AWC そばにいるだけで 3−1   寺嶋公香


        
#3771/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 3/11  18:22  (199)
そばにいるだけで 3−1   寺嶋公香
★内容
 青色と濃いオレンジ色が一個ずつ。ボールが飛び交う。
 ドッジボールだ。
 二組に分かれ、互いの陣地を持つ。ボールを当てられ、なおかつそのボール
が地面に着いたら、当てられた人は退場。自陣のコートの外に出て、いわゆる
外野の守りに回る。外野から敵の誰かを当てることができても、復活できない
ルールを今回は採用。どちらかのチームのコート内の人がなくなるまでやる。
通常はボール一個でやるのだが、純子達の学校では二個以上使う場合が多い。
その方がスリリングなのは言うまでもない。
 おりゃだのどわっだの、あるいはきゃあきゃあと叫声が飛び交う内に、両コ
ート内の人数も減っていき、六対三になっていた。しかも、三人の方は全員が
女子で、力の面で言えば不利は否めない。
(負けるー)
 息を切らしながら、純子は逃げ回っている。三人の内の一人の彼女は、球技
が苦手ということはなく、ドッジボールでも積極的にボールを受けに行く方。
 でも、現在の戦況はあまりにも悪い。ボールが二つとも、敵チームの手にあ
るのだ。人数が少なくなった今、一つを取りに行くと、時間差でもう一つのボ
ールにやられてしまいかねない。逃げるだけであっぷあっぷ。
「早く終わらせろー」
「涼原やっつけたら、あとは楽勝だぞ!」
 敵の外野の一人、清水が叫んだ。
(煽らないでよ!)
 文句を声にする余裕はない。純子は他の二人を見た。遠野と国奥輝美(くに
おくてるみ)が、残り少なくなった「同志」だ。
(遠野さんに国奥さん……確かに体育はあまり得意でない方……。このまま粘
って、時間切れに持ち込むのもできないし)
 普段、休み時間にやる場合なら、長くても二十分あまり。逃げ回れば、最後
までぶつけられずにすむ可能性も高い。が、今は違った。授業の一環としてや
っているのだ。と言っても体育ではなく、レクリエーションの時間。授業が終
わるまで、まだ三十分近くある。
「勝負勝負!」
 味方の外野からの声援。さっきから痛いほど耳に届いているのだが。
「ボール取って、こっち回せ!」
 立島と鈴木が並んで、手を叩く。
「そんなこと言ったって!」
 切れそうな息で答え、外野から飛んで来た青のボールを、胸を反らし、すん
でのところでかわす。
 と、振り返ると、敵陣内の相羽が至近距離でボールをかまえている。
(危ない−−)
 大方、観念しかけた純子だったが、冷や汗を感じつつも必死に後ずさり。無
論、足下に注意が行くはずもない。
 相羽がボールを受け止めるのとほぼ同時に、ちょっとしたアクシデントが起
こった。もう一つのオレンジ色のボールが来たのを、純子の敵チームの外野が
受け損ない、ボールはコート内に。
「えっ−−」
 自分のすぐ後ろにボールが転がってきていたなんて知る由もない純子は、足
を取られて仰向けに転倒してしまった。
「やった」
「チャンス!」
 敵側からわき起こる声に、純子は肘の痛みをこらえながら、立ち上がろうと
する。しかし、真正面、ライン間際に立つ相羽は今にも投げてきそう。
(やられる!)
 せめて顔に当てられたくない意識が働いて、首をすくめる純子。両目は当然、
閉じられた。
 でも……。
(……?)
