AWC そばにいるだけで 6−5   寺嶋公香


        
#3838/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 4/19  15: 4  (200)
そばにいるだけで 6−5   寺嶋公香
★内容

「はい! これっ」
 どういう巡り合わせか、月曜の朝、純子は相羽と下駄箱の前でタイミングよ
く出会った。放課後まで引っ張る煩わしさと比べれば、今、手っ取り早く片付
ける方がいいと判断し、純子は急いでランドセルから約束の物を取り出した。
 そして、押し付けるように手渡したところ。
「あ……ありがとう」
 純子からの包みを手に、機先を制せられたようにどぎまぎして応じる相羽。
「これで、習字のことは終わりね。それに、スケートでぶつかったのも」
「前から僕は、気にしてないってのに。……一昨日、迷ってたみたいだけど、
結局、何にした?」
「自分で確かめたら」
「それもそうだ」
「早くしまいなさいよ。今、ここで開ける気?」
 言い置いて、相羽からさっさと離れて行く純子。
(バレンタインからだいぶ経ってるけど、誰かに見られて、『やっぱり、相羽
君にあげてるじゃないの』なんて言われたら心外だもの)
「分かったよ」
 不承不承といった体で、相羽は自分のランドセルのすき間に、もらったばか
りの包みを押し込んだ。
「お、ちょっと待ってよ。ついでに聞きたいことが」
 走ってきた相羽は、純子に追いつくと横に並んだ。
「何よ、もう」
「−−何だかつんつんしてる。気がすんだはずなのに」
「大きなお世話。今、自己嫌悪でいっぱいなの」
 言葉が刺々しいのは、純子自身も分かっていた。
(恥をかくのは一度きりったって、これは拷問だわ。約束してなかったら、取
り返して捨てちゃうのにっ)
 渡した菓子のことを一刻も早く忘れたい純子であった。相羽のランドセルを
見つめる目つきに、恨めしさが混じる。
「どうして自己嫌悪してるのか知らないけど……聞きたいのは髪型のことで」
 相羽の視線が、純子の頭へ向けられる。束ねられた黒い髪。
「この頃、その髪型が多いね。劇のときのじゃないか? 実際に劇を見てない
から、よく分からないけど」
「そうよ」
 また足早になる純子。それでも相羽は着いて来た。
「男子に間違われたからって、嫌がってたんじゃなかったっけ。それなのに、
この頃はズボンばっかりで、スカートはあんまり穿かなくなったみたいだし。
それは寒さのせいだとしても、髪型−−」
「私の自由でしょっ。文句ある?」
「文句ないけど、理由が知りたい。写真でさえ、見られるのをあんなに嫌って
たのに、心境の変化?」
「そうね、変化と言えば変化ね。それもこれも、古羽相一郎のせいよ、全く」
 忌々しさを隠さずに言いながら、純子は椎名恵について想起した。
