AWC そばにいるだけで 5−2   寺嶋公香


        
#3787/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 3/11  18:45  (199)
そばにいるだけで 5−2   寺嶋公香
★内容

 教室は、机が全て後ろに集められ、広いスペースができていた。床には、後
片付けがしやすいように、新聞紙を敷き詰める。
 代表者の立島と前田がじゃんけんした結果、「先攻」は男子に決まった。
「先攻だと、あとが恐いな」
「でも、手加減したって、あいつら、無茶苦茶投げてくるし」
「だったら、思い切りやるしかない」
 男子のそんな囁き合う声を耳にしつつ、純子達女子は、鬼のお面を額の辺り
に着けた。
「お面、去年と違う。これ、目を守るためかな?」
 被ると顔の部分が飛び出るタイプのお面をした町田は、目の上を覆う位置に
来た透明なプラスチックの板を指で弾いた。
「そうでしょ。あーあ、六年になってまで、節分かあ」
 純子は、早くもげんなりしていた。
「去年、ひどい目に遭ったもんね」
 富井が横で、きししと歯を覗かせる。
「清水達に襟をつかまれて−−」
「やめてよ、思い出したくもないんだからあ」
 頬を膨らませ、富井のお喋りを中断させた。
(襟のところから、豆をたくさん入れられたのよね。冷たくて、ころころして、
おまけに、あとで取り出すのが大変だったんだから。今年は、そうは行かない
から!)
 「復讐」に燃える純子であった。
「準備はいいわね?」
 先生の声に、両陣営とも無言でうなずく。
「じゃ。−−スタート!」
 合図とともに、先生は教卓の後ろに非難。
 豆の入った袋を手に男子が飛び出す。
「鬼はー、外っ! 福はー、内っ!」
 騒がしい声が、一斉に起こる。この時間、他のクラスでも同時にやっている
から、気に咎める必要は全くない。
 男子が賑やかなのに対して、女子は今回鬼役で、逃げるのみ。
「涼原ーっ、待てー」
 今年もまた、清水と大谷が面白がって追って来た。
「逃げるなよー」
「鬼は外って言ってるくせに」
 言い返しながら、必死に逃げる。今年もまたやられてはたまらないという思
いが強い。
「あ、らっ」
 床に転がる大量の豆に、足下をすくわれた。バランスを崩したところを、簡
単につかまってしまう。
「やった」
「背中に入れてやるー」
 その声を聞いた途端、両手で襟口のうなじ側を押さえる純子。身体が勝手に
反応した感じだ。
 ところが、清水はあろうことか……。
「えっ。きゃ、何するのよ!」
「食らえー。ほら、大谷っ」
 純子の服の胸元の方を引っ張った清水は、大谷に豆をぶちまけさせた。
 冬だから、もちろん重ね着しているものの、跳ね回った豆の何割かは、容赦
なく一番下まで潜り込んでくる。
「あーん、やだぁ!」
 一瞬の恥ずかしさのあと、すぐに異物感が肌を伝う。ころころと丸い豆が滑
っていき、くすぐったい。それが連続するのだから、たまらない。
「油断しちゃいかんよ、君ぃ」
 わははと大笑いしながら、豆を使い果たした悪ガキコンビは、逃げ去った。
「こ、このぉ、次、見ときなさいよ!」
 威勢よく言い返したものの、胸元からお腹の辺りにたまった豆の冷たさに、
気持ち悪くてしゃがみ込んだまま。
 裾から手を入れ、追い出そうと試みた。が、まだ男子側の攻勢時間は終わっ
ていない。
「ほら、逃げなきゃ、やっちゃうよ」
 顔を上げると、すぐ目の前に、相羽がいた。
 と、認識すると同時に、豆の攻撃。慌てて顔を伏せると、髪の毛にぱらぱら
と当たるのが分かった。
「やだっ。ちょ、ちょっと、タイム!」
「タイムなーし!」
