AWC 少年たちのハイウェイ 3   和田宜久


        
#3770/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 3/11  18:20  (177)
少年たちのハイウェイ 3   和田宜久
★内容

  八 国立図書センター(再び)

 月曜日。学校を終えてから賢二と美沙夫は白い自走路に飛び乗った。間もな
く通いなれた図書センターの前へ来る。ばかに幅の広いエスカレーター・エレ
ベーターを乗り次いでいつもの通り手近の使用されていない閲覧ブースの中へ
二人一緒に入った。
 ライトペンは美沙夫が持った。賢二は後で見守る。
「さあ、何とプログラムすればいいのかなあ、《排気ガス分析装置》ぐらいか
ら始めるか」パネルの赤ランプが点いた。
「やっぱりね」賢二がつぶやいた。
《一九七〇から一九九〇年代》《ガソリンエンジン》と条件を加えると書名が
数百冊浮かび上がった。美沙夫は、これはと思う書名を数十冊ピックアップし
たそしてその本の内容を簡単に説明せよと命じる。どの本にもそれらしい内容
はなかった。
「これはちょっと手ごわいな。あの装置はかなり特殊な物だ」
 美沙夫は考え込んだ。
「よし、あの装置の型や大きさや取り付けられている場所なんかを徹底的に条
件に加えよう」
 しばらくしてから、スクリーンに三冊の書名が映った。
「探しにくかったのかな? 時間がかかった」時間がかかったと言っても、ほ
んの数十秒だったが、コンピューターにそれだけ待たされるのは珍しいのだ。
美沙夫は三冊のうちの一冊を選んだ。その本の殆ど終わり近くにあの装置の説
明を少年たちは見つけた。
 その内容は大体次の様な物だった。
 装置は一九八五年頃に作られた。その頃、大気の汚れは少なくなって来ては
いたものの自動車の排気ガスによる汚れがまだ高い割合を占めていたのだ。排
気ガス浄化装置もかなり性能のいい物が出回っていた。しかし多くの自動車の
中には、排気ガス浄化装置の性能が落ちたものや、全く働かない物を取り付け
たままで走っている車や、ひどい車は初めから取り付けてない物まであったり
した。それらの車を取り締まるために、装置は実験的に、最も通行量の多い道
路に約一〇キロに渡って備え付けられたのであった。
 自動車の排気ガスをその装置は分析する。その結果、ある程度以上浄化が不
完全であると、その自動車の最も近くの装置から特殊な振動波を発して、エン
ジンへ送られるガソリンを一時的に停めてしまうのである。ごくゆるやかに停
める事が出来るから事故にもつながらないだろうと言うのでまずその一ヶ所に
備え付けられたが、その後優秀な蓄電池が開発され、排気ガスを出さない電気
自動車が次第に数を増やして来る気配を見せ始めたのでその後はどこにも同じ
装置は作られなかったと言うのである。その電気自動車さえ、高速サブウェイ、
自走路の普及によって、あまり数が見られなくなった現代でも、その装置は忘
れられたまま残っており、今でもなお作動していたのだ。
 少年たちは読み終わると顔を見合わせた。
「しかしそれにしてもなぜ、あんな高速道路自体が、今でも取り壊されずに残
っているのだろう」賢二が言った。
「取り壊す必要がないからさ。交通機関が発達して、人々は街の近くに住む必
要がなくなった。街は街としてある地域に置いて、人々は好きなところに住宅
を持っている。だから街の周辺を開発する必要がない。街としてのスペースは
必要最小限ですむんだ。昔のものでもじゃまにならない限りはほうっておくさ」
美沙夫は言って、ライトペンをパネルの所定の位置にもどした。


