AWC 【OBORO】 =第1幕・花鳥風月=(6)  悠歩


        
#3818/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/ 4/ 3  23:44  (190)
【OBORO】 =第1幕・花鳥風月=(6)  悠歩
★内容
「じゃ、次は音風(おとかぜ)お姉ちゃんのばん」
 ようやく自己紹介の順番が、パジャマの少女にまわされる。
 優一郎は、少女へ視線を送って話し始めるのを待ちながら、その様子を観察した。
 髪の色は他の姉妹たちに比べ薄く、蛍光灯の光に淡く茶色に輝いて見えた。長い
その髪を一本に編み込み、肩から前へと垂らしている。
 水色のパジャマには、二種類の青系統でチェック模様が施されている。そしてと
ころどころに、可愛らしい動物たちのイラストがプリントされていた。
 羽織ったカーディガンは淡いピンク色。
 肌は麗花以上に白かったが、こちらはとても弱々しい印象を受ける。
 美鳥や妹の真月の元気さを見せられた後では、なおさらだった。
 少女が話し出すのを待って、しばらくの間沈黙の時間が経った。けれど音風と呼
ばれた少女は、一向に口を開く気配がない。
 箸を起き、俯いたまま拳を膝に置き、ずっと動かない。
「あのね、音風お姉ちゃんは、おはなしがにがてなの」
 無口な姉を庇うように、真月が沈黙を破った。
「ごめんなさいね。この子は三女の音風。14歳の中学二年生なんだけど………生
まれつきからだが弱くて、夏休みに入ってからも微熱が続いていて、さっきまで眠っ
ていたの。
 せっかく優一郎さんの来てくれた最初の日だから、一緒に食事させようと思った
のだけれど、無理みたいね」
 最後の方の言葉は、音風に向けられていた。
 音風は弱々しく頷き、「ごめんなさい」とようやく一言だけ発し、食卓を去って
しまった。
 みると音風の前に並べられて食事には、箸をつけた様子は全くなかった。