 いつまで経っても、ボールを当てられた感触が起こらない。
 ぱっと目を開くと、相羽はバランスを崩したらしく、妙な投球フォームで、
力無くボールを投げていた。無論、球威はまるでなく、極緩やかなフライとな
ったボールは、地面に着くところころと転がり、国奥の足下で止まった。
 いきなりボール獲得のチャンスが巡ってきた国奥は、舞い上がってしまった
のか、味方の外野にボールを回すべきところをそうしなかった。両手でひょい
とボールを掴み上げると、これまたひょいという風に敵陣に投げ返したのだ。
 相手側も万全の体勢で身構えていれば、難なくボールを取り返せたに違いな
い。が、たった今、バランスを崩したばかりの相羽は、そうはいかなかった。
焦って手を伸ばした彼の指先をかすめ、国奥の投げたボールは地面に落ち、外
野へと転がる。
「相羽君、退場っ」
 審判役のクラス担任、福谷(ふくたに)先生が鋭く宣告した。
 相羽は一瞬、ぽかんとした表情になり、それから苦笑いに歯を覗かせた。
 純子も唖然としていたが、すぐさま我に返って、足の間に挟む格好になって
いたボールを掴むと、起き上がる勢いそのままに、敵めがけて投げ込む。
 思い返してみれば、純子もボールを味方の外野に回すことを失念していた。
だが、結果的にこれがよかった。
 相羽のあっけない退場に浮き足立った空気の敵チームは、純子による急襲に
敢えなく一人がやられる。しかも、今やボールは二つとも純子のチームにある
のだ。一気呵成に畳み掛けられ、六名いた陣地内の人数は瞬く間にゼロとなる。
「やったあ!」
 逆転勝利に、純子達のチームは手を取り合い、飛び跳ねて大喜び。
 一方、負けた側では、相羽が責められていた。
「何やってんだよ、もう」
「あそこで涼原さんに当てていれば、決まったも同然だったのに」
 男女の別なく、相羽に文句を言ってくる。
「ごめんごめん。油断した」
「油断じゃなくて、涼原に当てたくなかったんじゃねえの」
 冷やかすように始めたのは清水だ。もう一人、大谷が続けて言う。
「それとも、太股に見取れたとか」
「始める前に、頼まれたんだろ。『私には当てないで』とかさあ」
 その声が聞こえたものだから、純子は頭に来た。つかつかと大股で人垣に歩
み寄る。
「何、ばかなこと言ってるのよっ。できっこないでしょ、そんなの!」
 チーム分けはグランドに出てから、じゃんけんで決めた。チームが決まると
すぐにゲームを始めたのだから、当てないでほしいと頼む時間がないのは自明
の理である。
「かばうところが、余計に怪しい」
 清水と大谷が先頭になって、幾人かの男子がにやにや、あるいはせせら笑う。
どうやら本気で言っているのではなく、からかいたいだけのようだ。それは分
かるのだが、腹が立って仕方がない。
「手加減したと疑うんなら、チームを変えてくれればいい」
 突然、相羽が言った。
「次の回から、僕が向こうのチームの誰かと入れ替われば、問題なくなるだろ」
「別に……そんなこと、言ってない」
 気まずくなったらしく、清水はぶつぶつと応じる。
「相羽っ。おまえが謝るだけで何も言わないから、勘繰りたくなるじゃんか」
「理由、聞くんなら話すさ」
 目にかかる前髪をかき上げ、相羽はぼんやりと言った。
「言ってみろよ」
「転んだ相手を狙うなんて、ずるいだろう。石につまずいたのならともかく、
ボールで転んだんだから、なおさら。あの瞬間、そういう考えが頭に浮かんで、
投げるのをよそうかと思ったら、変な方向に飛んで行った。それだけ」
「……」
 清水達男子が言い返せないでいる間に、周りの女子が反応を示す。
「そうだったんだ」
「男らしいじゃない」
「さっきはごめんね。負けたの、相羽君のせいにしちゃって」
 女子の反応が予想外だったのか、相羽は照れたように片手を頭にやった。
「い、いや……。そのう、負けた責任の大部分は僕にあるけど……」
 参ったなという具合に顔をしかめる相羽。そんな態度に、純子はちょっぴり、
感心させられてしまった。
(ほんとに、自分からは言い訳しないんだから……)
 キスの件や水泳の着替えのときのことを思い出す。
「清水君達、謝りなさいよ」
