AWC そばにいるだけで 7−3    寺嶋公香


        
#3845/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 4/19  15:16  (200)
そばにいるだけで 7−3    寺嶋公香
★内容
「……心から言ってる?」
「もちろん」
 答える相羽の表情を見て、純子はどうにか安心できた。
「不思議だったのは、チョコの他に新品の消しゴムが一個入ってたけど、あれ、
何の意味があるのさ? 間違って食べたら面白いっていういたずらか?」
 矛先が変わったので、純子は落ち着いて答えられる。
「いたずらじゃないわ。あれはね。学芸会の前の前の日に、雨で、送ってくれ
たでしょ。そのお礼にって買った物だったの」
「へえ?」
「だけど、相羽君、風邪で休んじゃうし、私は急に劇に出るって決まって慌て
ちゃって。そのせいで、お見舞いのときに持って行くの、忘れちゃった。その
まま、渡しそびれていたから、ついでに入れたのよ」
「ありがとうっ」
 大げさな相羽に、純子は両手を振った。
「ただの消しゴムよ」
「あのオリオン座の絵柄、気に入ったんだ。選んでくれたんだなって分かる」
(そりゃあ、選んだけど……そこまで感謝する、普通?)
 戸惑う純子に対して、相羽は時計を見上げた。
「もう時間ないな。他のクラスの子にもお返ししなきゃならない。顔さえ知ら
ない相手もいるんだけど、どうすればいいのか」
「呼び出せば?」
「そういうのって、勇気いるんだよな。向こうだって、僕にチョコをあげたこ
と、他の人に知られたくないかもしれないし。同じクラスなら、そこのところ
はおおよそ想像できるからいいんだけど」
「じゃあ、下駄箱に入れるしかないみたいね」
「……その手があった」
 合点が行った風に、首を縦に何度か振る相羽。
 そんな彼の様子をおかしく思いながら、純子は一つ、忠告を出した。
「ビニール袋に自分の名前を忘れないようにね」

