AWC 相克 2   永山


        
#3859/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 5/20   0:11  (197)
相克 2   永山
★内容
「もしもってのは、達也が麻薬常習者に仕立てられるって意味か? ま、それ
はないと思うが……こちとら情がない訳じゃないから、引き受けたいところだ
が、今のままじゃあだめだ」
 きっぱり言わないと分からないらしい。だから言ってやる。
「いいか、探偵ってのはどんな信条を持っていようが、とりあえず依頼料によ
って動くもんだ。芸能プロが支払うって言うなら、確約を取ってからにしてく
れ。それも前金でな。自腹を切って動こうにも、先立つ物がないんだから、動
きようがない。借金までして動くほどの義理はないぞ」
「……分かった。分かったわよ」
「自分で調べようとするな」
 思い詰めているように見えたので、注意を促す。これぐらい、大人として分
別臭さを露にしてもいいだろう。
「危ない目に遭うのが落ちだ。どんくさい素人探偵ほど、周りに迷惑をかける
ものはない」
「相原さんだって、最初は素人だったでしょ!」
「しかし、どんくさくはなかった」
 最後の言葉を聞かず、金のないお客は帰って行った。

 縁が切れたはずの一件に、再び関わるはめになったのは、土曜の朝っぱらか
ら、顔なじみの刑事が珍しくも訪ねてきたからだ。
「相変わらずだな」
 繁盛していないことを、吉田刑事はそう評した。
「飯、食ってるか?」
「どうにか」
 昨晩はもやしだけの炒め物を食べた。
「何の用ですか?」
「人が死んでな」
 らしくもない、唐突な切り口で始めた。
 訝しく感じたが、眉を寄せもせず、鼻を鳴らすにとどめた。
「塩見良人という三十代半ばの男で、テレビ局で働いていた。−−ぴんと来な
いか?」
「……分からん。何が言いたいんです?」
 答えたら、刑事はまじまじと見返してきた。
「被害者を知らないかってことだ」
「ん? 全然、聞き覚えがないね」
 肩をすくめ、正直なところを言ってやった。
「念のため、もう一度聞きましょう。何て言う名前です?」
「塩見良人だ。写真はこいつ、字面はこう」
 手際よく、手帳のとあるページを開き、見せつけてくる。顔写真の方は、長
髪のくせしてちっとも手入れしていないと見受けられる、三十代後半ぐらいの
男が、ぼーっとした表情で写っていた。
「知らない。初めて見る名前と顔ですよ」
「嘘じゃないだろうな。ためにならんぞ」
「……おかしな言い方をする。吉田さんの口振りから判断して、どうやら、俺
は犯人扱いされているようだ」
「それなんだよ」
 半分冗談のつもりで言ったのが、簡単に肯定されてしまった。
 額に手をやり、首を傾げてやった。
「どういういきさつで、この善良な市民を殺人犯だと?」
「その前に、はっきり言っておく。わしがこうして一人で来たのは、おまえの
ことを知っているからだ。陳腐な言い方をするならば、友情とか思いやりって
やつだよ。それをまず、心得てくれ」
「……事態はひどく悪そうだ。分かりましたよ」
 お手上げのポーズを取り、刑事の次の言葉を待つ。
「実はな、おまえさんの名前が、現場に記されてあったんだよ。血文字で、相
原克ってな。ご丁寧にも漢字でだ」
 ダイイングメッセージという訳か。今時、奮っている。
「血文字と言うからには、被害者は刺されるか殴られるかしてたんですね」
「もし仮に、おまえさんが犯人なら、答える必要もないな」
「参ったな。吉田さん、その血文字なんですが、被害者が書いた物に間違いな
いんで?」
「はっきり言って、分からん。塩見は右利きで、ちゃんと右手の人差し指に、
血がべっとりと付着していたがな。個人的には、死ぬ間際の奴が漢字で書き残
したのが、どうも気に入らん」
 吉田刑事は、強く疑っている訳ではないようだ。多少、ほっとした。
「なあ、相原よ。ここはひとまず、大人しく着いて来い。参考人聴取だ。おま
えだって、無理矢理引っ張られるのは嫌だろう」
「……飯を食わせてくれるんなら、行きますよ」
 情けないが、思い浮かぶ台詞と来たら、この程度のものだった。

