#3877/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 5/24 11: 4 (200)
そばにいるだけで 9−1 寺嶋公香
★内容
中学の部活動。相羽は調理部に入ったが、では、純子は?
「いい加減、決めなよぉ」
富井が、座っている純子の左肩に強くしなだれかかってきた。
「まだちょっと……」
かかる重みにバランスを崩しそうになった純子は、相手の手を払った。放課
後の暇な時間を利用して、仲のよいみんなで集まっているのだが、話題はいつ
の間にやら、純子が何部に入るのかに移っていた。
「私さ、純は迷わず吹奏楽部辺りと思ってたんだけど」
町田がこう言ったのには理由がある。純子が小学校のクラブの時間に、鼓笛
隊を選択していたからだ。運動会等の催しの際に、よく演奏に引っ張り出され
た。純子は小太鼓とバトントワリング(これは行進のときだけ)を経験した。
「吹奏楽部なんて、とんでもない。小学校のあれは、特に音楽が得意で始めた
んじゃないから。クラブ見学って、四年生の三学期にあったでしょう。あのと
き、行進している五、六年生の人が凄く素敵に見えた、ただそれだけで始めた
んだもん」
両手で頬杖をつきながら、きっかけを思い起こす純子。今度は、そのきっか
けがなかなか見つからないのだ。
「じゃあ、演奏できる楽器って……」
「胸を張って言えるような物はなし。昔、ピアノ教室に通ってたことあったけ
ど、三年生ぐらいでやめちゃった」
「あ、ピアノ。私も習ったことある」
と、町田。
「そうなんだ?」
「同じく挫折した口だけど。どちらかと言えば、ピアノそのものに憧れちゃう
のよね。自分の腕前なんて顧みずに、親にねだって。今思うと、あんな高い物、
買ってもらわなくて正解。きっと、ほこり被っちゃってる」
「ピアノじゃなくて、バイオリンならある」
今度は井口。すかさず、富井が揶揄する。
「似合わないー」
「何で、私にだけ言うのよっ」
「ピアノならまだ可愛げあるけど、バイオリンはさあ。気取りすぎって言うか」
「話がどんどんずれてるけど」
町田が軌道修正を施した。すると、富井と井口は目を合わせ、思い出したよ
うに純子に持ちかける。
「ねえ、私達と一緒に料理しようよ」
町田を含めた三人は、調理部に入ったのだ。
純子はため息混じりに、即答する。
「やだ」
「どうしてぇ? 先輩、恐くないよ。アットホームってやつ」
「そうそう。人数がさして多くないのが、かえっていい感じ。それに、この短
い間でも、だいぶ上達したような気がするわよ」
富井、町田の順によさをアピールしてくる。
「……じゃあ、聞きますけど」
口調をわざと丁寧にする純子。
「部員の中に、男子は何人いますか」
「知ってるくせに。一人」
「相羽君がいたら、だめなの?」
井口が目線を純子に合わせてきた。
「いたらどうとかいう問題じゃなくて……。どんな感じなのよ、部活のときの
あいつの様子」
「熱心よ。ねえ?」
富井が答え、他の二人に同意を求める。町田と井口も「うんうん」と強く肯
定した。
「そうじゃなくて、郁江達がちやほやしてるんじゃないの?」
「私達だけじゃないよ。先輩方も全員、相羽君をかわいがってる……こういう
表現で正しいのかな」
その様を想像して、純子はおかしくも、頭を抱えたくなった。
「……調理部を選んだ理由、言ってた?」
「あ、それは部員同士の自己紹介のときに。えーっと、何だったっけ」
度忘れした様子の富井に代わり、町田が答える。
「単純明快。料理をうまく作れるようになりたいから、だって」
「そ、それだけ?」
ぽかんと口を開けっ放しにしてしまいそうになる。
「うん。南(みなみ)部長が、続けて聞いたわ。『男子でそんなこと考えるの
