AWC そばにいるだけで 7−7    寺嶋公香


        
#3849/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 4/19  15:25  (200)
そばにいるだけで 7−7    寺嶋公香
★内容
「おばさまは、手品の種、ご存知なんですか」
 相羽がトランプを捜す間に、純子が相羽の母に尋ねる。
「この子ったら、昔は一つ二つ、教えてくれたのに、今は秘密主義になって」
「ふうん、そうなんですか」
「それからね、純子ちゃん」
「は、はいっ?」
 相手の口調が改まったように感じたのと、思いもかけず名を呼ばれたので、
どもってしまう。
 そんな純子に、相羽の母は微笑みかけた。
「前も言ったでしょう? 気を遣って、『おばさま』なんて、らしくないわね」
「あ……は、はい。次からそうします、おば−−おばさん」
 今まで「おばさま」だったのを、「おばさん」に変えると何だか悪いような
気がする。純子は心持ち、うつむいてしまった。
「意識するなよ」
 トランプを見つけてきた相羽が、おかしいのか呆れているのか分からない口
調で言う。
 相羽の母は、またくすりと笑って、それから町田達に顔を向ける。
「皆さんもね。遠慮なく、『おばさん』って呼んで。間違いなく、私の方が歳
を取っているんだから」
「はーい!」
 すでに意を強くしていたか、声を揃えた富井達四人。
 やっと種明かしに移った。相羽は最初に、同じ手品をやってみせた。今回は
遠野がカード−−ハートの三を抜き取ったのだが、相羽のカード当てはやはり
見事に成功。前回と同様、トランプの山の内、ハートの三だけが表を向いて現
れたのだ。
「ねえ、残りのカードも見せてもらえるの?」
 観客みんなが拍手する中、前田が言った。その手は相羽へと、すでに差し出
されている。
 が、相羽はすぐには渡さず、ほんの短い時間だったが、考える様子を見せた。
「……いいよ」
 やがて言った彼だったが、トランプを前田に渡すとき、やや不自然な動きで
手を斜めにした。当然、落下し、トランプは一枚ずつ、ばらけて床に散らばる。
「ごめんごめん。手が滑った」
 片手を頭にやって、笑っている相羽に、その母親が即座に指摘した。
「信一、種を分からなくするために、わざと落としたでしょう?」
「いっ……。な、何でばれたの?」
「え?」
 相羽の返答に、純子や前田達は声を上げた。相羽とおばさんを、交互に見る。
 相羽の母は、ほくそ笑むようにして、息子を小さく指差した。
「自分の子供が、何かごまかしたり、嘘をついたりするときぐらい、すぐに分
かります」
「……かなわないや。で、でもさ、種が何かまでは分からなかったでしょ?」
 おばさんは口では答えず、軽く首を振っただけ。
「本当なの、相羽君?」
 純子は思わず、膝立ちしていた。
「カードを見られたらばれちゃうほど、分かり易い仕掛け?」
「それはまあ、分かる人には分かるとしか。じゃ、今度は種を仕込むところを、
みんなに見せながらやるよ」
 そう言って相羽が見せた種明かしは、驚くほど単純であった。カードを取ら
せ、全員がそのマークと数字を確認する合間に、手元に残ったトランプのある
一枚にちょっと手を加えるだけ。特別な道具は不要。普通のトランプで可能だ。
(こんな簡単なことに、だまされてたわけね。何だか、悔しい)
 感心しながらも、全部を認めたくはない純子だった。
