#3854/5495 長編
★タイトル (PRN ) 97/ 5/18 10: 2 (138)
殺人パーティー(1) 叙朱(ジョッシュ)
★内容
芸術的な薄さにスライスされた霜降り牛肉が大皿に花弁のように盛りつけら
れていた。鍋の中で昆布だしのスープが煮えたぎっている。アメリカK商会社
長の川村は自分でやるから、と仲居を追い払った。取り引き銀行のアメリカ人
マネージャは興味津々の顔付きで割りばしを割り、手で持つ練習をしている。
今夜はK商会側の接待だった。
川村は、ごまだれとぽん酢たれを説明し、そして、牛肉の花弁を箸で取り上
げて見せた。アメリカ人マネージャは川村の動作を真似て、薄い牛肉を箸でつ
まもうとする。なかなかうまく行かない。なんとか苦労して二枚まとめてつか
み上げた。
箸の使い方が上手ですね。川村が大げさに感心して見せる。川村が牛肉をス
ープに沈める。そして箸を左右に振る。こうして振った時にスープが音をたて
るんですよ。その音から、しゃぶしゃぶという名前がついたんです。川村がお
決まりの説明をする。マネージャは、オゥと感嘆すると自分の牛肉もスープに
突っ込む。
スープに沈んだ牛肉から灰汁(あく)が浮き上がってくる。肉の色が赤から
ピンク色になったところで牛肉を引き上げ、ごまだれに軽くひたしてから口に
放り込む。火傷しそうに熱い。が、美味しい。
川村は食べるのもそこそこに、しゃもじを手にした。アクをすくう。
どんなに美味しい牛肉からも、必ず灰汁は出るのだろうか?、しゃぶしゃぶ
の灰汁をすくいとりながら、川村は考えた。灰汁のでない牛肉はあるのだろう
か。それとも...。
川村はゆっくりと手を二回叩いた。はーい、と返事があり、仲居がすぐに顔
を出す。
「しゃぶしゃぶの灰汁というのは、何か味を出しているのかい?」
川村は聞いてみた。さあ、聞いてみます。仲居はすぐに下がった。アメリカ
人マネージャは、デリーシャス!、を連発しながら、しゃぶしゃぶを食べてい
る。川村は灰汁をすくう。しばらくして戻った仲居の返答は、川村の予想して
いたとおりだった。
「灰汁には何の効能もありません。できるだけ速やかに取り除くほうがよろし
いのでは」
そうか、速やかに取り除くか。川村は独りごちた。
「倉庫担当というと、品物の出し入れだけだと思っているんじゃないだろうな」
アメリカK商会倉庫課の事務所で課長のジョンは雇い入れたばかりの新人に
説明をしていた。
「でも、実際そうじゃないですか」
ジーパンに開いたほころびの穴を指でいじくりながら新人は口を尖らせる。
「それだけじゃないんだよ。いいか、俺の説明を良く聞け」
ジョンはそう言って椅子を示した。
「俺が倉庫係の仕事を分かりやすく説明してやるから腰を下ろして聞け。いい
か。五十ドルで買った品物を百ドルで売ると五十ドルの儲けになるな。こんな
のは誰でも分かる理屈だ。このK商会は平たく言うと、そういう仕事をしてい
る。いろんな品物をあちこちの会社から買い入れて、アジアのお客に売りさば
いているわけだ」
新人はつまらなさそうに聞いている。ジョンの説明は続く。
「しかし、五十ドルで買ったものが二十五ドルでしか売れなかったらどうなる
と思う?」
そこでジョンは新人の顔を見る。新人は面倒くさそうに答えた。
「二十五ドルの損だろ。小学生でも分かるよそんなこと」
ジョンは満足そうにうなずく。
「そうだな。しかし、会社というのは損を出すわけにはいかないんだ。何とか
して儲けないといけない。二十五ドルでしか売れなかったけど、損は出せない。
さあ、困った。おまえならどうする?」
新人は少し考え込んだ。
「他のものを何とか高く売るようにすればいいじゃないか」
新人はそう言った。この新人はまっとうな頭をしているぞ。採用したジョン
は嬉しくなった。
「そうだな。そうだな。それが真面目なビジネスマンの考えることだ。しかし、
そんなにうまい具合に行かない場合が多いんだ。そこで、いろんな悪事を思い
つく奴がいる」
「どんなことを?」
新人は興味を持ってきたようだ。ますますジョンは嬉しくなる。
「ひとつは、お客に品物を渡すときに、買い入れ価格を例えば二十ドルと見せ
かけるんだ。そうすると、二十五ドルで売れても、見かけ上は五ドルの儲けだ」
「だけど実際には五十ドルで買ったんだろ。残りの三十ドルはどこへ行くのか
な?」
新人が首をかしげる。ジョンが笑いながら新人を見る。
