#3873/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 5/23 16:14 (196)
そばにいるだけで 8−5 寺嶋公香
★内容 24/04/13 02:42 修正 第2版
「仮に見えても、すぐに忘れ去るのが図書委員としてのマナー。違う? 教室
で僕がこの本を読んでいるのを見て、何を読んでいるのか気になって聞いてく
るのならまだしも」
「……同じだと思うけど」
小さく首を傾げると、純子の右のお下げが肩をなでた。
「意識の問題。まあ、僕はいいとして、知らない人にまで、じろじろと本の題
名を観察すると、嫌がられるかもしれないぜ」
「……分かったわ」
黒地に緑の文字が並ぶパソコンの画面を見て、ちゃんと記録されたことを確
認した純子。それから英語の単語調べに戻ろうとする。
「推理小説だから」
帰りかける相羽が、不意に言った。
「え?」
教科書から顔を上げる。
「『はなれわざ』は推理小説だって言ったの」
「ああ、推理小説。そっか、好きだもんね」
六年生のときの劇のことを思い出した。
「チャンスがあれば、また劇、やるつもり?」
相羽が答えるまで、少しだけ間ができた。
「−−君が出てくれるなら」
ぼんやりした目つきの相羽は、しかし真面目な口調で言った。
純子が呆気に取られていると、相羽は本を小脇に抱え、今度こそ本当に帰り
始める。
「図書委員、頑張りなよ」
「えっ? う、うん」
純子が返事したときには、相羽はすでに退出したあとだった。
(何だ、もういないのか……)
息をつく純子。何となく、つまらない。
(頑張れって……そっちこそ、委員長の仕事、頑張りなさいよっ)
出入口の方向から視線を外し、再度、教科書に目を落としたところで、新し
く利用者が来た。
「はい、生徒手帳を出してくださいね」
「私、五月の方はだめ」
図書室に備え付けの大きな机の上に、それぞれの手帳なりスケジュール帳な
りを広げ、額を突き合わせていた。
「旅行に行くんだ」
「いいなあ」
顔をほころばせる井口に対し、町田は唇を尖らせた。
「うちなんて、親は二人とも忙しくって、全然相手してくれない」
「私達がいるよお」
富井が町田の手を取り、上下に振った。町田の「はいはい、どうも」と言い
たげな表情に、純子は思わず吹き出しそうになる。
「郁江だって、四月の連休は、予定があるって言ってたじゃない」
「それはそれ」
言うまでもなく、ゴールデンウィークの何日かを、一緒に遊ぼうという相談
をしている。
「結局、全員が揃うのは五月の六日だけね」
「仕方ないわよ」
「何しよう? 中学になったからって、いきなり私達だけの遠出を許してくれ
るはずないもんね」
「遠野さんは何かある?」
先ほどからほとんど口を開いていない遠野へ、純子は話を振った。
「みんなが決めたところでいい」
遠慮がちな口調で、静かに言った遠野。
「無理に合わせなくていいんだから。したいこと、あったら言って」
「でも、私……外で遊んだことって、あんまりないから、何がいいのか分から
なくて」
「映画ぐらいはあるでしょ?」
たまりかねたように、町田。
「う、うん。お父さんやお母さんと一緒だけれど」
「ふむ。ようし、じゃ、六日の日はみんなで映画行かない?」
町田の呼びかけに、その場の全員がうなずいた。
「何をやってるのかなあ? 知ってる?」
「さあ、確実なのは……」
「新聞があるから、それを見れば分かると思う」
純子の提案により、新聞を取ってきた。テーブル上に、新聞を広げて、映画
欄を探す。−−あった。
「もう観ちゃったってのがあれば、言って」
と、タイトル名の列挙を始めた純子。無論、成人映画は読み飛ばす。
あれこれと検討した結果、SFファンタジー系の洋画、アイドル主演の邦画、
日本製アニメの三本に絞られた。
「あー、悪いんだけど、字幕はパスしたい」
眼鏡をかけている町田が、手を合わせながら言った。
「近頃、視力が落ちてきちゃって、字幕って、見えにくくて仕方ないの」
「ん、じゃあ、しょうがないね」
みんな納得。残り二つ。
「去年のゴールデンウィークも映画に行ったけど、凄い人出だったわよぉ」
富井がそんなことを言い出した。
「今さら何を言い出すのよ。映画、やめる気?」
「そうじゃなくて、少しでも混まない方にしようってことですぅ」
「なるほど。それで?」
富井の意見を待つ。
「混み具合は、どんな映画でも似たようなもの」
がくっときた。みんな−−いや、遠野を除いた三人が腰を浮かし、一斉に富
井へ突っ込む。
「あ、あのねえ」
「でもさ、アニメは、子供がいっぱいでうるさかったのよ。もちろん、私達だ
って子供だけどさあ、もっと小さい子供がいて、騒がしいったらありゃしない」
「そっか。言われてみれば」
椅子に落ち着いた純子達は、やっと富井の意見を飲み込めた。
「じゃ、この『ロストジェネシス』が一番よさそうってことになる」
「いいんじゃない? 私、香村綸(かむらりん)って好きよ」
井口は、主演男優の名前を挙げて賛成した。純子達とほぼ同年代の、人気の
あるスターだ。もっと小さい頃から子役として鍛えられたとかで、演技もなか
なか評判いい。
「そうね。ちょっと生意気そうだけど、大人びてて」
