#3861/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 5/20 0:14 (198)
相克 4 永山
★内容
朝の目覚めは、まずは電話の呼出し音、次いで女子高生の高い声によって、
強引にもたらされた。
「あ、やっと起きた。いい加減、切ろうと思ってたのよ」
「……何か分かったのか? こんな朝早く」
「早くなんかない」
島原のとげのある言い方に、時計を見れば、午前十時を回っていた。確かに、
寝過ぎだ。寝酒がいけなかったか。
「こっちは朝早くから事務所に行って、情報仕入れてきたってのに」
「じゃ、分かったんだな。塩見の呼んだ外人が」
「もっちろん。簡単だったわよ。と言うのもねぇ、今、G−セットも外人タレ
ント呼んでんの。正確に言えば、ベイフォートっていう名前の、ブラジルと日
本のハーフで、きれいな顔した子。新しいスター発掘のためなんだってさ。日
本語、うまいわ。感心しちゃう」
「スターだか何だか知らないが、そいつから聞いたんだな? 塩見が呼んだの
もブラジル人なのか?」
「ううん、コロンビア人だって。名前はホセ=ロザリオ。ベイフォートとは知
り合いで、ナイフ投げの名人だそうだけど、今時そんなの、流行らないわよね
え」
「どうでもいい。そいつは今でも、日本にいるのか?」
「いるみたいよ。あそこの呼んだ外国人なら、Cホテルに泊まってるだろうっ
て、長辺さんが言ってた」
「分かった。ありがとう」
適当なところで会話を切り上げ、身仕度に取りかかった。
本当にいた見張りの刑事に、車外から声をかけてみた。昨日半日ですっかり
顔馴染みになった、例の若年刑事だった。
「これはまた、分かりやすい場所にいてくれましたね」
「わざと目に着くようにしてるんだ。プレッシャーを与えるためだ」
半ばやけくそのように、若い刑事は言った。二つの眼が充血している。ご苦
労なことだ。
「塩見殺しですが、麻薬に関する情報、何か入ってます?」
「教えると思ってるのか?」
「聞いてみただけですよ。俺、これから小前田組のところに行こうと思ってん
ですけど、一緒にどうです?」
一帯を占める、いわゆる暴力団の名を口にすると、相手の顔色と表情が微妙
に変化した。目元が吊り上がり、全体にかすかな赤みを帯びたか。
「どういうつもりか、聞かせてもらいたいですねっ」
「なぁに、麻薬嫌いで有名ですからね、あそこは。むかーし、ちょっとした事
件を通じて知り合いも何人かできてまして、何か情報が引き出せるんじゃない
かと期待して」
「あんたが捜査する必要はない。それに、吉田さんがどう思っていようと、あ
んたは容疑者に違いないんだ」
「待った待った。捜査する必要はあるのさ。必要と言うよりも、義務だな。依
頼を受けちまったんでね。見張りは結構ですが、くれぐれも営業妨害はしない
でください」
真面目くさった口調で言ってやると、相手は肩をいからせ、車から出て来た。
「本当か? 依頼、誰からだ?」
「−−教えると思ってるのか?」
最初の台詞の口真似をしてやった。
苦虫を噛み潰した上、間違って飲み込んだような顔をした刑事相手に、さら
に続ける。
「まっとうな探偵には、守秘義務ってもんがある。ま、ある人物から、おたく
の前で昨日喋ったような依頼が持ち込まれてたんだ。そいつを引き受けたんだ
よ。じゃ、尾行、頑張ってくださいな」
俺はきびすを返し、愛車へ向かう。
背後で、追い待てとか何とか、喚き声がしていたが、無視してポルシェ−−
これを手放さずに来れたのは奇跡だ−−に乗り込む。
小前田の組事務所に横付けするまでの時間、刑事が後ろにいるのだからとい
うことで、制限速度を守ってみたが、眠くてたまらなかった。