 その日−−三月十四日の放課後、帰りの挨拶も済み、教室を出たところで、
相羽が話しかけてきた。
「時間、ある?」
「私はいいけど、相羽君こそ、忙しいんじゃないの?」
「今日はいいんだ」
 二人きりで話がしたいようだ。
 夕方になって外は冷え込んできたので、図書室に行ってみたが、もう閉めら
れていた。次に音楽室に向かうと、こちらは開いていた。幸い、誰もいない。
「それで何の話?」
 ピアノの鍵盤をでたらめにぽつん、ぽつんと触りながら、純子は聞いた。
 相羽は教卓にもたれかかるように、両肘をついていた。
「涼原さんへのお返しがまだだったから」
「お返し……この前のチョコの? あれは、お詫びの意味であげたんだから、
お返しなんて変よ」
 戸惑いが、純子の手の動きを止める。顔を上げ、相羽の方を見つめた。
「細かいことは気にしない」
 相羽はピアノへ−−あるいは純子へと近寄って、あっさりと言った。
「私が気にするの!」
「いいじゃない。で、考えたんだけど、クッキーだと二度目になるし、母さん
の味にかなうはずないしね。何がいいかなと悩んでんだ」
「ほんとに、もう……」
 頭を抱えたくなる。が、次の瞬間、閃いた。
「あ、お礼してくれるんだったら、あれ、教えてよ。この間やった、新しい手
品の種。考えてるのに、分からなくて」
 にっこりする純子。相羽は、困った風に眉を寄せた。
「前も言った通り、教えたくないんだよな」
「お礼するって言ったよねー」
 相羽の先の言葉を逆手にとって、いたずらっぽく、笑ってみせる純子。
 すると、相羽が唐突に曲を弾き始めた。猫が出て来る、簡単なあのメロディ。
(な、何の意味が……)
 純子が呆気に取られている間に、一通り弾き終えた相羽。
「−−どうしても、知りたい?」
「え? ええ、知りたいわよ」
「じゃ、仕方ない。でも、種明かしはもう少し先にする」
「今じゃだめなの?」
「できる限り、悩んでもらいたいな。−−そうだ。卒業式までに手品の種が解
けたら、何か……うん、クッキーの作り方、教えてあげようか」
「何ですって?」
 またおかしな方向に、話が行っていると思いつつ、純子は聞き返した。
「今朝、君が言ってたのを思い出した。どう?」
「な……。本気に受け取ったわけ?」
「本気じゃなかったの?」
「そ、そりゃあ、教えてもらえたらうれしいけど……どこか、変よ。こっちは
黙ってても種明かししてもらえるはずなのが、逆に期限決められちゃうなんて」
「それなら、種明かしもクッキー作りも両方、無条件で教える」
「……悪くない話。クッキーの作り方を教えてもらう場合、場所はひょっとす
ると、相羽君の家?」
「あ! そうか。そうなる」
 どこで教えるかなんてまるで考えていなかったらしく、顔を赤くした相羽。
「行けない。あなたのお母さんに迷惑でしょ?」
「さあ? 家にクラスの女子が来たのって、今のところ、あのときの君が最初
で最後。だから、変な言い方だけど、珍しがってるのかな、もう来ないのかっ
て、何度も聞かれたっけ。あのときは見舞いだから来てくれたんだって説明し
ても分からないらしくて……いや、あれは分かって言ってるのかもしれない」
「ほんとにぃ?」
 上目遣いに考える純子。音楽室特有の、細かな穴の空いた天井が視界に入る。
(行ってみたい気はするけど、今度は名目がないもの。一人じゃ行きにくい)
 熟慮の結果、純子はある提案をした。
「私だけじゃなく、他の友達も連れて行っていいかしら?」
「他の友達というのは、当然、女子?」
「もちろんよ。あなたにチョコあげた子なら、喜んで行くと思うけどなあ。そ
のとき、手品の種明かしも併せてやってよ。ますますもてるかもね」
 にやにや笑ってからかうと、相羽の方は照れくさくなったのか、鼻のてっぺ
んを指でかく。
「ま、まあ、かまわない。しっかし、自分がクッキー作ってるところ、たくさ
んの人に見せたくないんだよなあ」
「いいじゃないの。料理もできると知ったら、みんな感心すると思うな」
「人の苦労も知らないで。今日のお返しだって、大変だったんだぜ」
「もてないよりは、いいんじゃないの」
 冗談半分に純子が笑いかけると、存外、相羽は真剣な調子で応じてきた。
「数じゃないよ。たくさんの義理チョコより、一個、自分がいいと想ってる相
手からもらえたら、嬉しくなるんだ、男って」
「……じゃあ、相羽君は、今度のバレンタイン、お目当ての子からチョコ、も
らえた?」
 純子は複雑な思いを内に隠しながら、軽い調子を含ませて聞いた。
 相羽は目を大きく開き、しばしためらう素振りを見せていたが、やがてふっ
と、こぼす風に言った。
「−−さあ、どうでしょう」
「何よ、またそれ? ふん、分かってるわ。答えたくないんでしょ」
「まあね」
 何故か、困ったような表情を見せる相羽。
「好きな子がいるのね、今の時点で?」
「……いるような、いないような」
 曖昧に答えて、笑う相羽。
(誰なんだろ? 嘘をついてまでかばうほどだから、遠野さんを好きなのかと
見てるんだけど……ひょっとしたら、転校してくる前の学校に、好きな子がい
るのかしら? もしもそうなら、みんなに言うべきよっ。チョコだけ受け取っ
て、期待持たせるなんて。本気の子もいるかもしれないんだから!)
 心の中で勝手に想像し、勝手に怒っていると、相羽が話しかけてきた。
「その話はやめ。今、決めてほしいのは、来るかどうかってこと」
「あ、だから、友達を連れて行っていいんなら、私は行けるわ」
「それならよかった」
 相羽の表情に明るさが増した。
「多分、春休みのいつかになると思う。決まったら前もって話すから」
「うん、いいわ。何人ぐらいまで平気? できるだけ連れて行きたいのよね」
 純子は、それが公平だものと考えているのだ。
「大勢で来る気かぁ! 四人か五人で満員になる」
 両手を肩の高さまで上げ、大げさに驚く相羽。内心はどうだか分からないが、
表面上、迷惑がっているよう見受けられた。
「悪い気はしないと思うけどな」
「女子の中に男が一人ってのは、案外、恐怖なんだぜ」
 何やら皮肉めかして相羽が言った。その言葉が正しく意味するところを尋ね
ようとした純子だが、途中でやめた。聞こうとした直後に、思い当たるエピソ
ードが浮かんだから。
(去年の最初の水泳、着替えを覗いたこと言ってるんだ、きっと)
 そう解釈するとまた愉快になって、自然に顔がほころんだ。
「それで−−手品の種、考えるだけ考えてみてよ。ただそのまま教えるのは、
やっぱり張り合いがないや」
「ん? いいけど。最初のを解いたとき、結構、面白かったもんね」
 気軽に応じる純子へ、相羽の忠告。
「さて、ヒントなしでも、そううまく行く? 難しいと思うよ」