「さ、これで僕の出番は終わり。あとは、母さんが主役で頑張ってもらうから」
 相羽から二の腕辺りにタッチされると、その母親は腰を上げながら、さも当
然のごとく言った。
「何を言ってるの。あなたが教えるのを手伝うだけです」

 相羽のマンションを出てから、数分が経っていた。
「成功してよかった」
 クッキーの包みを目の高さで掲げ、何度も振る富井。
「自分だけ失敗したら、格好悪いもんね」
「相羽君って、何でもできる感じ」
 町田が腕組みしながら言った。
「ホワイトデーのお返しにもらったとき、クッキーが相羽君の手作りだなんて、
信じられなかったけど、今日、納得した」
「ああいう万能タイプ相手だと、よっぽど頑張らないとね。見劣りしかねない」
 前田が煽るように言った。見学者気分で参加したらしい彼女は、他のみんな
の様子を観察するのも楽しかったに違いない。
 彼女に同調する純子。
「その通りね。お料理下手な子は、相手にされないかもよ」
「痛いところを……」
 相羽狙いを続けている富井らの焦りを誘うのが、何とも面白くておかしい。
「お母さんも素敵な感じの人だった」
 遠野の、感じ入ったような声。直ちに反応するのは富井。
「そうそう! 私は二度目なんだけど、若いよねえ。よく似てるしさ」
「お母さんがあれだけきれいな人なら、相羽君の格好よさもうなずける」
 その意見には、純子も素直に承伏できた。格好よさという点ではなしに、よ
く似ているというところだ。
(大人になって、ああいう雰囲気の人になれたらな。家では優しく、外では仕
事をこなして、何のミスもしない。……あれ?)
 自分の「ミス」に気が付いた純子。手を頭にやる。
「あ!」
 驚きと焦りを声に出すと、みんなが振り返った。
「どうかしたの?」
「わ、忘れ物。帽子、忘れて来ちゃった!」
「相羽君の家に?」
 冷静に聞き返す前田。それとは対照的に、富井が騒ぐ。
「あ、いいなあ! 私も忘れ物すればよかった」
「どういう意味よ」
 足を止めて聞き返す純子。
「相羽君に一人きりで会える」
「そんなくだらない……。とにかく、取りに行ってくる。先に帰っててね」
 断ってから、純子は向きを換え、小走りにかけ出した。
 お喋りしながら歩いたからか、マンションからそんなに離れていないと感じ
ていた。が、いざ走ってみると、意外とあった。再びマンションの入口に到着
したときには、純子の息は軽く乱れていたほどだ。
 上昇するエレベーターの中で純子は息を整え、相羽の家の前に立った。呼び
鈴を押し、インターフォンで事情を話す。
「言われてみれば、純子ちゃん、確かに白い帽子、持ってたわね」
 純子を上げてから、反省するように言う相羽の母。
「気付いて、言ってあげればよかったわ。ごめんなさいね」
「ううん。そんな、いいです。忘れた自分が悪いんだし」
 恐縮しながら、キッチンの辺りを探してみる純子。だが、どこにも白いベレ
ーは見当たらない。
「クッキーを作り始める前に、どこかに置いたんじゃない? 信一の部屋とか」
「あ、そっか。そうですね」
 指摘に従い、相羽の部屋の前まで行く。
「いいんですか?」
 閉まった扉をノックする直前、純子は相羽の母親の方へ振り向いて、尋ねて
みた。相手は何が楽しいのか、にこにこしている。
「遠慮しなくていいわよ。万が一、勉強してても、あなたが呼ぶのなら、嫌な
顔しないでしょう、あの子」
(え?)
