#3872/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 5/23 16:13 (199)
そばにいるだけで 8−4 寺嶋公香
★内容
部活、決めた? ううん、まだ−−そんな会話があちこちで聞かれる。
もちろん、純子達も同様である。
「相羽君がどこに入るかって? 知らないわよ」
帰り道、夕陽のまぶしさに片目を細めながら、純子は答えた。
「本当?」
富井は疑わしそうな顔を向けてきた。
「本当だってば。だいたい、何で私があいつのクラブのこと、知ってなきゃい
けないわけ?」
「情報源として期待してたのにぃ。ねえ」
富井と井口は二人して、手を合わせて互いにうなずく。
「相羽君がどこに入るかなんて、関係ないじゃないの」
「ばっかね。文化系のクラブなら一緒に入る。運動部だったら、マネージャー
として潜り込む。これよ」
「はあ……」
感心するよりも、呆れてしまう純子。
「情報なら、芙美に聞けば」
と、純子は町田の方を見た。中学に入ってから、いつの間にか自然に、下の
名前で呼ぶようになっていた。
「残念ながら、まだ決めてないみたいね、相羽君」
さすがに把握している。それから彼女は、富井と井口を見やりながら、続け
て言った。
「だけど、そういう理由で決めるのもねえ。自分のやりたいことにしないと、
あとでつらいかもよ」
さすがに正論を言う。と、純子は思った。
「そういえば、相羽君、小学校のとき、クラブの時間は何を選んだんだったか
しら?」
ふと気になったというニュアンスで言ったのは、前田。当時の噂や情報にも
通じている町田が答える。
「えっと。転校生だったから、好きなところに入れなかったはずよ。そうそう、
手芸クラブに回されたって」
「えー? そうだったっけ?」
純子も含め、声を大きく上げた。
「手芸って、お裁縫とか編み物とかの……」
「それそれ」
「かわいそうに。手芸クラブって、確か女子ばっかりじゃなかった?」
「だったわね。あー、でも、私も手芸部だったらよかったと、思わないでもな
かったなあ」
「案外、相羽君、裁縫も上手なんじゃない? ほら、クッキー作りがあれだけ
できるんだから」
井口が言ったのを、純子は即座に否定した。
「まさか。家庭科の授業で、よく針を指に刺しちゃってたような記憶があるけ
ど。あのクッキーはお母さん直伝だからこそ、でしょう」
「そうか。じゃあ、少なくとも手芸部はなしね」
井口が言って、富井とまたうなずき合う。
(最初から、分かり切ってると思うけどな。足しにならない材料だわ)
純子は思ったことを口には出さず、お追従に近い苦笑いだけ浮かべた。
「化石が好きだったよね、相羽君」
「だから何? 考古学部なんてないわよ。強いて言えば……理科部がちょっと
関係してるぐらいじゃない?」
「推理小説が好きみたいだから、文芸部とか」
「あ、そっちならありそう! でも、自分には文才ないような……」
「演劇部っていう可能性もあるんじゃない?」
「運動系なら、サッカーかな」
かように、一部女子の間で注目された相羽の入部先だが、最終的に彼が選ん
だのは−−。
朝、教室に入った途端、純子は、相羽が他の男子らと話しているのを小耳に
挟んだ。そして、てっきり聞き違えたのかと思った。
「本気か? 物好きだな」
「女子がいっぱいいるからじゃねえの?」
が、続く会話を聞く限り、どうやら聞き間違えたのではなさそう。
「そんなんじゃなくて、将来の単身赴任に備えて。なーんてな」
ふざけて答える相羽に、純子は確かめずにはいられなくなった。男子四人の
輪の外から声をかける。
「ちょっといい? 相羽君、何の部に入るって? 何だか、とんでもない名前
を聞いた気がしたんだけど……」
「それで合ってるよ」
立島が答えた。今にも吹き出しそうな顔をして、目も笑っている。
