#3844/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 4/19 15:14 (200)
そばにいるだけで 7−2 寺嶋公香
★内容 16/08/31 04:45 修正 第2版
「趣味でしょ、得意科目でしょ。当然、苦手科目も。それから好きな食べ物と
か好きな色とか好きなタレントとか」
「趣味……」
つぶやき、少し思案してから、「化石」と書いてみた。
でも、おかしな気がして、すぐさま消しゴムをかける。
「あははは、純ちゃんたら。化石で充分、通じるって」
立ったまま上から見下ろす富井は、おかしさをこらえている風だ。
「何か違うんだけど……。ま、いいか」
再び、「化石」と記す。これでは味気ないので、ちょっと書き足した。
「どう? 『趣味 化石大好き!』」
「これ、いいっ。分っかりやすい」
富井が手を叩いて喜ぶところへ、話を聞きつけたのか、相羽が口を差し挟む。
「化石って聞こえたけど……何の話?」
「趣味の話」
相手も同じく化石に関心があると知っているため、純子は気安く応じ、自分
が埋めつつあるページを示す。
身を乗り出し気味にした相羽はしばし目を細めると、軽くうなずいた。
「ああ、サイン帳か」
「女子って、どうしてそういうのが好きなんだ?」
相羽と喋っていた勝馬が、同じように覗き込む。
事実、彼の言葉通りで、六年二組でサイン帳を回す何名かは、全員女子であ
る。加えて、女子の間だけで回している。
「決まってるじゃない。思い出になるのよ、ね?」
富井が言って、純子に同意を求めるように首を傾けてきた。もちろん、ここ
は調子を合わせておく。
「そうそう。卒業して、しばらく経って読み返したら、思い出して、絶対楽し
くなるわ」
「そこまで言うんだったら、涼原さんもやりゃいいのに。なあ?」
今度は勝馬が同意を求めて、相羽へと向き直る。相羽はと言えば、真面目く
さった顔になって、「うん」と首を振った。
「それに、そのままじゃあ、思い出も半分」
「どういう意味?」
「分からない? 女子しか書いてない」
相羽の言葉に先に反応したのは、富井の方。
「え……じゃ、じゃあ、頼んだら、書いてくれる?」
「僕の方こそ、書かせてもらえるんだったら、書いてみたいな」
唇の両端を上げ、相羽は肩を軽くすくめた。
「本当に?」
「うん。なあ、勝馬も書くよな?」
「俺も?」
相羽が書いてみたいと言い出したのを、口をあんぐりさせて見守っていた勝
馬は、焦ったように眉を寄せた。
「嫌なら、引き込まないけど」
「嫌ってことはない。ただ、その」
と、富井へと目を移す勝馬。
「富井さんが、おまえ一人に頼むだけで終わるかもしれないからなあ」
勝馬は不機嫌そうに頬を膨らませ、どうせ俺なんかといった気持ちを態度で
現したような、ふてくされた顔を作る。本気なのか演技なのか、分かりづらい。
「そんなことないよぉ」
本心はどうか知らないが、富井は満面の笑みで答えた。
「男子にも書いてほしい。−−でないと、白いページがこんないっぱい余っち
ゃって、見た目が悪いもんねえ」
照れに変わった笑みとともに、帳面を手に、ざっとめくってみせる富井。
「僕らは穴埋だってよ」
やれやれとお手上げをして、勝馬と顔を見合わせる相羽。
(郁江ったら、我慢しちゃって。本当は、書いてもらえて、うれしくてたまら
ないくせに)
男子達の様子を見ながら、純子は思っていた。
「気が変わらない内に、書いてねー」
帳面を相羽達に渡そうとする富井を、ぼんやり見やっていた純子は、はたと
我に返り、叫んだ。
「ちょ、ちょっと。まだ全部書き終わってない!」
「あ、ごめーん」
富井がちっともすまなさそうじゃない言い方をした時点で、すでに帳面は相
羽の手に渡っていた。
「なぁんだ。はい」
