AWC 相克 3   永山


        
#3860/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 5/20   0:12  (167)
相克 3   永山
★内容
 依頼を持ち込んできた相手の許しが出た。これで心おきなく、話せるという
ものだ。具体的な固有名詞を交え、再度、杠葉達也の巻き込まれた(と、島原
が言っている)事件について伝えた。
「今はどうだか知らんが、一昔前の芸能界は、この手の事件が頻発していたか
らなあ。杠葉っていうタレントの事件が、そのままこの殺しに関係してるかど
うか、五分五分ってところじゃないか」
「それは調べれば、知れることですよ。塩見と杠葉が一緒に仕事していたとな
れば、ひとまず関係を探らない訳にはいかなくなるでしょうが」
「そりゃま、そうなんだが……」
 腕組みをすると、どうしたものかという具合に、首を捻る吉田刑事。
「わしは自分の捜査を進めないといかん。相原、仮に塩見がそのタレントと関
係あったとしたって、血文字の件は解決された訳じゃないんだからな」
「分かってますよ。犯人を絞る、いい手がかりじゃないですか。自分はやって
いないんだから、『相原克』の名を知る者が犯人でしょう」
「ほう。となると、おまえさんは、犯人があの血文字を書いたとにらんでるん
だな」
「そう考えるのが、道理にかなっているでしょうが。塩見が何らかの形で俺の
名を知ったのだとしても、漢字で書くなんて不自然極まりない」
「わしだって、そう思いたいのは山々だ。それだけじゃ他の連中を納得させら
れんから、こうして頭を悩ませてるんであって……」
「犯人は何故、漢字で書いたのか」
「何だって?」
 ふと漏らした思い付きに、刑事は素早く反応してくれた。
「犯人の奴は−−あ、これは仮定ですよ。犯人が俺の名前を血文字で書き残し
たのだとして、どうして漢字で書いたのか。平仮名や片仮名で書こうとは思わ
なかったのか。変だと思いませんか、吉田さん?」
「……偽装したかったのなら、確かに変だな。それぐらいのことに気付かない
なんて、考えにくい……」
 間ができた。
「おい、おまえはどう思う?」
 立ち尽くめの若い刑事に、吉田刑事が話を振った。
「自分には分かりかねます。誰が書いたとしても、緊急事態に漢字で書き記す
のは、おかしいってことではないでしょうか」
 済まし顔での返事だった。
 その通りなのだ。その通りではあるが、何の参考にもならない。
「吉田さん、まだはっきり聞いてなかった。塩見って人は、テレビのどんな仕
事をしてたんです?」
「あちこちでネタを拾ってきて、企画を出すとか何とか……。海外にも顔が広
く、あちらのタレント−−と言うより、大道芸人や奇人変人の類を発掘するの
も十八番にしていたらしい」
「へえ、外国と来ましたか? その辺に麻薬との結び付きが、あるのかもしれ
ませんねえ」
「考えられるな。外タレのバンドメンバーが持ち込んだ例もあるし、洗ってみ
るだろうよ。麻薬の話は、今はいいだろ。何かないのか、おまえさんがやって
ない証拠」
 疲れたように語りかけてくる刑事に、こちらもせいぜい、愛想笑いぐらいし
か返せない。
「あれば、喜んで出してますよ。やった証拠より、やってない証拠を示す方が、
難しい」
「……今晩、泊まって行ってもらうことになるかもしれん」
「理由がないでしょう。被害者と俺との関係が確かにあるとなれば、話は別だ
が、相原克という名前の人間がこの世に二人といないという訳じゃない。日が
暮れたら、帰らせてもらいますよ。逃亡を恐れるとか言うんでしたら、見張り
を着けてくれりゃいい」
 吉田刑事が、苦い顔をした。
 こちとらしがない探偵。法律やら人権問題については、ちょいと勉強させて
もらっている。
「別件で引っ張るという手もあるんだ」
「俺がそんなへまする人間に見えますか? 別件の名目を探すだけで、一週間
はかかりますよ。吉田さんの立場も分かるが、恥をかくのは俺を疑ってる連中。
新しい線も浮かんだようだし、ここらで手を打ってくれませんか」
「わしはそれでいいんだがな」
 年輩刑事は若い部下に目線をやった。

