#3769/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 3/11 18:19 (151)
少年たちのハイウェイ 2 和田宜久
★内容
四 練習(承前)
あわてている賢二は思わずアクセルを踏んでしまう。美沙夫がサイドブレー
キを引くのと賢二がブレーキペダルを何とか踏んだのと殆ど同時だった。車体
は駐車場の後ろの壁面の手前二〇センチぐらいでかろうじて停まっていた。
「だめだなあ、あわててしまうと。ブレーキとアクセルを間違えて踏んでしま
うし。ギアはローに入ってるんだから、クラッチペダルを離すだけでも停まる
んだよ、今から考えるとね」賢二は少し震えていた。
「ぼくはもうごめんだよ。こんな事。ケン、も少しうまくなるまで一人で練習
しなよ」言いながら美沙夫は車を降りてしまった。
二度目にはうまくスロープを登り切れた。しばらくそのビルの前で前進、後
進をくり返しながら何とか感じをつかもうと苦心していた賢二は自信がついた
のか、今度は美沙夫を乗せて、動いていない自走路の上へ乗り上げた。そして、
中央公園までやって来て、噴水とか数々の前衛彫刻や花壇などで区切られた、
間に合わせの練習用の自動車コースを走り回り始めた。
次の日、土曜日も彼らはそこにやって来た。あきもせず練習を続けた。後進、
切りかえし、クラッチ合わせ。中央公園は様々な練習が出来る理想的なコース
だった。日曜日には賢二が美沙夫を運転席に座らせて教え始めていた。
ハ イ ウェイ
五 高速道路
少年たちが初めて車を動かしてから、三週間が経った。彼らは休日は毎日欠
かさずに古いビルの地下から車をひっぱり出して交代で運転の練習をした。
そんなある日賢二は言った。
「高速道路へ出て見よう。今日こそあそこを走って見ようよ」
「だいじょぶかい? ケン」
「何言ってるんだ。車が走るために作られた道路だよ。こんな所よりずっと走
りいいに決まってるさ」
街のすこしはずれから高速道路が始まっていた。それは風になびく白いリボ
ンの様に、うねうねと果てしなく続いていた。しかし今ではそれはもう、万里
の長城さながらに何に利用される事もなく、取り壊されもせず、さびれるまま
に放置されているのだ。たまに街の人々が会社の昼休みなどに自転車を持ち出
して来て走り回る事もあったが、どんなに街がにぎわっている時でも人影は殆
ど見る事が出来なかった。
街の人々はそんな高速道路がある事さえ忘れてしまっているのかもしれない。
しかし、それは続いている。暖かい空気の中をどこまでも、青い空の下を果て
しなく、キラキラと陽の光の中を続いている。
誰もいない街のビルの谷間にエンジンの音がこだました。何かの動物の唸り
声を連想させるそれは、現代の乗り物からは考えられないほどの荒々しい響き
だった。しかしまた、ある種の力強さを秘めてもいた。
賢二の運転する自動車は静止した自走路の上を走り、やがて高速道路の入口
にさしかかった。助手席の美沙夫は緊張して、前方を見つめている。何て不安
定な乗り物だろうと彼は思った。
車は本線に乗り入れた。次第に速度が上がって行く。二人の少年は不安だっ
た。自動車の振動が直接体に伝わり、今にも車体が分解してしまいそうに思え
る。
しばらくそうやって走っていたが、いつしか少年たちは、その振動がなぜか
心をときめかせているのに気がついた。走っているんだと少年たちは思った。
それこそ正に走っていると言う感じだったのだ。
時速は六〇キロ出ていた。そのスピードにも慣れて来ると、景色を見る余裕
が取りもどせた。高層ビルが束になって建ちならぶ街は左側に広がっていた。
少年たちはその角度から街をながめたのは初めてだった。そして改めて大きい
と思った。道路が右に左にカーブするにつれて、街も位置を変え、次第に遠の
いて行った。
あとは高速道路ばかり。長い長いどこまでも続くこの高速道路を、かっては
様々な色、様々な大きさの数多くの自動者たちが、ひしめき合いながら走った
のだ。少年たちが、博物館のムービーサービスで見たその景色は、彼らにとっ
て夢のまた夢であった。それも奇妙な悪夢であった。そして今、この広い高速
道路を彼たちの車だけがわがもの顔に走り抜ける。たった一台の車のためにこ
の道路は続いている。それは夢ではなく、素晴らしい現実だった。
「どうだい? 今度は君が運転しろよ、ミサ」
「いいよ、今日は日曜だから明日からまた学校が始まる。早く帰らなくちゃ」
気がつくともう日が暮れかけている。
「ミサ、こわいのか? おじけづいたのかい」
「ああ、きっとそうだよ。君みたいにカンが良くないからね」
美沙夫はなげやりに言った。