帳面が戻って来ると、純子は、書いた内容を見られたくないという気持ちが
急に起きた。
「やっぱり、持って帰って書く。いいでしょ?」
「うん、もちろん。でも、さっきと事情が変わったから、明日、持って来て」
「はぁい、分かってるって。これだもんね」
友達の現金さに少しばかり辟易しつつ、純子は返事した。
「持って来たら、そのまま相羽君に渡すわよ。席近いから」
「うん。相羽君と勝馬君が書いたあと、男子にできるだけ回してもらいたいん
だけどなぁ。頼んでいいかしら?」
富井が胸の前で手を組み合わせると、相羽と勝馬は同じようにうなずいた。
「いいけど、でも、無茶苦茶書く奴がいるかもしれないぜ」
「それに、女子が書いた分、読んじゃう奴だって」
勝馬、相羽の順で心配の種を述べる。
「いいよー、無茶苦茶書いたって。たださ、頼むときに、あとで恥かくのは自
分だよって言ってくれたら」
「なーるほど」
男子二人は合点が行った風にうなずいた。
一日経って、純子は富井の帳面を相羽に渡した。
「しおりの挟んであるページが、あなたの書く場所よ。間違えないでね」
「うん。涼原さんの次に書けばいいんだよね? 参考に、読んでいい?」
「だめー」
両手の人差し指でペケ印を作り、即答する純子。
「絶対、読んじゃだめよ。私が何を書いたか知りたかったら、相羽君も自分の
サイン帳を用意して、回すしかないわね」
「ということは、ノートを回せば、書いてくれるんだ?」
思わぬ反応に、純子は焦った。
(え? まさか、本気で回すつもりになっちゃった?)
「や、やだな。冗談だってば。エチケットの話をしただけよ。私は、郁江ちゃ
ん宛に書いたんだからね。それを読むのはだめって言っただけ」
「……答になってないような……」
頭をかく相羽。でも、さしたるこだわりも見せず、しおりを摘むとそのペー
ジを開いた。
「何て書こうかな」
「身長、体重、スリーサイズ」
純子が前に向き直ってから、唄うようにつぶやくと、相羽はあからさまに驚
きの声を上げた。
「えっ、まじ? 涼原さんも書いた?」
「あはは、嘘に決まってるでしょ。書くのは、誕生日とか血液型とか。昨日の
話、聞いてなかったわね」
「僕が聞いていたのは、『化石』からあと」
ぼそぼそと応じながらも、鉛筆を動かし始めた相羽。
純子は不意に「いいこと」を思い付いた。友達のためになることだ。
「好きな異性のタイプも書くのよ。有名人にたとえるとかしてさ」
「へえ? そんなもの知って、どうする気だ?」
「決まってるじゃない」
「勘違いしてない? 僕が言ったのは、女同士で好きな男のタイプを教え合っ
て、何に役立つのかなってこと」
「え?」
「涼原さんも書いたんだろ、好きな異性のタイプ」
純子は納得した。相羽の言っている意味が分かった。でも、今さら「私は書
いてない」と本当のことを話すのもまずい。
「うん……見ちゃだめよ」
「分かってるって。それに盗み読みしなくたって、大体、想像つく」
「冗談ばっかり」
「簡単だよ」
こともなげに言い切る相羽は、手を動かすのを止めた。
「古生物博士じゃないか? 化石に詳しい」
「……あんたねえ」
純子は怒るのを通り越して、力が抜けてしまった。
(散々、気をもませといて……)
「相羽君こそ、好きなタイプ、どうせ女流推理作家か昆虫博士なんでしょっ」
言い返すと、相羽はさもおかしそうに笑いながら、首を振った。
「うーん、マジシャンがいいかな」
通常だと、ホワイトデーとバレンタインデーは同じ曜日になる。もっとも、
今年は閏年なので一日ずれてしまったが、ウィークデーである点は変わりがな
い。卒業式を目前に控えた忙しいこの時期を、さらに慌ただしくしてくれる非
公式イベントと言えようか。
純子は朝早くから、相羽の登校を待ちかまえていた。
