#3768/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 3/11 18:18 (196)
少年たちのハイウェイ 1 和田宜久
★内容
一 国立図書センター
少年たちの学校からその図書センターへは最も便利な道のりであった。
学校の中ではどこへ行くにも歩かなければならない。エレベーター等も機材
運搬用の物しかなかった。しかし、一旦校門を出てしまうと街の中ではほぼ完
全に行き渡っている自走路を利用出来るのだ。行き先に応じて色分けされた自
走路に乗ると自動的に目的の場所につれて行ってくれる。
萩賢二(はぎけんじ)と星野美沙夫(ほしのみさお)はその日もまた、最も
幅が広く、最も利用者の多い白い自走路に飛び乗った。
自走路は幅一メートルほどの走るベルトが、多い物で一五本、少ない物でも
七本で出来ていて、両側は乗り降りのために歩くほどの速度で中心へ行くほど
速くなっている。少年たちは二人とも一〇才、せっかちな年頃なのかぴょんぴ
ょんと一番速い走路に移ると楽しそうにおしゃべりを始めた。
国立図書センターには、その名の通り、ありとあらゆる種類の、時代の、人
類の足跡とも言うべき莫大な量の書物が保管されていた。しかしそこの利用者
たちは、まずその書物の実物に手をふれる必要はない。
閲覧ブースが一〇個ずつ何十列にも並んでいた。少年たちはそれぞれ使用さ
れていないブースの中へ隣り合わせて入った。彼らは最近毎日の様にここへ通
い続けていた。慣れた手つきで自分たちの図書カードを取り出すと前面のパネ
ルに差し込んだ。するとスクリーンが明るくなり、アルファベットと数字が浮
かび上がった。
星野美沙夫は、今日は新しい本を探すつもりだった。ライトペンを取り上げ
アルファベットの文字を次々に示した。CONVEYANCE・乗り物の項。
パネルに赤ランプが点いた。該当する本の種類が多過ぎてスクリーンに全部映
し出すのが困難であると言う意味なのだ。条件を追加しなければならない。美
沙夫はライトペンでさらに《一九七〇年代》《ガソリンエンジン車》と付け加
える。赤ランプは消えて、スクリーンに数千冊の書名が映った。まだ多いので
《構造》《整備》の条件を追加すると書名は数百冊に減った。そのうち適当な
のを美沙夫は選んで、スクリーンに映し出し目を通し始めた。右手のひとさし
指と中指を彼はパネルのボタンの上にかけている。ひとさし指のボタンを押す
とページが代わる。これはと思うページで中指のボタンを押すとパネルの下部
から、そのページの複写された物がはき出されるのだ。
彼ら二人の少年は自分たちが生まれるはるか以前の乗り物になぜか興味を持
って毎日の様にこの図書センターを訪れていたのだ。星野美沙夫は構造・整備
の本を読み漁り、萩賢二は運転の本に読みふけっていた。
美沙夫と同じ要領で本を選んだ賢二はかなりのスピードで読み飛ばしていた。
運転の本はどれもこれも似通った内容だった。飛行艇の操縦を覚える時のよう
なシミュレーターでもあればと賢二は思うのだが無理な注文だった。博物館に
は実物がある。しかしまさか動かしてみるわけにも行かなかった。運転を覚え
ようとすれば今の所本に頼るより方法がなかったのだ。
二人の少年たちはほとんど時を同じくして閲覧ブースを出た。パネルから引
き出した彼らの図書カードには、ブースの使用料とコピーの代金が差し引きさ
れ記入されていた。それは少年たちの小遣いからでも容易にさけるごくわずか
の出費であった。
二 ケンとミサ
「どうだい運転はもう覚えたかい?」帰り路、自走路の上で美沙夫は賢二に
聞いた。
「ああ、もう頭ではね。運転出来るかどうか実際にやって見なくちゃ自信はな
いな」
「そうだろうな」
「だからそれよりミサ、君の方はどうなんだ?」
「大丈夫だよ。時間はかかってるが決して難しくはない。バッテリーは教材用
の一番簡単なやつを充電して持って行けば間に合うし、ガソリンも実験に使う
からってパパからもらってだいぶあそこへ運んだからね。それからほら」美沙
夫はポケットから小さな物を取り出した。
「へぇ、うまく出来たね」賢二はそれを見て言った。
「簡単なもんだよ。学校の工作機械があれば何だって出来ちまう」彼はその点
火プラグをまたポケットにしまい込んだ。
美沙夫の父は航空宇宙局の技師だった。その血を受け次いだのか、彼自身も
