#3848/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 4/19 15:23 (200)
そばにいるだけで 7−6 寺嶋公香
★内容
唐突に言うと、国奥はレモン色の紙袋を取り上げ、相羽へと差し出した。
「……何?」
「……一ヶ月と約二週間遅れのバレンタイン」
「バレンタイン?」
さすがに声を大きくしてしまう相羽。紙袋を持つ手は、繊細な作りのガラス
細工を扱うかのように、緊張している。
彼の怪訝な目つきがおかしいのか、国奥は声を立てずに笑顔を作った。
「迷って迷って……二月十四日は過ぎちゃったけど、やっぱり渡したくて」
「……ふ、ふうん。手渡しでもらうの、初めてだ。あ、バレンタインなら、お
返ししなくちゃ」
「お返ししてもらえるなら……付き合ってほしい」
うつむいて、声が小さくなる国奥。顔に赤みが差したようにも見えた。
相羽は間を置かずに答えた。
「それは……。ごめん、それはだめだよ。だったら、受け取れない」
袋を返そうとする。
国奥は、その袋に触れようとせず、続けて言った。声が少し、低くなったか
もしれない。
「どうして」
「どうしてって……ぼ、僕には好きな子がいるんだ」
「……」
「−−その人が僕のこと、どう思っているか分からないけど、僕は好きなんだ。
だから、その子に気持ちを伝えてみるまでは……他の子は……」
説明するのがつらくなってきた。嘘はついていないのだが、言い訳めいてく
る。うまい断り方なんて、知らなかった。
「国奥さん?」
押し黙ってしまった彼女に、不安を覚える相羽。顔を下げ、表情を窺う。
「やっぱり……だめか」
面を上げた国奥は、存外、明るい声で答えた。強がっているのだろうか、舌
の先を覗かせている。
「国奥さん……ごめん」
「相羽君が謝ることない。私こそ、困らせて、ごめんなさい。−−私、女子校
に行くでしょう? それに寮に入っちゃうから、当分、男の子と縁がなくなる
んだと気付いたから、思い切って言ったんだ。相羽君が転校してきたときから、
変わってるなあって、気になってたの」
「変わってるかな?」
「他の男子とちょっと違うよ」
微笑む国奥。いつもの調子に戻った声で、重ねて言った。
「二学期、相羽君が委員長になってから、凄いなあと感じるようになったわ。
それからかなあ……好きになったのは。一年足らずしか一緒じゃなかったけど、
楽しい思いをさせてくれたわ、相羽君」
「そう言ってくれると、ほっとする。やりたいことやってきたから」
「そこが変わってるのよ」
国奥は再度、紙袋を差し出した。
「受け取ってください」
「え、でも」
若干、身を引き気味にする相羽。
対して、国奥は今日初めて、声を立てて笑った。
「そんな顔してぇ。もう困らせるようなこと、言わないから、安心してよね。
ただし……ずっと友達でいてよ」
「言われなくたって、友達だよ。決まってるじゃないか」
「……そうよね」
うれしげにうなずく国奥。
「寮に入るったって、学校は近いんだからさ。文化祭や運動会なんかのとき、
お互いに見に行けばいい。あ、鈴木や木戸のところも含めてね」
「うん、そうする」
国奥の手から、相羽へと紙袋は移った。
「さてと! もう帰ろうかな」
立ち上がった国奥を見て、相羽も腰を上げた。
「用事でもあるのかい?」
「ん、別に……」
「だったら、これから買い物に行こう」
「え? どうして」
国奥は戸惑いを見せた。細い目をいっぱいに開いている。
「バレンタインのお返し、したいんだ。国奥さんの希望は無理だけど、何か形
の残る物、あげたい」
「そんな……どうしてそんな、期待させるようなことを言うのよ」
途切れかけながらも、国奥は言った。今度は、声が若干、高くなる。