「生意気なことなんかないよー。喋ると、かわいいんだから」
町田の言葉に富井が反論。
「私は生意気そうだって言ったんです。断定はしてないでしょうが。それより、
あの声はかわいいと言うよりも、ちょっと不釣り合いじゃなあい?」
「あ、ひどい」
二人のそんな応酬を苦笑しつつ横目で見やった純子は、遠野へ確認を取る。
「遠野さん、これでいい?」
「ええ、もちろん」
答える遠野の声が、純子の予想外に、弾んでいた。
「あれ? ひょっとして遠野さん。香村綸の……ファン?」
すると遠野は、頬を赤らめ、こくりとうなずいた
「……大ファンのつもり……」
「あは。ちょうどよかったね」
目を細める純子の横では、富井と町田が、井口をも巻き込んで香村論争を続
けていた。
連休を目前にして、気が急いていたのかもしれない。
掃除の仕上げにごみ捨てを終え、階段を昇る途中の純子は、二階と三階の間
にある踊り場で身体の向きを換えた途端、降りて来る人とぶつかってしまった。
「あたっ」
姿勢を崩し、その場にぺたりと座り込む。片手に持っていたごみ箱が床に当
たり、かつんと音がした。
「あ……ごめんなさい」
振り返り、そう言った少女は、純子の見た覚えのない子だった。きっと、向
こうも純子のことを知らないだろう。
手には鞄。上履きの色から、同じ一年生だと分かる。
長めの前髪がその目を隠すようにかかっており、表情が判然としない。とに
かく、急いでいるのは見て取れた。
すでに降りかけていた少女だったが、引き返してきて、純子に手を差し伸べ
る。
「つかまって」
「あ、うん」
自分一人で立てるのだが、相手の必死さが感じられたような気がして、素直
に手を握った。
(……痩せてる……。それに肌、かさかさだわ……)
骨張った手の甲に内心、少し驚きながら、純子は起こしてもらった。
「ほんと、ごめんなさい」
「何度も謝らなくていいって。気にしてないし、私だってよく見てなかったん
だから。それよりあなた、急いでるんじゃない? だったら、もう」
「う、うん。じゃあ……ごめんね」
気にしつつも、振り切るようにして階段を駆け下りていく。
(大丈夫かな。起こしてもらったとき、かえってあの子の方がふらついてたよ
うな気がする)
純子も再び階段を昇り始めたところ、今度は知っている顔と出くわした。に
やにや笑っている。
「涼原さん。大丈夫かい?」
「唐沢君」
どうやら転んだところを見られていたらしい。そう判断した純子は、急に気
恥ずかしくなった。
「見てたのね。笑うなんてひどい」
唐沢の隣に並び、歩きながらいくらか抗議する。
「笑ってるつもりはないんだけどな。しかし、あの愛美(まなみ)ちゃんと初
対面であれだけ話せるなんて、珍しいかもしれない」
「さっきの子のこと、知ってるの、唐沢君?」
「知っているというか、小学校が同じだったってだけで、特に仲がいいってん
じゃないよ。フルネームは西崎愛美(にしざきまなみ)。確か……今は八組だ
ったかな」
女子の誰がどのクラスにいるか把握に努める唐沢にとって、これぐらいは造
作もないことだろう。
「西崎愛美さん、ね。それで、初対面がどうこうって、さっきのはこっちも悪
くて、ただ謝ってくれただけだから」
「いやいや、俺から言うのも何だけどさ、無愛想なんだぜ、あの子。声をかけ
ても、逃げていくようなところがあってさ」
「それは、唐沢君にだけじゃないのかしら?」
純子の冗談を、唐沢は真面目に否定した。
「違うよ。ほとんど誰に対しても、同じさ。暗いってわけでもなく……何て言
えばいいかな。ともかく、ちょっと付き合いにくいタイプ」
「ふうん? そんな感じ、しなかったけど」
何となく気になったが、この話題はここでタイムアップ。教室に到着してし
まった。
その上、ごみ箱を元あった場所に戻す前に、同じクラスの有村(ありむら)
が話しかけてきた。
「あー、唐沢君、遅いと思ったら、すずちゃんとお喋りなんかして」
有村は純子のことをを「すずちゃん」と呼ぶ。第一小学校出身のクラスメー
トの中には他に、「りょうちゃん」と呼んでくれる子も多い。涼原の「涼」の
字を「りょう」と読むわけだ。
「やあー、悪い悪い」
ちっとも悪いと思っていないように、慣れた受け答えをする唐沢。
「私とのデート、すっぽかすつもり?」
「誤解だよ。涼原さんとはたまたま話してただけ」
唐沢に続いて、純子も事情説明を。
「そうよ。他のクラスの子の名前、教えてもらっただけなの」
「……すずちゃんもそう言うなら、信じる。だけど、すずちゃんまで引き込む
気なの、唐沢君たら?」
「そのつもりがあっても、涼原さんがつれないもんだから」
唐沢が肩をすくめるのを見て、純子は大慌てで首を振った。
「あのね、唐沢君っ」
「何でしょーか?」
「その、これ以上付き合う相手を増やしてたら、みんなから恨まれるわよ、き
っと」
「そうかな? 咲恵(さきえ)ちゃん、どう?」
「一対一のデートのときは、私のことだけを考えてくれるんだから、満足して
る」
「あ、そうですか……」
もはや何を言っても無駄だと思い、純子はそそくさとその場を立ち去った。
(馬鹿らしくなっちゃった。あーあ、早くごみ箱を置いて、帰ろうっと。明日
から休みだ)
−−つづく