AWC そばにいるだけで 6−3   寺嶋公香


        
#3836/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 4/19  15: 0  (200)
そばにいるだけで 6−3   寺嶋公香
★内容
 あれだけ降った雪が、翌十五日にはほとんど消えてなくなっていた。
「さっむーい」
 玄関を出た途端、思わず、両腕を抱える純子。吐く息がすぐさま白くなった。
天気は快晴だが、放射冷却現象とかで、朝の冷え込みはきつい。
 ずれかけた耳当て−−お気に入りの、ピンクの−−を直し、集合場所に向か
った。班長を務める純子は、遅れるわけにいかない。今朝も余裕はあるが、念
のためにと走って駆けつけた。その途端、疲れる話を唐突に聞かされる羽目に。
「涼原のおねえさん。チョコレート、受け取ってもらえました?」
「はい? チョコ?」
 五年生の女子が、代表する形で聞いてくる。副班長のその子の後ろには、班
の他の小さな女の子がたくさん。
「昨日、下駄箱にこっそり入れたんです」
「あ、あれって、あなた達が?」
 言ってから、慌てて声量を落とす。周りには同じ区の男子も当然、いるのだ。
「……ファンクラブって、あなた達のことだったのね」
「そうです。びっくりしました?」
「そりゃあね……」
 ため息が出た。
「一緒に登校したのに、学校に着くと同時に、みんな走って行っちゃうから、
変だなとは思っていたんだけど、そういうことだったのね。私が来ない内に、
下駄箱に入れるために……。何でこんなことしたのよ。いたずら?」
「違うよ!」
「そんなんじゃないったら!」
 後ろで聞き耳を立てていたらしい、低学年の子達が叫んだ。
 続きを引き取り、先の五年生の子が話す。
「私達、去年の劇を観て、本当に楽しかったんです。涼原おねえちゃんの探偵
も格好よかったです。それに、いつも……お世話になってるから」
 お世話という単語が、どことなく板に付いていなかった。他に適切な表現を
思い付かなかったという風に、五年生の女子ははにかんだ表情を見せている。
「何かお礼したいとみんなで相談して、話がまとまったんです」
「お礼なんて……与えられた役目をこなしてるだけなんだけど」
 大げさな言い様に、照れくさくなる。
「班で一番上級生になったら、誰かがやらなきゃいけないことよ」
「迷惑でしたか?」
 相手の話すトーンが落ちている。純子は慌てて、手を振った。
「そんなことないって。ちっとも迷惑じゃない。驚いたけど……みんながくれ
たんだと分かったら、とてもうれしくなった」
 純子は心からそう感じて、微笑んだ。
 その笑みが、五年生以下の子達にも広がっていく。川面にできた波紋のよう。
「本当? よかった!」
「ありがとう。でも、次にもらえるんだったら、普通にしてほしいんだけどな
あ。それにこれ、ホワイトデーのお返し、しなくちゃいけないのかしらね?」
 純子がじっと見つめると、他の子達はきょとんとしてから、相次いで吹き出
してしまった。
 純子も笑いながらうなずいた。あんまりおかしかったものだから、また、耳
当てのずれを直さなければならない。
 そしてみんなに言った。
「さあ、そろそろ時間よ。並んでねっ」

