#3784/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 3/11 18:41 (182)
そばにいるだけで 4−6 寺嶋公香
★内容 16/06/19 21:30 修正 第2版
ゴール近くで待っていた純子のクラスの女子達は、三位までに二組の男子が
現れず、勝利が確定した瞬間に歓声を上げた。その騒ぎが収まらない内に、立
島が四位で校門を通って、現れる。
「残念だったねー」
「ほら、ラストスパート!」
などと勝手な声を送る。
(ちょっと、やり過ぎかな)
純子は何も言わずに、ただ笑っていた。そのためか、周りがよく見え、同じ
ように何も言葉に出していない前田に気付く。彼女の方は、笑ってもいない。
(……ひょっとして、やっぱり……前田さんて、立島君のこと、好きなのかも
しれないな。お似合いって感じ)
純子は胸の内でそんな想像をし、一人で納得した。
その考えは、ゴールした立島に前田が一番に駆け寄っていくのを見て、さら
に確信づけられる。純子達他の女子も、とりあえず続いた。
と、立島が首を傾げるのが見て取れた。
「残念だったわね。お疲れ様でしたっ−−どうかしたの?」
タオルを手渡してやりながら、前田が聞く。
「おかしいな。何で、四位なんだろ」
「あー、負け惜しみなんか言っちゃって」
町田が茶化すように、立島を小突く真似をし、女子全員が笑う。
しかし、立島は真面目な顔つきのまま、首を振った。
「違うんだ。五位だと思ってたんだ」
「は? 五位?」
調子に乗っていた町田を始め、みんな、静かになる。改めて、前田が尋ねた。
「どうして、五位だと思っていたのかしら?」
「一応、トップグループだから、先を行く人数を数えてたんだ。それで、相羽
は? ゴールしてない?」
「いないわよ。まだ戻ってない」
純子が答えると、立島は次に、予想外のことを口にした。
「あいつ、自分より前を走っていたんだぜ。多分、三位までに入る勢いがあっ
た。それなのに」
「追い抜いたんじゃないの?」
町田が至極当たり前の答を口にした。
「抜いてない。だから、言ってるだろ。五位だと思ってたのに、四位だった。
相羽の奴がゴールしてない。この二つを結び付けたら……」
「−−ええっ?」
全員、ことの不可解さに気付いた。
「何かあったのかしら」
「怪我か何かで、休んでいるとか」
「だとしても、僕が見かけたはずだ」
議論の最中に清水と大谷が相次いで戻って来たので、二人にも聞いてみる。
「相羽? 見てないよな」
「ああ。あいつ、俺達よりだいぶ先に行ってたぜ。まだ帰ってないのかよ」
逆に聞き返される始末だ。
「これって、先生に言った方がいいんじゃない?」
「で、でも、勘違いってこともあるかもしれないし……」
富井や井口でなくとも、みんな、不安げな色を浮かべている。
(全く! 何やってんのよ、相羽君! まさか、賭に勝とうと、無茶苦茶な走
り方をした−−なんて。それでペースが狂って、どこか脇道で休んでいる……)
純子は、思い付いきを皆に言ってみた。
「それはない、多分」
少し考えてから、立島が否定した。
「何で、そう言えるの? 脇道までは分からないでしょう?」
「そうだけどさ、相羽の走るのを、ずっと見てたんだ。あいつの走り方は、全
然、無茶をしている様子じゃなかったよ」
「じゃ、じゃあ、急な怪我かもしれない。捻挫とかさ。あいつったら、気を遣
う方だから、みんなが走るのに邪魔にならないようにって、どこかの脇道に入
ったのよ、きっと」
「そうかな。わざわざ見えない位置に入り込んで休まなくても、いいと思うな」
「だったら、他に何があるのよ」
わずかに言葉が荒っぽい調子を浴びる。
そのとき、国奥が提案してきた。
「待って。一位から三位の人に、聞いてくる。何か分かるかも」
「そうか」
手分けして−−とは大げさになるが、まず一位と三位の児童を見つけて、話
を聞いた。だが、残念ながら、何も知らないという話ばかり。
もう一人の、二位の近藤(こんどう)に聞くときも、期待しすぎないように
という気分ができあがっていた。
「あぁ、相羽君って、推理劇書いた奴だろ? 去年、二組に転校してきた」
「そ、そう。何か見たの?」
「見た見た。僕、相羽君と抜き合いみたいになってて、学校近くまで戻って来
たとき、差を着けられたんだ。もうだめかなと半分、あきらめかけたとき、角
を曲がった相羽君が、何故か戻って来たのさ」
「はい? 戻って?」
わけが分からず、聞き手の純子達は互いに顔を見合わせてから、また近藤に
注目する。
「何で戻ったのかな……」
「僕もびっくりした。どうしたんだって思わず理由を聞こうとしたら、すれ違
いざまに、向こうが『幼稚園に用事ができた!』と一言叫んで、凄い勢いで走
って行ったよ」
お手上げの格好をしながら、近藤は困ったように苦笑いをした。
「相羽君が本当に幼稚園に向かったかどうか、分かる?」
少し後方にいた国奥が、大きな声を飛ばす。
「いや、見てないんだ。気になったけど、早くゴールしたかったから。後ろを
振り返ったのも、そんな長い間じゃなかったしね」
「そっか、当たり前だよね」
「よっぽど、急いでたんだな。相羽君、車が行き交ってるのに、手を挙げて、
道路を走って横断してた」
近藤にお礼を言ってから離れ、みんなで考える。
「近藤の話が本当なら、変なことになるよな」
首を捻る立島。彼でなくたって、頭を傾げたくなる話だ。
(反対方向に走り出すなんて、どう考えても普通じゃない。幼稚園に用だなん
て一体、あいつ、何を……)
純子は考えている内に、その行為そのものが無駄に思えてきた。
「とにかくさあ、幼稚園に行ってみよっ」
「幼稚園なあ。この辺りの幼稚園は、L**幼稚園だけだから、そこに間違い
ないと思うけれど」
踏ん切りを着けかねている立島の言葉を聞いて、純子は、ふと思い出したこ
とがあった。
(L**幼稚園? ついこの間、相羽君が言っていた覚えが……。そう、最後
の練習のとき、迎えの車を見たとかどうとか。ひょっとして、関係あるの?)
