#3871/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 5/23 16:11 (188)
そばにいるだけで 8−3 寺嶋公香
★内容
「なるんだったら、風紀委員か美化委員がいい。それに……図書委員って、確
か本の修理やカード記入があるんじゃないか?」
相羽に話を戻す柚木。相羽も分からず、さらに先生を見る。
牟田先生は、両手を頭の後ろにやり、思い出す風な顔を作った。
「どうだったかな。本の修理はあるが、カード記入はないはずだよ。コンピュ
ータで管理しているから」
「−−ということだけど、それが?」
相羽は再度、柚木を見やった。
「手先が起用じゃないから、自分。役に立てない委員になったって、迷惑だろ
うなと思って」
柚木がおずおず答えたのへ重ねるように、後方の席から声が上がった。
「柚木は本当に不器用だから!」
どうやら柚木と親しい子らしい。その男子が続けて言う。
「やらせるんだったら、絶対、美化委員がいい。そうじ、すっげー真面目にや
るんだ」
言われた柚木は、照れ臭そうに頭をかいた。
「そんなこと言い出すんだったら、私も」
今度は前田が言った。特に、純子の方を見つめてくる。
「風紀、やりたいな」
「え、だって、朝、早いときがあるって、さっき」
純子が問うと、前田はこともなげに答えた。
「朝早いのより、帰るのが遅くなる方が苦手だもの、私」
話の方向が変わって、結局、自分がやりたい委員を言うようになってしまっ
たらしい。峰岸は保健、長瀬は管理委員をそれぞれ希望した。形の上で残って
るのは、図書委員だけになったわけだが。
「なりたくなかったら、言ってよ」
純子に対して相羽。
(自分こそ、家のお手伝いしなきゃいけない身分なのに、委員長引き受けちゃ
ったくせに)
名前を呼ばれる直前まで考えていたことを思い出し、純子ははっとなった。
(……えーい、相羽君にだけ苦労させられないじゃないのっ)
踏ん切りが着いた。
「ううん。やっぱり、図書委員、やってみたくなった」
「いいのか?」
「結構、本好きだしさ。一学期だけでしょ。そのぐらい、何ともないわよ」
「そう言うんだったら……」
相羽は白沼の方を向いた。副委員長は小さくうなずくと、黒板にきれいな字
で各人の名前の下に、五つの委員を対応させていった。
「以上のようになりましたが、異議はないですか?」
クラス全体を見渡す相羽。特段、異議は出なかった。
「じゃ、決定ということで……先生?」
「よっしゃ。ご苦労さん。まずまず堂に入った進行だったな。えーっと、各委
員に決まった者は、来週水曜日の放課後、それぞれの委員会があるから、そこ
で説明を聞くように。忘れるな。じゃあ、席に戻って」
牟田先生は指示をすると、次の話に移った。
ページをめくる手が、かすかに震えた。
「−−っ、はぁ」
知らず息を詰めていたので、思わず大きく吐息した。
「どうしたの?」
日曜の昼下がり。純子の前でうふふと笑うのは、母親だ。
木目柄のテーブル上に広げられているのは、写真が豊富な大判の雑誌。発売
日より五日ほど早い。出版元から直接、郵送されてきた物だ。同じ物を五冊も
送られた。
「ど、どきどきしちゃって」
「無理もないわね。雑誌に載るなんて、滅多にできない体験だから」
「汗かいちゃう」
手のひらをこすり合わせる純子。
「お母さんがめくって」
「そう? いいのね」
念押ししてから、純子の母は、その細長い指先でページをめくった。
「−−わ」
親子二人して、同じような反応。
見開きいっぱいに、四通りの少女。四種類の服に、髪型も違う。ときにかす
かに、ときに大胆に。表情も笑顔に混じって澄まし顔、さらには不意をつかれ
て驚いたようなものまで。
「……」
しばらく黙って見つめる。
(ふうん、こんな風になるんだ? 何だか……くすぐったい)
口を半分開けて、見入ってしまっている自分に気付くと、照れ笑いが浮かん
できた。
「どう、感想は?」
「うん……当たり前すぎるけど、恥ずかしい。よくこんな格好したなあって」
「そうよねえ。しかし……」
雑誌の向きを自分の方に換え、さらに立てて目を凝らす母。
「さすが私の娘。きれいに写ってる」
「よく言う……」
純子は両肘を突き、両手のひらに顎を乗せた。母を上目遣いに見やりながら、
呆れ口調になる。
「親ばかって言うんでしょ、そういうの」
「相羽君のお母さんだって、誉めてくれてたじゃない。自信持ちなさいな」
母は、至って気楽な調子である。ステージママみたく、その気にならないだ
けいいのかもしれないが。
「そんなことより」
純子は母親の手から雑誌を取り返した。他の四冊は今のところ、手を着けな
いでおこうと決めているのだ。
「何か気になるの?」
「うん。ちょっと」
閉じた雑誌を真正面に持って来て、純子は表紙をじっと見た。
(どのぐらいの人が買うんだろ。ううん、それ以上に、どんな年齢の人が)
考えてみても分からない。一応、ファッション誌の形態を取っているが、タ
