#3856/5495 長編
★タイトル (PRN ) 97/ 5/18 10: 5 (150)
殺人パーティー(3) 叙朱(ジョッシュ)
★内容
「するとご主人は、鍵のかかった寝室で亡くなっていたという事ですね」
ニューヨーク市警のデニス警部は念を押した。東洋人のミセス金田は微かに
うなずく。声も小さく発音もはっきりしなくて聞き取りにくい。二人は金田邸
の応接間に腰を下ろしていた。警部の脇で若い刑事がメモを取っている。
「ご主人が自殺するような心当たりはありますか?」
デニス警部はおきまりの質問を続ける。大抵の場合、返事はノーだ。しかし
ミセス金田の頭は僅かに上下に動いたように見えた。
「仕事のことで悩んでおりました。」
ミセス金田の言葉は短いが、しかし確かにそう言ったようだった。仕事の悩
みか。それじゃあ話は簡単だ。この事件は早いとこけりがつけられそうだ。デ
ニス警部はやれやれと思った。
その時、どたどたと階段を走りおりる音がして、捜査員が応接間のドアをバ
タンと開けた。
「警部、あと三人死んでいます!」
「なんだとお」
この報告に、さすがのデニス警部も飛び上がった。
「二階であと三人、それぞれの寝室で死んでいます。内側から鍵がかかってい
ました。応答がないのでドアを破って入ってみました。どうやら、これも自殺
のようです」
捜査員が興奮して早口で報告した。デニス警部はミセス金田を見る。
「ミセス金田、いっしょに来てください」
デニス警部はがなりたてた。ミセス金田はぽかんとした顔をしている。喋り
が早すぎたようだ。もう一度ゆっくり説明する。ああ、と彼女は頭を振った。
二階の客用寝室のドアは三部屋とも捜査員により破られていた。デニス警部
は一部屋ずつ見て回る。客用寝室は暖房でむっとしていた。どの部屋も似たよ
うなものだった。大の男がパンツ一枚で死んでいる。目をかっと開き、すさま
じい形相だが、争ったような外傷は見当たらない。枕元のナイトテーブルには
空になったミネラルウォーターのペットボトルが一本と、やはり空っぽのグラ
スがひとつ。そして白くて丸い錠剤が十個ばかり散らばっている。脱ぎ捨てた
服は窓際のチェストの上に無造作に積んであった。
デニス警部は三人目の男のベッドのそばに佇んだ。三人が三人、申し合わせ
たように似たような状況で死んでいる。二人はそれぞれのベッドの上で、もう
一人は床の上で・・・。どうもひっかかった。
警部はミセス金田に死んでる男たちの身元を尋ねた。ミセス金田は部屋の入
り口で立ちつくしたまま、中までは入ってこようとしない。そこから聞き取り
にくい英語で彼女は説明する。
「彼らは主人の会社の友人です。昨夜から家でマージャンパーティーをやって
いたはずでした」
マージャンパーティー?、デニス警部には聞き覚えの無い名詞だった。再び
彼女に聞く。ミセス金田は相変わらずの小さな声で答えた。
「マージャンという四人でやるゲームです。ブリッジによく似ています。ただ
四人揃わないとできないゲームなのです」
そこへ、「警部、見てください」と捜査員が紙を持ってきた。
「床に落ちていました。どうやら遺書のようですね」
捜査員の渡した紙にはボールペンでの走り書きがあった。デニス警部はさっ
と目を走らせる。走り書きにはこうあった。
「ミスター金田、申し訳ありません。私はあなたに大いなる借りがあることを
認めます」
ふん。デニス警部は鼻を鳴らした。
「まさか、こんな紙がどの部屋にも落ちているんじゃないだろうな」
警部はつぶやいた。捜査員はそれぞれの部屋の中を調べた。そしてデニス警
部のコメントが当たっている事がすぐに証明された。死んでいた三人の客はそ
れぞれの筆跡で似たような遺書めいた書き置きを残していたのだ。
ホストの金田はピストルで頭を撃って自殺し、客の三人は遺書を残しての自
殺? 同じ日に同じ場所で同じ会社のマネージャー達が四人集まって、揃って
自殺をしていた。
何か裏がありそうだな。
デニス警部はそう思わずにはいられなかった。
デニス警部の疑問はその日の内にあっさりと解決した。
昼過ぎにアメリカK商会の社長が弁護士を伴ってニューヨーク市警本部にや
ってきたのだ。デニス警部が応対した。沈痛な顔をしたその東洋人の社長の隣
で、白髪の弁護士は話し始めた。
「アメリカK商会は一九七〇年の設立以来、アメリカ合衆国の利益と雇用に貢
献してきました。アメリカで生産される穀物や牛肉をアジア地区に輸出するこ
とで、産業の健全な発展に寄与してきたと自負しております」
企業の顧問弁護士らしいまわりくどい話から始まった。デニス警部はぴしゃ
りと言った。
「あんたの会社の宣伝は省いてくれ。お互いに限られた時間を生きているんだ。
ミスターカウンセラー、もっと要領よくやろうじゃないか」
