#3858/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 5/20 0: 8 (193)
相克 1 永山
★内容
せいぜいもったいぶって、男は始めた。
「値崩れ起こしかけてるから、早いとこ捌いてしまいたいのは事実だけどねえ。
そういうことやるとなったら、こっちもリスク負う訳だから、通常の値じゃ手
を打てないよ」
「仕方ない。万一でも、私がやるところを見つかったら、致命的だからな。そ
の点、あなたは融通が利く。頼みますよ、労働賃金として上乗せしますから。
これぐらいでどうです」
相手は指で数を示した。
「危険手当も付けてもらいたいな」
男は相手の折曲げられていた指を開かせ、片目をつぶった。
「この辺りで」
「……やむを得ない。飲みましょう」
手を引っ込め、息を深くつくと、相手は表情を引き締めた。懐から封筒を取
り出し、突き出す。
「前金。上乗せの額とかは、後金に加えておきます」
「こりゃ、どうも」
わずかばかり、笑みがこぼれた。
「ただし、絶対に成功してください。でないと、あなたのやっていること、み
んなぶちまけてやる」
「そうならないよう、努力しましょう。いや、絶対に失敗しやしない」
男は固い動きでうなずいた。
「杠葉を締め出すのは、会社にとってはメリットないんだが……俺にとっては
充分な報酬をもたらしてくれるって訳ですから」
男は気持ちに踏ん切りをつけるかのように、封筒を強く握りしめると、自ら
の懐に押し込んだ。
* *
自らの荷物の中から転がり出てきたそれに、その場にいる誰もが困惑した様
子だった。
「俺の物じゃないよ」
さっきから何遍も言ったている詞を、杠葉はもう一度口にした。
「これが、本当にやばい物だとしたら」
ビニール袋で何重にも梱包されたそいつの中身は、白い粉。テーブルの真ん
中に置き、取り囲むように皆で額を付き合わせる。
「……我々がやばくなる……かもしれない」
「スキャンダルは避けねばならない」
長辺が、辺りをはばかるような低い声で言った。
「最悪でも、事務所の誰かが引っ被って収めるんだ」
長辺マネージャーの言葉に、たいていの者が身を引き、首を振った。
「冗談じゃないっすよー」
「妻も子供もいるから、俺はパスね」
当然ながら、我が身がかわいい。
「慌てない。それぐらい、腹を括ってほしいということ。言うまでもないが、
この件は内密にする。我々の誰も心当たりがないのに、こういう物が出て来た
からには、犯人がいるってことだ。自力で見つけ出すに越したことはないが、
何よりも、警戒しよう。部外者がいるところでこんな物が出て来た日には、お
しまいだからな」
「ややこしくならん内に、届けた方がよくないすかねえ」
「届けるって、警察にか? 冗談だろ。警察に届けると、どこかから必ずマス
コミに漏れる」
右手に握り拳を作り、口調が熱を帯びる長辺。
「そうなったら、真実がどうなんて、もうほとんど関係ないのは、分かってい
るだろう。面白おかしく書き立てられ、余計なインタビュー攻勢にさらされ、
挙げ句、嘘に塗り固められたストーリーに乗せられかねない。絶対にだめだ。
達也、おまえもそう思うだろう?」
「ん? まあね」
杠葉達也は、覇気に乏しい声で応じた。
「どっちでもいいけど、僕が犯罪者扱いされたら、周りの人達がカナシムだろ
うから」
変なアクセントで喋るお抱えタレントに、長辺だけでなく、事務所の者のほ
とんどがため息をついた。
* *
暇だった。
そろそろ働かねば毎日の生活が苦しくなると分かっていたが、依頼がない。
探偵の看板を掲げているにも関わらず、客が一人も来ないとはゆゆしき事態だ。
かと言って、ご用聞きに出るなんて、みっともない真似もできまい。アルバイ
トで凌ぐしかなさそうだ。
本当のところ、親が遺した医院を頼れば、実に気楽に暮らしていけるかもし
れない。しかし、それはしたくなかった。どうしようもなくなって、一度だけ
頼ったことがあったが、後味の悪さは最低だった。まだ、親父を完全に許す気
にはなれない……。
そんな必死の一念が通じたか、昼下がりの探偵事務所の戸が、控えめな音を
立てた。
「どうぞ。開いていますよ」
普段よりいくらか丁寧な言葉遣いを、自然としてしまう。こういうとき、貧
乏はしたくないものだと思う。
「ひっさしぃぶりー」
戸が開くと同時に、気が抜けるほどに脳天気な声が、部屋に流れ込んできた。
慎ましいノックと、あまりに対照的である。
「……君は」
入ってきた制服の少女には、かつて会った覚えがある。
「確か……島原……だったか」
「凄い凄い。ちゃんと覚えてくれてたんだ」
何が嬉しいのか、ぱちぱちと手を叩きながら、飛び跳ねている。
「仕事柄、覚える癖を付けるようにしている。だが、下の名前は忘れた」
「明奈。島原明奈だよ、相原さん。本当に久しぶりだね」
島原明奈は椅子を見つけると、勝手に座った。そして部屋の中をしげしげと
眺め回し、
「汚いビルの割には、中はきれいなんだ」
ときた。
「この間、妹が来て、掃除していってくれたからね」
別にする必要のない説明をしてから、本題に入るよう促す。
「さあて、高校生が何の用だ。現在、私は仕事が欲しい。主義ではないんだが、
働かざるを得ない状況でな。冷やかしならまたにしてくれないか。見学だった
ら、事前に連絡を入れてもらおう」
「冷やかしでも見学でもないわ」
島原の声が真面目なものになった。が、表情は笑っている。
「忙しい身の高校三年生が、二年前にちょっと会っただけの探偵さん相手に、
冷やかしになんか来るはずないでしょ」
「それなら、依頼だと言うんだな?」
高校三年になったのか。頭の隅でそんな感慨を覚えながら、念押しした。
「依頼料、払えるのかい?」
「……分かんない」
「じゃあ、帰ってくれ。悲しいことに、今の私は銭金を欲しているんだよ」
「あのね、多分、事務所が払ってくれるわ」
「事務所?」
顔も真剣になった少女を見つめ返す。
「そうよ。達也の入ってる芸能プロダクション。えっと……ああっ、もう!
