#3878/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 5/24 11: 5 (200)
そばにいるだけで 9−2 寺嶋公香
★内容
フルネームで呼んで、やっと振り向かせられた。
「い、いや。ごめんごめん。−−あー、おかしいっ。涼原さんて、案外、単純
なんだ」
「単純……ど、どうせ!」
「言い方がまずかった? じゃあ、『純粋』ってことにする」
「言い直したってだめよ、ふん」
「……あっ、名前にぴったり」
「は? 何を言ってんの?」
「名前、純子だろう? 純粋の純」
うれしそうに顔を向けてくる相羽。うまく言い逃れできそうだからか、それ
とも別の理由からかは分からない。
「……単純の純ね」
純子は、ぶすっとして応じた。内心では、少し機嫌を戻しながらも。
「それよりも、そんな気安く呼ばないでよ、下の名前」
「もう忘れてるな。さっき、僕の名前、呼んだでしょ、『相羽信一!』って」
愉快そうに相羽。純子は完全にペースを握られている。
「あれ、あれはっ。あんたがいつまでも笑ってるから」
「だったら、もっと笑おうっと。名前、呼んでくれる?」
「……よく言うわ」
純子は片手を額に当てた。ふっと、笑みがこぼれた。
事前に危惧していた通りだった。
曇天にも関わらず、映画館の入ったビル全体が、大したにぎわいのようだ。
「香村倫、人気あるでしょう?」
どうだとばかり、胸を張ったのはもちろん富井。今日は普段の制服姿と違い、
身体によりフィットした服なので、その大きさがより強調される。
「みんながみんな、映画目当ての客じゃないでしょうに。それにしても、あー
あ、パンフなんかを買うのがつらいのよね、こういうのって」
町田が早くも疲れ口調でこぼす。行列そのものが苦手らしい。
「映画観る分には、座席さえ確保できれば文句ないわ」
「たいていの人は、そうだと思うけど……」
深緑色のベレー帽が落ちないよう、片手で押さえた格好のまま前進する純子。
混雑の中、人の間をすり抜けるには、苦労が伴うもの。ようようのことで、建
物内部の映画チケット売り場前に出た。
「ロストジェネシス、五人分、お願いします」
化粧が妙に白いおばさんが、気味悪いほど唇の両端を上げた笑顔で、券を五
枚、渡してくれた。
その場を離れ、純子はみんなに券を手渡した。
「自動販売機にすればいいのに」
相変わらず文句を垂れる町田である。井口が同調する。
「本当。いい加減、改装してもいい頃」
「それよりも、パンフレットを……」
小さな声で遠野が主張した。いつも大人しい彼女が人いきれに圧倒されなが
らも、結構、楽しそうなのはやはり大ファンのなせる業か。
そんな風にして、映画関係のグッズにお菓子や飲み物も買った頃、ちょうど
二回目の上映が終了。うまい具合に、席も確保できた。
* * *
上映が終わると、さっさと出る人、余韻に浸っている人と様々だ。
純子達五人の中では、町田が前者の典型であるのに対し、富井、井口、遠野
の三人が後者である。
「えーい、いつまでも泣くなぁ」
席を立ち、すでに通路に出ている町田が苛立たしげに言った。
「だって、だって、感動的だったものー」
富井が言うのへ、町田は肩をすくめた。
「死んだと見せかけて、生きてたってだけでしょうが」
「芙美ぃ〜」
身も蓋もない言い方に、三人が抗議する。
(どうでもいいけど、恥ずかしいよー)
友達の横で、中間派の純子は帽子を胸に抱き、落ち着かなかった。自分達が
結構、目立っているような気がするのだ。
「ねえ、純ちゃんは、分かるでしょ?」
「え、何?」
急に振られて、焦ってしまう。
「聞いてなかったのぉ?」
「あはは……ごめん。あの、もうそろそろ、出てもいいんじゃないかと思って」
「純子まで、そんなこと言う」
井口からも抗議を受けてしまった。
「香村クン、格好よかったよね?」
「え、うん、まあ」
気のない返事……というつもりはないのだが、今はとにかく目立ちたくない。
(映画の話は置いといて、早く出ようよ。人が見てる)
そんな折、別の声がかかった。
「あれ? 何か、見たことあるなと思ったら」
唐沢だった。四人分の飲み物を器用に持っている。
「涼原さん達もこれから?」
「ううん。終わったところ。出ようとしてるんだけど、話し合いが着かなくて」
苦笑いしつつ、町田達を指差した。
「唐沢君、誰と一緒なの? その飲み物……」
「ふふ、デートなのだ」
得意そうになる唐沢に、純子は目を丸くした。
「デート? 四人で?」
「そ。いや、もてる男はつらい。一対一はなかなか許してもらえなくってさ」
「……大した自信ね」
呆れながらも、唐沢相手なら許してしまえる。
「運ぶの、手伝ってあげようか」
「いい、いい。こうして苦労しているところを見せないとね。はははっ。じゃ」
ウィンクして去る唐沢の姿を追うと、確かに三人の女子が座る席へと近付い
ていくのが分かった。
(よくやる〜)
もはや感心の域に入っていると、背後から肩をつつかれた。
「出られるよ、やっと」
振り返ると、くたびれ顔の町田が、ため息混じりに言った。
議論がようやく決着したらしい。いや、決着してないのかもしれないが。
図書室の受け付けに座り、暇な時間を利用して宿題をしていると、前方に人
の気配を感じた。純子はすぐに顔を上げ、応対しようと心構えをする。
「あ、白沼さん」
立っていたのがクラスの副委員長だと分かって、思わずつぶやく。言葉を交
わすのはこれが初めてではないが、まだまだ慣れ親しむ仲でもない。
「貸し出し? 本と生徒手帳を出してね」
「いいえ。借りるんじゃない」
ゆるゆると首を横に振った白沼。色の白い、ともすれば冷たい印象を与える
彼女の表情は、どこかしら固かった。
(本を借りるんじゃない?)
