#3857/5495 長編
★タイトル (PRN ) 97/ 5/18 10: 7 (153)
殺人パーティー(4) 叙朱(ジョッシュ)
★内容
「逃げても無駄ですよ。あなたをどこまでも追いかけます。必ずあなたの悪事
を暴きます」
ちょうどそこへ和服の女がお茶と品書きを持ってきた。川村は仕方なくまた
腰を落ち着ける。出されたお茶をすする。和服の女が川村に声を掛けた。
「こんばんわ、昨日のお昼もお見えでしたね」
川村は声を掛けられ、和服の女を見た。確かに女の顔には見覚えがあった。
「どうぞ、姉の話を聞いてあげてください」
和服の女は奇妙なことを言った。姉?、川村の怪訝な顔に気づいて和服の女
が説明する。
「私たちは、顔はあまり似てませんけれど実の姉妹なんです」
和服の女はそう言って笑った。川村の湯飲みを持つ手がこわばる。京子はお
茶には見向きもせずに話を続けた。
「あなたは昨日のお昼、この部屋で主人にピストルを渡しましたね。妹が見て
います。どうしてそんなことを?」
川村は一瞬、言葉に詰まった。そして動揺を隠すためにえへんと咳払いした。
「あれは、護身用として渡したんだ」
「どういうことですか?」
和服の女がそのまま居残って尋ねた。川村は女をチラリと見やった。
「不法な廉価販売は最低でも三人の専門家の協力がないと出来ない。金の出し
入れを管理する経理課、商品の出し入れを管理する倉庫課、そして商品の輸出
入事務をする貿易課だ。これに営業の責任者だった金田が加わって初めてでき
ることなわけだ。そして彼ら全員が口を閉ざしていれば、ばれることはまず無
い」
川村はお茶を一口飲む。そして続けた。
「ところが、金田がこの問題で悩みだした。真面目な男だったからね。その事
に残る三人の専門家が気づいたらしい。一人でも抜けるということは、不正取
引ゲームが成り立たない。いや、それだけではない。その一人から悪事がばれ
ると残った三人の身の破滅だ。そんな中でこの週末のマージャンパーティーの
話を聞いたんだ。嫌な予感がした。それで念のためにと金田に護身用にピスト
ルを渡した」
さあ、これで分かっただろうと、川村は京子の顔を見た。
「あなたは嘘をついている」
京子が低い声でつぶやいた。川村はうんざりとしてみせた。
「どこが嘘なんだ。確かに、私の渡したピストルを使ってあなたのご主人は自
殺した。その点では申し訳ない気持ちもある・・・」
「あれは自殺ではないと言ったでしょう!」
京子が鋭く叫んだ。川村が思わずひるむ。そんな川村を見つめながら京子は
続けた。
「あなたは嘘をついている。あなたの言う不法廉価販売にはもう二人の専門家
の協力が必要なはずです。一人は契約書を作る顧問弁護士、もう一人は契約書
に署名捺印する社長、つまり川村さん、あなた自身です。五百万ドルもの多額
の損失が出るような契約は社長決裁でしょう。違いますか?、あなたと顧問弁
護士はこの不正取引を主人になすりつけ、口を拭って知らん顔をするつもりだ
ったのです」
京子はそこで初めて一息ついてお茶を手にした。静かな口調で話す。
「それに、隣家のミセスブラウンは銃声を二回聞いています。だけど、主人の
頭の弾痕は一発だけでした。もう一発はいったいどうしたんでしょう?」
和服の女が口を挟んだ。
「川村さんはピストルを渡しながら、金田さんにこう言ってましたよね。怪し
い物音がしたら、必ず一発撃て。その銃声だけで敵を追っ払うことができるか
もしれない。川村さんのアドバイス通り、怪しい物音がしたとき、金田さんは
一発撃った。硝煙反応が残り、確かにそのピストルが自殺に使われたという証
拠になる。川村さんの目論見通りになったわけですね」
川村は憎々しげに和服の女を見た。女はにこりと笑っていた。京子が言う。
「確かに、主人は内側から鍵をかけて死んでいました。普段は寝室に鍵をかけ
たことなんかなかった。これもあなたから脅かされたからでしょう。違います
か?、」
川村は脇の下に冷や汗がにじみ出ているのを感じた。
「だけど、鍵が内側からかかった部屋で金田は死んでいた。こういうのは密室
と言うんだろ。どうやって密室の中の人間を殺せるんだ?」
川村があがく。京子は答える。
「ニューヨーク市警のデニス警部に無理にお願いして調べてもらいました。警
察では弾の表面の傷を調べれば、どのピストルから発射されたものか特定でき
るそうです。主人の頭から出てきた弾は、確かに同じ型のピストルから出たも
のだけど、主人が握りしめていたピストルからではないという分析結果でした」
すかさず和服の女が口を挟む。
「するとやっぱり金田さんは誰かに撃たれたということになるわね」
川村が沈黙する。京子がそんな川村を見ながら続けた。
「撃ったのは経理課長のクリスでしょう。主寝室のすぐ隣の客用寝室にいた彼
だけが、屋根伝いに隣りへ行けたのでしょうから。主寝室の窓に取り付いて、
換気口の僅かな隙間から主人を撃ったのでしょうね。デニス警部によると、ピ
ストル自殺の場合はピストルが至近距離なので、弾は頭蓋骨を貫通してしまう