 ドッジボールと違って、全然手加減してくれない。節分の豆まきとは、そう
いうものだけど。
(それどころじゃないのに。おへそに豆が入りそうで、くすぐったいよ)
「お願い。やめて」
 片手で覆った顔を上げ、我ながら弱々しく、消え入るような声で頼む。
「……」
 するとどうしたのか、相羽は右手に豆を握りしめたまま、その場をすたすた
と離れる。
(−−あら? やめてくれた)
 顔から手をどけ、ぽかんとする純子。
 が、それも短い間のことで、これ幸いと、服の中の豆を出しにかかった。
 その途中で、男子の攻勢時間もタイムアップ。
 純子はほっとして、一旦、壁際に引き返した。
「ほんとの鬼退治なら、純子、死んでるね」
 ほうほうの体の純子に、井口が嬉しそうに言う。
「ぜーったい、仕返ししてやるんだから」
 清水らを横目で追いながら、純子は密かに女子全員の協力を仰いだ。
 床(正確には新聞紙の上)に散乱する豆粒をかき集め、戦場を一旦、きれい
にする。
 そして二回戦のスタート。今度は、鬼役の男子を女子が追い回す番だ。
「いっけー!」
 号令とともに、作戦通り、女子全員で清水と大谷を取り囲む。
「何だよ−−」
 戸惑う二人に口を開く間を与えず、集中砲火。
「わ−−。いててててててっ」
「ちょ、ちょ、た、たたた、たんま」
 へたり込んで頭を抱える二人に、追い打ちをかける。
 相手にされず、拍子抜けした様子だった他の男子達も、状況を知って大笑い。
「よ、人気あっていいなあ!」
「うらやましいぞっ」
 外野が茶化すと、ちゃんと聞こえたらしく、大谷が言い返す。
「じゃ、代わってくれー」
 ……およそ一分後、二匹の鬼は退治された。
 二度目の豆集めも終わってから、清水が負け惜しみを言いに来た。
「きたいないぞ、全員で来るなんて、無茶苦茶だ」
「作戦にみんな賛成してくれたんだから、それだけ憎まれてるってことね」
「来年、覚えてろー」
「来年?」
 純子はくすっと笑った。
「中学になったら、さすがにこんなこと、しないと思うけどなあ」
「あ……畜生」
 歯ぎしりしかねないほど悔しがる清水を置いて、純子は机を戻しにかかった。
「涼原さんの作戦だったの?」
 一つ後ろの席の相羽が聞いてきた。
「そうよ。他の男子にほとんど投げられなくて、残念だけど」
「よくやるよ……」
 呆れ顔の相羽に、純子は席に着いてから振り返った。そして、冗談めかして
話しかける。
「ほんとは、集中攻撃、相羽君にもやってやろうと思ってたのよ。でも、さっ
き途中でやめてくれたからね。許してあげた」
「へえ? 言うこと聞いて助かった」
 相羽の方も、わざとらしくほっと息をついた。
「でも、何であのとき、やめてくれたの?」
 前から回ってきた小さな袋入りの豆−−食べるための豆−−を相羽に渡しな
がら、重ねて尋ねる純子。
「え−−」
 虚を突かれたように口ごもる相羽。彼がさらに後ろに豆を回すのを待って、
純子は聞いた。
「『タイムなーし』なんて言ってたくせに、急にやめちゃうんだもの。助かっ
たけど、気が抜けちゃったわ」
「それは……お願いの仕方が、すっごくかわいかったから」
 不意に相好を崩し、気軽な口調で応じてきた相羽。見れば、歯を覗かせてい
る。
「な、何よ、それぇ?」
「涼原さん、こんな風に縮こまってさ。『やめて』なんて言われたら、やめる
しかないでしょ」
 身振りを交えた相羽の返事に、純子は顔が赤くなるのを意識。
(こ、こいつは〜。とぼけた顔して、しっかり見てるんだから……)
「涼原さんのあんなか弱い喋り方、初めて聞いたなあ」
「ど、どうせ、いつもはか弱くないですよーだ」
 口をいーっとさせ、勢いづけて前に向き直った。
 その背中に、相羽ののんきな声が届く。
「何でむくれるのさ?」

 バスを降りると、乗り込んだ際と同様、排気ガスの匂いがきつく漂ってきた。
この匂いが好きだという友達も少数いたが、純子にはとても理解できない。
「全員います」
 前田と立島が先生に報告し終わり、六年二組の面々も門をくぐって、中に入
る。冷え冷えとしているそこは、スケート場。
 卒業式を除くと、小学校での行事らしい行事も、このスケートが最後。
「藍(あい)ちゃんは靴の大きさ、いくつ?」
 一年生の女の子に目の高さを合わせ、純子は微笑みかけた。
 街を少し離れた場所にある、さして大きくないスケート場を借りて行うので
あるが、六学年がいっぺんに行くには少々狭いし、先生達も大変。そこで、三
日間に分けられる。一日目は六年生と一年生、二日目が五年と二年、三日目は
四年と三年という振り分けになっている。そして、六年生は一年生の面倒を、
一対一で見なければならない。五年生のときは二年生の面倒を見、四年生と三
年生のときは、自由に滑れるのだ。
 五年のときは、相手の二年生も二度目でそこそこ慣れていて扱いやすいのだ
が、今年は大変。スケートは初めてという子がほとんどだから。
 自分と一年生の二人分のスケート靴を借り受け、先に一年生に履かせてあげ
る。自分が先に履いていると、小さい子はどこかに行ってしまいかねない。
「どうかな? 痛くない?」
「うん」
「じゃあ、ゆるゆるしてない?」
「うん」
 靴紐を結んでやってから尋ねる。初めてスケートしに来た子に、靴の具合が
これでいいのか悪いのか、尋ねること自体、あまり意味をなさない気もするの
だが、不手際があったら上級生の責任であり、厄介この上ない。
「えーっ、おまえ、知らないの?」
 純子が自分の靴を履きにかかっていたら、勝馬の声が聞こえてきた。
 ふと見れば、勝馬と向かい合う形で、相羽が情けなさげに手袋を弄んでいる。
「しょ、しょうがないだろ。初めてなんだから」
「意外っ。体育、何でもできるおまえが、スケートしたことないなんて」
「いいから教えてくれよ。結び方はともかく、靴はどんなのがいいんだ?」
「それは−−あ」
 焦りが露の相羽の前で、勝馬は明後日の方を向いている。
「こら! 酒巻(さかまき)! どこ行きやがった?」
 どうやら、勝馬とペアの一年生男子が、姿を消したらしい。上級生のおにい
さんおねえさんが困るのを面白がって、わざと逃げ回るタイプに違いない。
「お、おい!」
 相羽がすがる形で手を浮かしたが、勝馬は下級生を探しに行ってしまった。
残された相羽は、左下へ目線を落とす。手を握っている子は、一年生にしても
小柄で、大人しそう。
「ご、ごめんな。もうちょっと待って」
 一年生に謝りながら、きょろきょろとせわしなく頭を動かす相羽。
(焦ってるなあ。珍しい)
 相羽の慌てぶりを、くすっと笑う純子。ふっと気が付くと、自分が面倒を見
る女の子−−藍ちゃんが真正面に立っていた。
「ん? どうかしたの?」
「何で笑ってるのー」
 目をくりくりさせ、不思議そうに首を傾ける藍ちゃん。
 純子は、まだくすくす笑いながら、答える。
「同じクラスの子が困ってるのを見て、おかしかったのよ」
「人が困ってたら、助けてあげなくちゃー」
「それはそうだけど……」
 純子は少し戸惑いながら、相羽の方を見た。どうやら、彼の親しい男友達は
皆、一年生の世話で手一杯らしく、助けてくれない。
「ねえ、藍ちゃん。藍ちゃんが大人しくしてくれてたら、おねえちゃん、あの
困ってる友達を助けてあげられるの。いい子にしてられる?」

−−つづく




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