すぐに名前、忘れちゃう。うーん……そう、『G−セット』が払ってくれるは
ずだから」
「待て。まさか、またあの坊やが関わってくるのか」
口を挟みながら、杠葉達也の顔を思い浮かべていた。化粧をした、作り笑い
を浮かべた面ばかり、浮かんでくる。二年前の件でも、杠葉達也の業務用笑顔
が一番印象に残った。
「そうだよ。決まってるじゃない」
「決まってるって……。まあいい。どんな事件か知らないが、依頼なら、あの
マネージャー氏はどうしたんだ? あれが来るのが筋だろう」
マネージャーの名前を思い出そうとしたが、長辺広直という字面だけが脳裏
に浮かび、読み方が出て来ない。どうしても、「ちょうへんこうちょく」と読
んでしまう。
「だめよ」
大きな声だ。
「私、勝手に頼みに来たの。向こうは何も知らないんだ」
「ふん、勝手にね。それじゃあ、支払いはどういうことになるのかな、ええ?
お嬢ちゃん?」
「だから、うまく処理してくれたら、向こうが払ってくれると思うの」
頭を抱えたくなった。こんな不確かな話を持ってこられても、対処のしよう
がない。
「とにかくさ、話を聞いてよ。昔のよしみってことで」
「……聞こう。話だけ」
無下に追い返すのは、さすがに気が引けた。相手の年齢は関係ない。二年前、
彼女にはある意味で協力してもらったからだ。
「達也の荷物の中に、麻薬が押し込んであったの」
「……えらく唐突だ。話を理解してもらうためには、順序立てて語る方が効果
的だと、学校で習わなかったかな? まあいい。麻薬? それは達也の物じゃ
ないんだな? それで、何が問題になっている? 警察か芸能記者にでも見つ
かったか?」
「ぽんぽん質問してないでよ。−−ううん。見つかったのは、事務所に戻った
ときだったのよ。だから、周りにいたのは身内の人ばっかりで助かった訳。そ
れより、明らかに誰かが突っ込んだようなの、その麻薬を」
「誰にやられたかを問題にしているんだな」
「そうよ。警察に頼んでも、信じてもらえるかどうか分からないでしょ。それ
に、どこから芸能方面に流れ出ちゃうか知れたもんじゃないし。イメージダウ
ン、避けなきゃね」
「芸能プロダクションてのは、営業やら縄張りやらの関係で、いわゆる暴力団
とつながりがあるもんじゃないのか? そっちに頼んだら一発で解決しそうな
気もするがな」
「遅れてる、相原さん」
さもおかしそうに笑う高校生。
「私も達也から聞いて知ったんだけど、暴力団新法だっけ? そういう法律が
できてから、暴力団との付き合いはきっぱり断つようにしたんだって。どこで
もそうよ」
言われてみればそうかもしれないなと、納得できた。その一方で、総会屋と
企業の縁切りが完全になされていないのが、不思議でもあるが。
「そういうことだから、相原さんしか頼りようがないの」
「だったら、最初の質問に戻ろう。どうして芸能プロの連中が来ずに、君が来
るんだ? 芸能プロの連中はどう解決しようと考えているんだ?」
「内密の内に調べるつもりみたい」
「内密の内」とはおかしな言いようだと感じたが、指摘せずにおく。
「と言うのも、あの人達、ライバルの芸能プロダクションの仕業だと考えてい
るらしいから。業界内のことなら、自分達でやるのがいいって訳よね」
「私もそれに賛成だな」
「私はそう思わない。だって、根拠もなしによその芸能プロダクションの人を
疑うことになるかもしんないでしょ? そんなことしたら、達也の好感度、落
ちちゃう」
「芸能人ていうものは、世間一般に人気があればいいんじゃないのか。ライバ
ル事務所なんて、どうでもいいじゃ」
「分かってないなあ」
人の台詞を途中でぶった切って、島原は声を高くした。
「競演するってこと、忘れてるわ。敵を多く作ったら、それだけ組み合わせが
作りにくくなるの。競演に組み入れられる機会が減ると、当然、仕事も減る訳
よ。それにね、やっぱり大物とは仲良くしといた方がいいんだってさ。だから、
よそ様ともうまくやってかなきゃならないの。分かった?」
「……分かった」
マシンガンのごとくまくし立てやがって。うるさいのはかなわない。
「分かったよ。せいぜい、達也のとこの連中にうまくやるように言ってやるこ
とだ。さあ、これで終わりだ」
「心許ないから、頼みに来たんじゃないの」
「どうしても……やらせたいのか」
「うん。信用できるもん、相原さん」
「そりゃどうも」
「もう、本気で言ってるのにぃ。二年前、ちゃんと達也の気持ちを分かってく
れて、面倒を始末してくれたから、相原さんの好感度、私が採点すれば満点に
なるよ」
「その年齢で愛想笑いするな」
「と、とにかく、達也にもしものことがあったら嫌なの」
嘘っぽい泣き顔を作る依頼人。
「頼れるのは相原さんだけなんだから」
−−続く