AWC そばにいるだけで 5−4   寺嶋公香


        
#3789/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 3/11  18:48  (200)
そばにいるだけで 5−4   寺嶋公香
★内容

「藍ちゃん、元気ないね?」
 純子は心配になって、手をつないでる相手に話しかけた。
「そうかなー」
 顔を上げることなく、沈んだ口調で答える藍ちゃん。
 相羽のコーチ役の一人を言い渡された純子だけど、さすがにすぐさま一年生
の世話を放棄するのは気が引けて、こうして滑っているところ。そのすぐ横で
は、国奥と立島が中心になって、相羽を教える輪ができている。
「どう見たって、元気ないわよ。どうかした?」
「何でもない、よ」
 返事には、不機嫌そうな響きがあった。
 純子はちょっと迷ってから、口を開く。
「当ててみせようか。圭君が、あんまりうまく滑られなかったんでしょう?」
「うん……」
「やっぱり。かっこよくなくて、元気なくしちゃったんだね」
「……私、がっかりしちゃった」
「前も言ったけどさ、何でもできる人なんていないよ。それに、スケートは初
めてなんだから、うまくなくたって当たり前。そう思わない?」
「圭君は違うと思ってたのにー」
「ね、藍ちゃん。いいこと教えてあげる」
「いいことって?」
「誰でも練習しないとうまくなれないのは、分かったでしょう?」
「うん」
「あなたがばかにしてたおにいさんだってね、ほら、あんなに練習してるのよ」
 と、その方向を手で示す純子。藍ちゃんは両方の目をぱっちりと開いた。
「ほんとだー」
「きっと上手になるわ。圭君も練習したら、すぐにうまくなる。そうしたら、
また元の格好いい圭君だよね」
「うん!」
 勢いよくそう言った藍ちゃんが、弾みで転びそうになったので、純子は急ブ
レーキをかけて支える。
「ほら、気を抜かないの」
「……涼原おねえさん、上手」
 改まった口振りになって、まじまじと見上げてきた藍ちゃん。
「圭君に教えたげてほしい」
「藍ちゃんはどうするの? まだ一人じゃ危ないでしょ」
 圭君思いの一年生をかわいく感じながらも、純子はそう答えた。
「私はいいですから」
「いいことないでしょ。そうだっ、いい考えがある。」
 ぱっと閃き、純子は、今度は藍ちゃんの両手を取り、引っ張る形で後ろ向き
に滑り始める。
「いい考えって?」
「私が、藍ちゃんにみっちり教えて上げるから、藍ちゃんは早く上手になって
ね。そうしたら、今度は藍ちゃんが圭君に教えてあげるの。いいと思わない?」
「−−思う、思う!」
 小さな笑顔を間近で見て、純子も自然に笑みがこぼれた。
「よし、じゃあ、基本的なことから」
 と、停止して、詳しく教え始めようとする。そこへ−−。
「曲がらないっ」
 相羽のひきつった声が聞こえて、そちらを向けば、すでに近距離まで接近さ
れているではないか。滑り出せたのはいいが、止まることも曲がることもでき
ず、人垣を破って、飛び出してしまったのだ。
「ど、どいて!」
 要求に応えるには余裕がなさすぎた。二人の間は、どんどん狭まっていく。
(冗談でしょ!)
 純子はせめて巻き添えにならないようにと、藍ちゃんの背をそっと押してや
るだけで、自らは一歩も動けない。
(ぶつかるっ)
 と思うと同時に、それは現実になった。
「痛ーいっ」
 ほとんど真後ろに倒れた純子は、肘とお尻の痛みに、声を上げる。特に肘の
方は、左右ともじーんとしびれる感覚があって、すぐには動けない。
(いたた……肘が。で、でも、頭を打たなくて、よかった。−−え?)
 この体勢で転倒したのなら、後頭部を多少とも打ってしかるべき。それなの
に、ちっとも痛くない。
 不思議に感じて純子が横目で見ると、相羽の左手が自分の頭を後ろから抱え
る形になっているのが分かった。
「おーい、大丈夫か!」
 立島達がようやく駆けつける。
「う、うん……大丈夫」
 身体を起こそうとして、初めて気付いた。相羽の右手が。