 何度か話してみて、椎名もまた通常の女の子と変わらないと分かってきた。
 まず基本的に、椎名は推理小説が好きなのだ。しかも、いわゆる名探偵が出
て来るのがお気に入りのよう。だからこそ、劇を観て古羽探偵に思い入れを持
ってしまったらしい。
(普通だったから、別にいいんだけど……学校にもなるべくこの格好で来てっ
て頼まれちゃったのよね)
「責任取ってくれないかしら」
 教室に着いて、ランドセルを置くのと同時にぽつりと言った純子。すでにた
くさんのクラスメートが来て騒々しかったから、聞こえるはずないと踏んでい
たのに、相羽は即座に反応する。
「責任? 何のこっちゃ。ひょっとして、古羽役をやったのと関係あるんだ?」
「そうよ。だから……ま、いいか」
 相羽に言っても仕方ないと思い直し、純子は口をつぐんだ。おもむろにラン
ドセルから教科書やノート、筆記用具などを取り出し、一時間目の準備に入る。
「何だ、それ? 途中でやめられると、じりじりする」
 相羽は置いてきぼりを食わされたみたいに、ぽかんとした。
「やっぱり、いい。関係なかったわ」
「よく分かんないけど、もういいわけ?」
「そ」
 素っ気なく応対する純子。あまり親しくしては、富井を始めとする女子に申
し訳ないという意識が働く。
「あ。もう一つ、聞きたいことがあったんだ」
 しかし、相羽は何かと話しかけてくる。純子も悪い気はしていないのだが。
「もうすぐ授業っ」
「土曜日、聞き忘れたんだ。涼原さんはバレンタインの日に、誰かにチョコか
何かをあげたのかなって」
 声を落として聞いてくる相羽に向き直り、純子はしかめっ面を作ってみせた。
「どうして私が答えなくちゃいけないのよ」
「僕は答えただろ。土曜日、スーパーで会ったときに、何個もらったかって聞
いてきたよね、涼原さん」
 あれはあなたが勝手に答えたんじゃない。そんな台詞が喉まで出かかったが、
ぎりぎりのところで押し止めた。
「分かったわよ。誰にも渡していません。これで満足?」
「へぇ、信じにくいなあ。ほんと?」
「本当よ。お父さんにはあとで渡したけれど、それまで含めるのかしら」
「いや、学校の中だけだよ。……ふうん」
 何度かうなずきながら、ようやく着席した相羽。
(変なこと聞くわね。私が誰に渡そうが、あんたには関係ないでしょうが)
 前を向いたまま、首を傾げた。
(それとも、私と同じ立場なのかも。あいつの友達に私のことを好きな奴がい
て、代わりに反応を見た……まさかね! あはは、そんなこと、あるはずない)
 自分の空想に苦笑する一方、バレンタイン前に町田が言った言葉を思い出す。
(『涼原さん、男子の人気あるわよ』か……。どこまで信じていいのかしら? 
そんなに想ってくれてるんなら、実際に態度で示してほしいわね。優しくして
もらいたいな、全く)
 ばかばかしくなって思考を中断したところで、予鈴が鳴った。