 結局、午後十時の線で妥協した。
 その頃には、テレビ業界の情報も色々と入ってきたようで、ひとまず解放さ
れた。
「逃げて、話をややこしくせんでくれ」
 そんな言葉に送られ、外に出た。
 幸い、腹は満たされていたので、そのまま我が城に直行する。
 と、不思議にも明かりが灯っていた。
 状況が状況だけに、警戒しながら、ドアを押し開けた。
「−−何だ」
 緊張感が解けた。
 接客用の椅子には、島原明奈が背を丸めて座っていた。私服姿だ。
「あ、お帰りぃ」
 眠そうな声で迎えられた。
「何でいる? 家の者が心配してんじゃないのか?」
「適当にごまかしてきたわ。それより、遅いじゃないの」
「ちょっと待て。どうやって中に入った? 鍵は?」
「開いてたけど。警察が何か押収していったんじゃないの? そのあと閉め忘
れて……」
 ないとは言い切れない話だ。
 平気で違法捜査をする輩もいると聞くが、我が身に降りかかるとは。俺を帰
すぐらいだから、どうせ正式な礼状なんてないまま、警察手帳をちらつかせ、
ここの貸しビル経営元を動かしたんだろう。
 念のため、なくなった物が何か、調べてみた。
 だが、分からなかった。俺の記憶がいい加減なのではなく、警察がうまくや
るようになったらしい。恐らく、顧客関連の資料のコピーを取ったあと、元通
りにしている。
「もういいじゃない。それよか、達也のこと、引き受けてくれたんでしょ? 
だから来たのよ」
「……成り行きだがな」
 腰をどっかと下ろし、息をついた。疲れる。
「それで? 事務所に話はしたのか?」
「したよ。するしかないでしょう? どうでばれるんだし」
「警察、来ただろう?」
「うん。塩見何とかって人が死んだ時点で、ある程度、予測していたみたいだ
った。気をもむ必要なかったわ」
 あっけらかんと話す島原。
「捜査の中身は、知らないよな……。達也はどうしてた?」
「ん? 普通に仕事してたよ。事務所にじっとしてるはずないじゃない」
「いや、だから、仕事先に刑事が行ったんじゃないのか」
「分かんない。いっつも追いかけてる訳じゃないから。私だって、たまには学
校行ってるし。それにね、離れていても、恋人同士なら気持ちは通じ合うのよ。
何ちゃって」
 どうやら、今日は達也と顔を合わせていないらしい。
「事務所には行った?」
「そうよ」
「塩見良人のこと、何か言ってなかったか? どの程度のつながりがあるのか、
知りたいんだよ」
「あ、その人の企画した番組に何度も出てるんだって。私は塩見って人が、達
也の荷物に麻薬を入れたに違いないと思う」
「塩見が麻薬の運び屋だったという噂でもあるのかな」
「ううん、知らない。でも、それしかないでしょ」
 いたって短絡的だ。
「可能性が高いだろう。だが、確証がほしい。たとえば、動機は何だ? 塩見
が、達也あるいは達也の事務所を陥れようとする理由だ」
「……さあ?」
「塩見の立場からすれば、達也は商品だろう? それも、売れ筋の」
「まあね」
 島原は「商品」という単語に不機嫌そうに眉を寄せてから、「売れ筋」とい
う表現には小さく笑った。あからさまで分かりやすい。
「その達也を傷物にしちまう動機が、どこにもないように思うんだが。番組を
作る側が、出演者を嫌うなんてことがあるのかね?」
「ないこともないでしょうけど、売れてるタレントを嫌うなんて、あり得ない。
性格や生理的に合わなくたって、表面上は取り繕うもんなんだって、前に聞い
たわ」
「他に動機が考えられるか? あるなら聞かせてほしい」
「……達也より大物タレントを抱えていて、達也のとこと仲悪い事務所が、塩
見を動かしたってのはどう?」
 自分でも気に入ったのか、目を輝かせるようにしている島原。
「うーん、何だな。芸能界ってところは、そんぐらいのことで、麻薬を持ち出
してライバルを蹴落とそうとしたり、人が死んだりするのかい?」
「そんなことないよ……私が見た範囲では」
「分かって言ってるのかどうか、聞きたいんだがな。もしも塩見が達也の荷物
に麻薬を押し込んだ犯人だとしたら、一番の容疑者は達也とその事務所連中に
なるんだぜ」
「えっ? 嘘、冗談でしょ?」
 口をすぼめ、目をまん丸くする。やはり、分かってなかったようだ。
「素直に考えりゃ、そうなるぞ。実際にやったかどうかは別だ。結局のところ、
イメージダウンにつながるのは必至だしな」
「そんな! 話が違うじゃない」
「私のせいじゃない」
 耳を押さえながら、首を振った。
「だがな、約束は守る。そのためにも、一刻も早い解決が必要だろ。そこでだ、
G−セットだっけか? 達也の事務所連中からでいいから、聞き出してほしい
ことがある」
「何なに? 達也のためになるんだったら、たいていのことはやるよ」
 島原の台詞に、つい吹き出しそうになった。「何でもやる」とは言わないと
ころが、らしいと言えばらしい。
「塩見が最近、外人タレントを連れて来たかどうかを知りたい。ちゃんとした
タレントじゃなくても、大道芸人だろうが何だろうが、とにかく外国から連れ
て来た奴だ」
「分かったわ。だけど、それってただ、麻薬がどこから入ったかを追ってるだ
けじゃあ……」
「ふん。勘だが、これが本命なんだ。仮に結果が空振りでも、この線を消して
おかないと、夜もおちおち眠れないんだよ」
「どういうこと?」
 島原の質問を無視して、俺は時刻を確認した。
「そろそろ帰るんだ。そっちが望むのなら、送ってやる」
「ええー、何でよ。親なら、大して心配してないったら」
 膨れる島原に、俺はゆっくりと首を振った。
「私が眠りたいんだよ。今後に備えて」


−−続く




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