「品物は五十ドルの札を下げてこの倉庫にやってきた。五十ドルで買ったんだ
からな。ところが、品物が二十五ドルで売れたとき、この倉庫から出て行く。
なんと二十ドルの札をぶら下げてな。そして、残りの三十ドル分は幽霊値札に
なってこの倉庫に残されるんだ」
新人の顔がきょとんとなる。なにやら手品を見せられたような気分だ。
「そんな幽霊値札がこの倉庫には沢山うようよしている。これらの幽霊退治が
俺たち倉庫係の一番大切な仕事なのさ」
「すみません、課長の言ってる意味が分かりません」
新人はジョンを課長と呼んだ。ジョンでいいんだよ。ジョンの言葉が優しく
なる。
「棚卸しって言葉を聞いたことがあるかい?この倉庫の中にある品物をひとつ
ひとつ数えて、買い入れた時の値段を確認する作業さ。そうして、実体のない
幽霊値札をあぶり出すんだ。おまえは良いタイミングで入ってきた。来月はい
よいよ年に一回の棚卸しがあるんだ。存分に活躍してもらうからな」
ジョンはそう言うと、新人の肩をぽんと叩いた。新人にはジョンの話が飲み
込めないようだった。しかし、目が輝いている。
全てを一度に理解する奴はいない。むしろ、理解よりもやる気さえ出してく
れれば良いんだ。その方が都合がいいんだ。倉庫課長のジョンは満足そうに微
笑んだ。
「それじゃ、これで終わります」
経理課長のクリスが宣言して、アメリカK商会の月例ゼネラルマネージャ会
議は終了した。穀物部マネージャの金田は緊張が解けてほっとする。なんとか
今月も大丈夫だったようだ。分厚いファイルを閉じて小脇に抱えると、ぞろぞ
ろと出席メンバーがドアへと流れる。その流れの中に金田も身を任せる。
「金田さん、今月もまずまずの業績でありがとうございました」
クリスが銀縁の眼鏡を指で押し上げながら、金田に意味ありげに笑いかけた。
そうだ、金田の穀物部は好調な成績を上げている。いや、上げているように見
えるのだ。金田は思い出したように経理課長に念を押す。
「どうもありがとう。それよりか今夜の件、大丈夫かい?」
「ああ、今夜のパーティーだろ、楽しみにしているよ」
ドイツ系の経理課長は怒り肩の大男だ。顔つきも仕事ぶりに似て猜疑深い。
しかし笑うと、険が消えて農家の親父みたいな顔になった。
金田と経理課長の話を聞き付けた倉庫課長のジョンがすり寄ってくる。
「私も忘れていませんよ」
アイリッシュ系のジョンは愛想はいいがひどく怒りっぽい。ちゃんと書類を
整えないと五セントのビスひとつでも倉庫から絶対に出してくれない。こいつ
も今夜のパーティーに呼んである。
「ああ、今夜六時だからね」
金田は二人に笑いながら伝える。オーライ、オーライと繰り返しながら、二
人はエレベータホールへと消えた。
金田は廊下を歩いて自分のデスクに戻った。背の高い秘書が電話のメモを持
ってくる。ありがとう、とメモを受け取りさっと目を通す。緊急なものはなさ
そうだ。特にない、と秘書を追い払うと電話をとり上げた。もう一人確認して
おく必要がある。
「はい、貿易課です」
思ったとおりのマリオの陽気な声が聞こえてきた。金田はこほんと咳払いを
してから用件を伝えた。イタリヤ系の貿易課長の声がワンオクターブ上がる。
「もちろん、予定に入れているよ」
それだけ聞けば十分だった。じゃあ今夜待ってるから、と電話を置く。
さてと、と独りごちて金田がデスクの上の時計を見あげると、十二時に十五
分前だった。
「金田さん、お昼を一緒にしましょうよ」
突然、社長の川村が顔を出して言った。金田は虚を突かれて、慌てて立ち上
がった。この川村社長が苦手だった。とっさに頭をめぐらせるが、昼食の誘い
を断るうまい理由が見つからない。金田は笑顔を作りながら「どこへ行きまし
ょうか?」と応えた。
「私の車で行きましょう」
川村が手にしたキーを金田に示した。奇妙な気がした。アメリカK商会の本
社はパークアベニューに面している。歩いて行けるところにたくさんのレスト
ランがあるのだ。何故、車で行くのか?、改まった話でもあるのか。
川村は金田の気持ちを察したのか早口で説明した。
「イーストリバー沿いに新しい日本食レストランができたんですよ。日本から
のゲストを案内する前に一度、チェックしてみたいと思いましてね、でも、一
人じゃ寂しいでしょう」
金田は、お供します、とかしこまった。
以下 殺人パーティー(2)へ。