AWC そばにいるだけで 6−2   寺嶋公香


        
#3835/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 4/19  14:58  (194)
そばにいるだけで 6−2   寺嶋公香
★内容
「あ、相羽君」
 相羽は開いた本から視線を外し、ぼんやり、純子を見上げてきた。
「何?」
「えっと、ちょっと、用事が……。ここじゃ言えないから、廊下に出よう?」
 誘い出す台詞を口にしながら、純子は徐々に焦りを覚え始める。
(用事、用事。ああん、何にしよう? 考えてから言い出せばよかったかも)
 相羽の方は最初だけきょとんとした様子だったが、すぐに本を閉じた。
「いいよ」
 立ち上がり、先に出て行く。
 純子は富井へ目で合図を送ってから、ともかく相羽のあとを追った。
(こうまでしてるんだから、うまくやってよ! 世話が焼けるんだから)
 廊下に出ると、相羽が立ち止まって、純子を振り返っていた。
「どこに行く? どこも人がいるぞー、これは」
 彼の言葉通り、寒さのせいか、外へ出ずに廊下で騒ぐ子がたくさんいる。
「えーっと……旧館の方に。理科室か音楽室の前なら、きっと誰もいないわ」
「今から? 時間が」
 しまったと思ったものの、今さら教室に戻られても困るだけ。純子は引き留
め策に出た。
「いいじゃない。そんなに長くならないって」
「そこまで言うんなら……早く行こう」
 早足、と言うよりも小走り気味にかけ出す相羽。純子は慌てて追いかけた。
階段を上り下りすること数度、二分とかからずに音楽室前に到着。
 音楽室の前の廊下には、実際、誰もいなかった。そのせいか、気温がさらに
低く感じられる。
「それで用事って?」
「えっと」
 ここに来るまでの間もずっと考えていたのだが、いい案は浮かばなかった。
(一つ、思い付いたけど……これでうまく通せるかどうか)
 疑わしかったものの、もはや時間がない。やっぱりいいわと言い出すわけに
もいかず、純子は話し始めた。
「あのさ、相羽君。この前やった新しい手品だけど、種、教えてくれない?」
「……そんなことのために、わざわざ音楽室まで来たの?」
 腕をさすりながら、怪訝そうな表情をなす相羽。
「だ、だって、他に人がいたら、絶対に話したがらないでしょうが」
「一人でも、だめだよ。教えない」
 ここまでは、まあ、予想通り。純子は、半ば出任せを続けた。
「じゃあ、私が考えたやり方、聞いてよ」
「え? 解けたの? ヒントなしに?」
 ぼんやりした目がぱちっと開かれ、ついで、嬉しそうに細められる。
「合っているかどうか、分かんないけど」
 相羽が乗ってきたので、一安心する純子。
「じゃあ、言ってみてよ」
「えーっとね、一枚引かせてから、後ろを向いたじゃない? そのときに、手
に持ってるカードを全部見るのよ。選ばれたカードはないんだから、それで分
かるわ。次に、手元のトランプを別のトランプ一組と取り替えちゃう。もちろ
ん、裏の模様は同じやつ。その中から当てるカードを急いで見付けだし、裏返
しておくの。これを、いかにも元のトランプのように思わせて、私達に見せる。
戻されたカードは分からなくなって、初めに裏返しておいた一枚が−−」
 純子は喋るのをやめた。相羽が、くすくす笑い始めたからだ。
「な、何よ。笑うなんて」
「いや……よく考え出すなあって、感心してたら、段々おかしくなってさ」
「……やっぱり、間違ってるのね」
 ぶすっとした物言いになる純子。だけど、自分が考えたやり方が外れなのは、
ある程度予測していた。
「うん、残念ながら。確かに、今言ったやり方でもカードを当てて、その一枚
だけを表向きにしておくことはできるだろうけど……時間がかかりすぎるよ」
「あ、そうよね」
 と、口では答えたが、内心は違う。
(分かってたけど、成り行きで言ってるんだから、しょうがないじゃない!)
「ヒント、出そうか」
「え、い、いい。いらない。自分で考える」
 もう充分、時間を稼いだはず。切り上げる頃合いだ。
「そ、それより、そろそろ戻らないと、ぎりぎりになる」
「−−そうだね」
 相羽は言うなり、純子の手を取った。
「あ、相羽君?」
「廊下、溶けた雪があって濡れてるから注意しないと。誰もいないから、いい
だろ?」
 そうして並んでかけ出す。
(郁江、うまくやったかしら……)
 純子の頭の中は、滑らないよう足下を注意するどころではなかった。