 取り囲んでいた女子の中の一人、町田がきつい調子で言った。
「な、何で、俺達が」
「面白がって、からかってたくせに。全然、格好よくないったらありゃしない。
謝るのぐらい、潔くなさいよね」
「……ちぇ」
 舌打ちすると、清水は相羽へ顔だけ向け、ほんの短い間、頭を下げた。一緒
になって騒いでいた男子達も、流されるように同じ態度を取った。
 それから気を紛らわすように、大声で叫ぶ。
「さあ、さっさと二回戦、やろうぜ!」
「−−いつでもっ」
 相羽は笑ってうなずいた。

 レクリエーションの時間が終わって、あとは一日のまとめであるホームルー
ム−−通称「終わりの会」−−のみ。担任の福谷先生が来るまで時間があった。
「いー、し、し、染みるっ」
 薬が傷口に広がり、わずかに残る血と混じってにじんでいく。そんなに痛く
ないのだが、純子はつい、大げさに反応した。
「長袖着てて、こんなにすりむくなんて、なかなかできることじゃないわねえ」
 保健の先生は、誉めてるのかおかしがってるのか分からない言い回しをする。
「涼原さん、大丈夫?」
 保健室まで着いて来てくれた前田が、腰をかがめ、心配そうに純子の右肘を
覗いていた。
 純子は笑顔を作って答えた。
「うん、平気。染みたけど……傷は何ともない。ですよね、先生?」
「ええ、そうよ。皮が破けちゃっただけ。バイ菌も消毒したからね。はい、お
しまいと」
 正方形の絆創膏を張ると、保健の先生は肘の近くをぽんと叩く。
「い、痛いです」
「あらあ、ごめんなさい。いつも旦那さんにやってる癖で……」
 さしてすまなさそうでもない保健の先生に礼をして、純子は前田と二人、保
健室を出た。
「服が汚れちゃったね」
 前田が純子の服の右袖を見下ろした。肘が当たる箇所に、かすかながら血が
付着しているのだ。
「うん。仕方ない、これぐらい」
「涼原さん、血を見て、平気な方?」
「え? ええ、そうだと思う。大量じゃなければね」
「私も平気。なのに、弟がさ。男のくせして、パニックになるのよね」
 短い間、肩をすくめ、苦笑する前田。
「この前もカッターナイフ使ってて、指の先をほんのちょっぴり切っただけで、
わあわあ騒ぐの」
「何年生?」
「四年よ、四年。信じられないわ。しかも、自分が怪我したときならまだいい
んだけど、他人が怪我したときまで大騒ぎ。母が料理のとき、包丁で誤って手
に怪我したことがあって。それを見てた弟ったら、顔真っ青にして、薬箱を取
りに走ってったわ」
「確かに大げさだわ。心配性なのかしら」
 思い付きを述べる純子。
「さあ。たださ、男って女より血が苦手だって、聞いたことあるのよね」
「ふうん。何でだろ?」
「説としては……あのね……」
 秘密めかす前田。じきに教室。早く話してくれないと、中途半端になりそう。
「な、何よ」
「女は赤ちゃんを生むから、だって」
「……どうしてそれが理由に?」
「子供を生むのって、凄く痛いんだって。男が仮に子供を生むとしたら、痛み
に耐えきれず、死んじゃうだろうって言われてるぐらいよ。だから、痛みを想
像させる血を見るだけで、男は気持ち悪くなってしまう。その点、女は痛みに
強くできてるって」
「へえ? 初めて聞いた」
「だから、ひょっとしたら、教室に戻った途端、彼が心配して声をかけてくる
かもね」
 笑みをたたえた視線をよこしてくる前田。純子は首を傾げた。
「彼って誰?」
「相羽君よ。怪我をさせた責任を感じてね。大した怪我じゃなくたって、心配
するんじゃないかなって思う」
「まっさかあ。大げさよ」
 相羽の名が出たので、純子はくすぐったさをごまかすつもりで笑った。
「さぁて、どうかな」
 前田が言うと同時に、教室前に到着。後ろの戸から入るなり、相羽が純子の
方を振り返った。そして間髪入れず、立ち上がる。
「ほら」
「……納得したわ」
 前田の囁きに、純子は小刻みにうなずいた。
「涼原さん、怪我、大丈夫だった?」
 相羽の声と表情には、実に心配そうな情感がこめられていた。

−−つづく




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