと集中させ
る。しかし刀の光は、僅かに強まっただけだった。
「おや? まだやる気らしいねぇ………無駄なのに。ふふふ、まあ死を目の前に
して必死になるのも分かるけどねぇ。安心しな、さっきも言ったろう。簡単には
殺さないってね。ぼくの神経を送り込んでやれば、身体を裂かれても生き続けら
れる………苦痛もそのままにねぇ。腑を引き出して、その前で女の子たちを犯し
てやるよ」
刀を振るえるチャンスは、有っても一度だけだろう。何処を攻撃するか? 先
刻の一撃を見ても田邊の皮膚は、歯が立ちそうにもない。狙うとすれば、目か口
か………しかし、ヤツにとって致命傷になるのか? それに顔を攻撃するのには、
真月の身体が楯となり難しい。決めかねているうちにも、田邊は確実に近づいて
来る。
「我は朧。朧は月を呼ぶ………」
喨々とした声が響き渡る。音風の声だ。
「だめだ! 音風。あんたは使っちゃ行けない」
まだ蹲ったままの美鳥が、必死の声でそれを止めようとしている。
音風の力は、他の者の力を増幅するだけではないのか? なぜ美鳥が止めよう
とるのか分からない。確かに美鳥のように、簡単に弾かれるのがおちかも知れな
い。しかし優一郎が刺し違える事が出来なければ、後は彼女たち自身でなんとか
するしかないのだ。
とにかくいまは、音風が力を使おうとする事で、田邊の注意が逸れるだけでも
良かった、が。
「無駄だよ、お嬢ちゃん。お姉さんや、優一郎くんを見たろ? 朧とやらは、ぼ
くには通じない」
田邊はそう言っただけで、音風には一瞥もくれようとしない。隙は見当たらな
いが、考えている時間は、もうない。一か八か、突撃をするしかない。そう思っ
た時。
「月光風となり、敵を討つ!」
病弱な少女のものとは思えない、凛とした声が聞こえた。すると………
突然、強い風が優一郎たちの周囲に吹く。ただの風ではない、光の風だ。
煌めく光の粒子が、風となって吹き荒れる。その光の量、光度は優一郎の比で
はない。
「驚いた………優一郎くんより、凄いじゃないか。けど、やっぱり通じ………」
田邊の台詞が、中断された。その時、優一郎は風が止んだと思った。しかしそ
うでは無かった。
吹き荒れていた風は一点へ集中していたのだ。即ち、田邊の元へ。
塊ではない、小さな光の粒。その粒が無数に流れ、風となっている。その風が
田邊を中心とし、小さな渦となる。渦は壁となり、田邊を封じ込める。
「なんの真似だい?」
渦の中から声がする。中の様子を見る事は出来ないが、ダメージを受けている
ようでもない。妹が人質になっている以上、音風も相手を傷つける力は使えない
のだろう。だが、田邊の動きは完全に封じられたらしい。
「なんだ! 出られない」
微かに光の渦に体当たりをする影が見えた。しかし田邊にはその壁が破れない。
「ふん………時間稼ぎか? いいだろう。お嬢ちゃんの力が、いつまで保つのか
見てあげよう」
動きが封じられたものの、田邊はその力に驚異を感じていないらしい。
「音風!」
優一郎は美鳥の叫びにはっとなり、音風の立っていた辺りに視線を送る。が、
そこに音風の姿はない。
「音風ちゃん? 何処に………」
「中よ!」
即座に美鳥の応えが返る。
「なんだって!?」
光の渦が消失する。
そこに優一郎は、更に悪化した状況を見た。
巨大なヒヒ、田邊の左腕に捕らわれた真月。そして右側に音風。
しかし音風は、捕らえられたと言うより、自らしがみついていると言った方が
正しい。当然両腕に人質を捕れば田邊の手は塞がれる。従って田邊は音風を拘束
してはいない。音風が田邊の躯にしがみついているのだ。
「何の真似かな? どうせ逃げられはしないんだけど、自分から抱き付いてくる
とは、ね。ぼくに惚れたのかな」
醜いヒヒの面で、そんな台詞がよく言えたものだ。しかし田邊に呆れるより、
音風の行動の方が不可解だ。あの渦は隙をつくためのものとしても、しがみつい
た程度では、田邊の動きを止める事すら叶わない。
事実田邊は音風をそのままに、優一郎へと近づいて来ている。音風の姿は、さ
ながら抱き付き人形のようだった。
「優一郎、音風を刺して!」
叫んだのは美鳥だった。
「馬鹿な!」
刺せと言われて、素直に刺せる訳が無い。優一郎は美鳥の気が触れてしまった
かと思った。
「急いで! 早くしないと音風の力が保たない!!」
「お願い、優一郎さん!」
音風自身もまた、それを要求する。田邊はもう、優一郎の目前に迫っている。
刺し違えるにしても、反撃の機会はこれ以上伸ばせない。いずれにしろ、優一郎
が田邊を倒さなければ音風も無事ではいられないだろう。
迷っている時間は無い。
「ごめん、音風ちゃん」
優一郎は渾身の力で、音風の身体に刃を突き刺した。
一度刀を砕いた事で、田邊は自信を持っていたのだろう。ましていま、優一郎
の手にある刀は、先程より弱い光しか放っていない。避けようともしなかった。
それが命取りとも知らず。
刀が音風に触れた瞬間、少女の身体は淡い光に包まれる。光の中を、全く無抵