「じゃ、来週までおあずけだな」
そう言うと賢二はゆっくり速度を落とし、あぶなっかしげなUターンをして
引き返し始めた。
六 秘密
「ケン、何を描いているの?」賢二の母親が机に向かって何かを一心に描い
ている彼の部屋のドアからのぞき込んだ。賢二は振り返りながらそのスケッチ
ブックを机のひきだしにあわててしまった。
「何を隠したのケン?」
「あは……何でもないよ」
「ま、何でもないんだったら何も隠す事ないんじゃないかしら?」
「本当に何でもないんだってば」
「まあいいわ、ケンだけの秘密てわけでしょ。私は物わかりのいい母親ですか
らね。ところでねえケン、この前の休みの日、三日間どこへ行ってたの? 特
に日曜日。油まみれになって帰って来ちゃって」
「何でもないんだ……」
「何でもないですって?」
「秘密だよ、ひ・み・つ」
「まあ」
「美沙夫とぼくだけの秘密だよ」
「美沙夫って、あの星野君?」母親は少し安心した顔になって「あの子と一緒
に何かやってるの? よかった。あの子は頭のいい子だから安心できるわ!」
母親はそう言うとドアを閉めて階下へ降りて行った。賢二は何か文句を言いた
げに、口を開きかけたが、ため息をひとつつくと、ひきだしを開けて、さっき
のスケッチブックを取り出した。それは、彼らが見つけた、あの自動車の絵だ
った。
七 ある装置
次の金曜日になった。賢二と美沙夫はその日も朝から地下駐車場の暗闇から
自動車を引きずり出した。賢二が運転して高速道路までやって来ると今度は美
沙夫がハンドルを握った。
時速四〇キロ。それ以上出すのは何となく不安だった。美沙夫は小型飛行艇
のライセンスを持っていた。かなり難しいテストに合格すれば年令に制限なく
ライセンスは取れた。その小型飛行艇の方が操縦は楽だった。大部分が自動化
されていて、自分のカンに頼る必要はあまりない。しかしこの自動車という乗
り物は、かなりカンを必要とする。そうなると賢二の方が数段上手だった。
それでもしばらく走り続けているうちに、美沙夫も次第にコツをつかんで来
た。時速は六〇キロだった。飛行艇の操縦は味気ない。美沙夫はそう思う様に
なっていた。自分が本当にこの車を動かしている、彼は満足感を味わっていた。
かなりの距離を走ってから再び運転を賢二に代わった。今度は更に高速で先
へ足をのばした。時速は八〇キロ。ついに一〇〇キロを出していた。コンクリ
ートの表面のかすかな凸凹をタイヤが感じ取り、それを更に二人の少年の体へ
と伝えた。車と自分の体が一体化してしまうような恍惚感が二人を捕らえて離
さなかった。車で何時間もかかるこの距離を飛行艇ならば、あっと言う間に過
ぎてしまうだろう。しかし、それはただ単に移動したと言うだけに過ぎない。
道路の上をタイヤの回転につれて、それだけの距離を走る。正に走るのだ。
賢二は高速道路の両側にならんだ、ある物に気がついた。こんなに遠くまで
やって来たのは初めてだった。それまでに見た事もなかった物だった。一メー
トルほどのパイプの上に回転する直径二〇センチほどの卵形をした頭がついて
いて、それにはめ込まれたレンズが、彼らの車が通過するとキラリと光って追
って来る。そんな奇妙な装置が五〇メートルおきにならんでいるのだ。賢二は
車を停めて確かめて見る事にした。
その装置はエンジンをかけっぱなしにしている車の方をじっと見つめている。
「何だと思う? ミサ」
「さあ、わからない。このレンズは何かの分析装置みたいだ。それからこの下
にある小さな円い口は何か特殊な電波の発振機のようだ」美沙夫は車の方を振
り返った。「待てよ、ケン、車のエンジンを停めてくれないか」
賢二は言われた通りにした。
「やっぱりそうだ、見ろケン」
装置は車のエンジンが停まると、レンズの光が消えて、正面に向き直って、
動きを停止した。
「やっぱり何なんだい?」
「これは自動車の排気ガスに反応するんだ。分析装置なんだ」
「ふーん、そんな装置がまた何で今でも動いているんだい?」
「電源はきっと太陽電池か何かだろう。今までずっと動作して来たのなら電池
も次第に充電する力が弱くなっただろうけども、車が通らない限りこいつは動
かないんだ。だから今でも壊れていないのさ」
「でも排気ガスを分析してどうするんだろう?」車の方を見ながら賢二が言っ
た。
「さあ、そこまでは解らないな。明日図書センターのテレフォンサービスを使
って調べて見ようか?」
「いいよ。月曜になってからで。時間がもったいないよ。休日のうちに、もっ
と練習しなくちゃ」
再び車は動き出した。奇妙な装置は相変わらず彼らの車をにらんでいたが何
をするわけでもなかった。彼らはもうその装置には気もとめず、ドライブを楽
しんだ。
−−続く