AWC 殺人パーティー(2)   叙朱(ジョッシュ)


        
#3855/5495 長編
★タイトル (PRN     )  97/ 5/18  10: 3  (162)
殺人パーティー(2)   叙朱(ジョッシュ)
★内容

 時間が早かったせいか、イーストリバーにせり出すように建てられた日本レ
ストランはまだ閑散としていた。川村が名前を告げると、二人は川に面した和
室に案内された。障子を開けると、イーストリバーの向こうにはマンハッタン
のビル群が連なっている。バッテリーパーク付近からにょっきりと二本の高い
ビルが冬空に向かってのびていた。
「アメリカ人スタッフを集めて、マージャンパーティーをやるんだって?」
 和服の女からおしぼりを受け取りながら川村が聞いた。昼飯に誘ったのはこ
のことだったのかな。金田は合点しながら答える。
「はい。彼らがどうしても、社内マージャン大会に出たいと言うものですから」
 アメリカK商会では月例会と称して夏はゴルフコンペを、ゴルフ場が閉まる
冬の間はマージャンゲームの社内大会を行っていた。ゴルフコンペにはアメリ
カ人スタッフも多数参加したが、マージャンの方はアメリカ人の参加者はいな
かった。しかし、熱心なマネージャクラスのアメリカ人はゲームを覚えて参加
したいと言いだし、結局、日本人スタッフが手ほどきをすることになっていた。
「金田さんがアメリカ人スタッフにマージャンを教えているんですか?」
  川村が聞く。和服の女に天ぷらランチを注文した。同じものを、と金田も注
文する。和服の女と視線があった。おや。見覚えのある顔だった。女は軽く会
釈をして下がった。金田は川村の質問に答える。
「はい、今週は私が教えます。私のところは子供がおりませんので、家でマー
ジャンをやっても問題ないんです。それで、だいたい金曜日はマージャンパー
ティーをやっています」
 川村が軽く頷く。
「いやあ、それは大変ありがたいことですね。アメリカ人スタッフがマージャ
ン大会に出てくれれば、ますます会社の雰囲気は良くなるでしょう。よろしく
お願いしますよ」
 はあー、と金田はあいまいに応える。川村が質問した。
「ちゃんと授業料は徴収していますか?」
 川村の質問は、マージャンの賭けレートのことだった。社内マージャン大会
は賭けのない競技マージャンだ。川村社長のポケットマネーと参加費で買った
賞品が上位入賞者に出るだけだった。しかしマージャンパーティーは違う。レ
ートを決めた賭けマージャンだ。金田は少し口ごもって答えた。
「はい、少しだけもらっています。マージャンはそういう痛みがないとなかな
か上達しませんから」
「そうですね。いや、まったくそうですね。確かに痛みを経験しないと進歩が
ないのかもしれませんね」
 川村は感心したようにしきりにうなずいている。そんなに感心されるほどの
ことを言ったつもりはない。金田は怪訝そうに川村の顔を見た。川村は、もう
一度おしぼりで顔を拭いていた。
 失礼します、と声がして和服の女が竹の器に入った天ぷらを運んできた。小
ぶりの天ぷらは上品でおいしそうだった。川村は待ちきれないかのように、す
ぐに食べ始めた。金田も、いただきますと箸を手にする。
 あっという間に、川村の天ぷらはなくなった。金田も急いで、天ぷらを平ら
げる。川村はお茶を飲み、ころ合いを見計らったように、こほんと咳払いをし
た。
「ちょっと金田さんの意見を聞きたいものがあるんですよ」
 そう言って川村は背広の内ポケットから細長く折られた書類を取りだした。
金田はどきんとした。川村が面倒くさそうに書類を開く。
「良く分からないんですよ」
 開いた書類には、数字がびっしりと並んでいる。川村はにこにこ笑いながら
何事もないかのように書類を金田に差し出した。
「これは・・・」
 書類は金田の穀物部の前月末時点での在庫台帳のコピーだった。仕入れ時期
と注文番号、それに在庫金額の羅列にすぎない。まさか、と心の中で叫びなが
ら金田は慌てて各欄に目を通した。正確な数字だった。表に出てくるはずのも
のではなかった。倉庫課長のジョンには言い含めてあったはずだ。経理課長の
クリスも了解していたくせに。なぜ、これが川村社長の手にあるのか。誰かが
裏切ったのだ。金田は絶望的な気分になって、書類から顔を上げられなかった。