機械に対しては人一倍興味を持っていた。学校でもその方面の専門教育の時間
を多く持っている。
賢二の父親は何の変哲もない会社の事務の仕事をしている。父と違って彼は
運動神経が発達しているのか、体を動かすのが何よりも好きだ。しかし学校の
成績も決して悪くなく、これと言うとび抜けてよい科目がないので、今の所学
校のプログラム通りの授業を受けているのだった。
「それじゃまた明日」賢二が言った。二人の少年は別々の方向へ帰るのだ。
賢二が次第に速度のおそい走路に移っていくのを見送りながら美沙夫は声をか
けた。
「ああ、また明日。あさってにはきっと動かせると思うよ、ケン」
賢二の、それに答える声は聞こえず、手を振っている姿が、サブウェイの入
口に吸込まれて行くのが見えた。
三 街の休日
二日後。街は休日であった。金・土・日の三日間、人々の休日と共に街も本
当の意味で休日に入ってしまうのだった。
一週間のうちの四日間、休みなく働き続けた自走路も鳴りをひそめ、ビルの
窓々の灯も消え、どこからともなく聞こえていた音楽も止絶え、そして人々の
姿も声もなく、時々サブウェイのかすかな気をつけて聞いていないと気づかな
い通過音がするばかり。その他は人工的な音は何ひとつ聞こえない。鳥の声、
おだやかな風の音の他は何も聞こえない。
休日なのだ。街には誰もいないのだ。決して空気が悪い所でもなく、多少の
騒々しさをこらえれば充分生活出来る街だった。しかし人々は総て街からはな
れた郊外に住宅を持っていた。比較的街に近い人々は高速サブウェイで、少し
遠い人々も自家用、または公共の飛行艇で、毎日、あるいは一週間ごとに通っ
て来るのだった。誰一人として例外はなかった。
だから街はこの通り、今日から三日間、誰もいなくなった。建ちならんだ高
層ビルには夜間になると上空を時たま通過する飛行艇のために自動的に灯がつ
くだけで、火災のための消火装置なども事が起こらない限り、機械音ひとつ立
てない。
街は街だけでひっそりと、温かい光をあびながら休日を楽しんでいるようだ
った。
休日には極端に数が少なくなる、街を通過する高速サブウェイが珍しくその
日、二人の乗客を降ろした。賢二と美沙夫だった。賢二はいつもと同じように
自走路に足をかけて、思わずよろめいた。
「ばかだな、自走路は動いていないのに」美沙夫が言った。二人は顔を見合わ
せて大笑いした。
空はぬける様に青かった。でもそれはいつもと同じ、四角くビルによって区
切られた青い空間だった。二人の少年は見上げようともしなかった、家へ帰れ
ばもっと青く、もっと広い青空が見上げる必要もなく目に入って来るのだ。
少年たちは自走路の上をかけて行った。一キロも走るとその速度は急に落ち
た。美沙夫があごを出してしまって、賢二が彼を待つかっこうになった。
「ああ、つかれた……」美沙夫はもう歩き始めていた。「いくら学校の中では
歩いて鍛えていると思っても、いざとなると……」
「あはは、これから毎週走って鍛えなくちゃな、そうだ、これから自走路に乗
るときは、一つ速度の遅いのに乗って一番速いのに追いつけるように歩く事に
しなよ」賢二が言った。
「き、きみもそうやって鍛えたのか」
「ぼくは生まれつき走るのはとくいさ」
二人の少年はやがて古びたビルが多く建っている地域へやって来た。自走路
もかなり細く、あまり利用されていないビルが多いのだろう。
そんなビルの中でも更に古く、壁もひび割れた、旧式のビルの手前で賢二と
美沙夫は立ち止まった。街中のビルに、誰もいないのは休日だからだが、この
ビルは休日が終わっても誰もやって来ない。この場所に何か別の目的で建造物
が造られるまで、取りこわされる事もなく危険がない限り放置される事になっ
ているのだった。
そのビルの地下は駐車場だった。正面から見て右側にせまいビルの入口があ
り、左側半分以上を占めて、地下へゆるやかなスロープとなって続いている駐
車場への入口があった。
賢二が先になって降りて行った。小型のライトを取り出して次第にうす暗く
なる足元を照らしながら。
二人が立ち止まったところには外の光はほんの少しの明るさを間接的に投げ
るだけで、あたりの様子は全く解らなかった。美沙夫は賢二のライトが照らし
ている天井から下がった、電池式の球形ライトのスイッチを入れた。それは少
年たちが以前ここへ来た時に取り付けた物だった。
大して広くもない駐車場は、その小さなライトですみずみまで明るく照らし
