#3920/5495 長編
★タイトル (RAD ) 97/ 6/13 23:17 (195)
【OBORO】 =第2幕・会者定離=(9) 悠歩
★内容
「妹の危機に、長女の私がじってしてはいられない。それに、私には他にも行か
なければならない理由があるの」
「分かった………」
美鳥は姉の申し出に、素直に従う。
「でも音風は………」
連れて行くわけには行かない。言い聞かせようとする美鳥に、音風は頑として
応じない。
「お願い………真月は、真月は私が守らないと………」
「仕方ないわ、もめている時間もないし、音風も連れていきましょう。それにあ
んな事があった後で、一人家に残しておくのも危険かも知れないわ」
事情の分からない姉妹のやり取りに、優一郎が口をはさむ余地はなかった。話
は優一郎の意見を抜きにして、まとまったようだ。
「ちっ、しょうがないか。四人、か………ちょっとしんどいけど、フルパワーで
行くからね。優一郎、どこでもいいから私の身体に触れて。強く掴む必要は無い
けど、離したら振り落とされるからね。それから、どこでもいい。このマンショ
ンになるべく近い場所をイメージして」
説明を求める時間も惜しい。言われるまま、優一郎は美鳥の肩に手を掛ける。
「行くよ!」
美鳥の脚が輝きだした次の瞬間、周囲の風景が消えた。
自分の身体が空を飛んでいるのだと理解するには、相当の時間を要した。
周囲の風景が消えたのではない。優一郎たちが、高速で宙に上昇したのだ。足
下に大地の感触を失い、それを確認するため下を見て初めて知った。
現れては消え、消えては現れる光の帯。それは流れて行く、街の明かりだった。
その流れから、優一郎たちはかなりの速度で移動している事が分かる。だが高
速で移動しているのにも拘わらず、体感する物がないのだ。ゆっくりと自転車を
こいでいる時でさえ、身体は流れる空気を感じる。が、いま優一郎たちは空を猛
スピードで移動しているはずなのに、殆ど風の流れを感じないのだ。
昔遊園地で360度スクリーンの映画を観た事があるが、ちょうどそんな感じ
だ。もしかするとさっきの出来事も、美鳥たちの悪戯で、いまこうして飛んでい
るのも360度スクリーンの劇場にいるのではないか。そう思ってしまう。だと
したら、随分と手の込んだ悪戯だ。テレビのドッキリ番組でもやらないほどの、
予算がいるだろう。
それが悪戯なのか、確認する手が一つある。
いま美鳥の肩を掴んでいる手を離せばいいのだ。もし悪戯ならば、頭を掻きな
がら美鳥は言うだろう。
「ちぇっ、ばれたちゃった」と。
麗花と音風は、口元に手を充てて笑うだろう。
「ふふっ、ごめんなさい」と。
もし悪戯でないのなら。
肩から手を離した瞬間、美鳥が言ったように優一郎の身体は真っ暗な夜空に投
げ出されるはずだ。真実である証として、地に叩き付けられた優一郎の身体はば
らばらに砕けるだろう。
試してみる気にはならなかった。あの田邊の放っていたおぞましさ、造り物で
ある訳がない。真剣な姉妹の眼差しが、人をかつぐための芝居であるとは思えな
い。全ては現実なのだ。
優一郎は、真月を助けるために田邊と戦わなくてはならない。争いは好まない
が、喧嘩には多少の自信がある。だがそれは普通の人間相手での話だ。先程見た
田邊は人間を越えていた。どう戦えばいいのか見当もつかない。美鳥は優一郎の
力がどうのとか言っていたが、なんの事だろう。
最悪の目覚めだった。
麻疹(はしか)に掛かってしまった日の目覚めの方が、いまに比べたらよっぽ
ど良かった。
意識を取り戻した真月を最初に襲ったのは、得体の知れない悪臭だった。
何かの腐臭、糞尿の臭い、汗の臭い。
それらをごったにして、さらに複数の臭いをぶちまけた。おおよそ、この世の
中の全ての悪臭を一つにしてしまった。そんな臭いがする。
じっとりと湿ったベッドの上。それが目覚めたばかりの身体に、不快感を与え
る。
「ここは、どこ?」
口の中が乾ききって、上手く声が出せない。目に映る天井は、見覚えのないも
のだった。自分の部屋ではない。
真月は身体を起こそうと試みるが、まるで力が入らない。僅かに首が動くだけ
だった。
「やあ、お目覚めかな。お嬢ちゃん」
声がした。
男の人の声。
でも、優一郎の声ではない。身体が自由にならないので、真月は首と眼球の動
きだけで、声の方を見た。
「ひっ!」
思わず悲鳴が漏れる。
前髪がぼさぼさに伸びた男の人が、真月の事を見下ろしている。笑っているけ
れど、優一郎のような優しさは感じられない。いじわるをしている時の友だちよ
り、もっと残酷な笑い。
そして何より真月を怯えさせたのは、その男の人の顔を既に一度見ている、と
言うことだった。あれは夢ではなかったのだ。
自分の部屋で寝ていた真月は、ばん、という大きな音で目を覚ました。ぱらぱ
らと小さな欠片が降ってくる中で、壁に穴が開いているのが見えた。そこに誰か
が立っていた。
「だれ?」
まさかお化け?