 警察での事情聴取には、吉田刑事ともう一人、若年の刑事が当たった。
 これが無駄な捜査だと自分自身では分かっているだけに、ご苦労なことだと
思う。
 刑事の話によると、事件は二日前の午前0時から二時までに起こったとされ
ている。新聞にも載ったそうだが、読んだ覚えが自分には欠片もない。忘れて
しまっているのだろう。
「おまえさんがやったんじゃないんだな?」
「もちろんですよ」
「それなら、相原。おまえさんの名前が現場にあったことの説明を着けなきゃ
ならん」
 吉田刑事は、現場写真を取り出した。
 赤と言うよりも黒っぽい血文字で、「相原克」。「原」の字は書き手が下手
だったのか、ごちゃごちゃと潰れていて、読み取りにくい。だが、「相原克」
と書いてあるのは、間違いないようだ。
「さっきも言ったが、息も絶え絶えの被害者が漢字で書くこと自体、奇異な気
がする。そいつは確かだ。だが、おまえへの容疑を解くには、とにかく理屈を
通さんといかん」
「俺の知り合いの中で、塩見某とつながりがあるっていう人間がいれば答えよ
うもありますがね。残念ながら、そんな心当たりはなくて」
「それについては、アドレス帳やら顧客リストやらを提出してもらうことにな
る。悪く思うな」
「やむを得ないでしょうね。ただ、依頼人のリストなんて、ビジネスが終了す
れば数年で破棄するように決めているんで、全てを残している訳じゃありませ
んよ」
「かまわん。それじゃ、アリバイを聞こうか」
 さっきから思い出そうと努めているのだが、二日も前の過去なんて、がきの
頃と大差ない。しかも、真夜中と来れば、仮に思い出せたとしても、アリバイ
証人なしという可能性が圧倒的にでかいだろう。
「腹が減らないように、さっさと寝たと思いますがね。覚えていない」
「まずいな」
 言ったきり、吉田刑事は黙り込んだ。
 若い方は、部屋の片隅で、なかなか来ないバスを待つサラリーマンのように
突っ立っていた。先輩のやり方に文句を言いたいが、口を出せないでいらいら
している、といったところか。
「血文字の他に、遺留品はないんですか」
「ない。今のところな。目撃者もなし。もっとにぎやかな場所で死んでくれり
ゃまだしも、あんな寂れた公園では望み薄だ」
 自宅−−アパート−−近くの公園で、塩見という男は殺された。いや、正確
を期せば、塩見の遺体がその公園で見つかった、となるか。俺の行動範囲の内
側で、ややこしいダイイングメッセージを書いてくれたものだ。
「誰が犯人にしたって、塩見は何でまた、ひと気のない公園にのこのこ出かけ
たのかが問題になってやきませんか。それも、真夜中だ」
「テレビの仕事をやってる連中は、昼も夜もないのが多いとかでな。関係者に
当たって、この話を告げても、驚きもしない」
「だったら、そういう人種の多い業界を洗った方が、早いでしょう」
 刑事はすると、にやりとした。
「昼夜関係ないって生活を送ってんのは、私立探偵も同じだろう」
「……なるほどね」
「無論、仕事関係の線も追っているさ。わしは、おまえの相手を任されたって
訳だ……と言うよりも、自ら志願してやったんだが」
「お心遣い、痛み入りますよ」
 苦笑をしながら、肩をすくめた。
 若い刑事がいい顔をしていなかったが、かまうものか。
 と、そのとき、部屋のドアが静かに開いた。
「吉田さん、ちょっと」
 カッターナイフをイメージさせる刑事が顔を覗かせ、吉田刑事を押し殺した
ような声で呼ぶ。
 椅子を立った吉田刑事と、二言三言、やり取りをかわしてから、相手の男は
去った。
「相原。最近、麻薬絡みの仕事を請け負ったことはあるか?」
 戻って来た吉田刑事は、前触れもなしに聞いてきた。
「麻薬? ありませんよ。何で、そんな話が」
「被害者の自宅を調べたら、天井裏から出て来た。マリファナがほとんどで、
あとは覚醒剤だとか言ってたが」
「被害者の」
 そうつぶやくのと同時に、閃いた。何の根拠もない、ただ事実を勝手に結び
付けただけの、まさしく閃きだ。
「吉田さん。実は」
 せいぜい秘密めかした口ぶりで、数日前、島原明奈が飛び込んできたときの
いきさつを聞かせた。無論、具体的な名前は一切伏せた。
「つまり……」
 考え考え、吉田刑事は口を開く。
「テレビタレントの某が、麻薬に絡んだ事件に巻き込まれているのか。そいつ
と知り合いの何とかいう奴が、おまえさんに依頼しに来た」
「そう。二年前の縁で」
「その二人の名前を明かす訳にはいかんか? でないと、こちらとしても、手
の着けようがない」
「……電話、させてもらえますか」
 片眉を吊り上げ、苦渋に満ちた風を装って言うと、相手は存外、簡単に許可
を出してくれた。
「どうせ、わしらの前じゃできんのだろう。入ったところに公衆電話があった
ろ。あそこでして来い。その代わり、見張り付きだ」
 吉田刑事は、顎で若い奴を示した。
「どうも」
 薄ら笑いを浮かべ見上げると、若い刑事は無言でうなずいた。気のせいか、
やっと出番が回ってきて、張り切っているようにも見えた。