弁護士はデニス警部のメッセージを理解したようだった。すぐに用件に入っ
た。
「アメリカK商会にとっては大変つらいことをお話ししなければなりません。
今朝、自殺した四人の男は全員、K商会のマネージャです。金田は穀物部のゼ
ネラルマネージャでしたし、その他の三人もそれぞれ、経理課長、倉庫課長、
貿易課長でした。そして彼らは共謀してアメリカK商会に多大な損害を与えて
いることが判明しました。商品の不正廉売をやっていたようなのです。実はこ
こにいる川村社長がその事に気づいて、昨日、彼らにこの件で問い合わせをし
たばかりでした。おそらく彼らはそれで追いつめられて自殺してしまったので
しょう」
隣の東洋人が、はっきりした発音の英語で付け加えた。
「私がもう少し慎重であったなら、彼らは自殺という最終手段には走らなくて
済んだのではと、思うと大変残念です」
デニス警部は念のために聞いた。
「その四人の不正行為とやらでの被害額は?」
警部の質問に弁護士が東洋人社長の顔を見た。社長がうなずく。それを確認
して、弁護士が答えた。
「穀物だけで約五百万ドルあります。他も調査中です」
なるほど。デニス警部は相槌を打つ。
「それで、アメリカK商会では死んだ彼らを背任罪で告発するつもりだったの
かな」
その質問に、東洋人の社長が飛び上がった。
「とんでもない。幸いまだ棚卸しの前なので、社内的に会計処理をして厳重注
意で済ますつもりでした。告発なんてとんでもない」
ふーん。それじゃあこの二人は、あの四人が自殺した理由を警察に教えるた
めだけに、わざわざやってきたというのか。
デニス警部はもう一度、東洋人と付き添いの白髪の弁護士をじろりと見た。
弁護士は潮時を心得ていた。それじゃあ、警部もお忙しいでしょうから、と立
ち上がる。
ああ、俺は全く忙しい。次はあのミセス金田だ。大事な話があると言って彼
女は急にやってきた。そして、仕切の向こう側で待っていた。今の話も聞こえ
たかもしれない。亭主の悪事の話を聞かせたのはまずかったかな。でもまあ、
いずれ分かることだからいいか。
デニス警部は、K商会の社長と顧問弁護士が入り口のホールへ出て行くのを
見届けてから、仕切の向こうに声を掛けた。
「どうも、お待たせしました」
いいえ、と小さな返事があった。その声の震えに警部はおやっと思った。
その夜。
川村は昨日も来たイーストリバー沿いの日本レストランの暖簾をくぐった。
いらっしゃいませ、と声がかかる。名前を告げると和室に案内された。昨日と
同じ部屋だった。単なる偶然だろう。川村はそう思うことにした。
和室には金田京子が待っていた。
「申し訳ございません。お忙しいところをお呼び立ていたしました」
京子はそう言いながら、畳に指をつき丁寧に頭を下げた。川村はその京子に、
まあまあと声を掛けながら、上座に腰を下ろした。
「今回は主人が大変なご迷惑をおかけしました」
京子はまだ顔を上げないまま、そう言った。
「いやいや、そんなに気にしないでください。ご主人もこの件ではたいそう悩
んでおられたのでしょう。私ももっと早くに気づいておれば、と反省しており
ます」
川村はそう言いながら、京子の次の言葉を待った。
川村を呼びだしたのは京子の方だった。お尋ねしたいことがあるのですが、
と電話をかけてきた。金田の亡きがらはまだ警察の管理下にあって、葬儀の手
はずも始められないとのことだった。今後の身の振り方の相談か。川村は漠然
と、そう予感していた。
京子が顔を上げた。まっすぐ川村を見ている。その視線の強さに川村が一瞬
たじろいだ。
「あなたを殺人教唆と業務上横領、それから背任罪で連邦捜査局(FBI)に
訴えました」
「えっ?」
川村は自分の耳を疑った。京子の顔は真剣だ。
「あなたは、自分の犯した不正廉価販売の損失を主人とその仲間のアメリカ人
マネージャ三人に責任を押しつけ、お互いを殺し合うように仕向けました」
京子の声ははっきりとして良く通る。目が怒りに燃えているのが川村にも見
てとれた。川村は笑顔で応対しようと努力した。
「あははは。奥さん、冗談は止めましょうよ。ご主人を悪者にしたくないとい
うお気持ちはよく分かりますが、ご主人もその友人も自殺しているじゃないで
すか。友人たちはご主人宛に遺書も残しているんですよ。自分たちの犯した罪
を認めているんです」
「あれは自殺ではありません。れっきとした殺人事件です」
京子はきっぱりと言い切った。川村の顔色が変わる。言葉使いも雑になり、
怒気が混じった。
「一体、なんて馬鹿なことを言っているんだ。そんな途方もないことをよく思
いついたものだ。てっきり退職金やら、今後の相談かと思って親切に出てきた
というのに、そんな話なら私は帰らせてもらう」
そう言って川村は立ち上がろうとした。京子はそんな川村を睨みつける。
以下 殺人パーティー(4)へ。