 バレンタインに振り回された一日も暮れ、下校時間が来た。
「郁江、どうだった?」
 校門を出たところで、やっと話す機会を得て、純子は富井に尋ねた。
「それがねえ、笑っちゃうのよ」
 雪はあれからまた積もり、さくさくと足下で音を立てている。その音に重ね
るように、富井の笑い声が起こった。
「何かおかしいこと、あった?」
「純ちゃんが相羽君を連れ出してくれたでしょ。そのあと、私、相羽君の机に
近付いてチョコを入れようとしたら、他に何人もそういう子がいてさ! 二組
以外の女子もいたわ。みんなで顔を合わせて、思わず苦笑いよ」
「あははっ! そんなことになってたんだ? 傑作!」
 一緒になって笑う純子。
「久仁ちゃんもいてさ。あんたもまだだったの、なんて!」
「そっか、久仁香も相羽君狙いだっけ。町田さんも多分、そのはずだったよね」
「町田さんはどうだったんだろ? そのときはいなかったから、もう渡してた
のかなあ。そうそう、遠野さんがいたのが、ちょっぴり意外だったかな」
「ああ、なーるほど」
 一人うなずく純子。
(遠野さんなら、絶対に手渡しはできないよね。チョコをあげるのだって、一
大決心だったと思うな)
「それで結局どうなった? 遠慮しちゃった?」
「とんでもないっ。ライバルと言えど、目的は同じ。みんな仲よく、机の中に
入れたよ。たくさん集まったおかげで、かえって男子の目はごまかせたし」
「そうなの? ふうん。きっと、相羽君、びっくりしてただろうね。ちょっと
席を外した間に、机の中がチョコだらけになってるなんて!」
「だよね! ……私は一応、少しでも目立つように、手前の方に置いたんだけ
ど、気付いてくれたかな」
 富井がいつになく真面目な調子になるのを目の当たりにして、純子はふと、
昼休みの相羽と勝馬との会話を思い出した。
(あいつの好きな子って、誰だろう? 郁江や久仁香も応援してあげたいけど
……二組だけでも相羽君狙いの友達、たくさんいるみたいだもんね。二人だけ
を後押しするの、やめた方がいいのかな。今日の呼び出しはたまたま、みんな
のためになったみたいだからいいとしても)
「純ちゃんは、ほんっとうに誰にもあげなかったの?」
 友人の急な質問に、純子は後ろに転びそうになった。足下の注意がおろそか
になりかける。
「−−っと。あ、危なかったぁ」
「気を付けなよ。それとも、動揺したとか?」
「違うったら!」
「私、どうも気になってるんだぁ。そのポケットの中」
 指さしてくる富井に、思わずポケットを押さえる純子。
「何となく、膨らんでるようだけど、チョコレートじゃないの? 持って来た
ものの、渡せなかったっていうパターン」
「そ、そんなんじゃないわよ」
 知らんふりして、歩調を速める。が、富井の方は、純子の態度からかえって、
ここがつぼだと気付いたようだ。
「じゃ、見せて。何が入ってるのかなあ」
「嫌。見せたくない」
「何でよぅ? 私は正直に打ち明けてるのに」
「そっちが独りでに喋ったんでしょ。それに、言ったら笑うもん」
「笑う? そんなに面白いことなら、なおさら聞かなくちゃ」
 意地悪く笑みを浮かべる富井に、純子はげんなりしてしまった。
「−−もう、やっ」