 学校に着き、ランドセルを教室に置くと、純子はすぐに五年六組に向かった。
(早く済ませよう。もやもやしたままじゃ、しんどい)
 もう一つのチョコの送り主。中に入っていた便せんによれば、それは一学年
下の椎名恵(しいなめぐみ)という子だった。無論、純子の知らない子。
「あの、いいかしら? 椎名さんって人、来てる? 呼んでほしいんだけれど」
 教室の入口で、一番手近にいた女の子に尋ねる。
「はい。待っててください」
「ありがとうね」
 名札の色で相手が上級生だと分かるためだろう、その女子は素直に返事する
と、走って机の間を抜け、窓際の列の真ん中辺りの席の女子へ駆け寄った。
(あの子か……。学芸会で劇が終わったあと、見かけた覚えあるわ)
 色白で、見た目は大人しそうな子だ。髪型がボーイッシュなのを除けば、ど
こを取っても女の子らしい姿形をしている。
 椎名の方を見ていると、彼女も顔を上げ、目線が合った。何となく気まずく
て、すぐにそらす。
 やがて椎名が廊下まで出て来た。壁際まで寄って、話が始まる。
「涼原さん……手紙、読んでいただけたんですね?」
「ええ、まあ」
 椎名の満面の笑みに戸惑いながらも、純子は肯定の返事をした。
「手紙に書いてあったけど、劇の中の古羽が好きなのよね?」
「はい。もう、格好よくて、しびれました」
 気のせいか、椎名の言葉遣いが微妙に丁寧だ。いくら一つ下とは言え、もう
少しくだけた話し方でもいいはずなのに。
「それは分かったとして……実際には古羽という探偵はいないから、代わりに、
私にあれをくれた。そうよね?」
「それはあります。でも、それだけじゃないんです」
 椎名は手を組み合わせ、純子をまともに見つめてきた。
「他に何かあるの?」
「涼原さん、私とデートしてくれませんか」
「−−」
 絶句。純子は目を周囲へ忙しく走らせた。誰にも聞かれてはいないようだ。
「お願いです」
「−−あ、あのね。私が女だってことは分かってるでしょう?」
「もちろんです。正確に言えば、私、古羽相一郎さんとデートしたいんです。
もう一度会いたくてたまらないんです」
「ああ、そう……なるほどね」
 うなずきながら、頭では今一つ理解できない純子。
 その気持ちを全く知らないままであるかのごとく、椎名は悪意のない笑顔で
喜々として続ける。
「付き合ってなんて言えませんよね。だから、せめて古羽探偵の格好をした涼
原さんと、一緒に歩いたり、遊んだりできないかなあっていう夢があるんです」
「夢……」
「もちろん、涼原さんとも友達になりたい。いいですか?」
「……ちょ、ちょっと待って!」
 悲鳴のような純子の声。
「それはえっと、私が男の格好して、あなたと一緒にいればいいという……」
「はい。涼原さんが卒業するまでの間でかまいません。私と二人で遊ぶときは、
男の格好をしてくれたら、それだけでいいんです。男らしさとか他のことは何
も求めませんから」
「だったら……普通の友達でいいと思う。男の格好するのは特別なときだけで、
それ以外なら、スカート穿いてもいいし、ゴム跳びしてもいいわけよね?」
「はい。ときどきでいいんです、古羽さんになってくれますか?」
「たまになら」
 純子は半ばあきらめ気味に承知した。
(あの役がきっかけで友達になった子は何人もいるし、みんな普通だったもの。
椎名さんだって、言い出せなかっただけ。きっとそうよ)
「ほんとですか? うれしいっ!」
 手を叩いて喜ぶ相手を落ち着かせ、言い添える。
「でもね、着物に袴で外を出歩くのだけは勘弁してね。家の中だけ」
「それは仕方ないですね。だけど、髪型はあのときみたいに、白い布でまとめ
てほしい」
「うん、分かった。なるべくそうするわ」
「……あの、もう一つ、聞いていい?」
 ようやく慣れた口調になった椎名。はっきりした形での友達という意識の芽
生えなのかもしれない。
「何?」
「涼原さん、昨日、誰かにプレゼントしました?」
「バレンタインの? ううん。してない」
「よかった。まだ好きな男子とかはいないんですね。もしいたら、私が邪魔に
なるかもしれないって、心配だったんです」
「いないってば。椎名さんこそ、古羽相一郎みたいな男子を待つつもり?」
「それは、できたらそれがいいですけど」
「じゃあ、大変だわ。だいぶ先になりそうだもん」
 言って、純子が髪を手で束ねてみせると、椎名はくすっと笑った。
「ほんとに、うれしいっ」