 冷えた缶コーヒーを手に、田邊克俊は公園のベンチに腰を下ろす。
 時刻は午後一時を過ぎたばかりだったが、遠くに二人ほど見える以外、周囲に人
影はなかった。この辺りには田邊の受けているゼミの会場となっている大学と、大
きなホテルが一つ、あとは中小の会社が幾つか存在しているくらいで、ここに来る
ような住民はいないのだろう。
 昼休みを過ぎた時間帯に、公園でのんびりするような人間は、他にいない。
「まったく、無駄な時間を過ごしたもんだ」
 不機嫌に呟くと、田邊は缶のプルトップを引き上げ、冷たいコーヒーを一気に飲
み干した。
「あんな基本的な講習に、なんの意味があるんだ。講習料と時間の無駄遣いもいい
ところだ」
 空になった缶を、くずかごに向けて投げつける。
 しかし缶はまったく見当違いの方向へ飛んで行き、二度三度地面にバウンドして
転がった。まだ少し残っていた中身をまき散らしながら。
 それがまた、田邊の気分を苛つかせる。
「ぼくも迂闊だったんだ。所詮、くず共と受けるゼミが、このぼくにとって有意義
な訳はない。ああそうだ! そもそもぼくが、受験のため特別に勉強する必要なん
て、なかったんだ。いまさら慌てて、受験の為の勉強をするのはくずだ。止めた止
めた、講習会なんて、もう止めだ」
 大声でわめき散らすが、それでもまだ気が晴れない。
「それになんだ! 優一郎の馬鹿は。せっかくの誘いを断りやがったうえ、教えて
やった住所を訪ねても来ないし、電話もよこさない。わざわざぼくの方から、電話
してやっても、留守のまんま。ふざけんな!!」
 たかぶった田邊は立ち上がり、ベンチの後ろの低木の植え込みを蹴りまくった。
「ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって!!」
 しばらくその行為を続け、植え込みを滅茶苦茶に折ると、少し気分が落ち着いた。
 再びベンチに腰を下ろすと、服に幾つもの小さな葉がついているのに気づいた。
 それがまた、気分を悪くさせる。
「ったく、忌々しい」
 乱暴に葉を払い落とした。
「ずいぶん、ご機嫌が悪いようね」
 突然声を掛けられ、田邊は驚いてベンチから落ちそうになった。
「だ、誰?」
 慌てて後ろを振り向いた。
 そこには夏場だと言うのに、濃紺の冬物ジャケットを着た長い髪の女が立ってい
た。
「隣、座ってもいいかしら」
 辺りには誰も座っていないベンチがいくらでもあるのに、田邊の返事も待たず、
隣に腰掛けた。
「私は麗菜(れいな)、師岡麗菜」
 麗菜と名乗る女は、足を組みながら言った。はいているスカートは短く、田邊の
位置からは組んだ足の間から下着が見えた。
「なんなんだよ、あんたは」
 ちらちらと下着を覗き見ながら、田邊は問う。
「ふふふ、あなたにいい話を持ってきたの」
 女が足を組み替えると、一層下着が見やすくなった。明らかに女は、意識的に下
着を見せている。
『この女、イカレているのか?』
 まともな女ではない。そう思いながらも、田邊はその場を去ることが出来なかっ
た。
 改めて女の顔を見ると、かなりの美人だった。その目は、田邊を誘っているよう
に見える。いや、誘っているのだ。だからこそ、あからさまに下着を見せている。
 頭の中に「セックス」という言葉が響き渡った。響き渡った言葉は、やがて頭の
中全てを、そして身体を支配する。
「いい話?」
「そう、くず共や優一郎を、あなたの前にひれ伏させるお話」
「なんで優一郎の名を!」
「あら、あなたがさっき、自分で言ってたじゃない」
 妖しげに女が笑うと、田邊は全身の血が、下半身の一点に集まるのを感じた。
「ひれ伏す………」
「そう、全ての人間が、あなたにひれ伏すの。優一郎も、クラスメイトも、先生も、
社長も、大臣も。もちろん、全ての女も。あなたを拒む事は決して出来ない」
「全ての人間が、ひれ伏す………どうすればいい?」
「私とね。寝るの………セックスするの」
 とうてい信じられる話ではない。
 当然、信じてはいなかった。
 もしかすると、この女は危険な病気を持っているのではないか?
 だが欲望は理性に勝った。
 田邊の下半身はまだ経験のない、女性の中を想像し、強く求めている。
「い、いま、お金は持っていないんだ」
 震える声でそう言ったのが、最後の理性だった。
「そんなもの、欲しくないわ」
 田邊の理性は、完全に消えた。



 ざあっ、と音を引き連れ、幾筋もの湯が白い肌を打った。
「まったく、薄汚い小僧が」
 バスルームの外のベッドまで届かない声で、麗菜は呟いた。
 シャワーの勢いを強くし、さらに声が訊かれぬようにする。
「本当に気持ちが悪いわ。でも、入れて十秒と保たなかったのが、せめてもの救い
だけど」
 麗菜はシャワーを自分の股間へと宛う。
 強い水流に押し流され、お湯と共に白濁した液が流れ出る。
「中に、出させる、ほど………案外、気に入って、いたんじゃ、ないの、か…」
 麗菜一人しか居ないバスルームに、切れ切れの男の声が響く。
 麗菜をからかうように。
「やめて、兄さま。あんな男、触れられるだけで鳥肌がたつわ。でも、こうしない
と効果がないの………」
 悲しそうに麗菜は顔を伏せる。
 秘部から逸らされたシャワーが、直接タイルを叩いた。
「分かって、いる。冗談、だ………すまない、れいな」
「ありがとう、兄さま」
 兄と呼ぶ者の言葉に元気づけられ、麗菜はシャワーを躰に戻した。
 田邊に触れられた箇所全てを、強く擦る。一切の痕跡全てを洗い流そうとするよ
うに。「私に本当に触れていいのは、兄さまだけ。私を本当に抱いていいのは、兄
さまだけ」
「だが、俺は、お前を………抱けない。触れる、ことも……出来、ない」
「いいの………こうして、いつも近くにいてくれるだけで、私は幸せなの」
 そこで会話は途切れた。
 シャワーの音だけが、周囲を支配する。
「そろそろ時間かしら。兄さま、少し力を貸して下さいね」
 麗菜は躰にバスタオルだけを巻き付け、ベッドルームへ向かった。