恐る恐る訊いても、応えない。黒い影が真月に迫ってくる。
「真月、どうしたの!」
戸の向こうから音風の声が聞こえた。
「お姉ちゃん!」
真月が叫び返したとき、間近に迫った影の顔が見えた。知らない男の人。とて
も恐い顔をしていた。
ぽん、男の人が肩を叩く。悲鳴を上げたかったのに、声が出ない。急に頭の中
が、くらくらとして何も分からなくなってしまった。そのまま気を失ってしまっ
たらしい。
いま、目の前にいるのはその時の男の人。
「ここは、どこなの? あなたは、だれなの?」
恐くて涙が出てしまう。
男の人はふん、と鼻を鳴らした。
「ここは、ぼくの家さ。ぼくは………そう、君のご主人様さ。今日から君は、こ
こに住むんだ」
「い、いやよ、そんなの。わたしを、おうちにかえして」
「ふん、我侭を言ってはいけないなあ。ほら、みんなも君の事を歓迎しているの
に」
「えっ」
みんなと言われても、他に人の姿は見えない。もっとも体の自由が利かない真
月は、部屋全体を確認する事は出来なかったが。
「ほら、聞こえないかなあ」
男の人は、にこにこと笑った。笑っているのにとても恐い顔だった。
「………」
微かに何かが聞こえた。とても小さな音。
真月はじっと耳を澄ましてみる。
「うううううっ」
人の声のようだ。
とても苦しそうな声。
一つではない。いくつも、いくつも、声が聞こえる。
「なに、この声?」
「ふふん、そうか。見えないもんねぇ、真月ちゃんには。よし、少し動けるよう
にしてあげるよ」
ぱす、と変な音がした。男の人が指を鳴らそうとしたのが、上手く行かなかっ
たらしい。
「あっ」
急に真月の身体に少しだけ、力が戻った。と、言っても両手で支え、どうにか
上半身を起こせる程度だったが。
「………」
悲鳴も上げられなかった。
ベッドの下に転がる、裸の女の人たち。
身動き一つしない。死んでいるのかと思った。けれどみんな息をしている証拠
に、僅かだがお腹を上下させている。
声の正体は、この女の人たちだった。誰も身動きはしないが、それぞれが口か
ら小さく、苦しそうなうめき声を漏らしていた。
よく見ると、みんな身体に血の跡や、白いものを付けている。中にはそれらの
物が乾燥した状態になっているのも多かった。
「うっ」
その中の一人が、突然震えだしたかと思うと、失禁を始めてしまった。
「ちっ、また絨毯を汚したねぇ」
男の人は特別に恐い声を出して、何人かを踏みつけながら、その女の人のとこ
ろまで歩いて行った。
「あ……ああ、ごめん………なさい」
女の人は、先程の真月と同じように、目だけで男の人を見て謝った。涙を流し
ながら。
「ったく、堪え性がないんだから」
ばん。
部屋中に音が響いた。男の人が、力一杯女の人のお腹を蹴り飛ばしたのだ。
女の人は、口から血を吐いた。
「これは、罰だからね」
男の子人は女の人の髪を掴んで、小便で出来た水たまりに顔を落とした。飛沫
が飛ぶ。
「いいかい? この次は、こんなものじゃ、済まないよ」
「は………い」
それからまた、男の人は真月の方を向き直った。
「いや………」
真月は後ずさりしようとしたが、やっとの事で上半身を起こしている状態では、
それも叶わない。身体を支えている両手の力のバランスが崩れ、ベッドの上に倒
れてしまう。
「いや、来ないで………」
弱々しく首を振り、いやいやをする真月。
男の人は声を低くして言った。
「そぉんなに、恐がらなくてもいいんだよ。君は特別だ。大人しく言うことを聞
いていれば、可愛がってあげるから」
そして男の人はベッドに座って、真月を赤ん坊のようにして抱き上げる。男の
人の手が触れると、真月の震えはますます大きくなり止めることが出来ない。鳥
肌が立つ。
男の人は、真月の身体を壁にもたれさせて座らせた。そして掌をパジャマの上
から強く胸に充てる。
気持ちの悪さより、痛さが先に立つ。真月はそれを払いのけようとするが、手
が全く上がらない。夜中に目が覚めたとき、手を身体の下敷きにしてたのに気が
付く。その手を動かそうとしても、もう痺れすら通り過ぎてまるで何も感じない。
そんな時のようだった。
身をよじって避ける事も出来ない。
「ふぅん、本当になんにもないねぇ。このくらいの年齢では、普通なのかな?
それとも真月ちゃんの成長が遅いのかなあ」
なんでこんな事をするんだろう。
真月にその意味は分からない。
男の人の手から、力が抜ける。やっと解放されるのか、真月は思った。
だがそうでは無かった。男の人は下着ごと、乱暴に真月のパジャマを脱がせに
かかった。
「くうっ」
丸まった袖が真月の皮膚を挟み込むが、男の人はお構いなしに力づくで脱がせ
てしまった。上半身が裸にされる。
恐さと恥ずかしさで真月はもう、死んでしまいそうな気持ちだった。
男の人の顔が近づいてくる。なま暖かい息が、首筋に掛かった。
ぺろり。
舌がその首筋を舐め上げる。
「しょっぱいなあ………くくくっ。それに真月ちゃんくらいの歳だと、やっぱり
体温が高いみたいだねぇ。ところで真月ちゃん?」
パジャマの下は履いたままだったが、今度はその上から真月の股間に男の人の
手が触れる。
「真月ちゃんは、もう初潮は済んでいるのかな?」
「ふ………うううっ………うぁ」
言葉にならない。
震えが激しく、もう真月にはまともな言語を発する事が出来なかった。
「ちゃんと答えてよ、真月ちゃん。でないと………殺しちゃうよ」
真月は固く目を閉じた。
もうそれ以外に抵抗する術がなかった。
『こわい………こわいよぉ………助けて、音風おねえちゃん、美鳥おねえちゃん、
麗花お姉ちゃん………優一郎、お兄ちゃん!』