 意味を計りかねた純子だったが、それよりも帽子のことだと思い直し、小さ
くノックする。
「はい? 何、母さん?」
「あ、あの、私」
「−−涼原さんか?」
 声とほとんど同時に扉が開けられた。
「どうしたの? あ、忘れ物か」
 勘よく聞いてきた相羽に、純子はうなずいた。
「帽子、忘れたみたいなの。相羽君の部屋の中にないかな……」
「帽子ね。どんなのだっけ?」
 入口に立ったまま、相羽は部屋の中を見渡す。
「白いベレー帽」
「白い……」
 何事かを言い終わらぬ内に、相羽は動いた。そして、純子が忘れた帽子を左
手に引っかけ、戻ってくる。
「これだよね?」
「うん。ありがとう。ごめんね、迷惑かけて」
「これぐらい、何でもない。それより、他の人の忘れ物、ないかな」
「さあ、なかったみたいだけど……一応、部屋の中、見ていい?」
「いいよ」
 立つ位置をずらし、相羽は純子を室内に通した。
「えっと」
 部屋をぐるりと見回す純子。忘れ物は見当たらなかった。
 でも、その代わりのように、あることに気が付く。
(−−あんな写真立て、さっきはなかった)
 机の横の棚の、いくらか高い段に、写真立てに入った写真があった。三人の
人影が見える。
(きっと、私達がいるときは仕舞ってあったのね。何でだろ……あ、もしかし
て、三人というのは)
 純子は背中の方で待つ相羽へ振り返り、見上げた。
(多分、家族三人が揃ってる写真……)
 目を凝らさずとも、その写真に写るのは、相羽らしき子供−−小学四年生ぐ
らいか−−を真ん中に、若い男女が微笑んで立っている様だと分かる。
「ん? どう?」
「えっ? あ、うん。忘れ物、他はないみたい」
 慌てて答える純子。そんな彼女の様子に気付いたのか、相羽は首を傾げつつ
も、笑った。
「よかったな。帽子、なくさないようにしなよ。似合うから、それ」
「う、うん」
「じゃ、気を付けて」
「あの、相羽君……」
「他に何かあるの?」
 不思議そうにする相羽。
 純子は、相羽の父親について何か聞きたかった。でも、それを寸前でこらえ
て、笑顔を作る。
「……今日は本当にありがとうね! とっても楽しかったし、ためになったわ」
「? それはまた、ご丁寧に」
「これからも……頑張って。私にできることなら、応援するから」
「−−ありがとう」
 不思議そうに眉を寄せていた相羽の表情が、ふっとゆるんだ。ぼーっとした
表情についでよく見せる、最高の笑顔。周りの者まで楽しくさせる力がありそ
うな笑顔。
「中学生になっても、同じクラスになれたらいいな」
「うんっ」
 このときばかりは、純子も強く思った。率直な気持ちだった。
「あ、そういえば、アルバム」
 不意に声を大きくした相羽。
 一瞬遅れて、純子も思い出した。
「あは、前の学校の卒業アルバムを見せてもらう話、すっかり忘れてたね」
「どうする? 今からでも見る?」
 本棚の一角に向かいかける相羽を、純子は少し考えて止めた。
「ううん、いい」
「そう?」
「だって遅いし、おばさま、じゃなかった、おばさんにも迷惑かけちゃうし。
だから、今日はいい」
「今日は……ということは、また来るつもり、あるんだ?」
 弾む相羽の口調。純子はしまったと、口元を押さえた。
「もう、あなたが学校に持って来たらすむことよっ」
「それもそうだね。でも、考えると、あれを見られたら笑われるだろうなあ」
「そんなに今と違うの?」
 つい、興味を持って、聞いてしまう。
「うーん、四年生の頃は、それほどでもないかな。卒業アルバムにはないけれ
ど、一年の頃なんて、全然違う、別人だろって言われるぐらいだ」
「へえ、そっちの方が面白そう」
「普通のアルバムまでは、持って行かないぞ」
 面食らったような相羽のその表情がおかしくて、純子はくすくす。
「分かってまあす。気が向いたら、遊びに来るから、そのときに。ね?」
「あんまり見られたくないんだよ、真面目な話」
 相羽がうつむき加減になるのを見て、余計に興味がかき立てられる。だが、
もう本当に時間がない。
「いつか、びっくりさせてもらおうっと。じゃあね」
「……いつでもどーぞ」
 純子に対し、肩をすくめた相羽だった。
「中学でもよろしく!」

−−『そばにいるだけで 7』おわり




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