って、珍しいと思うんだけど』って。そしたら相羽君、『将来、単身赴任した
ときのためです』って答えたの。これにはみんな、爆笑」
背を少し丸めて、くっくと思い出し笑いをする町田達。
純子だけ、呆れていた。
(相変わらず、とぼけてる……。分かんない)
「熱心なのは分かったから、じゃあさ、腕前は?」
「うんとね、これまで三回あったんだけど、一回目はクッキーだったから、さ
すがって感じ。あとの二回、おかずのときは、努力でカバーって感じかな」
「ふうん」
「でもどちらかと言うと、おかず作りのときの方が、より熱心に見える」
「それは私も思った」
「そうね。お菓子は簡単にこなしちゃって、おかずは本腰入れてる」
町田の感想に、富井と井口が補足する。
(ひょっとして)
純子はふと、思い当たる節を見つけた。それからおもむろにみんなの顔に視
線を当てた。口調が弾む。
「私、ひょっとしたら、調理部に決めるかもしれない」
「え? それはまた、どういう気の変わりよう……」
「うーんと。きっかけが見つかったかもしれないから」
分からないという風に顔を見合わせる三人。対して、純子は重ねて言った。
「もし、入部することになったら、よろしくね」
「いいけど……計算が狂うなあ」
いささか唐突に、泣き真似を始めた富井。純子が怪訝な表情を見せると、彼
女は言った。
「折角、相羽君を純ちゃんから遠ざけておけたのに、また元の木阿弥になっち
ゃうんだもん」
「郁江、あんたねえ」
相羽とは別に何ともないんだと、純子は主張しようとした。が、これまでの
経験から言って、恐らく無駄になる。やめておいた。
その姿を認めると、純子はもたれていた柱から離れた。誰もいないのを見計
らい、「相羽君、相羽君」と手招きの格好をする。
外靴を床に落とした相羽は、腰を折った姿勢のまま、純子へと振り向いた。
「あれ、残ってたんだ?」
「聞きたいことがあって、待ってたの」
自ら手招きしておきながら、純子は小走りに駆け寄り、靴を履きかえる。
「わざわざ? 教室で聞いてくれればいいのに」
「みんながいると、聞きにくい話だから」
「ふうん。だったら、帰りながら話そう。途中まで一緒だろ」
中学になって、二人の通学路に大きく重なる部分が生じていた。でも。
「う……。それはちょっと」
遠慮したい純子である。
「どうして」
「どうしてって……」
(見られたらうるさいから、きっと。……だけど、郁江達はもう家に帰ったは
ずだから、かまわないよね)
心の中で折り合いをつけて、相羽に「まっ、いいわ」とうなずいた。
夕暮れ時、並んで校舎を出た。相羽が左で、純子は右。
「話って?」
校門を出た時点で、相羽が改めて聞いてきた。待ちかねたようにそわそわし
ている。
「クラブ活動のことよ。郁江達から聞いたけど、調理部、一生懸命やってるそ
うじゃない、相羽君?」
「まあね。そういや、涼原さんはどこのクラブにするか、まだ決めてなかった
んじゃあ……」
「そうよ。だけど、今は私のことじゃなくて」
話を戻そうと、純子。
「男一人でやってて、楽しい?」
「ん、まあ、そこそこ楽しい。何しろ、単身赴任を見越しての修行だから。は
はははは」
らしくない空虚な笑い方。
「そんな理由、私は信じないわ。他にあるでしょう? 言ってよ」
「……かなわないなあ。さすが探偵、古羽殿」
「ふざけないでっ」
「分かりました。白状します」
純子の怒声に気圧された風でもなく、相羽は答え始めた。
「知ってる女子がたくさんいるから、調理部に入ったんだよ」
「……どうして、そんな見え透いた嘘をつくのよ!」
純子も、今度は本気で怒った。
「あなたが調理部に入ってから、郁江や久仁香達が入部したのよ。逆よ、逆。
正直に答えなさいってば」
