AWC そばにいるだけで 8−2   寺嶋公香


        
#3870/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 5/23  16:10  (200)
そばにいるだけで 8−2   寺嶋公香
★内容
 その指示を聞いてから、相羽が教壇に立った。例によって、わずかに上目遣
いに、ぼんやりとした視線をしている。
 相羽は喉元に手を一度やってから、始めた。
「第二小から来ました、相羽信一です。どんな字を書くかを知りたい人は、名
簿でも見てください」
 割と大きく笑いが起こる。
「小学生のとき、得意と言うか好きだった科目は理科で、苦手だったのは国語
と家庭科。これ以上、苦手を増やさないようにしたいです。えっと、とりあえ
ず一年間、同じクラスということで、よろしくお願いします」
 頭をひょいと下げ、自分の席に戻る相羽。とぼけた話し方にはまっている感
じで、なかなか受けた自己紹介だった。
(変わってないね。受けてるし)
 純子は、六年二学期の、委員長に選ばれた相羽の挨拶を思い起こしていた。
(あいつの場合、受けを狙っていると言うより、自然にそうなってるような感
じがあるけど)
 自己紹介が続く。中学側でうまく配分したようで、第一小と第二小の出身の
割合は、五分五分と見える。
 中程を過ぎ、女子の方へ。女子の八番目の純子にも、すぐに回ってきた。
「涼原純子です」
 名前を言い終わって、初めて皆の目を意識した。
「好きな科目は国語と理科です。苦手は、家庭科の一部と水泳。小学校のとき
に知り合った人もそうでない人も、よろしくお願いします」
 少しばかり早口で言って、ぺこりと頭を下げた。今日の髪型はポニーテール。
文字通り、元気のいい子馬の尾っぽのように、跳ね上がる。
 顔を起こした途端、相羽と目が合った。何だか知らないけど、微笑んでいる。
(何かおかしなこと、言ったかな?)
 席に戻ってからも、いくばくかの間、気になった。
 そうしている内に、自己紹介も三十六人全員が終了。先生が前に立った。
「よし、今日のところは、これまで。明日も始業式とクラブ紹介ぐらいで、今
日と似たようなことしかしないから、緊張しなくてよろしい。お待ちかねの授
業は、明後日からだ。ああ、それから、明日はクラス委員を決める。知らない
者同士でも、なるべく人となりを見ておいてくれよ。以上。えー、相羽君。も
う一遍、号令」
 相羽は言われるがまま、号令だけの「一日委員長」をこなした。
「六年二組だったのが、結構いるな」
「うん。確率、高いぜ」
 相羽と立島が話すのが、耳に入った。確かにその通りで、男子だけでも、相
羽、勝馬、清水、立島と四人いる。女子は、純子の他に前田と町田、それに遠
野がいた。でたらめに組み合わせれば、計算上、男女合わせてもクラスに三人
いるかいないかになるのが普通だから、間違いなく多い。
「てことは、何かの委員に選ばれる確率も高いかもよ」
「げ、うれしくない。身内同士の投票はなしにしよう」
 そんな話をしながら、相羽達は教室を出て行った。廊下で待っていたらしい、
別のクラスになった元の級友らと合流する。
「何の話してんだか」
 純子のつぶやきを聞きつけたか、町田が声をかけてきた。
「私のチェックによりますと」
「な、何? いきなり」
 驚いて聞き返すと、相手は眼鏡のずれを直す仕種を見せ、笑みを浮かべなが
ら続けた。
「第一小の子達にも、かなり受けていたわね、相羽君。当然、女子。またライ
バルが増えそう」
「外見だけで判断しちゃって。そんなにいいのかな」
 形だけ悪態をつく純子。町田はわざとらしく、肩をすくめた。
「純ちゃん? 終わったんなら、帰ろうよー」
 廊下に通じる出入口で、富井が顔を覗かせていた。

