AWC そばにいるだけで 6−6    寺嶋公香


        
#3839/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 4/19  15: 6  (184)
そばにいるだけで 6−6    寺嶋公香
★内容
 周りを見渡す相羽。まだ終わってないペアも、いくつかある。
「遅れずに済んだみたいね」
 言いながら、片膝を立て、立ち上がろうとした純子に、手が差し出された。
相羽の右手。一瞬、ぽかんとしてしまったが、すぐに理解し、その手を取った。
「−−ありがとう」
 引っ張ってもらって立ち上がりかけたとき、相羽の手から伝わる力加減に、
微妙な変化が。勝馬が、
「相羽ぁ、うまいことやっちゃて、この!」
 と冷やかしながら、ふざけ半分に相羽の膝の裏側に蹴りを軽く入れたらしい。
(え?)
 ひやっと、背中が冷たくなる純子。
 かくんと膝を折った相羽は、焦りも露に、空いていた左手で純子の右手を掴
み、転ばないよう、必死に踏ん張る。
「大丈夫っ?」
「−−う、うん」
 不安げに聞いてくる相羽に、純子はうなずいた。このときの二人の格好と来
たら実に滑稽。アイスダンスのペアで、男子選手の股の間を女子選手がくぐり
抜ける演技があるが、ちょうどそれをストップモーションにした具合である。
 相羽はほっとしたように息をつき、それから勝馬を振り返った。
「危ないだろうが、勝馬!」
「そ、そうだった? 悪い悪い」
 いくらか反省したのか、頭をかく勝馬だが、それでも口調は軽い。
「僕はいいけどなっ。涼原さんに、謝っておけよ」
 改めて純子を引き起こしてから、相羽は勝馬に詰め寄った。
(そ、そんなに必死にならなくても……)
 普段仲のいい相羽と勝馬だけに、この成り行きには、純子も焦る。
「女子に怪我させたら、大ごとだぜ。分かってんのか?」
「う……。ご、ごめんな、涼原さん」
 頭を下げた勝馬に、純子は胸の高さで両手を振る。
「いいってば。何ともない」
「そうか? それなら、いいんだけど」
 一つ、肩で大きく息をした勝馬の後ろに、相羽が素早く回っていた。彼は純
子にいたずらっぽい笑みを見せると、自分の右膝を勝馬の左膝の裏側に当てる。
「−−おわっ」
「ははは、お返しだぜ。これでおあいこ、いいよな?」
 大きく姿勢を崩した勝馬に、相羽は笑いかけた。
「ちくしょう、仕方ないな」
 お手上げポーズの勝馬が応じて、またひとしきり、笑いが起こった。
 そんな二人のやり取りに、純子は最初、唖然として、次に安堵、そして最後
に片手をこめかみに当てた。
「もう、よくやるわ」
 ちょうど、全員の準備運動が終わる頃合いだった。

 純子や相羽達は、合計六人で川沿いのサイクルロードを進んでいた。今、ご
く緩やかな上り坂に差し掛かったところ。
「こんな、寒い時季、朝っぱらから、サイクリング、なんて、疲れる、よな」
 こぼすのは勝馬。ペダルを漕ぐのに合わせて、言葉を切っている。
「そうか? 暖まってきて、ちょうどいい感じだぜ」
 立島が、白い息と共に答える。前田がいなくて、楽しさも半分といった観が
あるような、ないような。彼が誘った前田は都合が合わず、来られなかった。
「あと、どれぐらい行けばいいの?」
 一転、下り坂になる。純子は足の動きを止め、先頭の相羽に聞く。
「もうすぐ。五分足らずかな」
 相羽の回答は、ある意味で正確さを欠いていた。ものの一分もしない内に、
目的地に到着したのだから。
「あれだよ!」
 立ち止まり、自転車道から河原を見下ろす。
 相羽の指差す方向には、深緑色の大型ワゴンが一台、停まっており、その手