ものだというわ。主人の場合は、弾が頭の中に残っていた。主人は離れたとこ
ろから狙撃されたのです。自殺ではなくて殺されたのです」
川村は黙り込んだままだ。和服の女がまた口をはさんだ。
「クリスが使ったピストルが、川村さんが金田さんに渡したピストルと同じ型
だったというのは、単なる偶然でしょうか?」
もう和服の女は笑っていなかった。
イーストリバー沿いの日本レストランの入り口にはパトカーが二台横付けさ
れていた。川村を逮捕に来たニューヨーク市警のものだった。パトカーの点滅
する青白いライトを受けながら、金田京子は妹と一緒にレストランから川へ続
くテラスへと歩いた。
川村は大筋で犯行を認めた。経理課長のクリスにピストルを渡したのも川村
だった。クリスの方にははっきりと金田の殺人を指示していた。全て川村の保
身から出ていた。
イーストリバーの向こうにはマンハッタン島のナイトラインが見える。きら
きら光るビル群のイルミネーションを見つめる京子に妹が声を掛けた。
「あの客用寝室で死んでいた三人は結局、自殺だったのかしら」
京子は和服の上にショールを羽織った妹ににこりと笑いかけた。
「金田があの三人を殺したのよ」
京子の意外な言葉に妹は足を止めた。
「でもどうやって殺したの?、あの三人も確か、内側から鍵をかけて、ドアチ
ェンも掛けていたというわ。いわゆる密室状態よね。それに遺書もあったわ」
妹がつぶやく。姉はふふ、と笑った。
「簡単なトリックよ。金田の思いつきそうなことだわ。私が今朝家に戻ったら、
暖房の様子がおかしかったわ。ボイラーは動いているのに、一階の暖房が効い
てないの。あなたは一戸建てに住んでいるから分かるでしょう?、あの家のセ
ントラルヒーティングというのは、吸い込んだ空気を一度ボイラーに戻してそ
して暖めてから各部屋の吹き出し口に送るようになっているわ。一階だけ暖房
が働かないなんて事はありえないのよ。調べてみたら、一階のエアコンは、吸
い込み口も吹き出し口も全部、ガムテープで目張りがしてあったわ。マージャ
ンの間は石油ストーブで暖をとったみたいね」
「だけど、エアコンの出入り口に目張りをしただけで人が殺せるの?」
妹がもっともな疑問を口にした。姉が答える。
「あの三人の寝ていた客用寝室の吹き出し口だけが開放してあったの。そして、
金田のいた主寝室の吸い込み口だけは開いていたわ。これならば、内側から鍵
の閉まった客用寝室に毒ぐらいは簡単に送れるわ」
姉の説明は説得力があった。妹は、エアコンの吹き出し口から、シュウーッ
と漏れるガスの音が聞こえるような気がした。
「なるほどね。確かに殺すことはできそうね。でも、遺書は書かせられないわ
よ」
妹が切り返した。姉はまだ川向こうを見ている。
「ああ、あれね。あれは遺書ではないのよ。あれと似たようなものを私は見た
ことがあるわ。以前から、金田はアメリカ人にマージャンをよく教えていたん
だけど、マージャンってお金を賭けるらしいのね。そうしないと上達しないも
のらしいわ。それでだいたいアメリカ人が負けるわけよ。五十ドルとか百ドル
くらい。でも金田は現金は受け取らない。現金で負けをもらうとしこりが残る
からというの。その代わり、アメリカ人には借用証みたいなものを書かせてい
たわ」
「じゃあ。あれもマージャンの借用証だったの?」
妹が聞く。姉は大きくうなずいた。
「そうよ、よく思い出してごらんなさいよ。どこにも死ぬとは書いてないわ」
姉の答えに妹は不満そうに鼻をふくらませた。
「ふーん。でも警察は自殺の線らしいわよ。エアコンの目張りのことは全然言
ってなかったわね。義兄さんが送り込んだ毒というのも、主寝室からは容器ひ
とつすらも見つかっていないようだし...」
姉が妹を振り返る。その目が鋭い。
「警察は気づかないわ」
姉は囁くように言った。妹がオーム返しに聞く。
「どうして?」
「だって警察を呼ぶ前に、私が目張りを全部とり外しておいたからよ。毒の容
器は地下に隠したわ」
姉の声は低い。妹は黙り込んだ。死んでしまっても、夫を庇い通すのが妻な
のか。
しばらく二人は寄り添ってぼんやりとイーストリバーの黒い流れを目で追っ
た。
どのくらい経っただろう。ようやく妹が感慨を込めて独り言のようにつぶや
いた。
「考えてみると、義兄さんはついていなかったのね。クリスは義兄さんを殺す
ために屋根に下りた。その時まさに義兄さんは毒をエアコンに送り込んでいる
ところだった。クリスは義兄さんをピストルで撃ち、そして部屋に戻って倒れ
た。だから他の二人はベッドの上で死んでいたのに、クリスだけは床に倒れて
いた。もうちょっとだけ早くに毒を送っていたら義兄さんは死ぬこともなく、
アメリカ人三人だけが自殺ということで一件落着していたのかもしれなかった
のにね」
妹の精一杯の言葉は、しかし、姉の慰めにはならなかったようだった。
それまで背筋を伸ばしていた金田京子が突然、泣きくずれた。妹はそんな姉
を見つめたまま、なすすべもなく暗いテラスに立ちつくしていた。
<了>
作者注: 登場する人物、団体等は全て架空のものです。