AWC そばにいるだけで 5−5   寺嶋公香


        
#3790/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 3/11  18:49  (199)
そばにいるだけで 5−5   寺嶋公香
★内容

 相羽は、すでに起き上がり、ベンチに腰掛けていた。
「ごめんなあ、洋司。悪いことしちまったなぁ」
 まだまだ苦しげな声で言った相羽は、右横にちょこんと座って、足をぷらぷ
らさせている一年生の頭をなでる。
「僕、平気。相羽おにいさんの友達の人が、色々教えてくれた」
「そっか。じゃあ、もう僕よりもうまいかもな」
 自嘲気味に笑う相羽へ、そっと近づいた純子は、静かな調子で声をかける。
「あの……相羽君」
「−−涼原さん」
 名を口にするなり、立ち上がろうとする相羽だったが、痛みが継続している
ためか、動きが鈍い。
「ごめ−−いつつっ」
「あっ、座って。そんなに痛いの……?」
「その前に−−ごめんなさい。ぶつかってしまって、涼原さんは怪我なんかし
てないよね?」
 相羽は再び座ると、深々と頭を下げてきた。
「い、いえ、そんな……私こそ……その、放ったらかしにして、ごめん」
 純子も左隣に座り、頭を下げる。
「涼原さんは気にしないでいい。みっともないところ見せた上に、迷惑かけち
ゃってさ……。頭、打たなかった?」
「うん。守ってくれたから」
「−−気付いてたのか」
 相羽は困った風に、目線をそらした。
「とっさに手が出ただけ。怪我させたら、しゃれにならないもんな」
「ぶつかる前に、こけてくれたらよかったのに」
「こけ方さえ、分からなかった」
 相羽の真面目な口調に、純子は思わず、吹き出してしまう。
(転び方も分からない! ああ、そっか! そういうこと)
 一方の相羽は、ため息混じりに言う。
「何しろ、初心者中の初心者なもんで」
「あぁ、おかしい! −−それで、そっちは何で、そんなに痛がってるの」
 聞きにくかった事柄が、和んだ雰囲気のおかげで切り出しやすくなった。純
子はそう感じつつ、笑顔で尋ねた。
「……」
 相羽は無言で、純子を見返してきた。
「どうしたの?」
「何も聞いてないんだ?」
「ええ。だからこそ、こうして」
「……答えたくない」
「どうして? 気になるじゃない! 私のせいなんでしょ?」
「君のせいと言ったらおかしいよ。まあ、涼原さんの膝が当たって、打ち身が
できたってことになるんだけどさ」
「膝?」
 自分の足を見下ろす。相羽を挟んで反対側の隣では、洋司君が相変わらず足
を前後に揺らしていた。
「膝とは言い切れないかな。足のどこか。涼原さんは足、どこも痛くない?」
「何ともないわ。ねえ、一体、どこを打ったの? 横にならなきゃいけないほ
ど、強く?」
「……二箇所、打ったから痛いのかもしれない」
 相羽の口調には、渋々といった印象がある。
「左右とも、見事に食らったようなんだ、これが」
「右膝と左膝という意味ね? どことどこ?」
「片方は、お腹の左側と言うか、脇腹」
「脇腹って、ここら辺?」
 手を伸ばし、服の上からさすろうとする純子だが、相羽は身を引いた。
「親切はありがたいけど、まだちょっと痛むから」
「本当に、大丈夫なんでしょうね?」
「多分。さっきまで富井さんや井口さんが心配してくれてたから、元気づけら
れた……とか言ってみたいな」
 冗談めかす相羽。
 その富井達は、一年生にせがまれて、一緒に滑っている最中のようだ。純子
にしてみると、ちょうどよいときにやって来たと言えそう。
「もう……。片方は分かったから、もう片方は? そうね……太股に当たっち
ゃったかしら?」
「……どうしても、知りたいみたいだ」
「知りたいのよ。さっきから言ってるでしょっ。いくらあの状況とは言って
も、私が怪我させたなんてなったら、悪い」
「……他の奴にばらされるよりは、ましか」
 大きく長い息をつくと、相羽は小さく舌打ち。そして息を吸い込み、気軽な
調子で一言。
「−−男にしか分からない痛み」
「……え?」
 一瞬、頭の中が真っ白け。純子は気が付くと、ぽかんと口を開けていた。
「そ、それって、まさか……ひょっとして……」
「あとは、そっちの想像に任せた」
 弱々しく笑う相羽の前から、純子は「ごめん!」とだけ叫んで、顔を両手で
覆って逃げ出した。
(うわーっ! わわ私……蹴っ飛ばしてたんだ? や、やだあっ!)
 恥ずかしさでパニックを起こす純子。その耳に、洋司君の声が届いた。純子
自身、声を意味のある言葉として認識できたかどうかは別。
「あのおねえさん、どうして赤くなったの? ねえねえ、相羽おにいさん?」