前では青いジャンパーを着た人達が、何かと急がしそうに動き回っている。
「えっと、どこから降りたらいいんだろ」
 場所は母親から聞いて知っていても、引っ越してきた身の相羽は、この街の
自転車道のありようにまだ詳しくない。助けを求める目つきで、皆を振り返っ
た。
「もう少し行けば、下に降りる道があったはずだぜ」
 立島の言った通り、五十メートルばかり行った先で道は二つに分かれ、一本
は河原へと下る坂になっていた。
 降りて行き、向きを一八〇度換えて、しばらく引き返すと、さっき見えた場
所に出た。同じ高さに立つと、群生する葦が目につく。それに気のせいか、上
と比べると若干、気温が低く感じられる。
「母さん!」
 自転車のスタンドを立て、相羽が一人、走って行く。その先には、極薄い青
色のサングラスを掛けた女の人が、振り返る姿がある。
「へえ、あの人が相羽の母ちゃんか」
 勝馬が何故か、何度もうなずきながら言った。
「美人だな」
 立島が言った。見れば、相羽の母が、サングラスを外したところである。
「ほんと、きれいな人」
「相羽君のお母さんていうイメージにぴったり」
 やはり初めて会う富井や井口が、口々に漏らしている。
「あれ……何してるんだろ?」
 富井が言うように、母親が困り顔で何か説明するのを、相羽は見上げたまま、
黙って聞いているのが分かる。
 挨拶するタイミングを計る純子達だが、これではなかなかできそうにない。
どうしよう?と顔を見合わせていると、相羽が走って戻って来た。
「どうなってんだ? 何かあったのか」
 勝馬の問いかけに、相羽は小さく肩をすくめる。
「僕にもよく分からないんだ。……まあ、もうすぐ始まるから」
 お茶を濁すような返事をしてから、きびすを返す相羽。
「あ、あの、おばさまや大人の人達にご挨拶は……」
「いいって。時間が詰まってて、それどころじゃないらしいよ」
 相羽はそう言ったが、どうもおかしな具合だ。
(八時から撮影開始と聞いたけど……。遅れてるのなら、さっさと始めればい
いのに、それもしてない)
 そんなことを考えながら、撮影現場となるであろう方を見渡す純子。
 ふと、一人の男の人と、目が合った。鼓の形をした折り畳みの椅子に座り、
腕組みしている、顔の長い人。
 純子は何となく恐くて、急いで視線をそらす。
(他の人が動き回ってるのに、あの人だけ、座ってる。偉い人なのかしら)
 よくよく見れば、その人だけ背広を着ているのにも気付く。
 と、そのとき、純子達のそばを駆け抜けて、走って行く男の人が。こちらも
スーツ姿だが、かなり若い印象。握りしめているのは、携帯電話か。
「何だ? あっちの坂を、駆け降りてきたぞ」
 立島が、呆気に取られたように、自分達も降りてきた坂とワゴン周辺を交互
に見ている。
 みんな揃って、スーツ姿の若い人を目で追う。彼は、さっきの馬面の人の斜
め左前に立つと、しきりに頭を下げ始めた。何か話しかけているようだが、そ
の内容までは聞き取れない。
「仕事って、大変だな」
 勝馬が、分かったような口を利いた。
 そうこうする内に、場の雰囲気が変わった。緊張感が増したように思ったら、
ワゴンから二人、女の人が出て来る。モデルさんだ、と直感。
 一人は茶色がかった髪をしており、高校生ぐらいの年齢に見える。特に背が
高いわけではないが、目鼻立ちのはっきりした、印象的な造りをしている。
 もう一人は、少し年上。大卒後、OLになって数年の大人というイメージ。
上背があるのでやせて見えるが、スタイルは間違いなくよい。黒い髪には、ち
りちりのパーマがかかっている。
 モデル二人の容姿以上に、驚かされたことがあった。