(真面目にお返ししているかどうか、チェックしてやろうっと)
純子に遅れることおよそ三分ほどで、相羽が教室に入ってきた。特に注視せ
ずとも、彼がランドセルの他、布製の手提げを持って来ていることに気付く。
見守っていると、ランドセルを自分の席に置いた相羽は手提げを持ったまま、
まず富井のところへ向かった。
相羽は二言三言話しかけ、目尻を下げる富井へ、手提げから取り出したビニ
ールの小さな袋を手渡した。声こそ聞き取れなかったものの、バレンタインの
お返しなのは明白だ。
(……何だろ、あれ)
袋は透明なのだが、ちょっと距離があるせいで、中の判別はできない。純子
の視線は、続けて相羽を追った。
次は井口の席。さっきと同じように、ビニールの袋に入った何かを手渡す。
黄色いテープで口をくくってあるのは分かったが、中身は今度も見えなかった。
純子は三度目に賭けた。
三人目は遠野のところ。遠野はかなり感激したらしくて、両手で口を覆うと
顔を真っ赤にしていた。
が、純子にとって今はそれよりも、袋の中身が気になる。目を細めて、神経
を集中させた。
(−−分かった。なるほどね、お手製のクッキーか)
納得し、一人うなずく純子。ビニール袋にはクッキーが何枚か入っていた。
(ホワイトデーには手頃な感じ。だけど、お母さんが作った物を持ってくるな
んて、反則っぽい)
あら探しするつもりでなくても、そう思ってしまう。
その内、チョコをくれた二組の女子にお返しをし終えた相羽が戻って来た。
「これで文句ないだろ?」
純子の横を通るとき、視線に気付いた相羽が肩をそびやかしながら言った。
「まあね」
急いで目をそらす純子。
「あのクッキーなら、みんな喜ぶでしょうね。けど、お母さんに作ってもらっ
た物だから、少し減点。みんなにきちんと言った方がいいんじゃないの?」
「ふふん。そう来ると思って、ちゃんと自分で焼きました」
「え?」
髪を乱して振り返ると、席に着いて、得意そうにする相羽の表情があった。
「嘘でしょ?」
今度は純子から相羽の席に近寄る。彼の方は憮然として答えた。
「嘘じゃない」
「それじゃあ、味の方は……」
「心配ない。母さんに教わった通りにやった。味見もした。完璧だったんだぞ」
「ほんとにぃ? 家庭科、苦手だって言ってなかったっけ」
どうしても疑わしく感じてしまう。純子は相手の目を覗き込んだ。
すると、相羽は少しばかり照れたように表情を崩し、片手を頭にやった。
「実を言うと、かなり失敗した。料理するのは嫌いじゃないけど、だからって
うまく行くもんじゃないや。一枚一枚の厚さの問題なのかな。半焼けだったり、
黒こげになったりで難しかった。やっとうまく行ったと思って食べてみたらぱ
さぱさ、なんてのもしょっちゅう」
「ふうん。それが本当なら、大したもんだわ。あーあ、私にも教えてもらいた
いぐらい」
「それって、クッキーの作り方を?」
「そう。上手になりたい。あんなひどい物を他人にあげるの、二度とごめん」
「……この間、僕にくれたチョコのことを言ってるの、ひょっとして?」
しかめっ面になる相羽。
「思い出させないでよ」
「そんなにひどい出来じゃなかったけど。十円チョコと詰め合わせってところ
が、おかしかったな」
「気遣い、ありがとっ。もう忘れたいんだから、それ以上は言わないで」
耳を塞ぐポーズを取る。
純子は結局、市販のチョコレートを湯煎し、胡桃を初めとするナッツ類を新
たに加えたりトッピングにアーモンドやドライフルーツを用意したりした上で、
一口サイズのチョコに型取りした物を作った。が、それだけでは自信がなくて、
十円チョコ十個も合わせて相羽にあげたのだった。
「気遣って言ってるんじゃないよ。ちょっともろいかなって気はしたけど、デ
ザインが凝ってたのにも感心したしさ」
−−つづく