 卒業式で、純子は涙ぐんだものの、大泣きせずに済んだ。
 その理由の一つは、スライドにある。
 体育館で催された式の半ば、大きなスクリーンにスライドを投影し、六年間
の思い出を振り返るという趣向があった。その内容は予行のときも伏せられて
いて、実際に見るのは式当日が初めて。
(あれを映すなんて聞いてなかったな)
 会場を退出し、教室に向かう廊下で、純子は思い出し笑いを浮かべた。
 フィルムの中には学芸会の物も含まれていた。当然、好評を得た推理劇の主
役、純子演ずる古羽相一郎も相当なアップで取り上げられていた。
(あー、まだ恥ずかしいよ……でも、いい思い出)
 火照った頬を両手で押さえる。
「こんなところで立ち止まるなって。通れない」
 邪険な言葉とは裏腹に、そっと肩を押された。そちらを向くと、相羽の顔が
目の前に。
「わっ」
 その場を飛び退き、自分の机にもたれかかる純子。腰の後ろに回して机につ
いた両手が、かたかた震える。
「−−っく」
 相羽はいつものぼんやりとした目つきで見やってきてから、いきなり吹き出
した。片手で拳を軽く握り、口元に当てて笑いをこらえている。
「笑うことないでしょっ。そっちが急に声をかけてきて、びっくりしただけな
んだから」
 純子の抗議を聞き流す風に、相羽はそのまま通り過ぎ、彼の席に落ち着く。
でも、笑いをこらえる仕種をまだ見せていた。
 純子は後ろを向いて、詰め寄る。
「相羽! 何がそんなにおかしいのよっ」
「ん? 大きな声じゃ言えない」
 声を落とした相羽は、秘密めかして片目を瞑った。自然、純子は心持ち、相
羽の方へ身を乗り出す。
 相羽は囁くように言った。
「−−最後の日になって、また偶然でキスしてしまうかと思った」
「な……」
「危なかった」
 去年の六月のことを思い出しているのだろう、相羽は何とも言えない苦笑い
を浮かべていた。
「それにしても涼原さんの慌てようったら! 目をまん丸にしてさ」
 一転して大笑いの相羽。ころころ変わる彼に、手をわななかせたくなる。
「もう、あんたには一年近く、振り回されっ放しだったわ。これで終わりと思
うと、ちょっとさみしいわね」
「中学、同じのくせして、何を言ってんの」
「クラスが同じとは限らないでしょ。他の小学校からも入ってくるから、クラ
スは十ぐらいあるはずだしね。これで縁切りよ、きっと」
「そう簡単には行かない」
 自信たっぷりに言い切る相羽。その裏に隠された理由が見えず、純子は顔を
しかめた。
「だって、手品の種やクッキーの焼き方、教える約束が残ってるだろ。タイム
カプセルもあるし。少なくとも、春休みの間に二度は顔を合わせるはずだぜ」
 意地悪く笑みを作る相手に、純子はため息をついた。
「そんな約束、しちゃったんだっけ。いいわ。大勢で押しかけて、恐がらせて
やるから」
「はは。あんまり大勢だと小麦粉足りなくなるから、食いしん坊は自分で持っ
てくるようにって言っといて。バターは溶けちゃうだろうから、こちらで用意
しまっす」
 冗談めかし、肩を揺すりながら言うと、相羽は教室内の時計を見上げた。
「先生、遅いな……。卒業アルバム、楽しみにしてんだけどな」
「あなたの場合、前の学校の方が思い出、いっぱいあるんじゃないの?」

−−つづく




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