「見て見て。半袖だよ、半袖」
 純子達女子は、叫ぶように囁き合った。
「二月だぜ、今」
「今頃から、春物の服の広告を撮っておくんだよ。下手したら、初夏までね」
 相羽がかすかに笑い、立島達に説明する。
「寒くないのかな」
 目を凝らすが、鳥肌が立っているようには見えない。
「プロだから、平気なんじゃない?」
「はははっ。それもあるだろうけど、外に出てすぐ、肌を慣らすんだって」
「へえ?」
 感心している間に、撮影が始まった。光の加減や風向きといった状況を気に
しながら、たまに鋭い声が飛び交い、てきぱきと進む。一つの衣装で十枚ほど
撮っただろうか。
「写真で見るのと、感じが違うね」
「うん、広告の写真って、もっと明るい印象がある」
「本に載せたら、そうなるんだ」
「ね、ね。今日のこれも、何かの雑誌に載るの?」
「うん。名前、覚えてないけど、ファッション雑誌のメーカーPRページの一
つだってさ」
 それからあとも、モデルの二人はワゴンの中で次から次に衣装替え、その度
に澄ました佇いで出て来ると、注文通りに仕事をこなしていく。キャリアから
来るものなのだろう、年上の方がそつがない。
 小一時間ほどして、撮影終了。が、機材を片付ける気配はない。
「どうしたんだろうね?」
 改めて井口が尋ねるのとほぼ同時に、相羽の母が近づいて来るのが分かった。
「皆さん、寒くない? 退屈じゃなかったかしら」
 初めて顔を見る立島達もいるというのに、挨拶もそこそこ、いきなり感想を
聞いてきた。どこか上の空で、忙しない。
(やっぱり、何かあったんだわ)
 相羽の母の、今まで見たことのない振る舞いに、純子はその思いを強くした。
 純子達が口々に感想を述べると、「それはよかったわ」と形ばかりの言葉を
残し、相羽の母は息子だけを呼んだ。
「まだ続きがあるみたいだよな」
 ワゴンの方を見やる立島。
 つられて同じようにすると、あの馬面の偉そうな人が、こちらをじっと見返
すのに気づいた。
「何なんだろ?」
 不審感を口に出す。
「何が?」
 富井が何も知らぬ様子で聞いてきた。相羽の方に気を取られていたらしい。
「さっきから、あそこのおじさんが、私達の方を見てるのよ」
「……ほんとだ」
「まさか、怒ってるのかな? 撮影がうまく行かなかったって」
「え? じゃ、相羽君が呼ばれたのも、私達に帰れって……」
 一度悪い想像を脳裏に浮かべてしまうと、もう、気になってたまらない。今
度はみんなで、相羽の様子に注目する。
 相羽は、母親から話を聞く内に、何度か首を横に振ったり、抗議するように
全身を突っ張って答えたりと、落ち着かない素振りを見せている。
 が、やがて、一つうなずき、母にぽんと肩を押されて、純子達のいる場所に
戻って来た。
「どうしたあ?」
 勝馬が、そろそろ待ちくたびれたような、鷹揚な口調で言った。
「あの……」
 対して、相羽は、言いにくそうにうつむき、目をきょろきょろさせている。
 その視線が、純子に向けられ、止まった。
「涼原さんだけ、ちょっと来てほしいんだ……」
「私っ?」
 びっくりして、甲高い声を上げてしまう。
(えー? 私だけ怒られるのかなあ。そんなに騒がなかったつもりだけど……)
 不安で、背中がひやっとしてくる。
「早くしてもらいたいんだ。涼原さんは時間、大丈夫かい?」
「う、うん」
 先に行く相羽を追って、純子は足早に歩き始めた。一度、残っている富井ら
を振り返ったが、みんなもわけが分からないという風に、怪訝な表情を集めて
いるばかりだった。

−−つづく




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