 ひと騒動となったスケートも終わり、帰りのバスに乗り込む段になっていた。
 座席は、委員長と副委員長を除いて背の順であったが、帰路は、少し変更を
要す。相羽に、一番後ろの五人掛けの席をあてがうためだ。
「まだ痛い?」
 詳しい事情は知らぬまま、心配げに富井達が気遣う。富井と井口は、騒ぎを
目撃していたのだからという変な理屈をこねて、後ろから二列目の二人掛けの
席に陣取っていた。
「最初ほどではないけど……下腹の辺りが、じーんとしてる」
 心持ち身体を斜めにして、顔をしかめる相羽。
 相羽はスケートの時間、最後の、全員で滑るときだけリンクに出て来たが、
とてもまともに滑れなかったらしい。元々うまくないところへ、打ち身のおか
げでどうしようもなかった。
「下腹辺りだってさ」
「うまいこと、ごまかすなあ」
 富井らと同じ理屈で、もう片側の二人掛けの席に座った清水と大谷が、あか
らさまに冷やかす。彼らは間違いなく、相羽がどこを打ったのか、知っている。
「よしなさいよ」
 純子が、小さいが鋭い調子で注意する。肩身の狭い思いをしながら、相羽の
隣に大人しく座っている。
 ちなみにこの五人掛けには、右から順に、勝馬、国奥、相羽、そして純子の
四人が収まっている。
「私の教え方が悪くて……」
 国奥が、すまなさそうに肩を小さくした。
「僕の理解が遅いだけだよ」
 低い声の相羽。普通に喋ろうとして気を抜くと、痛みが襲ってくるのだろう。
「国奥さんも気にしないで。はは、本当にみっともないな、これ」
「死ぬうーって言ってたもんな」
 勝馬が、真顔だけど、おちゃらけた口調で言った。
「そ、そんなこと言ってないぜっ。死ぬかと思うぐらい、痛いって言ったんだ」
「死ぬほど痛いのー?」
 純子を除いた、近くの女子達がわいわいと声を上げる。
(あそこを打ったら、死ぬほど痛いんだ……?)
 一人、心の中で思う純子。思ってる内に、また顔が熱くなってきて、手袋を
取った手を当てた。
「相羽ぁー、女子に挟まれて、羨ましいな、このやろっ」
 純子が静かにしてると、清水達の冷やかしが再開した。
「おまえらなあ」
「膝枕、頼んでみたらどうだ? 気分よくなるかもしんねえぞ」
「ばかやろ」
 相羽は即座に笑い飛ばしたが、純子は清水の言葉をまともに受け取った。
「よ、横になりたかったら、遠慮せずに言って」
「涼原さんまで、何を言うんだか。いいよ」
 相羽の言葉に被せて、黄色い声が起きる。
「純ちゃん、何を言うのよぉ。積極的ぃ」
「何だかんだ言って、やっぱり−−」
 富井と井口が、立て続けにからかい口調で言ってきた。
 すぐに首を何度も横に振って、否定する純子。
「違うの! 悪いと思って、言ってるだけなんだからっ。だ、だいたいさあ、
ぶつかってきたのは相羽君の方よ。こうしてあげてるの、感謝してくれなきゃ」
「それはどーも、ありがとう」
 痛みのためか、ひきつったように笑いながら、相羽。気を紛らわしたいのだ
ろう、妙にかしこまった口振りで続ける。
「涼原さんにも、国奥さんにも、大変、感謝しております。こうまでしたんだ
から、いつかスケート、ちゃんと滑れるようになってみせるよ」
「とりあえず、転び方から覚えてよね」
 真剣な純子の要望に周りのみんなが爆笑する中、一人、相羽だけがやれやれ
とでも言いたそうに、歯を覗かせたまま、苦笑の表情を作った。