 目印の小さなもみの木の角を曲がると、赤茶に塗られた家が見えてくる。
 経理課長のクリスは車をその家のガレージの前に突っ込んだ。もうすでに先
客があった。課長以上に支給される同じ車種のカンパニーカーが二台、その家
の正面にとまっている。みんな張り切っているな。クリスは武者震いをする。
土産の赤ワインの瓶をつかんで車をおりた。
 呼び鈴を押すと背の低い東洋人が出てきた。穀物部ゼネラルマネージャの金
田だ。いつもは神経質な暗い顔をしている金田だが今日はやけに機嫌が良い。
大げさに歓迎の言葉を並べると、クリスを中へと招き入れた。東洋人の習慣に
合わせてまず靴を脱ぐ。金田がさっとその靴を玄関横のクローゼットにしまっ
た。
「おや、少し寒くないかい?」
 クリスは聞いた。玄関ホールの空気はひんやりしている。
「申し訳ない。ボイラーの調子が悪くて暖房が効かないんだ。でも中は大丈夫
さ、どうぞ」
 金田が申し訳なさそうに説明しながら、応接間に続くドアを開いた。中には
すでに先客がふたり、ソファーに腰を下ろして待っていた。やあ、と声をかけ
る。倉庫課長のジョンと貿易課長のマリオだ。遅いぞ、クリス、と二人は文句
を言ってきた。手には缶ビールを持っている。
 クリスはすぐに部屋の真ん中にでんと置いてある見慣れないストーブに気づ
いた。
「石油ストーブなんだ。とても暖まるよ」
 ジョンが新しい缶ビールをクリスに差し出しながら言う。ソファーのすぐ横
に缶ビールが詰められたクーラーボックスがあった。サンキューと受け取りな
がら、クリスは部屋の暖かさに満足した。
「さあ、メンバーが揃ったから早速始めようか?」
 マリオが待ち切れないように立ち上がりながら叫んだ。ジョンも立ち上がる。
マージャンテーブルは応接間のストーブの側にセットされていた。
「ミセス金田はどうしたの?」
 クリスがふと気づいて聞く。ジョンが片目をつぶって答えた。
「今夜は戻らないそうだ。多分、騒がしいパーティーを避けたのだろう」
 なるほど。それは都合が良い。関係のないミセス金田にまで迷惑を及ぼして
は申し訳ない。金田がダイスを振る。
「レートはワンだからね」
 金田が言った。ワンとは、一ドルということだ。大したレートではない。も
ちろん実力的には東洋人の金田が一番強い。
 ダイスを振ってテーブルの席順が決まり、四人は腰を下ろした。それぞれの
席の脇にはワゴンがあり、そこにはウィスキー瓶に並んで見慣れない赤い瓶が
ある。ミセス金田の手作りらしいサンドイッチもあった。金田が言う。
「今夜は二日酔い止めの秘薬もあるから、心置きなく飲み食いしてくれ」
 そう言って、金田が白い錠剤をむき出しでみんなに配った。みんなは気持ち
悪そうに錠剤を受け取る。クリスも礼を言って受け取ったが、そのままズボン
のポケットに放り込んだ。東洋の秘薬というのはどうも胡散臭い。
 マージャンパイを配った途端、ひゅーっとジョンが口笛を吹いた。よほど良
い手ができそうなのだろう。
 そうして、金田邸のマージャンパーティーは始まった。