ーゲットとする世代は幅が広そうだ。
(撮影のこと知ってる友達は仕方ないけど、他の子には見られたくないっ)
念じずにはいられなかった。
「純ちゃん、これだよね」
できれば忘れていたかったのに、富井達は覚えてくれていた。
「こんなことで、わざわざ集まらなくても……」
雑誌の発売日である今日。学校が終わるや、みんなで書店に向かった。気乗
りしていないのは、純子一人だけかもしれない。
(買わなくたって、四冊までなら家に余分にあるのよ)
よほどそう言おうかと考えた純子だが、発売日前に送ってもらっていたこと
を伏せていた手前、今さら切り出しにくい。
「うわあ。いいな」
「凄い凄い、ほんとに載ってる」
富井や井口がはしゃいでいる。辺りも気にせず、かしましい。
二人の横では、前田と町田がそれぞれ一冊ずつ持って、静かに見入っていた。
彼女らの斜め後ろで、他人のふりをする純子。
「この顔!」
片手で口元を押さえながら、吹き出すように町田が言った。隣の前田が覗き
込む。
「な、何よ」
焦って、純子も駆け寄った。恥ずかしいと言っても、評価は気になるもの。
「純ったら、澄ましちゃって」
「そうね。いつもと全然違う」
前田も同調するので、純子は気が萎えてしまいそうになった。
「どうせ……。実際はもっと、色んな顔したのよ。選んだのは、雑誌社の人な
んだから」
撮影現場に居合わせていなかった二人に、必死の説明。汗が出て来た。
「まあまあ。誉めてるのよ。こんな表情もできたんだってね」
「芙美ぃーっ」
「格好よく写ってるわよ、涼原さん」
「前田さんも、慰めてくれなくて、いいから」
ますますむくれてみせた。
(あ。でも、『格好よく』って言われたのは嬉しい)
内心、そう感じ入っていると、表情に笑みが自然と戻る。
「やっぱり−−ありがとう」
手を取って、軽く頭を下げる。
前田も一瞬の戸惑いの後、にこりと微笑み返してきた。
「あっ、いたいた」
聞き覚えのある男子の声。振り返れば、立島と勝馬、それに相羽だ。
「立島君達もこれ?」
前田が手元の雑誌を指差すと、立島がうなずいて応じる。
「当ったり。ぜひ、見せてもらわないとな」
「遅かったね。学校で、何か用事、あったっけ?」
井口が尋ねると、男子三人は顔を見合わせて苦笑い。
今度は女子全員で、「どうしたの?」と声を揃えた。
「唐沢(からさわ)の奴をまくのに、手間取った」
答えたのは相羽。疲れたように眉を寄せ、肩をすくめた。
「唐沢君って、第一小の子……ああ、撮影のこと、知らないから」
「そう。あんまり広まらないようにってのが、涼原さんのご希望だからね」
続けて相羽が答える。純子に言わせれば、相羽自身も強くそれを希望する節
が見え隠れしている、ということになる。
「幸い、女子の一人が唐沢を誘ってくれて、ようやく抜け出せたんだ」
勝馬が言った。どこか悔しげなのは、きっと、唐沢がもてること自体は羨ま
しいとの意識があるのだろう。
「それで、雑誌、誰か買ったの? 買ったんだったら、見せてもらいたいな」
立島が主に前田へと話しかける。
「富井さん達、買ったんじゃないの?」
「買ったよぉ。ほら」
紙袋に入った一冊を、ぶんぶんと振った富井。
そのやり取りに、相羽が反応。
「その、できるだけみんなに買ってほしいな」
「どうしてよ?」
不思議に感じて、純子は相羽を見上げた。
「おまえ、出版社の回し者か?」
勝馬が茶化すと、相羽は大まじめに首を横に振る。
「出版社は関係ない。アンケート用の葉書が着いてるだろ。その中に、どの広
告がよかったか書く項目もあるから」
「なるほど。票の操作だな」
立島はにやっと笑って、人聞きの悪い言い方をした。
「私達が出したって、微々たる物でしょ」
町田はすでに呆れ口調。しかしすぐに納得したように、
「まあ、要は気持ちの問題だね」
と言うや、雑誌を手にレジへと向かった。
「あ、あ」
それなら家に残っている分を−−そう思って手を浮かしかけた純子を、相羽
が目配せして止めた。
そうする合間にも、みんなレジへと向かう。一冊買っていた富井も井口の分
を買うのに付き合って、店内へと消える。
「何か、悪い」
「気にしない気にしない。それより、感想はどう?」
「……もうこりごりだわ」
ため息混じりに答えた。
「写真そのものじゃなくてね。知らない人が見て、何て感じているんだろうっ
て考えたら、どきどきする。こんな心臓に悪い経験、一度で充分よ」
「……ごめん」
また頭を下げてきた相羽。撮影が終わった直後に続いて二度目だ。
純子は片手を振って、急いで応じた。
「そんな、謝らないでよ。でも、よかった。想像してたより、ずっとまともに
写ってたんだもの」
「どんな想像をしてたのさ?」
「そうね。七五三か学芸会みたいな、不自然な感じになってるかなって。笑わ
れるかもって、覚悟して」
「笑わないよ、誰も。笑わせるもんか」
相羽が強い調子で答えたところへ、購入し終えた前田達が引き返してきた。
−−つづく