 家に帰って、眠るときになって、一日の出来事が思い起こされた。
 真っ先に浮かぶのは、当然、相羽とぶつかった一件。
 布団を被って一人、考えていると、顔が、頬が熱っぽくなってきて、やがて
上半身もかっかしてくる。どうかすると、身体全体がそうなってしまいそう。
 天井を見つめていた純子は、身体の向きを右にした。布団とベッドの間に小
さな隙間ができたみたいだったが、かまわない。
(どっちの膝だろう)
 それから左膝だけを胸に引き寄せ、両腕で抱える。足をパジャマの上から、
手の先でさすってみた。膝小僧からすねのやや下方までを、そろそろと往復。
(こんな固いとこで蹴られたら、どこに当たっても痛がるかも)
 思いながら、作った拳でこつんと膝を叩いてみた。
(……骨張った固いとこ同士がぶつかったら、普通、どっちも痛いはず……)
 スケートのときのことを思い起こす。
(私の膝は痛くなかった。ということは……)
 そこまで考えて、ますますかっかしてきた。
「もう、何考えてるんだろ、私っ」
 暗がりの中で声に出してつぶやくと、純子は掛け布団を頭まで引き寄せ、ぎ
ゅっと両方の目を閉じた。

 スケートがあった次の日は平日で、当然、学校はある。
(昨日の今日だから、顔、合わせにくいよ)
 昨夜、考え始めて目が冴えてしまい、なかなか眠れなくなったこともあり、
今でも気にしてしまう。
(……蹴っ飛ばした……)
 どちらが悪いという問題ではなくて、恥ずかしさが先に立つのだ。思い浮か
べるだけで、精神的に疲れてしまう。そのため、今日は朝から相羽を避けるよ
うにしていた純子である、が。
 どこで聞きつけたのか、富井が純子に持ちかけてきた。
「写真撮影の見学?」
「そうなんだって」
 聞き返す純子に、富井はうんうんと何度も首を振った。
「さっき、相羽君が立島君と話してるの聞いて、私達も着いて行きたいって頼
んだら、いいよって言うからさあ」
(相羽君の話か……)
 気後れする自分を感じたが、まずは確認のつもりで純子は尋ねた。
「私達って誰よ」
「もち、私と久仁ちゃんと純ちゃん」
「また勝手に決めて……。それで、何の撮影よ? 面白いの?」
 眉を寄せ、小さくため息をしながらも、念のために聞いておく。
「面白いと思うよぉ。雑誌に載る、服の広告用の撮影だって」
「服……ということは、モデルの人が来るのね?」
 さすがに興味が湧いて、声が弾む。
「そうそうっ! 面白そうでしょ? ねえ、行こうよ」
「うん。だけど、どうして、相羽君と立島君が、そんな話を……」
 疑問がわいてきて、口調も落ち着く。首を傾げたところへ、当の相羽がやっ
て来た。立島や井口も一緒である。
「ねえねえ、聞いてよ。相羽君のお母さん、仕事で広告を作ってるんだって。
凄いよね」
 井口が言うのを、純子は少し意外に感じてから、目を相羽に向けた。まだ少
し恥ずかしさが残っているので、焦点は適当にしか合わせないでいる。
「本当? 初耳ね」
「当たり前だよ、言ってないんだから」
 相羽の方はさほど気にしていないのか、いつもの調子で話を始めた。
「母さん、広告を作る仕事をしてるんだ。テレビコマーシャルや雑誌のグラビ
アから、新聞の折り込み広告やダイレクトメールまで、何でも扱う事務所でさ。
さっき立島と話してたのも、それ。な?」

−−つづく




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