「振るんなら、きっぱりと振ってよ。何のために思い切ったのか、私−−」
「ストップ」
片手を挙げ、相手の話を止めた相羽。
「誤解させたのなら、謝る。僕、バレンタインに何かくれた相手には、全員、
お返ししたんだ。例外は作らない。それに……君にとって何か記念になる物、
あった方がいいと思って。中学になったら、知っている子、全然いないんだろ
う?」
「え。ま、まあね」
「だったら、お守りみたいな物があったら、心強いんじゃない? 僕の場合は
さ、転校が多くて、その度に心細かったんだ。国奥さんは違う?」
「相羽君が? 心細い? 信じられない!」
片手を口に当て、くすくす笑い始める国奥。
「本当だよ。初めての転校のときなんか、どうしたらいいのか分かんなくて、
友達がやっとできたと思ったら、次の学年に上がってクラス替えになって、や
り直し。改めて馴染んだところで、また転校ってなっちゃった。それ以来、失
敗しないようにしてるつもり」
「意外だわあ。最後になって、また違う一面を見せられた感じ」
「最後じゃないってば。友達だろ」
「あ、そうだったね」
「それで、買い物はどうするの? 余計だった?」
「−−喜んで、お願いします」
軽くおじぎしてきた国奥に、相羽も頭を下げた。
「こちらこそ」
* *
中学に上がる前の春休みには、宿題がない。だから自由になる時間も多い。
純子達が相羽の家を訪ねたのは、彼女らが中一になって最初の日、つまり四
月一日の午後二時ちょうどだった。クッキーの味がよほど気に入ったのか、純
子自身を含めて総勢五名で押しかける。
「母さんがいるけど、遠慮なくどうぞ」
出迎える相羽は、多人数に戸惑いながらも基本的に歓迎、といった具合か。
「いらっしゃい。事前に話は聞いていても、本当にこれだけたくさん集まると、
びっくりするほどにぎやかね」
相羽の母も、歓迎している様子。ただ、わずかばかりやせたように見受けら
れたのが、純子には多少気になった。
「あの、この間はお世話になりました。またお邪魔しちゃって」
白のベレー帽を取り、意識して丁寧にお辞儀する純子。
「邪魔なんてとんでもない。待ちかねてたぐらい。全然、遠慮しなくていいわ。
さ、皆さんも」
相羽の母の視線が、他の四人へと向けられる。
「お邪魔しまーす」
最初に元気よく言ったのは、二度目の顔合わせになる富井。相羽の母も覚え
ており、「見学のとき、寒くなかった?」などの言葉をかける。
それから、残る三人−−町田、遠野、そして何故か着いて来た前田も−−の
自己紹介も済んで、とりあえず、相羽の部屋に入った。ここでも純子以外の四
人は、初めて見る相羽の部屋を興味深げに眺め回す。
「わ。想像してたより、ずっときれいな部屋! さっすがぁ」
富井はいささかはしゃぎ気味だ。
前田がそれに続く。
「ほんと。私の弟なんか、散らかし放題で足の踏み場もないのに。見習わせて
やりたいわ」
「前田さん、弟がいるの? 何年生?」
台所で母親と共にお茶の準備をしているらしい相羽が、声だけ大きくした。
「二つ下だから、今度で五年生」
「だったら、仕方ないでしょ。僕も三年、四年の頃は、部屋の中はぐちゃぐち
ゃだった。石ころ拾ってきたり、虫を捕ってきたりでさ」
「その名残が、あの網ってわけね」
町田が目ざとく虫捕り網を見つけた。さすがに冬の間は使われていないらし
く、以前、純子が来たときに見たのと全く同じ状態ように見えた。
「久仁ちゃん、悔しがるだろうね」
富井が純子に耳打ちしてきた。井口は家族旅行とかで、どうしても都合がつ
けられなかったのだ。
「その代わりに前田さんが来るなんて、想像できなかったね」
純子が小首を傾げたとき、台所から声が。