(胸、触ってる!)
 重ね着しているため、すぐには分からなかった。
「いやっ、エッチ!」
 叫んで、反射的に手が出る。しびれがまだ続いていたせいで手元が狂い、手
首の固いところが、相羽の耳の近くに当たった。
「は、早く、どいてよ!」
 上半身だけ起こした姿勢で純子が叫んでも、相羽は小さい声でうめくばかり
で、立ち上がる気配がない。
「い、いつまで抱きついてんだよ、相羽っ」
 すぐ横まで来た清水が、うらやましさ半分、悔しさ半分と言った体でがなり
立てる。足下ががたがたしているのは、地団駄を踏んでいるようなのだが、ス
ケート靴のおかげでうまくできないらしい。
「……ぃてぇ……ご……めん」
 やっと聞き取れた相羽の声。
「様子が変だよ」
 純子を引っ張り起こしながら、町田が言った。
「相羽君、どうしたの?」
 例によって例のごとく、富井と井口が、うずくまったままの相羽の背中へ、
揃って声をかける。
「……ひ、ざが……入っ……」
「え? 何?」
「……膝……入った、みたい……」
 何のことだか、いまいちよく分からない。
「男だけにして……頼む」
 顔を上げた相羽。何とか喋れるようになったらしい。まだ苦しげであるが。
「悪いけど……女子は、いい」
 この言葉に、その場にいた女子は顔を見合わせた。
(な、何よっ。自分からぶつかってきといて、胸触って、勝手に痛がって。お
まけに、女子はいいですって?)
 よほど、そう叫んでやりたかった純子だったが、相羽の痛がりようが普通で
なく見えたから、すんでのところで我慢。
「なるほどな」
 立島が言った。その表情からすると、何やら察したらしい。
「分かった。おーい、みんなで連れて行こうぜ。リンクの外に出して、寝かせ
なきゃな。そうしたいんだろ、相羽?」
 対して、弱々しくうなずく相羽がいた。
 勝馬に両脇を抱えられ、おぼつかない足でどうにか立ち上がった相羽は、し
かしすぐに身体を二つに折るような姿勢を取った。その格好のまま、立島に腕
を引かれて、リンクの縁へと連れて行かれる。
 そしてリンク外にふらふらしながらも出ると、壁際に寄せてあるベンチに横
たわり、片腕を額の上に置いて、苦しそうな表情を続けていた。
 見守っていると、清水と大谷が苦笑しつつも駆け出し、先生を呼んでくる事
態に。どうしたわけか、担任の福谷先生ではなく、他のクラスの男の先生だ。
「純ちゃん、何をしたのよぅ」
 詰問のごとく富井が言ってきたので、純子は心外とばかり、大声で言い返す。
「何もしないわよ! あいつがぶつかってきて、一人で痛がってるんだから!」
 さすがに、胸のことは言わずにおく。
 純子の迫力に気圧された様子の富井に代わり、町田がまた首を傾げながらつ
ぶやいた。
「だけど、どう見たって、あの痛がり方は普通じゃないわ」
「知らないわよっ」
 かっかしてきた純子は、その場を離れ、藍ちゃんへと近づいた。この一年生
は、純子達が騒いでる間中、ずっと心細げに立っていた。
「おねえさん……平気だったー?」
「うん、私は平気。それよりごめんね、藍ちゃん。恐い思い、させちゃって」
「恐くなかったけど……おねえさん、あのおにいさんのこと、嫌いなのー?」
 思わぬ質問をされ、内心、慌てる純子。
「き、嫌いじゃないけど。どうして、そんなこと聞くのかな」
「だって、怒ってた。けれどねー、あのおにいさん、スケート下手でも、いい
人だって分かった」
「あら、どうしてよ」
 今、相羽のこととなるとつい、つっけんどんな口調になるのを気にしながら、
純子は聞いた。
「おにいさんの手が、涼原おねえさんの頭を守ってた。ごっつんこしなくて、
すんだんだよー」
「え−−ええ、そうね。それぐらい、当たり前なのよ」
「そーかなー?」
「向こうからぶつかってきたんだから、そうなのよ」
 出任せを言いながら、純子は作り笑いをする。
「さ、それよりも、時間がもったいないよ。うんと練習して、うまくならなく
ちゃね。さっきのおにいさんみたいなことにならないためにも」

