#3788/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 3/11 18:46 (181)
そばにいるだけで 5−3 寺嶋公香
★内容
「うん。一緒に行く。静かにしてたら、いいんでしょー?」
「そっか。じゃ、行こう」
自分の靴を履き終え、純子はバランスを保ちつつ立ち上がると、藍ちゃんの
手を取った。スケート靴の刃でごとごと音を立てながら、相羽に接近。
「困ってるみたいね?」
純子が声をかけるや否や、相羽は振り返り、途方に暮れた目を向けてきた。
「あ、す、涼原さん。教えてくれっ。このままじゃ」
「見てたから、分かってるって。落ち着いて。目安としてはね、普段の靴のサ
イズから五ミリ引いたのを借りるの」
「そ、そうなんだ? よし、行ってくる。−−あ、悪いけど、この子、見てて。
村田洋司君ていうんだ」
言い捨てると、慌ただしい足取りで貸し靴のカウンターへ飛んで行く相羽。
相羽は順番待ちの列の最後尾に着き、足踏みをしていた。
(まだ時間あるから、そんな焦んなくていいのに)
やれやれと息をついていると、下の方で話し声がする。
「鈍くさい人と組まされてるー」
「そ、そんなことない……。あのおにいさん、きちんとしてくれてる」
藍ちゃんと洋司君は、それなりに仲がいいと見受けられる。
つい微笑ましくなった純子を、藍ちゃんが見上げてきた。
「涼原おねえさん、さっきの人、だめ男でしょう?」
「え? あはは、そんなことないわよ。スケートはだめみたいだけどね。二学
期は委員長してたんだから」
だめ男とはあんまりだと感じて、純子は相羽の弁護をしてやった。
藍ちゃんはとても信じられないとばかり、きゃんきゃんと声を張り上げる。
「嘘よー、そんなのー」
「ほんとよ。どうしてそう思うの?」
「委員長は何でもできるんだよー。私の組の圭(けい)君、勉強は何でもでき
るし、かけっこいつも一番だし、ドッジボールだって、水泳だって」
一年生の力説の最中、相羽が戻って来た。
「やっとだ。さあ、洋司。足、出して」
「はい」
靴を脱がないまま、右足を前に出す一年生に、相羽はいらいらした手つきで、
靴を脱がせにかかった。
「このおにいさん、顔はいいけど、勉強もスポーツもだめっぽい」
さすがに声量は落としたが、相変わらず言いたい放題の藍ちゃん。
「そんなことないの。一つや二つは欠点−−だめなところがあるのが普通なの
よ。ねえ、藍ちゃん?」
「何なに?」
「さっき言った委員長の、圭君だったっけ。その子だって、スケート、だめか
もしれないわよ」
「圭君はうまいに決まってるわ」
「その子、スケートは初めてじゃないの?」
「そうだけど……でも、絶対にうまいってば」
言い張る一年生女子を見ていると、純子はまたおかしさがこみ上げてきた。
リンクには、まず六年生が降り立つ。一年生は、周囲の青い柵に鈴なりにな
って、見学する格好。
「す、す、滑るっ」
純子の位置からは遠いのでよく聞き取れないが、相羽はやはり、苦戦してい
るらしい。じっと立ったままでいられないみたい。
気になって、そちらを注意しているそばから、氷の上にぺたんとへたり込む
相羽の姿が確認できた。
(あちゃぁ……。先行き暗いなぁ)
最前、一年生相手に弁護した手前もあり、笑いつつも心配してしまう。気に
なって、フェンスをぐるりと見渡してみたが、滑りながらでは、藍ちゃんの姿
を見つけるのは簡単でなかった。
リンクの端から端まで直線で往復して、六年生の出番はひとまず終了。
代わって、一年生がリンク内へ。
「藍ちゃん、頭だけはぶつけないようにね」
「わ、分かってる」
藍ちゃんの台詞が詰まったのは、寒さのせいばかりではないだろう。緊張し
ているに違いない。その証拠に、目がおどおどしている。
「ほとんどの人が初めてなんだからね!」
そう励まして送り出すと、純子はフェンスの縁に両腕を乗せた。
「どの子?」
隣に着いて、唐突に聞いてきたのは富井。さらに町田や井口も集まる。
純子は、リンクの一角を指差しながら答えた。
「あの子。藍色の帽子を被った藍ちゃん。手袋も藍色で、分かりやすいでしょ」
「うん、いた。かわいらしいじゃない。運動神経よさそうな子でいいなあ。こ
っちは、ちょーっと太めなのよね」
「どの子なの?」
「あそこ。今、横の子にしがみついた。ほら、まん丸って感じの。赤いほっぺ」
「分かった。た、確かに……いい体格してる」
呆気に取られるほど、まん丸とした女の子が確認できた。白いセーターのせ
いで、雪だるまを想像してしまう。
「でしょう? 細山丸美(ほそやままるみ)っていうんだって。こっちも結構、
分かりやすい」
「私なんか、すっごい勝ち気な子の相手させられてるのよ。あーあ、今だって、
力だけで進もうとしてる……」
今度は井口だ。見れば、スケート靴の刃を氷に突き刺さんばかりにして、歩
こうとする子がいた。すぐに分かる。
続いて町田が、ため息混じりに言った。
「みんな、まだましかもね。私が相手してるの、口が悪いのよ。『履かせろー』
とか『おっせーなー』とか。男の子みたいな喋り」
「あは。手こずりそうね」
散々、好きなこと言っている間にも、一年生達は進んでいく。が、そのスピ