そのあとを、相羽の肩を叩きながら、唐沢が続けた。この子は第一小の出身
だが、早々と相羽達とも打ち解けたらしい。喋り上手で、クラスでも目立つ方
だ。
「こいつ、調理部なんて言い出すんだもんな。たまげたたまげた」
ああ−−。純子は頭を抱えたくなった。
(調理部! 聞き違いじゃなかったんだわ。信じられないっ。何を考えてんの
よ、こいつは。お料理なんて、やる気あるのかしら)
相羽の顔をじっと見つめる純子。疑惑の視線。
当の相羽はそれに気付いた様子もなく、唐沢に対して反論を始めた。
「人の好みだろ」
「しっかし、普通じゃないのは確かだ」
「得意分野に手を出して伸ばすのもいいけど、苦手なことに挑戦するのも面白
いじゃないか」
「変わった奴。当分、おまえには飽きないな、きっと」
「ちぇ。そう言う唐沢は、何なんだよ?」
「言ってなかったか? 男のスポーツ、テニス! これっきゃない」
「テニスって、男のスポーツかいな?」
勝馬が当然の茶々を入れた。
「いいだろ。サッカーとか野球はだめなんよ、俺。テニスしかないんす」
「テニスなんて、やったことないなあ」
首を傾げたところで、ようよう相羽は純子の視線に気付いたようだ。
「−−ご不満でも?」
「どういうつもりなのか、聞きたいのよね。女子に囲まれて、ちやほやされた
いわけ?」
「まあまあ、涼原さん。そう、つんつんしなくてもいいじゃんか」
答えたのは勝馬だ。相羽は、やや呆気に取られた感じの顔つきになっている。
小学六年生のときの事情を全く知らない唐沢は、きょとんとするばかり。純
子がどういう理由で相羽のことに口出ししてくるのか、想像できないのだろう。
相羽が答えないでいると、立島が言葉を挟んだ。
「いいじゃない。さっき本人が言った通り、好みの問題、自由なんだから。涼
原さんだって、自分で決めた部活を色々と詮索されるの、楽しくないだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
口ごもりそうになる。が、どうにか続けられた。
「だけど、相羽君の選択が、意外すぎるからよ。もう少しまともなら、何も言
いやしないわ」
「それがこいつの持ち味なんじゃないの? 俺、そうにらんでるんだけどさ」
唐沢は、相羽の肩に手をかけたまま、にやにやと笑った。
「当たってるよなあ。転校してきたときから、びっくりさせられ通しだった」
勝馬が同意を示すと、相羽は仕方なさげに苦笑いを浮かべる。
純子は何だか、どうでもよくなってきた。
「もういい」
とげとげした声で言うと、さっさと相羽達から離れた。
「涼原って子、気が強いな」
唐沢が小さな声で言ってる。
(聞こえてるわよ!)
腹立たしさで、椅子に身を投げ出すように座ろうとして、勢い余ってずり落
ちそうになってしまう。
(ととっ−−。あ、危ない危ない。もう、今日はついてないのかな、全く)
相羽が調理部に入ったと知ると、富井らは、最初は驚いて受け止めたものの、
この事態を歓迎した。
「調理部なら、自然に入れる!」
喜んでいる富井や井口を見ていると、からかいたくなってきた純子。どちら
かと言えば、相羽が騒がれているこの状況が気に入らないのだ。どうしてなの
か、その理由は分からないけれども。
「そう? 少なくともクッキーだと、負けちゃうよ。相羽君の前で恥をかかな
いように、せいぜい頑張ってねえ」
「純ちゃん、きつーい」
「夢を壊さないでよ」
友人からの抗議を聞き流し、さっさと図書室に向かった。図書委員として貸
し出しの受け付けに座る、今日が初めての日だ。
(二週間に一度なんて、考えたら少ないよね。一学期が終わるまでだから……
七回ぐらいやるのかな。あ、でも定期試験の間は当番をしなくていいんだから、
もっと少ないはず。慣れた頃には、終わっちゃいそう)
