AWC 死霊の都7     つきかげ


        
#3756/5495 長編
★タイトル (BYB     )  97/ 2/19  19:13  (182)
死霊の都7     つきかげ
★内容
「これは」
  私は、激しい眩暈を感じる。この文章は、私がジーク王に会った時の状況その
ままだ。私は、続きを読みすすむ。すべて私がこの数日で経験した通りの事が書
かれている。そして、文章は私がクイック・デッドを飲んだところで終わってい
た。私は呟く。
「どういうことだ」
「ふたつの可能性があるね」
  月影はあのいやらしい笑みをうかべたまま、言った。
「ひとつは、私が君の経験を夢に見たという可能性。もうひとつは、君の記憶に、
私の見た夢が植え付けられたという可能性」
  私は、月影の前に再び腰を降ろす。
「あんたの夢が私の記憶に?信じられんな。月影さん、あんたはどう考えている?」
「一番私自身が納得のいく説明は、この世界が夢であるということだ。もしも、
この世界が夢であるのなら、その夢はクイック・デッドを飲んだ人間が共有する
夢だという事になる。
  夢を共有するという事は、記憶の共有にもつながるだろう。私の頭の中には色
々な人間の記憶が流れ込む。それは、君のかつていた王国の記憶だ」
「しかし、あんた自身の王国での記憶は無いのだな」
「ああ、なぜかね。ただ、この街の人間の大部分は王国の記憶なぞもっていない。
ケイン、あんたも、王国の記憶を失っていただろう。よほどの偶然がないかぎり、
王国での記憶はここではとりもどせない。多分、キーワードがあるんだろう」
  私は、思い当たるものがあった。
「デルファイだ」
「あんたにとってのキーワードが、デルファイだったという事だ。この街にいる
者それぞれに、固有のキーワードがあると思う」
  私は、ため息をついた。
「しかしな、月影さん。あんたの言うことは一見尤もらしいんだが、どうやって
証明できる?」
「できないよ。証明なんて。要は、リアリティの問題だろ。この街を見てくれ。
大抵の快楽は手軽に手に入る。人殺しさえ、ゲーム感覚で楽しむことができる。
あんたが、殺されかけたようにな。
  誰かを殺したいというほどに憎むこともなく、その人の為なら死んでもいいと
思うほど愛することもない世界。すべてがロールプレイングゲームに取り込まれ
てるかのように、与えられた役割さえ演じていればいい世界。この世界にはリア
リティがない。
  私の夢の中に入り込んでくる、他人の王国での記憶のほうが、ずっとリアリテ
ィがある。リアリティの無いほうが、夢の世界だというのが、当然の理屈だと思
うがね」
  私は、クイック・デッドを飲む前に、キャロルに聞いた魔法についての説明を
思いだした。私は、それを月影に話す。

『いいかい、世界とはな、それを見つめる眼差しがなければ、なんの意味もない。
考えても見ろ、意味や価値といったものは、心の中の問題だ。つまり、眼差しが
なければ、世界は素粒子の嵐と同じ事になってしまう。
 ところでだ、世界は眼差しがなければ、存在しないも同じという事はだ、世界
は心の中にこそあるといってもいい。外にある素粒子の嵐は、心の状態によって
色々と変わって見えてくる。
 例をあげよう。大抵の人間は、空にかかる虹を見て、七色というだろう。しか
し、東方の辺境へ行けば、三色の虹と呼ぶ部族もいれば、五色の虹と呼ぶ部族も
いる。虹というのは、ただの色の分布だ。それを見る心の有様によって三色にな
ったり、七色になったりする。つまり、世界なんてものは、共通の幻想だし、最
も強固な幻想が世界だといってもいい。
 いいかい、魔法というのは、幻術ととてもよく似ている。ただ、幻術は、夢を
見せるにすぎないということだ。夢は夢だ。魔法はその先がある。幻術によって
世界を見るものの心の有様を変容させ、別の世界と同調させる。つまりな、ただ
の素粒子の嵐にすぎない世界を、全く別の見方で見させられるという事は、別の
宇宙へ行ってしまうという事と同じなんだ。それが、魔法の基本的な考え方だよ』

  私の魔法についての説明を聞いて、月影はせせら笑った。品性というものが、
かけら程も感じられぬ、笑いだ。
「魔法は夢にリアリティを与えて、それを現実に変えるということかい?もしも
この世界が魔法によってつくられたのであれば、中途半端な魔法というべきだろ
うな」
  月影の、言う通りではある。私のここでの記憶は、確かに尤もらしい。しかし、
どこか綻びがある。具体的に指摘は、できないのだが。
「ところで、ケインどうするね。シュラウトを探すのか?」
「いや、それにしても、まずはジュリとツバキを見つけねば」
「二人の居場所なら、教えられるよ」
  私は、月影を見る。例のいやな微笑みを、浮かべていた。
「夢に見たんだ。あんたが、ここへ来たのが判ったようにな」