 島原は、杠葉達也の名を出すことに抵抗を感じているようだったが、こちら
が吉田刑事と顔見知りである点を強調すると、どうにか承知した。
 その代わり、依頼を引き受けろと言う。
「仕方ない。芸能事務所だったか? そっちの方に話を通すかどうかは、君の
判断でやってくれ」
「いいの、相原さん?」
「どうせ主導権は警察にあるんだ。市井の探偵に期待するな。依然として容疑
者扱いなのは、変わりないんだしな。ただし、達也の立場が悪くなるような事
態には、絶対にさせない」
「……分かった」
 少しばかり、声が弾んでいた。
「あ、妹さんに知らせなくていい?」
 こんな気遣いを見せる子供だっただろうか。
「知らせなくていい。トラブルはしょっちゅうだ。いちいち報告してたら、面
倒でたまらない」
「そう……何か差し入れしたげようか」
「……勘違いしてるな? 牢屋に入れられてる訳じゃないんだ。達也の事件と
こっちの殺しが関係あるとなったら、すぐに解放される身分なんだぜ」
「……なーんだ。心配して損した」
 受話器の向こうで舌を出す姿を想像するのは、難しくなかった。
「ま、そういう訳だから、達也んところに警察が行くのは間違いないと思う」
「うん。心の準備はしておく」
「手際が悪くなって、すまない」
「いいよ。仕方ない」
「−−そうだ。塩見良人っていう男、知らないか?」
 思い付いて、聞いてみる。声が大きくなったせいで、見張り役の刑事が、じ
ろりとにらんできやがった。
「知らない。でも、テレビ局の人が死んだっていう話は、私も聞いてる。だか
ら、事務所の人達は知ってると思うけど」
 どの程度の「知っている」なのか、さっぱり分からない。同じ業界人として
知っているのか、同じ仕事に携わったことがあるのか。
「ふむ。まあいい。もし事前に事務所連中に言うのなら、嘘や隠しごとはしな
い方が賢明だと伝えておけよ」
「うん」
 通話が終わると、見張りの刑事は、俺の腕をがっしりと掴まえた。
「こいつは、受話器じゃないんですがね」
 言ってやると、相手もほんのかすかに、唇の端で笑った。


−−続く




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