「こぶつきでお出ましとは、面白い人だ」
黒沢は、声のない笑みを浮かべながらも、とりあえず歓迎してくれた。
広い部屋には、自分と黒沢の二人きり。他の者がいない方が、緊張は少なく
て済むものの、長居したい場所でもない。
「引っ付いてきたの、警察じゃないですか」
「その通りですよ。ややこしいことに巻き込まれて。と言っても、そちらを巻
き込む気は毛頭ありませんよ。早いとこ、トラブルを脱したくて、そのための
情報をもらえたらと、伺ったんです」
「情報を渡すのはいいが、その見返りが刑事の尾行ってんじゃあ、笑い話にも
なりませんや」
「今、そちらに買ってもらえるようなネタは、持ち合わせていない。すまない
とは思う……」
「相原さんとの貸し借りは、どうなってましたかな」
眼鏡を持ち上げ、記憶を手繰るような身振りをする黒沢。
「ま、いいでしょう。新たなツケということにしておきましょう。さて、何が
お望みで?」
「麻薬がまた出回り始めているのは、承知しているでしょうね?」
単刀直入に聞いたのは、時間がもったいないせいもある。
「無論。ごく微量だから、お目こぼししてやっていたら、調子付きやがったか、
ここ数週間で、急に節操がなくなった」
吐き捨てるように言った。
「そろそろ動かないと、組の威厳に関わると考えていた矢先、今度の殺し。や
れやれってところですな」
「ああ、関係あるって、すでに知っていましたか?」
「塩見良人、テレビ屋が死んだ事件でしょう? 知ってます。嫌でも耳に入っ
てくる」
「黒沢さんには嫌で、過剰な情報でも、こちらには役立つ情報があるかもしれ
ないんだ」
「どうぞ、何なりと。出せるものは吐き出しましょう」
「塩見は、外国からの売人だか運び屋だかを、日本で受け入れる役目を負って
いたと思う。問題は、どこの組織が、小前田ににらまれるのを覚悟してまで、
麻薬を持ち込んでいるのかってことです」
「うちに盾突くのは、真幸会っていう馬鹿な連中ぐらいでしてね」
その名前は聞いたことがあった。小前田組に比べれば、まだ歴史は浅いが、
資金力豊富とかで勢力拡大中の暴力団だ。
「真幸会はしかし、外国に拠点を持っていない。だから、外の組織と手を組ん
で、麻薬を持ち込んでいる」
「そう、それです。私が知りたいのは、あの速見今日子が関わっているのかど
うか、この一点です」
「ほほう」
珍しく、黒沢が笑い声を立てた。小さくではあったが。
「相原さん、あなたも相当に執念深いようだ」
「はは。ちょっとばかり、友情に厚いだけですよ。斎藤があの女から受けた仕
打ちは、一歩間違えると自分が受けていたかもしれない。あれにだけは、やり
返してやらないことには気が済まないんです」
「どうやら、向こうもあなたのことを気に掛けているようじゃないですか、相
原さん?」
「どういう意味でしょう?」
唇の端をにやりと曲げた黒沢に、真面目に問い返した。
「おお? おとぼけですか。死体の横に、お名前があったそうじゃないですか」
「そこまでご存知でしたか……」
首を振る。だったら、最初からもっと詳しい話をしてくれてもいいものだと
思ったが、口には出さずにおく。
「つ、つまり……速見今日子が噛んでいると見て、間違いない?」
「うちは、そう見ておりますがね。残念ながら、尻尾を掴んじゃいない。逆に、
今度の殺しで、相原克の名が出てきたのが、関連ありとの証拠になるんじゃな
いですかね」
「参った……。そうなると、速見今日子個人か、組織の総意かは知らないが、
このしがない私立探偵を殺人犯に仕立てるために、今度の騒ぎを引き起こした
ことになるのかな……。呆れる」
「そこまでは、我々も預かり知らぬことで。お得意の探偵ぶりを発揮すればよ
ろしいでしょう」
冷やかされて、こちらも思わず苦笑した。