 先の騒ぎから二十分弱、六年が一年に教える時間も終了。自由時間になった。
 自由時間になっても、リンクに出て来る様子のない相羽が、純子はまた気掛
かりになり始める。それでも、直接見に行くのは癪なので、立島の姿を探した。
「邪魔して悪いんだけど……」
 休憩中で、前田と話している立島に、おずおずと声をかける。
「邪魔じゃないよ」
 立島が応じてきた。ベンチに両腕を垂直に立てて座り、足を投げ出している。
「あ、あいつ、どうしたの?」
「あいつって、相羽のこと?」
 含み笑いを返してくる立島。
「そう。さっきからずーっと、見かけないから」
「まだダウンしてるんじゃないか」
 答える立島の右横で、前田が笑いをこらえるように咳をした。きっと、立島
から経緯を聞いたに違いない。
「まだ? わ、私が言うのもおかしいけど、大げさな怪我になるはずない……」
「あれは怪我と言うよりも……打ち身だ」
「動けなくなるほど?」
「今は、身体は起こしてると思うよ、相羽の奴。スケートするには、もうしば
らくかかるな、多分」
「どこを打ったの? そんなに……」
「心配なら、自分で見てくればいいのに」
「私は別に、心配なんて」
「してるじゃないか? ほら」
 立島が指差してきたので、純子は「え?」とつぶやきながら、相手の指が示
す先−−自分の胸元を見た。
 意識せずに、お祈りする形に手を組み合わせていた。
「−−こ、これは」
 急いで両手をほどき、言い訳を考えるがうまく行かない。
 言い淀む純子へ、前田が言葉をかける。
「私はその瞬間を見てなかったけど、凄く痛がってるんでしょう?」
「……そうみたいだった」
「相羽君はスケート初めてで、一生懸命練習してたんだってね。原因はどうで
あっても、この場合は、あなたからも、相羽君へ一声あっていいんじゃない?」
「……一言、あいつに言うんだったら、決まってるわ。『ばか』って」
 純子の答に、眉をしかめた前田。かまわず、純子は続けた。
「練習するのは結構。でも、その理由が、女子の前で恥をかかないようにって
いうのが、間違ってる」
「本気で信じてるの?」
 意外そうに声を上げたのは、立島。
「練習始める前、誰かがそんなこと言ってたけど、あれは冗談。本当はあいつ、
一年生に何にも教えられないのを気にして、必死になってたんだ」
「そ、そうなの? ふうん。でも、でもさ。人にぶつかっといて、謝りもしな
いで、痛がって」
「相羽はちゃんと謝ってたぞ。うめきながらだったから、聞こえにくかったん
じゃないか。『ご……めん』ていう感じだった」
「そ、そうだった?」
 予想外の証言に、口を押さえる。
(あのとき、頭に血が昇ってて、ほとんど聞いてなかった……)
「−−私……行ってくるっ」
 スケート靴のまま、どたどたと駆け出す純子。と、ぴたりと足を止め、立島
達を振り返った。
「あの、藍ちゃん−−私の相手の一年生の子がもしも来たら、待ってるように
言って。お願い!」
「オッケー。行ってらっしゃい」
 目を細めた前田が、肩の高さで、小さく手を振った。

−−つづく




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