  九 二つの故障

 少年たちは毎週休日の三日間は自動車を乗り回した。ガソリンがなくなると
美沙夫が父親からもらって来た。今ではガソリンを燃料に使う機械は数が少な
く、ガソリンもあまり出回っていないが、あるにはあった。美沙夫の父は、簡
単に手に入れる事が出来た。
 殆ど二ヶ月が過ぎる頃、彼らの車にも様々なトラブルが起きた。しかし美沙
夫は大体の故障なら自分で直してしまった。だが、彼も二つの故障を見のがす
かっこうになった。一つは排気ガス浄化装置の、故障と言うより性能の劣化で
あった。
「排気ガス浄化装置がかなり弱って来てるけれど、別にほうっておいてもいい
な」美沙夫は言った。「この車一台が汚れた排気を出しても今さらどうと言う
事はない。問題は、あの分析装置だけども、もし引っかかっても、あいつの電
源を切ってしまえば、また走れるさ」その件はそれで片づいてしまった。
 もう一つの故障というのは、その時まだ故障の可能性としてあったに過ぎな
かったので彼らは気づかなかった。
 彼らの自動車は走り続けた。毎日毎日。果てのない高速道路を、たった一台
の車が。以前の様に他の車との衝突事故等起こるはずがなかった。ただ自分の
車を正確に動かしさえすれば、少しも危険な事はないのだ。そこは二人の少年
だけの世界だった。
 装置は、少年たちの車がやってくると、その姿を捕らえた。排気ガスを分析
し、そしてやがて作動を停止した。まだ少年たちの車の浄化装置はかろうじて
正常な範囲で働いていたのだ。


  十 スピードレース

 いく度目かの金曜日がめぐって来て、彼らはいつもの様に高速道路へやって
来た。
「いいか今日は出せるだけスピードを出して見るよ。今までの最高は一〇〇キ
ロだったねたしか」ハンドルを握っている賢二が言った。
「あんまり無理するなよ」と美沙夫は少し不安そうに言う。
「ま、君なら大丈夫だと思うけれど」
「昔はね、スピードレースと言うのがあったんだって。スピードレースのテク
ニックという本を図書センターで見つけてね。これでもいろいろ研究してるん
だよ」賢二はアクセルを踏んだ。
「まあ見てろ」
 スピードが急に上がった。二人の体は、バックシートに押さえつけられた。
車体が風を切る音、エンジンの音、タイヤの音が一緒になって二人の少年の耳
にとどいていたが、なぜか遠くで鳴っている様だった。時速は一〇〇キロだっ
た。一二〇キロに達すると、車体が小さくビリビリと振動を始めた。
「もうすぐ長い直線コースに出るから、そしたらもっとスピードを上げるよ」
 美沙夫は答えなかった。恐くはなかったが、緊張していた。次第に二人の少
年をいつもの様な恍惚感が包み始めていた。ゆるいカ−ブが終わるといきなり
目の前に、見渡す限り直線の道路が開けた。吸い込まれそうだと、賢二は声に
出さずに呟いた。アクセルは次第に踏み込まれて行った。順調にスピードメー
ターは、上がって行く速度を示した。一五〇キロ。走ると言う感覚を通り過ぎ
てしまっていた。しかし飛行艇などで飛ぶ感じでもなかった。少年たちは、ど
こにもいないのだ。一つ所にとどまらず常に移動し続けている。それが直接体
で感じる事が出来るのだ。賢二はさらにスピードを上げた。
 自動車は、やがてあの装置の取り付けられている区間にさしかかった。装置
は彼らの車の排気ガスを測定し、分析し、次の装置へとそのデータを送る。次
の装置は受け取ったデータに自分の分析したデータをプラスし、さらに次の装
置へ送る。そうするうちに、そのデータは次第に正確な物になって行く。結果
が出ると装置は車を停めるために振動波を発射するかどうかを決定するのだっ
た。
 自動車は、いつの間にか少年たちが今までやって来た一番遠い地点を過ぎて
しまっていた。だから彼らは、そこから先に何があるか全く知らないはずだっ
た。その時、時速は一六〇キロに達していた。エンジンは悲鳴を上げ、車体は
ガクガク震えていた。
「あ!」と美沙夫が叫んだ。「前を見ろ! ケン!」
 道路の前方、左側からコンクリートの面が陥ちくぼんでいた。長い年月のう
ちに亀裂が入り、脆くなっていた場所が崩れ落ちかけているのだ!
 賢二は反射的にブレーキを踏んだ。高速を出している時は急ブレーキをかけ
てはいけない。
 その時、車体のどこかでにぶい音がして、急にブレーキペダルが軽くなった。
いくら踏んでも手ごたえがない。
「ブレーキが壊れた!」
 車はそのままの猛スピードで走り続けた。道路のさけ目は見る見る近づいて
来る。二人の少年の顔から血の気が引いてしまった。もうエンジンを切っても
間に合わない。このままのスピードで走り続ければ、ひょっとするとまだ崩れ
ていない所ならうまく持ちこたえてくれて走り抜けられるかもしれない。走ろ
う、このまま、いや、もっとスピードを上げるんだ! それだけの考えが一瞬
の間に賢二の脳裡にひらめいた。そしてその通り、彼はアクセルをいっぱいに
踏み込んだ。
 自動車のスピードはさらに増した。美沙夫は目を閉じてしまっている。それ
でも賢二は必死にハンドルを握りしめ、前方をにらんでいた。そして車体をま
だ完全に崩れていない道路のはしへ向けた。そこさえ持ちこたえてくれれば、
走り抜ける事が出来さえすれば助かるのだ!