わずかに身を乗り出し、相手が確かに本を持ってないのを認識する純子。
「じゃあ、何? 探したい本があるんだったら、できるだけ協力するけれど」
「本の話じゃないのよ。涼原さん、あなたに教えてもらいたいことがあって、
寄せてもらったの。いいかしらね?」
丁寧だが、押しの強い口調だった。
「う、うん。今ならまだ人は少ないから」
背伸びをして、室内を見渡しながら言う純子。実際、利用者は多くないし、
借りに来る人はもっと少ない。もうすぐ中間試験だから、急に増加すると話に
は聞いているが。
「そっち行っていい?」
「かまわないと思う」
白沼はカウンターを迂回し、内側に入ってきた。空いている椅子を見つける
と、勝手に座る。
「結構、居心地いいじゃない。次やるなら、図書委員もいいかも」
「それで、どんな話が」
「第二小の子について、教えてもらおうと思って」
いたずらっぽく笑みを浮かべる白沼。純子は困惑しつつも、首肯した。
「いいけど……どうして私に?」
「あなた……相羽君と仲いいみたいだからさ」
「え、相羽?」
具体的に名が挙がり、思わず声を大きくしかける純子。手で口を押さえて、
声量を整える。
「−−白沼さん、相羽君のことを聞きたい……?」
「そうよ。彼と立島君ね。格好いいじゃない」
「仲がいいことなんかない」
「そうは見えないわね。小学校のとき、同じクラスだったんでしょ?」
ついっと指さしてくる白沼に、気持ち、押される純子。上体を少し引いた。
「立島君とは五年六年と同じだったけど、相羽君の方は六年生のときだけ。言
っていいのかな、相羽君、転校してきたのよ」
「転校? 六年のときに?」
「ええ。だから、私だって、知り合って一年足らず」
「そうなんだ? でも、ある程度は知ってるでしょ。教えてもらいたいわ。ま
ず、相羽君ね」
「え、まあ……答えられる範囲で」
応対している間中、純子は不思議に感じていた。
(何のために知りたがってるんだろう、白沼さん?)
「身長と体重、スリーサイズは?」
「え? そ、そういうことは……」
歯を覗かせ、何と答えていいやら迷ってしまう。知ろうと、考えたことさえ
なかった。
「血液型は何型かしら」
「さ、さあ」
「じゃ、誕生日はいつ?」
「卒業アルバム見れば分かるけど、今は覚えてない……」
純子が口ごもると、白沼は座ったまま、あきれたように腰に手を当てた。
「何にも知らないじゃない? どうしてよ」
「どうしてって言われても」
「あれだけ格好いいのを放っておくなんて、信じられないわ。真剣に答えてく
れてるでしょうね?」
心なしか、白沼の眼に疑いの色がにじんでいるような。
「ほ、ほんとに知らないんだもん。他の子なら、知っている人もいるかもしれ
ないけど、私は……」
「そう? 何か知ってる話、ありそうな口振りだったわよ?」
「趣味と言うか、好きなことぐらいなら、何とか……」
「あ、いいわね。教えて、相羽君の趣味」
やっと笑顔に戻る白沼。
「相羽君が興味を持っているのは、昆虫と化石よ。どっちもよく知っているわ。
本だってたくさん読んでいるみたいだし」
「化石なんて、ロマンチックなのねえ」
「それから、趣味と言うよりも特技は、手品」
「手品。どんな手品かしらないけれど、凄い感じ。見せてもらえるかしら」
自分の片手をもう片方の手で握りしめ、白沼はしきりに感心している。
純子は、口ごもりそうになるが、どうにか答えた。
「頼んだら見せてくれるかもしれない。でも、その内、隠し芸を披露する機会
が来れば、相羽君の方からやってくれると思う」
「それじゃ、そのときまでのお楽しみね」
「それから……推理小説が好きなのよ、確か」
「推理小説ね。言われてみたら、イメージに合いそう。スポーツはどう?」
「何でもやると思う。六年のときを見る限りじゃ、得意なのは……サッカーと
水泳かな」
「サッカー! いい感じっ」
ここに来て初めて高い声を出した白沼。彼女自身、サッカーが好きなのかも
しれない。
「あ、ただし、スケートはだめ」
「ふうん。滑り物がだめなのかな。ねえ、好きな食べ物や好きな色は、分かる
かしら?」
「色は青の系統が好きだと思う。好きな食べ物……」
小首を傾げる純子。
悩んでいると、ちょうど貸し出し希望者が二人まとめてやってきた。一時中
断し、てきぱきと応対する。
手続きが終わるのを待ちかねたように急いだ口調で、白沼が言った。
「どうなの?」
「食べ物ね。うん、甘い物は好きだって、聞いたことある」
「へえ、全然太ってないし、にきびも出てないのに。きっと、好き嫌いしない
のね」
「ん、まあ、そう言えるかも」
「分かったわ。次、立島君ね。誕生日なんかは、どうせ知らないんでしょう?」
何となく悔しいが、こくりとうなずくしかない。
「だったら、趣味から聞こうかしら」
口元に笑みを浮かべながら、話しかけてくる白沼。
純子は、立島について思い出そうと努めにかかった。
−−つづく