推測を途中まで押し進めてみたものの、すぐさま行き詰まってしまった。
「こうしようじゃないの」
町田がしびれを切らしたように、持ちかける。
「何人かで、幼稚園に様子を見に行くの。もちろん、勘違いの可能性もあるか
ら、他のみんなは残る。何人かがいないことを、先生が変に思っても、適当に
ごまかしておいて」
「仕方ないかな」
前田と立島が、固い表情をしながらも首を縦に振った。
相羽がいないことを立島が言い出してから、すでに三十分近く経っている。
幼稚園の用とやらが、そんなに時間のかかるものなのかという疑問もあった
が、とにかく、二組の内の三人が学校を抜け出し、L**幼稚園に向かってい
た。前田や立島はクラス委員として抜けられないので、勝馬と町田、それに二
学期に副委員長をやった純子が動くことになった。
「五百メートルも離れてないよね」
小走りのまま、町田がつぶやく。
「どう考えたって、とっくの昔に、用は済んでないとおかしいわよ」
「だけど、手がかりはこれだけなんだし」
純子はそう言ったものの、内では不安になっていた。
(とにかく行ってみようって言ったのはいいけれど、何の根拠もないのよね。
幼稚園に用があるなんて、普通じゃあり得ない。しかも、マラソンの最中に走
るのをやめてまで……)
幼稚園の門の手前までたどり着いた。
純子は、うつ向きがちだった顔を上げ、中を覗き込む。
「どう?」
率先して覗いている勝馬に、町田が聞く。
「いないよなあ……。何か、やけに静かだ」
「幼稚園の時間は、もう終わってるんじゃない?」
「あ、そうか」
二人のやり取りを聞いて、また思い出す純子。
(送り迎え……。相羽君、ひょっとして、いつも見かける赤い車を)
思考の途中で、勝馬の叫び声。
「あれっ? あそこにいるの……相羽じゃないか?」
「えっ、どこ?」
門にしがみつくようにして、純子と町田は、勝馬の指差す方向を見た。
そこは幼稚園の庭で、赤い軽四とグレーの普通乗用車−−多分、どちらも国
産−−が停まっていた。二台とも、こちらに車体の左側を見せている。赤は空
っぽ。問題なのは、グレーの方の助手席に、体操着姿の少年が一人いることだ。
どうやら、相羽らしい。
「な、何で、あんな車の中に……」
思わず、疑問が口をついて出る。
「あ、大人の男の人も乗ってるぞ。相羽の奴に、何だか聞いてるみたいだ」
勝馬の言う通り、車内で相羽は大人相手に何かを話している。相手の人は、
相羽の言うことを、手帳か何かに書き取っている。
「ねえ、私達も入りましょうよ」
焦れったくなって、純子は二人に言った。
「え、でも、勝手に入ったら、まずいんじゃあ……」
「何言ってるのよ。相羽君は、ほら、ああやって入ってるんだから、文句なん
か言われないって」
「そうかなあ」
ここに来て躊躇する勝馬に、純子はため息をついた。そうして、町田に向か
って話しかける。
「じゃあ、私一人が入るから、町田さんは学校に戻って、みんなに知らせて。
相羽君が見つかったって」
「分かったわ」
うなずくが早いか、町田はマラソン大会三位の足で、すぐに駆け出した。
「お、俺は?」
不安そうな勝馬へ、視線を向ける。
「ここで見といて。見張りね。万が一、怒られたら、逃げるから」
あるはずないと思いながらも、そう言った。勝馬は黙ったまま、二度、うな
ずいた。どことなく、気負っている風に見えなくもない。
(スパイか探偵のつもりかしら)
閉ざされた門を乗り越え、純子は敷地内に静かに降り立つ。
一応、気付かれないように、注意を払う……と言っても、木々に囲まれた道
は短く、あっという間に庭の手前まで来てしまった。
(丸見えなんだから、いいやっ)
思い切って、踏み出す。すると、幼稚園の建物の中で、先生らしき女の人達
が固まって、何やら深刻な顔をしているのが見えた。
変な雰囲気−−と思う間もなく、純子は呼び止められた。
「あなた、どこから入ってきたのっ?」
空気がぴりぴりしているのと同様、女の人の声も緊張感があふれている。
「わ私は、そこの小学校の」
そんなことは説明せずとも、体操着で分かると気付き、別の言葉を足す。
「あの、同じクラスの相羽っていう子が、こちらに入ったみたいだから、捜し
に……」
「相羽?」
怪訝そうに表情を歪め、割方年齢の高い先生が、外に出て来た。純子の前ま
で来ると、視線の位置を合わせてくれた。
「あなた、あの子の知り合いかい?」
−−つづく