 箱の包みを開けると、チョコと併せて、一枚の便せんが出て来た。水色がか
った紙に、青い線が引いてある。
「見せて見せて!」
 横合いから富井が覗き込んできた。
「待ってよ、私だけに宛てたものなんだから」
 富井から便せんを遠ざける純子。
 友人のしつこさに折れた純子は、彼女に家まで来てもらった。自分の部屋で
二つの包みを開けるから、そのときに見ればいいというわけだ。ただし、他の
人に言ったらだめと、釘を刺しておくのは忘れない。
「……あぁ」
 一読して、手紙を投げ出そうとした純子だが、それは思いとどまった。
「どうだった? 誰から?」
「予想してなくはなかったんだけど……女の子から」
「うわあ、やっぱり。宛名が古羽相一郎様だもんね」
 楽しんでる風の富井。純子の巻き込まれた状況を面白がっているのは明白だ。
「ね、何年何組の子?」
「そんなことまで言えないわよ。向こうの気持ちも考えてあげないと」
「何? それじゃあ、純ちゃん。本気で受けるとか?」
「冗談じゃないわ。ただ、名前は言えないってこと。せめて、この子に会って、
話してからじゃないと」
「そんな深刻に受け取らなくてもさあ、どうせ面白半分に決まってるって」
 富井は出て来たチョコを眺めながら、軽い口調で言う。
 チョコレートは大型の板チョコに、ホワイトチョコで「S・FURUBA命」
と文字が描かれていた。
「いや、やっぱ、本気かも」
「どっちなのよ?」
「いいから、次、行こう。もう一つの方、開けてみてよ」
「全く……」
 嫌々ながら、純子は袋の方を開けにかかった。
 こちらには差出人の正式な名前はなかった。カードが一枚。
(『古羽相一郎ファンクラブより』だって。ふう、どうやら、こちらは完全に
面白がっているだけみたいね)
 チョコの方も、市販の一口チョコを詰め合わせただけの物だ。
「こっちなら見てもいいと思う」
「どれ。−−ふうん、ファンクラブねえ。本当にあるのかしら?」
 富井はカードとチョコを交互に見ていた。
「まさか。もしもあるんなら、相羽君に教えてあげようか」
「それ、いいな。私もファンクラブに入っちゃって、作者の相羽君の方とお近
づきになる、なんて」
 きゃっきゃ言って、一人喜んでいる富井。その笑い声が収まると、一転して
真顔になった。
「それで、そっちの女子の方はどうする? ないとは思うけど、万が一、本気
だったら」
「分からない内からあれこれ言ったって、意味ないわよ。……本心では慌てて
いたんだけどね、私」
 虚勢を張ってから、ちらっと舌の先を見せる純子。
「郁江が一緒にいてくれたからかな。案外、冷静」
「私でも役立ったってこと? 強引に着いて来た甲斐、あったんだ」
「調子いいんだから。−−とにかく、これをくれた子に会ってみるつもり。面
白半分なら、まあ、腹は立つけど笑って済ませられる。本気だったときは、断
ればいいんだし」
「しつこかったりして」
「郁江! 縁起でもないこと、言わないでよっ」
 純子は苦笑いしながら、身震いのポーズを取ってみせた。
「ま、頑張って」
「何を頑張るって言うのよ……あ!」
 不意に声高に叫んだ純子。忘れていたことがあった。
「どうかした?」
「う、ううん。何でもない」
 首を細かく振って、ごまかす。
(お父さんにあげるチョコ、買いに行くつもりだったのに……忘れてた)
「何か気になるわねえ」
 顔を背けた純子に、富井が不思議そうに言った。
 純子は手の平いっぱいに一口チョコを抱え、富井に向き直った。
「それより、このチョコ、食べる?」


−−つづく




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE