#3786/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 3/11 18:44 (200)
そばにいるだけで 5−1 寺嶋公香
★内容
一月は行くと言うように、お正月気分が抜けきらない内に、成人の日を迎え
たかと思ったのはいつのことやら、もう月末。嫌でも、正月らしさが消えてい
く。貯金に回した以外の、手元に置いていたお年玉がどうにかその名残をとど
めているのが、今となってはせめてもの慰み。
「もうすぐ、バレンタインよねーっ」
二月を目前に、女子の間で真っ先に上がる話題。男子がいない時間と場を見
つけては、この話ばかりしている。
月に一度の大掃除で、理科室を割り当てられた純子達女子四人も同様だ。
「今年は最後のチャンスだもん、誰かにあげてみたいなあ」
「あげるとしたら、誰にしよ? 立島君か、六組の近藤君?」
「三組の藤井(ふじい)君もいいんじゃない? この間のマラソン大会で一位、
格好よかった」
「同じクラスの方がいいと思うな、私」
「じゃあ……立島君か鈴木君、それに相羽君になるわよね、最終的に」
「そうそうっ。本命を誰にするか、迷っちゃう」
やり取りを聞き流しながら、純子は呆れていた。
(それって、テストでいい点を取る順で選んでるんじゃないのかなあ?)
「目玉は相羽君ね。転校してきて初めてなんだから、狙ってみる価値あり!」
「だけどさ、鈴木君もね。私立の中学受けるって聞いたから」
「えー? 本当?」
町田がもたらした情報に、みんな声を上げる。すぐに純子が聞き返した。
「どこの中学?」
「真陵中学だって」
中学・高校一貫教育の進学校として、近辺では有名な学校だ。
「中学が別になったら、もうチャンスなくなるかも」
「高校も別々になるのは確実だし」
富井と井口は、迷う素振りを見せ始めた。
純子は別の点が気になり、続けて尋ねる。
「それより、入試はいつなんだろ?」
「はっきりとは分からないけど、来月下旬って聞いた」
「ふうん……。結果の発表は?」
「さあ、そこまでは知らない。三月に入ってからじゃない?」
「もしもだめだったら、同じ中学になるのよね」
「そりゃあそうでしょ。その方がいいの?」
「そんなことない。でも、何だか、いきなり聞いたから……。他にはいないよ
ね、クラスで私立受ける人」
「ううん。案外、いるみたいよ。噂だけど、国奥さんが丞陽女学園、木戸君が
鈴木君と同じ真陵」
「そ、そうなんだ」
「女子校なんてつまんないと思うけど、国奥さんはお母さんの母校だから入り
たがってるみたいね。それから木戸君の方は、お父さんが病院やってるでしょ。
その関係だって」
「レベルが違うもんねー」
富井は面白おかしく言って、純子のそばまで来ると、肩を叩いた。
「気にしても、どうにもならないよ。相羽君は一緒の学校なんだから、いいじ
ゃない」
「どうして、ここでその名前が出て来るのっ。私には関係ない」
「−−どうしよっかなあ、立島君、鈴木君、相羽君」
純子の言葉に刺を感じ取ったのか、話をそらす富井。いじいじして腕が震え
る純子の前で、富井達三人はバレンタインの話に戻った。
「鈴木君ねえ。確かに最後のチャンスかもしれないけど、学校が違っちゃうん
なら、先が見えてるような気もする」
「んー、そうなると……立島君は、前田さんといい感じだから」
「じゃ、狙い目の相羽君にしようかな。でも」
はしゃいでいた三人が、一斉に純子の方を見た。
「相羽君は純ちゃんが好きみたいだもんねえ。悔しいけど」
富井がいつもの調子で茶化してくる。
「そうよね。涼原さんにいきなりキスするぐらいだもの」
「純子の方から相羽君にチョコを渡せば、一発オーケーは確実。勝ち目ないわ」
「ね、涼原さんは相羽君のこと、どう思ってるの? 前は嫌ってたみたいだけ
ど、二学期は委員で一緒でうまくやってたし」
井口に続いて、町田が聞いてくる。彼女らも結局は、相羽のことが気にかか
るらしい。
「どうって。そもそも、最初のあっ、あれはねえ」
誤解を解いて聞かせようとしかけて、遠野の顔が脳裏に浮かぶ。
(いっけない。言ったらまずいんだったわ)
純子は続けるべき言葉を失って、間を作ってしまった。
「あれってキスのことよね。どうかした?」
「あれは……つまり、冗談に決まってるじゃない。関係ないわよ」
「相羽君がそう言ったの?」
相羽を真剣に狙っているのかもしれない富井が、先頭を切って聞いてくる。
「本気だったらあんな打ち明け方、すると思う? あんな簡単に謝るかしら。
もし本気のくせして、簡単に謝るんなら、それだけでお断りよ」
本心とは離れたところで、適当に言葉を見繕う純子。
「だから、あいつが誰を好きかなんて、分からないわけよ。冗談でキスしてく
るような性格でもいいんだったら、やってみたら? あははは」
照れ隠しと、嘘をついている心苦しさとで、意味もなく笑ってしまう。とに
もかくにも、はっきりさせたかった点だけは何とか告げることができ、内心、
ほっとする純子。
「それなら、やっぱり相羽君にしようかな」
「私も考えてみようっと。キス事件でポイント下げてたけど」
「一番先に言い出したの、私なんだから」
井口や町田が言うのへ抗議するのはもちろん富井。相羽の競争倍率はかなり
高くなりそうだ。
「ところで純ちゃんは誰に?」
「えっ、私?」
富井の質問に落ち着きをなくす純子。窓をぞうきんで拭く役目なのだが、同
じところばかりこする形になっていた。
「考えてなかったから、分からない」
「そんな、もったいない。年に一度のバレンタインが間近だっていうのに」
「もう卒業だよ、私達。誰もいないの? いいなって思ってる男子。−−あ」
井口はお喋りに夢中になって、ほうきで椅子を倒してしまった。
「あは、何やってんのよー」
「ごまかさないで、答えてよぉ。私達、一応、言ったんだし」
椅子を直してから、ねえ、という風に他の二人と顔を見合わせる井口。
「別にごまかしてるわけじゃ……。いないんだもの、しょうがないじゃない。
卒業すると言ったって、中学でまた会えるんだし」
「鈴木君なんかは別々になっちゃうかもよ」
「別に鈴木君は、好きとか嫌いとか……」
「さみしいなあ。誰にもあげないつもり?」
「そ、そうよ。悪い?」
「ほんとに、本当に、ほんとーに、いないの?」
しつこく尋ねられるのが、うっとうしくなってきた。正直に「いない」とは答
えにくくなった純子は迷った末に、一つの思い出を取り出した。
「いたことはいた。昔の話だけど」
「ほんと? 聞かせて聞かせて」
掃除道具を放り出し、興味津々、三人が集まってきた。純子も手を止め、思
い出しながら喋り始める。
「今よりもずっと小さかった頃……あれって、小学校に入ってたかな? 夏休
みだったと思うから、多分、一年生のとき。お父さんやお母さんと一緒に旅行
に出かけて、恐竜展を見に行ったの。その会場で、出会ったのよね。
その男の子はお土産売り場で、琥珀に入った昆虫の化石を持って、光に透か
してて……。私の方は、その子が持ってる化石がほしくてたまらなくて、じー
っと見つめちゃってた。そうしたら、向こうが私の視線に気付いて、目が合っ
てさ。慌てて顔をそらしたら、『これがいいの?』って話しかけてきた。私が
黙ったままうなずくと、『ほら』って渡してくれた。それがきっかけね。
丸っこい顔して、私より背が小さかった。でも、化石や恐竜のこと、よく知
ってて、びっくりさせられたのよ」
「物知りだったら、誰でもいいわけだ」
町田が茶化してきたのへ、すぐ反発。
「違うったら。続きがあるんだから。私とその子、夢中になって、いつの間に
かお父さんお母さんとはぐれたの。私は両親と来てて、向こうはお父さんと二
人だったのかな。とにかく迷子になって、私、泣きそうだった。普通なら平気
なんだけど、旅行先だったから……。ところが、相手の男の子はちゃんと道順
を覚えてたの。私の手を引っ張ってくれて、逆方向に戻って行って、無事、両
親に会えたわけ」
「まあ、一年の頃なら、頼りになる感じね」
富井や井口は、ひとまず納得したらしい。残る町田が聞いてきた。
「その男の子って、何歳?」
「えーっと、あの子は何年だったんだろ? 勝手に同じ学年だと思い込んでた
けど、何の理由もないのよね。名前さえ聞いてないし」
「な、名前も知らないの?」
呆れ口調になった町田は、ため息とともに元の掃除場所へさっさと戻った。
「うん。向こうも、私の名前、知らないはずよ」
「あのねえ、五年も前の、名前も分からない男の子のことを想って、今、誰に
もあげないっての?」
「そういう意味で言ったんじゃなくて……もしもまた会えたら、あげてもいい
なって」
「全く、もったいないわ」
薬品棚を拭いていた町田が振り返った。
「意識してないのかもしれないけど、男子に人気あるのに何もしない人が、い
るのよね」
「前田さんのことでしょ。委員長選挙、三十票越えてたから、男子の票もかな
り集中した計算になる」
「委員長選挙の話じゃなーいっ。前田さんも人気あるけど、あなただって、男
子達がよく名前を出してるの、耳にするんだけどな」
大人びた町田だが、意外とこの手の話題にもアンテナを張り巡らせているら
しい。いや、大人びているからこそ、かもしれないが。
「ええ? 嘘でしょ」
「誰? 誰が言ってた?」
本人を差し置いて、富井が興味深そうに声を上げた。
「まず、清水と大谷のコンビ」
「はははっ! あいつら、やっぱりそうだったのねえ。うんうん、分かる」
「な、何よ、郁江。その笑い方、気味悪いじゃない」
横目で見てきた富井から顔をそらす純子。
「何かとちょっかい出してくるもんね、あの二人。特に清水の方は、一年の頃
から純ちゃんに意地悪してたっけ」
「全く、迷惑なんだから」
純子が息を荒くしたところへ、町田が次の名を挙げる。
「それから木戸君も言ってたわ。真面目タイプは嫌い?」
「嫌いじゃないけど……」
木戸の、眼鏡をかけた丸顔を思い浮かべる純子。
(あの木戸君まで、そんなこと言ってるの? 男子って、見た目だけじゃ分か
らない……)
「あと−−」
「も、もうやめてって」
ぞうきんを放り出し、純子は両手で耳を塞いだ。何故だか、笑い飛ばしてし
まいたい気分。
「聞いたら、意識しちゃうじゃないの。それ、本当に言ってたの? からかわ
れてるとしか思えない」
「本当よ。聞き耳立ててて、自分の名前がいつまで経っても出ないのが悲しい」
両手の人差し指をそれぞれ左右の目尻に当てて、泣き真似をする町田。
「私はどう? 誰か言ってなかった?」
富井や井口が騒ぎ出した。
純子はほっとしながらも、憎まれ口を叩く。
「聞いてどうするのよ。二人とも、相羽君にあげるんでしょっ」
「一人に限らなくていいじゃん。本命の他にも、たくさんばらまいて。ねーっ」
「そうよそうよ。どうせ遊びみたいなもの、こっちのこと想ってくれてる男子
がいるなら、その子にあげといた方が得じゃない。こっちの思いのままよ」
「その話、男子に聞かせてやりたいわ」
呆れて首を振る純子だった。
(私のことどうこう言っといて……。みんな遊び半分じゃないのっ)
その夜、家の自分の部屋で一人きりになると、純子は久しぶりに琥珀の化石
を引っ張り出した。
「あった! 懐かしいっ」
二番目の引出しの奥、右隅に置いていたビニール袋入りの小さな琥珀は、あ
のときと同じように、光を通して輝いた。中には、蜂が閉じ込められている。
(思い出すなぁ。やっぱり、名前、聞いておけばよかったかも。バレンタイン
とは関係なしに、よ。化石が好きな友達って、なかなかいないもんね。いても、
恐竜に限られちゃう)
ふっと、相羽の顔が浮かんだ。
(化石も詳しいみたいね、相羽君。他にも、昆虫とか手品とか、あと、推理小
説とか、幅広い。ふふふ、これって、節操がないとも言えるわ)
自分の考えたことに笑っていると、急に空しくなった。
(きっと、大勢の子からチョコを渡されて、節操なく受け取るんだわ、あいつ。
また調子に乗っちゃう。郁江達も、やめればいいのに)
そして、はーっと深い息をついた。
−−つづく