気楽に受け止めたい気分もあって、そんな風に思う。もちろん、図書貸し出
しの手順は教えてもらった。借りに来た生徒の生徒手帳を出してもらい、その
番号(バーコード)を機械で読み取る。次にその人が借りたい本にあるバーコ
ードも読み取り、コンピュータに記憶。あとは貸し出し期限を告げて終わり。
簡単だ。ただ、心配があるとすれば、貸し出し以外の仕事。本の検索は絞り込
みが難しい−−ように、純子には思えた。仮に検索で本を見つけ出しても、そ
の本が実際に棚のどこにあるのか、慣れない内は戸惑いそうだ。現在、生徒が
個人で検索を行えるシステムの設置を進めているという話だから、早くそうな
ることを期待する次第。
「失礼します」
まず、司書室に入る。司書の先生への挨拶が習慣になってるらしい。小山田
花栄(おやまだはなえ)という、中年よりもう少し歳の行った教諭が司書の先
生で、図書委員会の相談役でもある。
「あなたは……涼原さんだったわね」
「は、はい。今日の当番です」
慌てて頭を下げる純子。そして顔を起こすと、何やらうれしげにうなずく先
生の様子が見て取れた。自分の記憶もまんざらでないことを確かめ、満足して
いるといった風情があった。
「よろしく頼むわね。初めてで大変かもしれないけれど、じき、慣れるから。
分からない点があれば、私に遠慮なく聞きなさい」
「はい。ええっと、一学期間、よろしくお願いします」
「いい挨拶ね。頑張って」
にこにこと笑みを絶やさぬ小山田先生に送り出され、純子は受け付けカウン
ターに向かった。
やや背の高い丸椅子にちょこんとのっかり、図書室内を一望する。
純子はひとまず、ほっとした。
(あんまり人がいない。できれば、誰も来ないでほしいところだけど、まさか
それはないわよね)
席に座ってからおよそ十五分。最初は緊張で、じっと身構えていた純子だっ
たが、次第に疲れてきた。何もせず、ただじっとしているのは、緊張が解ける
と同時に、どっと疲れを感じるもの。
(退屈……何かしようかな。宿題、英単語を調べとかなきゃ。ここなら辞書は
いっぱいあるし、静かだし)
英語のテキストとノート、その他の筆記用具に英和辞典をいそいそと鞄から
取り出す。
分からない英単語を五つばかり引き終わったとき、純子にとって最初の利用
者が現れた。
「これを借りたいんですが」
という声と共に、カウンターの上には、分厚く大ぶりな本が一冊と、文庫サ
イズの本が一冊。どちらも紙が薄く茶色がかっているようで、かなり古そうに
見える。
「あ、はい」
純子は英語のテキストや筆入れなんかを横に片付けながら、顔を上げた。そ
して利用者第一号が誰かを知り、思わず身を引く。
「……相羽君じゃないの」
「あ、やっぱり、涼原さんだった」
生徒手帳を胸ポケットから取り出しつつ、相羽は言った。
「うつむいてる姿を見て、記憶にある頭だと思った」
「……頭の形で覚えてるの」
両手で自分の頭を押さえる純子。今日は三つ編みにしている。
「どう? うまくやってる?」
「あなたが初めてよ」
読み取る機械−−小型の卓上クリーナーに似た−−を引っ張り出しながら答
えると、相羽の方は「へえ」と意外そうに小声で言った。
「案外、借りる人、少ないんだ」
「私は今日が初めてだから、そんなこと分からないわよ。多いか少ないかなん
て。さ、手帳、貸して」
「そうか」
純子は受け取った手帳の一ページ目を開き、機械の読み取り部をあてがった。
ぴ、という電子音がごく小さく鳴る。次に本を引き寄せ、裏表紙折り返しにあ
るバーコードを読み取らせる。
「昆虫の図鑑と……『はなれわざ』って何の小説?」
「しげしげと見るなよ。プライバシーの侵害だぜ」
慌てたように、相羽はカウンターに両腕を乗せ、本を催促する手つき。
「そんなこと言ったって、見えちゃうんだもの。しょうがないでしょ」
−−つづく