  私は、静かに流れるアコースティックピアノの音楽を聞きながら、ジン・トニ
ックを啜った。そこは、薄暗く、囁き声に満ちている。煙草の煙が、夜空に流れ
る雲のように、青白く漂っていた。
  私は、月影に教えられたライブハウスにいる。今夜、そこにジュリが演奏者と
して現れると聞いた。
  ライブハウスは、剥き出しのコンクリートの壁に囲まれ、天井は金属のパイプ
が縦横に走っている。ここにいる若者たちは、フロアに腰を降ろしたり、壁際に
突っ立っていたり、思い思いのスタイルで演奏者を待っていた。
  そこはまるで、冥界への待合所を思わす。死者の国へ魂を運ぶ馬車を待つ、死
せる魂たち。そう思わせるほど、そこにいる者たちは、夢見るように茫洋とした
表情をしている。
  静かな夜の海の底のような、空間。そこに流れるのは、蒼ざめたアコースティ
ックピアノの音。私は、夢想してみる。ここにいる者たちは皆、王国のどこかに
ある地下室の棺で死の夢を貪る者たちだと。死者の夢みる死者の国。
  漣のように、ざわめきが広がっていく。ジュリとそのバンドのメンバが、姿を
現した為だ。ジュリたちはステージ、といってもフロアと多少段差がついている
だけだが、に上がる。
  天空を覆った真冬の雲が裂け、突然春の日差しが差し込んできたように、ジュ
リが照明の中に浮かび上がった。その姿は降臨した天使のように、白いドレスに
包まれている。黒衣の女性が、ジュリの背後で力強く、電子ピアノを弾きはじめ
た。ジュリが歌い出す。

              一滴の小さな雫は、水の中へ
              一羽の小さな鳥は、空の中へ
              一匹の小さな魚は、川の中へ
              一つの小さな星は、宇宙の中へ

  ジュリの瞳はまるで彼方にひろがる宇宙を見つめるように、遥か遠くへ向けら
れている。ジュリが歌っているのは、この世界での私の故郷に伝わる、古いトラ
ッドだった。ジュリの歌がライブハウスを支配すると、人々は死の静けさの中に
囚われていく。

              窓の外に降り積もる雪
              瞼の奥に広がる白い闇
              愛した彼の
              白い
              骨を撒く。

  ジュリたちは、歌以外に殆ど口をきくことなく、演奏を終えた。ライブハウス
は、再び暗く澱んだ空気をとりもどす。ざわめきが水面に波紋が広がるように、
ライブハウスを満たしていく。
  私は、客と一緒に一旦外へ出ると、ジュリが来るのを待つ。ジュリは、暫くし
て、他のメンバーと一緒にライブハウスから出て来た。
  ジュリは、目の前に立った私を見て、言った。
「ファンという訳じゃないわね」
「話がある」
  ジュリは、小首を傾げる。
「何かしら」
「君の弟を探している」
  ジュリは、私に名刺をよこした。
「ここへ、いらっしゃい。運がよければ会えるわ」
  名刺を渡し、ジュリは私の前から立ち去る。名刺には、こう書かれていた。

  「水晶占い
    鏡 樹理」

  その名刺に、彼女の仕事場の住所が書かれていた。

  翌日の昼下がり、私は名刺に書かれた住所の場所にいた。そこは、街の中心か
ら少し離れた、住宅街とオフィス街の中間的な場所だ。
  鉄道の高架下に、裏路地がある。昼間でも薄暗いそこは、何か呪術的なものに
関係しているかのような祭壇が入り口にあり、祭壇には色鮮やかな南国の果実が
備えられていた。
  しん、として暗い裏路地へ、私は足を踏み入れる。香の薫りと、香辛料の薫り
が混ざったような臭いが立ちこめていた。
  ときおり電車が通り、ごうごうと裏路地を揺する。小さな酒場や、無国籍料理
の店が並んでいるようだが、そうした店が開くにはまだ時間が早い。
  壁の所々に、獣の頭を持った神の肖像や、LOVE&PEACEのマークの描
かれた路地を、さらに奥へ入る。中世のハープシコードで演奏されている、繊細
な煌めきを持った音楽が聞こえてきた。音のする所をのぞいて見ると、ガラス戸
の向こうにジュリを見つける。
  私はガラス戸を開け、中に入った。
  ジュリは、煙草を吸いながら頬杖をついて音楽を聞いている。目の前には、水
晶球が置かれていた。
「やあ」
  そう声をかけると、ジュリはため息をついた。
「私の弟の事だったら、探偵に頼んでさがしてもらっているの。探偵の名は椿」
  私は、苦笑した。
「じゃあ、私に用は無いわけだ。邪魔したな」
「ねぇ」
  ジュリは、ものうげに言った。
「せっかく来たんだし、話していきなよ。あなた向こう側での記憶があるの?」
「向こう側?」
「私の弟がいってたわ。もう一つの魔法世界」
「何を聞きたい?」
「向こうでの私を知ってるの?」
「ああ」
  私の笑みは、おそらく皮肉なものだったろう。ジュリは、それに気づいていた
としても、無視した。
「私は、どんなだった?あなたの恋人だったとか?」
  私は首を振る。
「君は、向こうでは、男だった」
  ジュリの表情が止まった。彼女の目の奥で、何かが炸裂しているような気がす
る。突然、麻薬のフラッシュバックが起こったようでも、あった。
  高架の上を鉄道が通り、路地をゆらす。ジュリの体も、軽い痙攣を起こしたよ
うに、震える。
  偶然にも、私はキーワードを引き当てたらしい。ジュリは、甦る記憶のメェル
シュトロォムの中で藻掻いている。
  そして、彼女(彼)は、自らの生を追体験した。

  痛みは、金管楽器のオーケストラが狂った楽譜を一斉に演奏したように、ジュ
リアスの体を貫く。煌めきながら鳴り響く音階の狂った音楽は、幾千もの刃と化
してジュリアスの肉体をずたずたに引き裂いていった。苦痛は人間の許容できる
レベルを遥かに越えている。あっと言う間に意識が黒い闇へと、飲み込まれて行
く。ジュリアスは、その時死を確信した。
  ジュリアスは闇の中にいる。自分の生死も定かでないまま、原初の海のような
所を漂っていた。ジュリアスは、自分が生まれる前に還ったのかと思う。
  ジュリアスは、叫んでみようとした。絶叫も呪詛の呻きも、絶望の嘆きもすべ
て虚しく暗黒の海へ、吸い込まれていく。その海は、無限の広がりを持っている
ようだ。





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