 昼前、家に帰り着くなり、母親がまとわりつくかのごとく、質問を浴びせて
きた。
「どうだった? 行かなくてよかった?」
「うん。来てない人の方が多かったみたい」
 親が入学式に来ていたかどうかを話しているのだ。
「記念写真やビデオを撮ってる人は、結構いた」
「それだけならまあ、よかった。で、どんな感じ? 楽しくなりそう?」
「まだ分かんないよ。六年のとき、同じ組だった子が割と一緒のクラスになっ
たから、心細くはないと思うけど」
「そう言えば、何組になったの?」
「一年三組。出席番号、二十六番。教室はね、三階まで上がって、右に折れて
三つ目」
「三階ねえ。危なくない?」
「もう、そんな心配、しなくていいから。ご飯、早くして」
「はいはい」
 台所に向かう母親。純子は服を着替えに、自分の部屋に入った。
(似合ってるって、本心で言ったのかな)
 今朝の相羽の言葉をふっと思い出しながら、手早く着替えにかかる。まだ雨
は落ちてきていないが、曇り空のせいで、多少肌寒い。
 鳥肌の立つ二の腕辺りを見て、次に無意識の内に、胸を見下ろす。このとこ
ろ、特に気になり始めていた。
(……まだ早いかな……)
 早熟な子は小学五年、いや、四年の三学期頃から着けていたように思う。
(人は人よ。ふん)
 頭を振って、純子はシャツをすっぽりと被った。
 着替えが終わって、一階に降りる。昼食ができあがったらしく、階段のとこ
ろにも、においが漂ってきていた。チャーハンだ。
 母親と二人、L字になるようテーブルに着いて、食べ始めた。
「同じクラスの知ってる子って、誰?」
 まだ聞き足りない様子の母親に、純子は小さく首を振って答える。
「言っても、お母さん、知らない子がほとんどよ」
「いいから。富井さんは?」
「郁江は四組。お母さんが知ってるのは……町田さんがいる。あと、去年、劇
で犯人役やった前田さん」
「ああ、あの子ね。かしこそうな」
 実際、前田は頭がいいから、純子は何も言えない。
(余計なこと言うと薮蛇だわ、きっと)
 急いで次の名前を挙げる。
「それから、劇で警部役だった立島君。委員長してた子だし、よく知ってるで
しょ」
「ええ。あら? 何だか、成績のいい子が偏っちゃったのかしら?」
「偶然よ。他にお母さんが知ってるのは、相羽君」
「へえ、あの『親切で律儀な』相羽君ね」
 にまっと笑いながら、母親は微妙なアクセントで言った。
「親切で律儀って、何のこと?」
「いつだったか、傘に入れてもらったでしょう、純子? それに、謝りにも来
たし。結局、何のことであの子が謝りに来たのか、あんたは話してくれなかっ
たけれども」
「た、大したことじゃないもん」
 慌てて言って、水を飲んだ。
(言える訳ないじゃない。間違いとは言え、キスしただなんて!)
 また思い出してしまった。食べるスピードが遅くなる。
「純子? 顔が赤いわよ」
 うつむく純子を覗き込むようにして、母親が言った。