  十一 事故

 その時、彼らの車を追い続けていた装置はやっと排気ガス分析の結果をはじ
き出した。彼らの車の浄化装置は、かろうじて正常に動いていたのだが、高速
になるに従って急速にその働きはおとろえた。分析装置は規定以上に汚れた排
気ガスを捕らえ、それを見のがすはずがなかった。彼らの車を停めるためにそ
の装置から振動波が、ついに発射されてしまったのだ。
 とたんに自動車のスピードが落ち始めた。賢二はそれに気がついてアクセル
を力まかせに踏みつけた。チョークボタンを引いた。しかし速度はどんどん落
ちて行った。彼も今度は完全に取りみだしてしまった。何か他に車を今からで
も、道路の割れ目の手前で停める方法があったかもしれないが、もう正常に物
事を考えられる状態ではなかった。しかしハンドルだけはしっかり握っていた。
 道路のさけ目に自動車がさしかかった時、その速度は五〇キロに落ちていた。
そして脆くなっていた道路は、自動車の重量に耐えられるはずもなく崩れ落ち、
少年たちの自動車は、道路の破片と共に下のコンクリートにたたきつけられ、
すさまじい爆発音と共に炎上した。車体はすぐに炎と黒煙に包まれてしまった。
 誰もそれに気づいた人々はいなかった。その日はまだ金曜日で、明日もその
次の日も休日だった。最悪の場合、彼らの車が発見されるのは月曜日になるか
もしれなかった。
 その最後の交通事故車は時々小さな爆発を起こしながら燃え続けた。陽は大
分傾いて来ている。たそがれ時の光を受けて、遠くの街のビルの群れが見えた。
それはおしだまったまま、燃え続ける、少年たちの自動車を見おろしていた。


  十二 エピローグ

 事故があってから五年後。毎日の様に国立図書センターへ通う少年があった。
名前は星野美津夫(みつお)。美沙夫の弟だった。年は一二才である。彼は兄
以上に自動車の本を読み漁った。彼は、五年前、美沙夫から彼らの自動車の話
をよく聞かされていたのだった。一度も乗せてもらえないまま、車は事故を起
こしてしまった。大きくなるに従って美津夫は、やはり機械に興味を持ちはじ
め、兄と同じ様に自動車を乗り回して見たいと切実に思う様になった。
 彼は自分一人で全く新しい自動車を一台造り上げるつもりだった。そうそう
古い自動車がうまく誰にも見つけられずに残っているはずがなかったのである。
車はまだ、やっとシャーシにタイヤがつけられた所までしか出来ていなかった。
 高速道路が取り壊される事に決まったのはその頃である。全体的に脆くなり、
危険だと言うのでやっとその話が政府で持ち出されたのだ。
 美津夫はまだそれを知らなかった。だから彼は毎日図書センターへ通い続け
ていた。彼の、彼だけの自動車、兄から聞かされたあの素晴らしい乗り物を完
成させるために。

−−終


緑葬館 創刊第一号 (一九七五年七月一日発行)より




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