組事務所を出ると、若い刑事に挨拶することもなく、車を転がし、今度は吉
田刑事に会いに行った。後ろに張り付く彼も、唖然としただろう。
幸い、吉田刑事の手は空いていたようだった。
「おい、無茶苦茶やってくれるな」
顔を合わすなり、相手は怒鳴りつけてきた。あの若いの、きちんと報告した
らしい。
「立場をわきまえてくれ。度が過ぎると、わしでもかばいきれん」
「充分、わきまえて行動しているつもりですよ。それより、吉田さん。案外、
けちな事件のようじゃないですか」
「ん? どういう意味だ?」
煙草に火を着けようとしていた刑事の手が止まる。
「塩見が呼んでた外タレ崩れ、押さえりゃ終わりですよ。事件発生三日にして、
解決。めでたい」
「何だって?」
目を剥く吉田刑事。
「おまえさんが言っているのは、えっと、ホセ=ロザリオだろ? とっくの昔
に調べたよ。奴はただの大道芸人だ。身元もしっかりしている」
「え? まじですか?」
「塩見は、ロザリオの他には呼んでいないぞ」
吉田刑事の言葉に、我が両眼は鋭くなっていたことだろう。
「おかしいな。−−まさか?」
閃きがあった。
* *
ベイフォートは指示を待っていた。
(早く脱出しないと、シオミ殺しの件で調べを受ける羽目になるかもしれない
……)
シオミは窓口を引き受けておきながら、ルート外に商品−−規律に反して麻
薬を横流ししたり、ライバル芸能プロから金をもらって若いタレントを麻薬を
表沙汰にすることでスキャンダルに巻き込もうとしたりと、勝手な行動を再三
に渡って取っていたと聞かされた。事前に警告を与えるという優しさは、組織
にはない。
彼はシオミ殺害命令を帯び、この島国に渡ってきた。
シオミ自身は、外国タレントを装った運び屋を受け入れたつもりだったに違
いない。自ら来日させたのではなく、芸能プロダクションのG−セット経由だ
った点も、全く不審がっていなかった。
(手際よくやれた)
気を紛らわせるため、今回の仕事の出来映えを思い起こす。
(が、あの指示は、変だった)
ベイフォートは、シオミ殺害を実行の際には、被害者が書いたように見せか
けて、あるメッセージを現場に残せという命令も受けていた。
紙に印刷された指示にあったそのメッセージは、『相原克』であった。
ベイフォートは日本語を聞き取り、その意味を理解することや、話すことは
できるが、読むことはほとんどできない。故に、『相原克』という文字−−多
分、文字だろう−−が何を意味するのかは、分からない。
それに、慣れない文字だったから、書くのにも手間取ってしまった。死んだ
シオミの指に血を付け、その腕を両手で取って書いたのだが、かたどるのが難
しく、焦ったのを思い出す。
(早く帰って、札束を抱きたいな)
口に合わないビールを流し込み、缶をテーブルに置いたとき、ドアがノック
された。
答えないでいると、向こうから声がした。
「ベイフォート?」
その声に、一安心する。プロダクションが用意した、同じこのマンションに
住むタツヤだ。
「タツヤ、何だい?」
気抜けしたせいか、いつもより下手な発音になってしまった。
「ドアを開けてくれないか?」
「少し、待ってロ」
アクセントが微妙におかしいのを感じつつ、ベイフォートは立ち上がり、深
呼吸をした。
「君にお客さんだ。三人、男ばかりだけどね」
「はは、それは残念だ。でも、僕にお客なんて」
「一人は僕の知り合いでもあるんだ。アイハラカツと言ってね、昔、世話にな
った、まあ、いい人だよ」
「ふうん」
禁じられている酒類を片付けると、ベイフォートは髪をなでつけながら、ド
アノブに手を掛けた。
(アイハラカツ? 日本人の名前は、どれもこれも奇妙だな。どんな字を書く
んだろう?)
そんなことを考えながら。
−−終