 恐れていた通り?の事態が起こった。
 相羽がクラス委員に選ばれたのは、ある意味で当然とも言えるだろう。「基
礎票」がある上に、初日の号令をやったおかげで、こいつに押しつけちゃえと
いう空気ができあがっていたのかもしれない。
「今、委員長に選ばれました、相羽です。名前だけは早く覚えてもらえるだろ
うから、選ばれてうれしいってことにしておきます。フツツカ者ですが、どー
か、よろしく。協力してください」
 相羽が礼をすると、ちょっとした笑い声と、拍手が起こった。
 次に副委員長になった女子の挨拶。
「白沼絵里佳(しらぬまえりか)です。どうして選ばれちゃったのか分からず、
戸惑ってますけど、できる限り頑張りますので、協力してください。よろしく」
 話す内容とは裏腹に、白沼の外見は、自信ありげに見えた。色白で眼鏡をか
けて、いかにも優等生っぽい。
「ともかく一学期間、頑張ってもらおうか」
 牟田先生は、この結果に満足した風な口ぶりだ。
「他の各委員には、得票のあった者を多い順から、割り振る。委員は五つだか
ら、五人だけ残して、あとは消していいぞ。委員長と副委員長、最初の仕事だ。
なるべく希望を叶える形で、割り振ってやってくれ」
「はい。じゃあ……」
 相羽が黒板消しを手に取ろうとするのを、白沼が止めた。
「委員長は司会、でしょ? 普通」
「それもそうか。けど、チョークの粉で、汚れるかも。いいの?」
「ありがと。でも、これぐらい」
 二人のやり取りに、冷やかしの声がいくらか飛んだが、当人達はまるで気に
していない様子だった。
(さすがに慣れているというか……)
 頬杖を両腕でつきながら、純子は思った。
(それにしても、誰にでも優しい態度、取るんだから、あいつ。だから、期待
しちゃう子がたくさんいるんだ)
 相羽をいいと感じる女子が多い、そのからくりが分かったような気がした。
(だいたい、おばさんの手伝い、あるんじゃないの? それなのに委員長なん
かやってたら……)
「涼原さんっ」
「は?」
 唐突に名前を呼ばれ、必要以上に大きな声で反応してしまった。その途端、
皆の視線を感じて、顔が熱くなる。
 名を呼んだのは、相羽だった。
「どの委員がいい? もしくは、どの委員だけには絶対なりたくない?」
「あ」
 そうなのだ。純子も、何らかの委員に選ばれるのは確定している。他の四人
には前田も入っており、立島は、元六年二組の票が相羽に流れたおかげか、辛
くもセーフ。
(か、考えてなかった……)
 五つの委員とは、保健、風紀、美化、図書、管理。ホームルーム委員や会計
などは、委員長・副委員長が兼ねるらしい。
(どれも大変そう)
「と、特にありません」
 妙に丁寧な言葉遣いで返事した純子。一瞬だけ、相羽は面食らったような表
情を垣間見せた。
「本当にいいの?」
 一転して、馴れ馴れしい口調で、相羽は尋ねてきた。
「……どういうこと」
 今度は純子が戸惑う番だ。
 次に、相羽は教壇を降り、すっと純子の席まで歩み寄ってきた。何事かとば
かりに、教室内がざわめく。
「何よ」
「ちょっと。ちゃんと聞いてたかい、先生の説明を?」
 純子の机に両腕をついた格好で、ずいぶん真剣な眼差しを向けてきた相羽。
「え……と。ぼんやりしてて、聞いてなかった」
「全く……。大変さに差はないみたいだけど、継続的に仕事があるのは図書と
風紀だってさ。図書委員は二週間に一度、放課後の図書貸し出しの受け付けを
やらなきゃいけないらしいよ。風紀の方は、朝早くから校門に立つ場合がある
って。だから、他のみんなはなりたがってない。涼原さんがそれでいいのなら、
決定するよ」
「そ、そうだったの? あ、じゃあ、図書と風紀は遠慮したいな……」
「分かった」
 素気なく言って、相羽は急いだ風に前へと引き返す。
「確認したら、やっぱり図書委員と風紀委員はあまりやりたくないということ
だから、結局、決められない……。先生、じゃんけんかくじ引きで決めてもい
いですか」
「ああ、仕方ないだろう。ただし、一言つけ加えておくとだ、運動部に入るつ
もりの者には、図書と風紀はしんどいぞ。図書は、練習と貸し出し当番が重な
ったら面倒だし、風紀は、朝練と登校時に門に立つ当番が重なると、やはり面
倒だろうな」
「そういうのもあるんですか」
 考える様子の相羽。やがて五人を見渡して聞いた。
「運動部に入るって決めてる人、いる?」
 反応したのは二人。ともに第一小の子で、峰岸(みねぎし)という女子は水
泳部、長瀬(ながせ)という男子は陸上部にそれぞれ入るつもりだと言う。
「じゃあ、図書と風紀委員、悪いけど、残った三人で、話し合って割り当てて
ほしいんだけど、どう?」
 相羽の言葉に、残った三人−−純子と前田ともう一人、男子の柚木(ゆずき)
は、互いに顔を見合わせた。
「自分で言うのも変だけど、僕は真面目が取り柄なので」
 柚木が口を開いた。事実、真面目そうな調子である。容貌も、眼鏡がいかに
も勉強の虫という感じ。

−−つづく




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