ードは六年生の半分にも満たないだろう。一番速い子が、ようやくリンクの中
央に到達したところ。大半の子が、前に転ぶのを両手をついて防いだり、尻餅
をついたりしている。
(どの子が、委員長の圭君なのかしら)
なんて思いながら、純子は眺めてみるも、分かるはずがない。藍ちゃんに目
をやっても、自分のことで必死らしく、参考にならなかった。
「そうやって、後ろに蹴り出す感じで」
「うん。それで?」
背中の方から、勝馬と相羽の会話が聞こえた。純子達四人が振り返ると、斜
め右に二人がいた。勝馬が相羽にレッスンしている。
「床の上でやっても、意味ないんじゃないか」
その手前で立島が、どうしたものかとばかり、首を振っている。さらにその
傍らに座った清水と大谷が、にやにやと笑ったり、手を叩いたりして冷やかす。
「それにしても、意外。相羽君がスケートできないなんて」
町田が小首を傾げる仕種をすると、井口が反論。
「できないんじゃなくて、初めてなんだってば」
「あぁ、そうだった。けど、これまでのクールな印象が壊れちゃうな」
「何とかして、うまくなってもらわないと」
理屈も何もなく、思い込みだけで無茶苦茶を言うのは富井。
「うまい子に教えてもらうしかないでしょうね」
「自分がうまかったら、教えてあげるのにぃ」
「だよねえ」
富井と井口がうなずきあって、残念がっている。二人とも、そこそこできる
程度で、まだ教えるよりも教えられる方に分類されるだろう。
「クラスでうまい子、誰がいた?」
「男子ならあの二人、立島君と勝馬君になる」
「できれば、女子の誰かが教えたらさ、私も近くにいられるっ」
「それ、いいな」
富井の意見に、すかさず同調する井口。
(全く、自分の都合だけで言ってるんだから……)
辟易した気分になり、純子は白いため息をついた。
「女子でうまいのは……」
富井の視線を感じた純子は、大慌てで手を小刻みに振った。
「そこまで面倒見られますか。一対一は下級生相手だけで充分よ。教えたかっ
たら、自分達で教えればいいじゃない」
「一番うまいの、純ちゃんだよ」
「そ、そんなことないって。確か、国奥さんが凄くうまいわよ。去年、見て、
びっくりしちゃったわ。普段の体育で目立たない人だから、印象に残ってる」
「そっか。思い出した」
手を打つ富井達。その目は、早くも国奥の姿を探す様子。
「国奥さんに頼んで、相羽君をコーチしてもらおうっと」
言うや否や、スケート靴で器用に走り、国奥をつかまえ、引っ張ってきた。
「私が、相羽君に教える?」
わけを聞かされ、目を丸くする国奥。
「どうしてそんな話に……」
「あれを見たら、放っておけないじゃない」
井口は、勝馬から教えられている相羽を指差した。雲の上を歩くような足取
りでイメージトレーニングしている。
「男子のがさつな教え方より、私達が優しく教えたげる方が、絶対に、上達が
早いよ」
「教えてあげるのはいいけど、床の上じゃあ、難しい」
国奥は両腕を広げ、お手上げのポーズ。
「それに、もうすぐ一年生、戻ってくるから時間ないわ」
「−−ほんとだ」
そんなやり取りにつられて、リンクへ振り返った純子は、藍ちゃんが両腕を
ぶんぶん振り回すようにしながらも、何とか滑っているのを見つけた。
(滑ってることは滑ってるけど、危なっかしい……。放っておけないわ)
改めてそう思う。
「次は、一年と一緒に滑るから、無理だわ」
「こういうのどう? 国奥さんや相羽君の相手の一年生は私達が見てるから、
その間にたっぷり教える」
「や、やだぁ」
真っ赤な手袋をした手で、両頬を押さえる国奥。顔が赤くなったように見え
るのは、手袋の赤が写っただけではないよう。
「だめ?」
「二人きりだと、何を言われるか分からないから……」
「それじゃあ……純ちゃん、一緒にやったげてよ」
「な、何で、私に話を振るのよ!」
傍観者然として聞き流していただけに、焦りは一段と大きい。
「国奥さんと二人がかりでなら、いいじゃない。藍ちゃんだっけ。あの子は私
達が責任を持って、面倒見るから」
「そんな、放り出すような真似は」
「私達もみんなで周りを滑ってるからさ、放り出したことにはならないわよ」
「あのね」
反論しかけたところへ、どこかに行っていた町田が戻って来て、告げた。
「相羽君達に話を着けたわよ」
「話って?」
国奥が、不思議そうに聞き返す。
「私達が相羽君をコーチするからって言ったら、勝馬君も清水君達も面白がっ
て。本人は嫌そうな顔してたけどね」
「−−ど、どうしてそういう」
純子の抗議は、またも邪魔された。相羽を引きずる格好で、勝馬、清水、大
谷の三人がやって来たのだ。
「こいつ、頼むね」
「俺達が教えても、さっぱり身に着かないらしくて、参ってたんだ」
どう見ても教えてはいなかった清水が、大きな口を叩く。
「僕は」
じたばたする相羽だが、しっかりと両腕をつかまれ、逃げられそうにない。
「遠慮するなって。おまえのことだから、女子の前で恥をかけば、きっとすぐ
に滑れるようになるぜ」
「笑われたくなかったら、猛スピードでうまくならないとな」
ここぞとばかりに、からかい口調で言い立てる清水と大谷であった。
かような流れで、決定は、なし崩し的に下された。
−−つづく