「案外、あったかいね」
「うん。助かる」
 二月も終わり頃になった、ある日の体育。今日は二組単独の体育である。
 長袖・半ズボンの体操着姿で、運動場の中央よりやや東寄りに集まった。
「早く並べーっ」
 立島が声を張り上げて、皆を整列させる。クラス委員長と副委員長が体育の
係も務めるのだ。背の順に男女二列になって、そこから広がり、ラジオ体操第
一の開始。
 いつもは前から十二番目の純子だが、今日は十一番目。一つ前の子が休んで
いるのだが、そのわけは、私立中学の受験日が今日に集中しているから。
(国奥さん、頑張ってるんだろうなあ)
 そんなことを思いながら体操をやると、動きがいい加減になりがち。意識も、
どこか明後日の方に向いてしまっている。
 気が付くと、ラジオ体操は終わり、二人一組の準備運動に移行していた。
(あ、国奥さんがいないから、余るんだっけ)
 背の順に前後二人ですでに固定のペアができているため、純子はあぶれてし
まった。
「あとで手伝ってね」
「うん、いいよぉ」
 一つ前のペアの富井が、気安く応じる。
 立ったまま、手持ちぶさたにしていると、ふと、自分と同じ立場の者を見つ
ける。
 相羽は、転校してきた身分のため、最初からあぶれた形なわけで、普段の体
育の授業も三人一組でやっている。が、今日は、正真正銘、一人きりのようだ。
(……そっか。ちょうど、鈴木君と木戸君も受験で休んでるから、結局、あぶ
れちゃってるのね)
 純子が納得したところへ、すぐ後ろの前田が、柔軟運動の途中で声をかけて
きた。
「今日、時間が詰まってるそうだから、余ってる人同士、やってくれる?」
「え? 余ってるって……まさか」
「相羽君よ。ねえ、相羽君、こっちに来て、やって!」
 呼ばれた相羽は、すぐには理解できないといった顔つきのまま、駆け寄って
きた。が、そっちにかまっている暇がない。
「ほんとにやるの?」
「そ」
 背を押してもらって前屈する前田の返事は、簡単で短かった。
「しょうがないか。−−相羽君、聞こえた?」
「よく分からなかった」
「準備運動、するの。ほら、座って」
 立ち尽くしていた相羽を無理矢理に座らせ、まずは柔軟。
「結構、柔らかいんだ」
 額が太股に着いても、ちっとも苦しそうじゃない相羽を見て、純子は調子に
乗り、思い切り体重をかけた。
 それでも平気な様子の相羽。
「あの、涼原さん……。もう額が着いてるんだから、これ以上押しても意味な
いんじゃあ」
「あ、そうか。じゃ、次、開脚前屈」
「一回、どいてくれないと、足が動かせない。重くて……」
「失礼ねえっ」
 相手の背中を叩きながら、飛び退いた。
 開脚前屈では、地面に顎先が着いた相羽に、ますます感心させられる。
 そうして相羽の分は終わり、純子と立場が交代。
「強くしたら、だめだからね」
「うん。−−どう、これぐらいで?」
 力加減はよかったが、押される感触がいつもと違う。
(手、少し大きくて、固い感じ……。女子と男子じゃ違う)
「ブリッジ、行くよ。いい?」
「待って。−−ん、いい」
「じゃ、スタート」
 相羽が数字を一から数え始める。ブリッジを三十秒間やるのも、準備運動の
一つ。他に倒立三十秒や、腕立て伏せ・腹筋・背筋各二十回というのもセット。
「……二十八。二十九。三十、はい終わり」
「……相羽君、数え方、遅くない?」
 身体を起こしながら、不満をもらす。
「そうかな? なるべく正確に数えたつもりだけど」
「いつもより疲れた気分」
「いつも、短いんじゃないか? と、こんなこと言ってるよりも、急がないと。
次は倒立だね」
「ちゃんと持ってよ」
 手を伸ばして身構える相羽に、じっと視線を向ける純子。
「当然」
「ほんとに、ほんとよ。途中で放したら、ただじゃおかないから」
「信用してくれー」
 苦笑いする相羽。
(だって、初めての相手って、不安なんだもん)
 心の中、そうつぶやきながら、勢いを着けて逆立ちに入った。
「っと。一。二……」
 相羽の手の力が、足首に伝わってくる。
(−−この格好って、何か、やだな)
 頭を動かし、大声で言う。
「あんまり、見ないでよ!」
「十。……何を?」
 問い返されて、途端に声が小さくなる。
「その……足とか、お尻とか……」
「そんなこと!」
 それだけ言って、あとは声を殺して笑うばかりの相羽。
 純子はかえって意識してしまって、もじもじしてしまう。そのせいで、バラ
ンスを崩しかけた。
「おっと、動かないで」
「分かってるっ。それより、時間、数えてるの?」
「頭の中で」
「早く」
「もうすぐだよ。−−うん、終わった。放すよ」
「−−はぁ、長かった」
 倒立もいつもより長く感じられたのは、数え方以上に、相羽の視線が気にな
ったからかもしれない。純子は地面にへたり込むと、お尻を押さえて、さっき
のもじもじした感覚を拭った。
「最後……何が残ってたっけ?」
「腹筋よ」
 そのまま足を伸ばし、相羽に再び足首を押さえてもらう。
 一度意識し始めると、続くものなのか、また相羽の視線が気になる。
 そこで相手の表情を窺ってみると、別にじっと見つめてくるでもなし、普通
にしているのが分かった。
(やっぱり、気のせいだわ。もう、気にしない、気にしない)
 おまじないのように心中で唱えてから、腹筋開始。身体はそんなに柔らかく
ない純子だが、体育は得意な方だから、簡単にこなせた。
「……十九……二十、よし、終わりっ」

−−つづく




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