「悪ーいっ。運ぶの、手伝ってくれないか」
「あ、はい」
一番に反応したのは、出入口の近くにいた遠野だった。それも、教室では滅
多に聞けないような、はきはきした口調で。
さらに、すぐさま富井が応援に走ったので、人手は充分となる。
「わあ」
運ばれてきたトレイを覗き込んで、幾人かが声を上げる。楕円形の白い皿に
盛り合わされたクッキーの色鮮やかさに感じ入ったのだろう。ナッツ類の他、
チョコチップやレーズン、ドレンドチェリーなど、バラエティに富んだトッピ
ングがなされている。
予定では、最初にクッキーを賞味しながら、手品の種明かしもやる。そのあ
と、クッキー作りに移行。めいめいが自分の焼いた分を「お土産」に持って帰
るという段取りになっている。
富井が皆にカップを渡しながら言った。
「ホワイトデーにもらったオートミールクッキー? あれ、おいしかったけど、
こっちもおいしそう」
「色んな種類、あるんだ」
前田は感心した風に、しきりとうなずいていた。彼女だけ、相羽家手製のク
ッキーを食べたことは、まだないはず。
「これ、みんな相羽君が作ったの?」
「まさか。ここにあるのは全部、母さんだよ。僕ができるのはほんの一部。基
本は同じだろうけど」
言って、自分のカップに角砂糖を一個だけ放り込む相羽。
「凄ーい、尊敬しちゃう。いっそ、相羽君のお母さんに教えてもらおうかしら」
町田の言葉に、相羽は即、飛び付いた。
「ぜひ、そうしてほしいよ。やっぱ、自分一人じゃ自信ない」
「それなら、おばさまにも入ってもらって、みんなで作りましょうよ。その方
が心強いでしょ」
純子は、開けっ放しのドアの隙間を通し、相羽の母の姿を探しながら言った。
「だめ?」
「僕はいいけど、母さんが何て言うか」
「聞こえたわよ」
部屋の外から、タイミングよく返事があった。水に濡れた手を拭きながら、
姿を見せる。
「私が入って邪魔にならないのなら、喜んで参加させてもらうわ」
「邪魔なんて、とんでもありません、おばさま。おいしいクッキーの作り方を
知りたいんです、私達」
純子は膝立ちしたまま、被ってきた帽子を両手にぐっと握りしめ、力説する。
殊更、「おいしい」にアクセントを置いた。
「うれしいこと言ってくれるわねえ。他の皆さんは、どうかしら?」
四人ともうなずく。おばさんの人柄が掴めて、和んでいる。そんな雰囲気だ。
「決まりだね」
相羽が言った。うれしいのか戸惑っているのか、今一つはっきりしない口調。
「あ、でも、その前に。ね、ね」
純子は、ここに来たもう一つの目的を思い出し、相羽の肩を指先でつついた。
「種明かし、忘れないで」
「折角、忘れてくれてると思ったのに」
わざとらしくため息をつく相羽。
「言いたくなかったら、言わなくていいじゃない」
前田が言った。彼女は元々、手品の種には執着していない様子だ。手品だっ
たら、観て、楽しめればいいタイプという言い方が近いかも。
その横で、遠野が黙ったまま、うなずいている。こちらは、相羽の意思を尊
重したい気持ちが強いと見える。
純子も普段なら、なるべく相手の意志を大事にする方なのだが、今は特別。
「私は知りたいのっ。そもそも、今日、集まったのは、手品の話がきっかけだ
ったんだからね」
「私も知りたぁい」
富井が同調して、純子の右腕にしがみつく。
「純ちゃんが見破った、クリスマス会のときのも分からないままだから、せめ
て一個、教えてもらわなきゃ」
「左に同じ」
富井の右に立つ町田が、肩の高さに片手を挙げながら言った。
「三対二。多数決よ」
「仕方ない。やればいいんだろ、やれば」
再び大きく息をついて、肩を落としてみせる相羽。いちいち動作が大げさで、
どう見ても、芝居がかっていた。
−−つづく