出された。そこに少年たちは、自分たちの最も素晴らしい宝物の変わらない姿
を見つけて、ため息をついた。何かの生き物のようにうずくまっているそれは、
ガソリンエンジンで動く旧式な地上車だった。四つのタイヤで地上をころげ回
るグロテスクな自動車であった。
四 練習
その自動車はよく磨かれていたが、さすがに古さはかくせなかった。うすい
鉄板で造られた車体の所々は塗料がはげて錆びている。ひどい所は穴があいて
しまっていた。殆どはずれかけたネームプレートは《セリカ》と読む事が出来
た。前と後に取り付けられていた跡があるナンバープレートは駐車場のすみに
放置されていた。
賢二がこの自動車を見つけたのは、ほんの偶然だった。人一倍好奇心が強か
った賢二はある日、この複雑に入り組んだ街をすみずみまで歩いて見ようと思
った。毎日サブウェイで街へやって来て、学校で過ごし、時々図書センターへ
よって、何か用事がある時でも、セントラルデパートへ行くだけで殆どの用は
足りてしまう。その行動範囲は距離的にはかなりあったが、街の中で占める面
積と来ては話にもならないほどわずかであった。毎日街へ来ているのに知らな
い所が多すぎる。賢二はそれから毎日学校を終えてから、今まで乗った事のな
い自走路を探検して行った。
しかし次第に賢二はそれにも興味を失っていった。自分が今いる場所は、今
まで来た事のない場所だ。確かにそれは新しいところには違いないが、自走路
の色と、会社の名前のプレートが違うだけで規格統一されたビルがならんでい
るばかりなのだ。ユニークなデザインのビルは総て公共の建物で、その殆どは
街の中心部に集められている。だから周辺には同じような建物が続いているば
かりだった。
もうこんなバカな探検なんかやめてしまおうと、思いながら自走路に乗って
いた賢二の目をかすめた物があった。あわてて、反対方向の自走路に乗り替え
て引返す。それがこの古ぼけたビルだった。ビルの前に自走路が走っていない。
それが賢二にとって不思議でしょうがなかった。
その小さな十階建てぐらいのビルが何にも使われていないのを知ると、賢二
は地下の駐車場へ降りて行った。その時は気がつかなかったが、次の日ライト
を持って再びそこへやって来て見つけたのが彼が生まれる前の時代の乗り物だ
った。今では博物館でしか見る事が出来なくなっている、旧式な地上車。「動
かしたい、自分で動かしたい」どうしょうもない衝動が少年の小さな胸にこみ
上げて来た。
賢二は友人の星野美沙夫に相談した。機械いじりが好きだった美沙夫もすぐ
にこの旧式な乗り物に興味を持った。そして毎日、こつこつと修理されて行っ
た。解らないところは、知識を図書センターから仕入れ、一方で運転の技術も
頭の中だけでつめ込まれた。
彼ら二人の少年によってではなく誰か他の人々によって発見されていれば、
ただちにスクラップにされていたはずのその自動車は、今にも何十年ぶりかで
動き出そうとしていた。
賢二が運転席に、美沙夫は助手席にすわった。尻の下にクッションを二枚し
いて、やっと前が見えた。席を一番前にスライドさせてやっとクラッチ・ブレ
ーキ・アクセルに足がとどいた。キーは初めからなかったので結線をはずして、
押しボタンでスターターを回すようにした。
ボタンを押すと、あえぐ様なモーターの音がした。二度三度くり返してもエ
ンジンはかからない。賢二はチョークレバーを引いて、また二度三度くり返し
た。やっとエンジンが回り出したかと思うと、プスンと停まってしまう。
「きのうテストした時はうまくかかったのにね」美沙夫が慰める様に言った。
「なあに、ちょっと緊張してるからさ」賢二は汗をぬぐいながら言う。「いざ
本当に動かすとなると思う様に行かないよ」
今度は二度目でエンジンは回転を始めた。しばらくアクセルを踏んでエンジ
ンを暖めてから賢二はサイドブレーキのレバーをゆっくりはずした。
ガクガクガク……とその自動車は動き始めた。駐車場の出口へ向かうゆるや
かなスロープの前で賢二は一度車を停めて、二度三度エンジンを空ふかしした。
クラッチをゆっくり入れて行くと車体はスロープに乗り上げグググと持ち上が
った。殆ど登り切ったと思ったとき、急にエンジンの回転数が落ちた。
「もっとアクセルを踏むんだケン!」美沙夫が叫んだ。エンジンが停まってし
まった。するとものすごいスピードで車は後退を始めた。
「ブレーキ! ブレーキだケン!」
−−続く