抗に刀が通り抜けていった。それからやや時間をずらし、確かな手応えを優一郎
は感じる。
すうっ、と刀をすり抜け、音風の身体が地に落ちる。後に残った刀は、田邊の
身体に深々と突き刺さっていた。
「な、そんな………馬鹿な」
目を見開き、田邊は己に突き刺さる刀を、信じられぬと言った顔で見つめる。
即座に優一郎はイメージする。
「炸裂」と。
ぱあっ。
田邊の躯を突き破り、光が四散する。
胸と腹が、拡散する光に飲み込まれ崩れて行く。
腕から落ちた真月を、辛うじて美鳥が受けとめる。
「優一郎、完全に消滅させるんだ。でないと、再生する!」
妹を庇いながら倒れ込んだ美鳥が叫ぶ。
二つに別れた田邊の躯が崩れ落ち、脚の部分はすぐに光に包まれ砂と化す。
「なる………ほど。そのガキの身体で、力を増幅したのか………」
口惜しそうに崩れていく田邊が呟く。
「まあ、いいか………ほんの一時だけど、楽しめたし。くくくっ………たぶんぼ
くと、同じ力を持った奴等はまだまだいるはず………いつかは君らも、ぼくと同
じ運命になる。一足先に行って、待ってるよ」
そして田邊は砂となった。
その様を見送りながら、優一郎は哀れと思った。
田邊がしてきた事は決して許せないが、彼の精神が歪んでしまったのには優一
郎も無関係ではない。もし優一郎が、本当の友だちとして接していれば、こんな
事にはならなかったかも知れない。
「お、音風ちゃん」
優一郎は、倒れていた音風に駆け寄り、身体を調べる。刀による傷は残されて
はいなかった。
「衝撃で気を失っているだけだよ………」
真月を抱き抱えた美鳥が、後ろに立っていた。
「真月も………怪我はない」
怪我はないと言いながら、美鳥の声は沈んでいた。傷はなくとも、精神的なショ
ックを思えば喜べないのだろう。それは優一郎も同じだった。
「美鳥、お前の怪我は?」
「大したはことない………優一郎の方こそ」
「ああ、俺もかすり傷だ」
いつの間にか出血も止まっている。
「あ!」
「どうした、美鳥?」
「お姉が………麗花お姉が、いない」
言われて、優一郎も初めて気が付く。
マンションの前で休んでいたはずの、麗花の姿が見当たらない。
その時ふと、優一郎は向かいのビルの屋上で、何か動くのが見えた。
「いったい、何が有ったの? 仮にも朧の血を引くあなたがなぜ、異形の側につ
くの?」
十五年振りに再開した、実の妹は敵側の人間だった。感激より大きな衝撃が、
麗花の心を襲う。
「きっかけは九年前になるかしら」
妹、麗菜は感情のない、冷静な口調で答える。
「火事………ね? 師岡の家の。あの火事で、みんな死んだと訊いたわ」
「訊いた………ね。ふふ、まるで他人事のようだわ。麗花姉さま」
麗菜は冷たい笑みを浮かべる。
「全ては朧のせいだわ。朧の力の強かった姉さまは、朧月の家に連れて行かれた。
いいえ、父が売ったのよ。僅かばかりのお金で」
「止めて麗菜。私はもうその事を怨んでないわ」
「うそ」
ふふふ、と麗菜は笑う。
「それなら、どうしてあの火事の後、来てくれなかったの? 死んだと訊いても、
自分の目で確かめようとしなかったの?」
「行きたかったわ………でも、朧月のおじいさまが許してくれなかった。師岡の
家と完全に縁を切ること………それが朧月の家に引き取られたとき条件だったか
ら」
麗花とて、麗菜たちの事を忘れた日などなかった。師岡の家が火事になり、家
族四人が焼死したらしいと訊いた時、どれほど悲しかった事か。すぐにでも飛ん
で行き、遺体のみつからないと言う、妹たちを探したいと思った事か。しかしそ
の時、朧月の長女となっていた麗花には許される事では無かった。
事業に失敗し、破産し掛けていた師岡の父は、麗花を本家である朧月に売るこ
とでその苦境を脱っした。その後一切、如何なる場合でも麗花と師岡の家は関わ
りを持たないと約束をして。師岡が事業に失敗した裏には、朧月の祖父の工作が
有ったと知ったのは、最近だった。
「あの火事ね」
麗菜はどこか遠くを見ながら言った。
「私が着けたの」
「えっ?」
「殺したのよ、私が。父と母を」
「どうして………」
師岡の家で、何があったと言うのだろう。
「姉さまと一緒ね。朧月のじじいたちを殺した、麗花姉さまと………いいえ、正
しく言うと、姉さまじゃないのかしら?」
麗花は愕然とする。朧月の姉妹たちにとって、忌まわしいあの日のことが脳裏
に甦っていた。
「ふふふっ、不思議かしら? 私がその事を知っているのが。教えてあげる、朧
月の全てはこちらに知られているのよ。朧月がこちらを知る以上に」
予想はしていた。
代々朧の血を守るため、朧月の姓を名乗り続けてきた家だ。異形たちにその存
在が知られていても不思議はない。だが麗花を不安にさせたのは麗菜の言葉から、
そして彼女が田邊という異形の影にいた事から、連中が全く個々に行動している
のではないらしいと言う事だ。麗花の知る限り、かつて異形が徒党を組む事など
なかった。