 愛撫もなにもなく、挿入とほぼ同時に射精を迎えた田邊は、さも大仕事を終えた
後のようにベッドに仰向けになっていた。
「あ、麗菜」
 ものぐさに頭だけを上げ、麗菜を見る。
 たたった一度きり、十秒にも満たない交わりを持っただけで、馴れ馴れしく呼び
捨てにする態度に、麗菜は不快になる。
 裸体にバスタオル一枚の麗菜に、田邊の貧弱なペニスが再び反応を示した。
「ねえ、もう一回………いいだろう」
 田邊はのろのろと、その薄汚い身体を起こす。
「もう、時間がないわ」
 麗菜はベッドの横の時計をちらりと見やり、冷たく言った。
「時間がないって、何か用事でも?」
「いいえ、あなたの時間よ」
 突然田邊は、喉を抑えベッドの下に転がり落ちた。



 焼け付くような痛みが、田邊の喉を襲った。続いて呼吸が止まる。
「があっ」
 喉を掻きむしるが息が出来ない。
「き、きさまあ………何を、した」
 麗菜は何も応えず、口元に笑いを浮かべ、田邊を見下ろしている。
『毒か? 謀られた』
『しかしいつの間に?』
 やはりこの女は、イカレていた。
『死ぬのか、ぼくはこんな死に方をするのか』
 怒りが身体を支配する。
「ち、畜生」
 力を振り絞り立ち上がる。
「殺して、やる……」
 女に飛び掛かり、首を絞めようとした。たが………
「兄さま、お願い」
 冷静な声で呟き、麗菜はすっと右手を伸ばして田邊の頭を掴んだ。
 田邊はその手を無視して突き進もうとするが、全く動くことが出来なかった。
 全力で押しても、麗菜の腕を腕を押しきることが出来ない。女とは思えぬ力で、
押し返してくる。
「く、そ」
 田邊は両手の爪を麗菜の腕に立てる。が、食い込ませる事も出来ない。
 ガラスのように固い、麗菜の腕。つい先刻、ベッドの上で触れたものとは、まる
で違う。
「ぐうっ…う、うわっ」
 今度は田邊の全身を、激痛が走り抜けた。同時に麗菜の腕が、田邊の身体を突き
飛ばした。
 田邊は後方の壁に叩きつけられ、床へ崩れ落ちた。
『畜生、なんでぼくがこんな目に』
 痛みに続き、身体中が焼けただれて行くような熱さに襲われる。
 このまま死んでしまうのか?
 どうして?
 視界がぼやけて行く。苦痛のためか、涙のせいか、もう判断することが出来ない。
「言ったでしょ」
 薄れ行く意識の中に、冷たく女の声が響く。
「みんながあなたの前に、ひれ伏すようにしてあげるって。でもね、何かを得るた
めには、リスクが伴うものよ? そんな事も考えなかったの?
 そのかわり、その苦痛に耐えて生き残ることが出来れば、素晴らしい世界が待っ
ているわ。せいぜい、頑張りなさい。私もこれ以上、手間は掛けたくないし、ね。
 力を得たら、やるべき事は自然と見えてくるでしょう………じゃあ、私は帰るか
ら」
 ドアが閉められる音が聞こえたような気がした。しかし、それを確認することな
く、田邊の意識は深い闇の中に沈んで行った。




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