 女子なのにバレンタインにチョコをもらうという一大事件をどうにか乗り越
え、純子は肩の荷をおろせた気分。
 それで気が緩んでいたわけでもないのだろうけど、その日の午後、書道の時
間に、失敗をやらかしてしまった。
「ごめーん!」
 書き上げた字を先生に見てもらおうと立った弾みに、半紙を手から放してし
まった。半紙はひらひらと流れて、後ろの席の相羽のところへ。当然、筆を動
かしていた相羽の邪魔になったわけで。
「相羽君、汚れてない?」
「別にどこも。それより、ごめんな。涼原さんの、だめにしてしまって」
 硯箱に筆を置き、机の上を指差す相羽。飛んで来た二枚目の紙に、墨の雫が
落ちて、染みを作っていた。
「いい、いい。自分の失敗なんだから……。私こそ、ごめんね」
 頭を下げてから、自分の半紙を回収しようと、両手を伸ばす。
 間が悪いときは、へまを続けるものなのかもしれない。半紙を一枚だけつま
むのに必死になって、他に注意が向いていなかった純子は、半紙を押さえる文
鎮を、肘で押し飛ばした。
「あ」
 声を上げる他は何の反応もできない。金属製の文鎮は玉突き状態で硯に接触、
さっき相羽の置いた筆が、転がり始める。
「やばいっ」
 相羽は素早く反応して、手を伸ばし、筆を受け止めた。が、このときに限れ
ば、反応の早さが裏目に出ることになる。
 机の上では、焦った純子が、落ちないようにと文鎮を押さえようとして……。
「あっ!」
 純子の悲鳴と同時に−−硯が落ちた。
 下には相羽の頭……。

 保健室から借りてきたタオルを手に、純子は水の流れる音を聞いていた。そ
の目は、伏せがちかつ潤んでいて、申し訳なさでいっぱい。
「相羽君……大丈夫……?」
 不幸中の幸いで、硯は相羽の頭を直撃はしなかった。耳元をかすめ、床に落
ちて、小さく欠けるにとどまる。ただし、溜まっていた墨汁が跳ね、顔右半分
や右肩一帯に飛散したため、こうして外の手洗い場まで来て洗っているわけだ。
「あの……」
 話しかけても、ずっと無言の相羽。顔を上げ、頭を軽く振りながら、カラン
を戻して水を止めた。
「これ、タオル……」
 水が入ったのか、目をしばたたかせている相羽は、何度か宙を掴んでから、
タオルを受け取った。顔と髪、そして肩を拭く。
「寒い」
「ほ、保健室、行きましょ。ストーブ、入ってるって」
 相手が喋ってくれたのにほっとして、純子は相羽の背を押した。
「怒ってる? ……決まってるよね」
 渡り廊下を行く道すがら、純子はうつむいたまま、話しかけてみた。
「ごめんなさい……。本当に、私ったらどじで……」
「取れてる?」
「は、はい?」
 いきなり聞かれて、顔を上げる純子。ポニーテールが上下する。
「汚れ、取れてる? 顔に墨、着いてないか」
 相羽は、自分の右頬を指差して、言った。
「あ、うん、取れてる。取れてるわよ」
 必要以上にうなずいてから、服の右肩に目が行く。
「か、肩の分は取れてないけど……」
「服はどうしようもないな」
「べ、弁償するからっ。だから……許して」
「え?」
 意外そうな目をした相羽の足が止まった。純子も立ち止まった。
「許すも何も……僕は、怒ってないよ」
「で、でも、さっき、全然、口利いてくれなかった……」
「さっきって、水道の? 何か言ってたっけ。水の音がうるさくて」
「聞こえてなかったのー?」
 思わず声が大きく。がっくりと、肩の力が抜けた。
 そんな純子を置いて、先に歩き始めた相羽。
「あ、待ってよ」
「もう、一人で大丈夫。涼原さんは、戻りなよ」
「だけど……」
「保健室に、予備の着替えはある?」
「あると思う」
「じゃあ、多分、着替えるから、なおさら一人でなくちゃな」
 相羽が笑うのを見、しばらくしてからその意味が分かった純子。
「わ、分かったわっ。先に戻るけど……ごめんなさい、本当にっ」
 熱くなった頬に手を当てると、相羽に背を向けて、純子は駆け出した。

−−つづく




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