「−−女子の中に男が一人なら、もてるだろうと思った」
しれっとして答えると、相羽は舌を出した。
「もう!」
純子は立ち止まり、相羽の腕を強く引いた。のらりくらりとかわされている
のが、よく感じ取られたのだ。
「隠すつもりなら、私から言おうか」
「え?」
無理矢理立ち止まらされた相羽は、ぎょっとしたように顔をしかめている。
かまわず、純子は続けた。
「いい? 相羽君、あなたね、お母さんのことを考えたんでしょう?」
「……」
「苦労をかけたくないから、夕飯を自分で作るつもり? それともお手伝いし
て、少しでも役に立とうとしてるのかしらね」
「……両方だよ、できればね」
渋々ながら、相羽は認めた。
「参った。本当に言い当てられるとは思わなかった。さすが探偵」
「もうっ、それはいいっての」
「……母さん、この頃、疲れているみたいなんだ」
静かに始める相羽。隣で、黙って聞き耳を立てる純子。二人はゆっくりと歩
き出した。
「仕事がきついのかもしれない。よく瞼やこめかみをもんだり、自分で自分の
肩を叩いてる。僕も肩たたきぐらいはしてたんだけど、それだけでいいのかな
って思うようになってさ。けど、アルバイトは絶対にしなくていいって言われ
てるから、たとえやっても、お金、受け取ってもらえそうにない。他にできる
ことを考えていったら、結局、家のことを手伝うぐらいしか浮かばなくて。家
事も色々手伝ってるつもりだけど、料理を作るのだけは母さん一人に任せきり
だったから、やるとしたらこれしかないなと考えたわけ」
「……相羽君らしい、ね」
「そうかな。分からないけど、料理の本を買ってきて、家で勉強しても仕方な
いだろ、この場合? それで、調理部に入って実際に経験すれば役立つんじゃ
ないかと思ったんだよ」
「成果は出た?」
「今のところ、包丁さばきがうまくなったような気がする。具体的な料理は、
だし巻き卵と肉団子を新しく覚えた程度だけどさ。包丁が使えるだけで、前よ
り手伝えるようになったと思うから、よかった」
そう答える相羽の表情には、心の底から喜んでいる様がありありと窺えた。
「ふうん。ねえ、ずっと調理部を続けるつもり?」
「うん。最低でも一年生の間は続ける気だよ。時間に余裕ができたら、掛け持
ちも考えたいんだけど、無理だろうな」
「そんなに時間が足りないのなら、委員長を引き受けなければいいのに」
不可解さに、純子は口を尖らせた。相羽はのんびりした調子で反論する。
「選ばれたからには、やるべきでしょ」
「忙しいとかの事情がある人は別よ。小学四年生のときだったわ。病気で休み
がちの子が学級委員長に選ばれたんだけど、まともに務められそうにないから
みんなに迷惑をかけるかもしれないって、その子自身が言ってね。結局、その
子は副副委員長って言えばいいのかな。学校に来たときだけ、それなりに仕事
をしてもらうことに決まったの」
「通院とは違うよ、僕の場合」
一言の下に断ずる相羽。強い口調だった。
「それに、委員長に選ばれたのを断って、家の手伝いしても、母さんは喜ばな
い気がする……。僕自身、忙しさを盾に、他の面倒から逃げたくはないんだ」
「……相羽君」
自然と名前を呼んでいた。
「何?」
「え? ええっと……何だか……格好いいなあと思って」
どうしてそんなことを考えたのか、純子自身、慌ててしまう。
相羽は一瞬の戸惑いの表情のあと、吹き出した。すぐに大笑いに変わる。
「何がおかしいのよ。誉めたのに」
純子が頬を膨らませても、まだ笑いやまない。歩みの方が止まってしまった。
「相羽君−−こら、相羽!」
純子も立ち止まって、今度は一転、呼び捨てにする。が、相羽の笑いは簡単
には収まらないようだ。
「このお……。相羽信一!」
−−つづく