 目印の小さなもみの木の角を曲がると、赤茶に塗られた家が見えてくる。
 金田京子は、朝早くに戻ってきた。何しろ男四人で一晩飲み食いしていると
いうことなのだ。どんな状態になっているか分からない。夫の金田にはゆっく
りして来いと言われたけれど、気が気ではない。いつもきれいに掃除している
家の中の様子が気になって仕方のない京子だった。朝ごはん用にオレンジジュ
ースと焼きたてのパンも早朝営業のベーカリーで買ってきた。
 車が三台、家の前にとまっていた。ああ、まだいるいる。京子は車のスペー
スがないので、隣りの家の前に車を置く。隣家のミセスブラウンがちょうど子
犬をつれて散歩に出るところのようだった。
 車を置くことを伝えようと窓を下ろすと、彼女が駆け寄ってきた。
「ピストルの音を二回、聞いたような気がするの」
 ミセスブラウンは真剣な顔をして言う。
「真夜中のことよ。まさかとは思ったけれど、ミセス金田の家のほうからだっ
たわ」
「そんな馬鹿な」
 京子は笑い飛ばした。初老のミセスブラウンの空耳だろう。金田は昨夜から
会社の仲間とマージャンパーティーをやっていたはずだ。
「注意してね」というミセスブラウンの声を聞き流して、京子は玄関へと歩い
た。オレンジジュースとパンの入った紙袋を抱えている。
 京子は玄関の呼び鈴を押してみた。返事はない。しょうがない、まだ寝てい
るのかしら。京子はポケットから鍵を取り出しながら思った。
 かちゃり、と鍵を開けて玄関ホールに入る。ひんやりしていた。暖房が効い
ていないのかしら?、京子は玄関ドアの横にある空調のコントロール装置を見
てみた。華氏85度とのデジタル表示だ。これでは温度設定が高すぎるくらい
だ。耳を澄ますとボイラーの送風機が回る振動音もある。
 なんだ、暖房は入っているじゃないの。どうして玄関ホールはこんなにひん
やりしているんだろう。
 京子は紙袋を持ったまま応接間のドアを開けた。アルコールの匂いが京子の
鼻を突く。マージャンパイが雑然と転がるテーブルの脇には缶ビール、ウィス
キーに混じって老酒の赤いラベルも見える。応接間の真ん中の石油ストーブが
京子の目についた。
 何故石油ストーブを?、京子にはわけが分からない。
 ソファーの脇にも缶ビールの空缶がうず高く積み上げられている。まあ、男
四人が飲み食いしたわりには、さほどの散らかり方ではない。
 応接間も空気はひんやりしていた。京子は応接間を抜けて、台所へ行ってみ
た。台所は京子が出かけた昨日の午後のまま整然としていた。しかし台所もひ
んやりしている。いったい暖房はどうしたんだ?
 京子は階段を上り、二階の寝室をチェックしようと思った。
 二階には寝室が四つあった。一番広い主寝室は金田夫婦が普段使っている寝
室で、キングサイズのベッドが一組ある。たぶん金田はそこで寝ているはずだ。
残り三つは客用寝室でやや小さく、ダブルのベッドをそれぞれひとつずつ入れ
てある。昨夜来の会社の仲間たちがおそらく寝息をたてているはずだった。
 京子は主寝室のドアを押してみた。ドアが開かない。鍵がかかっていた。普
段は鍵などかけたことがないのに、どうして?
 小首を傾けて、京子はポケットにいったんしまい込んだ鍵をまた取り出した。
寝室のドアの鍵は内側から回転させるとラッチがかかる。鍵を回すと、かちゃ
りとラッチが外れドアは開いた。寝室のランプが点きっぱなしだった。しょう
がないわねえ、と呟きながら京子は足を踏み出そうとして、ベッドの向こう側
に異物を認めた。それは床に横たわった足だった。京子はおそるおそる足を進
めた。
「あなた!」京子は思わず叫んだ。
 側頭部から血を流した金田が白目をむいて倒れていた。金田はガウン姿だっ
た。右手に握られた黒いピストルがランプに照らされ鈍く光っている。もう死
んでいるのは明らかだった。
 驚きとショックで視界がぐにゃりと曲がり、京子は気を失った・・・。

以下 殺人パーティー(3)へ。




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