AWC 死霊の都6     つきかげ


        
#3755/5495 長編
★タイトル (BYB     )  97/ 2/19  19:11  (183)
死霊の都6     つきかげ
★内容
  私は父の敵を討つ為に、ユンク流の剣術を学んだ。そして何年もかかって、よ
うやく父を殺した男を見つけた時、その父の敵は別の男に殺されていた。
  私の敵を殺した男、それがジークである。ジークフリート・ローゼンフェルト、
かかわる者を必ず混乱に巻き込む、悪魔の豚。
  空腹が、私を追憶から現実へ戻す。私は懐を探ってみた。紙幣が何枚かある。
USドルだが、何とかなるだろう。
  無造作に屋台が並ぶ、広場へ私は向かった。煙と様々な臭いが立ちこめるその
場所は、又、様々な色彩に溢れている。夜の煌々と輝く十三の塔の照明の下に、
黄色や緑の原色で輝く南国の果実に、殺された獣の赤黒い臓物が並べられていた。
  私は、屋台の一つに入いる。そこは、やたらと辛い赤いスープに細いヌードル
を入れたものを、売っていた。私は、USドルの紙幣を屋台の親父へ放る。親父
は無言で、どんぶりに赤いスープを注ぎ、茹でたヌードルをぶち込むと私の前へ
置く。
  浅黒く、南方系の民族らしい親父は、奇妙なイントネーションの英語で話かけ
て来た。
「なあ、あんたアメリカの人か。アメリカは、いいところだそうだな」
  私は、食いながら首を振った。
「国籍は、随分昔に捨てた。ここへ来る前、最後に居たのはサイゴンだよ」
  親父は、つぶやくようにいった。
「おれは、カンボジアにいた。革命から逃げてきた」
  私は、頷く。
「ああ、いっぱい死んだからな」
「いっぱい死んだね。男も、女も、子供も、赤子も、いっぱい死んだ。死体の山
だったね」
  親父は無感動な瞳で、淡々と語る。
 私は、ポルポト政権下のカンボジアを思い出した。貨幣を撤廃し、企業も、学
校も、病院もすべて姿を消し、完全なる収容所国家と化した国。
  ナチスのホロコーストとの違いは、無差別殺戮であったところだ。同人種の同
一国民、思想的にも宗教的にも全く差異のない民族を、ポルポトはひたすら殺戮
していった。ガス室なぞなかった為、ほとんどが撲殺である。死体は穴へ、放り
込まれた。何百万もの死体が、穴の中で腐敗していった。
  私は、かつての私の雇い主を救出する作戦で、ポルポトの収容所の一つを襲撃
した。その時に、死体を詰め込んだ穴を見ている。蛆虫と、腐肉の巣窟。かつて
その腐肉が人であったと知ることができるのは、月の光に白く照らし出された髑
髏によってだ。
  私の追憶は、又、王国での記憶に重なっていく。王国でも、大量殺戮があった。
オーラが陥落し、トラウスが政権を握った時、王に据えられたのは白痴のエリウ
スである。
  王エリウスは、女神フライアを奉じるフライア教徒の、徹底弾圧と虐殺を行っ
た。実際には、エリウスは操り人形に過ぎなかったかったのかもしれない。神話
の時代の終焉を唱えた改革派の、デモンストレーションに利用されたとも考えら
れる。
  しかし、狂王と呼ばれたエリウスは、改革派が殺戮を行うことを認めたのであ
り、死体の山を築いた事に責任があるのは事実だ。虐殺の後期には、フライア教
徒も通常のヌース教徒も厳密に差別を付けぬまま、殺戮された。まさに、神話的
なるものを消失せしめる為の、思想的テロルである。
  私は、その殺戮の繰り広げられる王国の中を、なんの手出しもできぬまま、放
浪した。私は、巨大な瀑布のように殺戮へと流れ落ちていく歴史の動きに、関わ
る事すらできなかったのだ。それにしても、私の王国での記憶と、ここでの記憶
は妙に類似している。これには、意味があるのか。
  ここは、そもそもデルファイなのか。私は、本当にケインなのか。私は追憶か
ら現実へ、意識を戻す。屋台の親父は、自分の夢を切々と語っている。親父はア
メリカに行き、フロリダにちゃんとした自分の店を持つ為に、金を貯めているら
しい。私は、空になったどんぶりを親父に返し、屋台を出る。
  私は、巨大な石の建物の谷間を縫うようにして、歩く。鉄道の高架の下に、ダ
ンボールで作られた、小屋が並んでいる。紙の小屋の中には、死のような眠りを
貪る様々な人種の人々がいた。そこは、冥界の静けさに支配された死体置き場の
ようにも、感じられる。
  やがて、広いアーケードへ出た。私は、そろそろねぐらを探そうと考える。そ
の時、私の背後に視線を感じ、振り向いた。私の瞳を、輝くモータバイクのヘッ
ドライトが灼く。
  私のほんの二十メートル程後ろに、殺意を秘めた金属の獣に跨った男たちがい
た。その数は、十台程だろうか。
  私は警察署で聞いた言葉を、思い出した。(気晴らしで野良犬を殺すようなや
つはいっぱいいる)
 どうやら、私はそうした類の連中に、出くわしたらしい。
 バイクは、獣の唸りのようなエンジン音を、咆吼へと高めていく。男たちは皆、
フルフェイスのヘルメットに、黒い革のつなぎを身につけていた。
  先頭の二人の男たちが、片刃のロングソードの鞘を払う。アーケードの照明を
受け、二振りのロングソードは邪悪な龍の双眼のように、冷たく輝く。
  二台の鉄の獣が前輪を蹴り上げ、後輪にかん高い悲鳴を上げさせながら、私に
向かって走りだした。掲げられた片刃の剣が、私に死を宣告するように、厳かに
煌めく。
  私の手から、蜻蛉の羽のように薄い水晶の刃が飛ぶ。水晶の刃は冬の女神の吐
息が吹き抜けるように、アーケードの中を空気を裂いて疾った。
  二頭の金属の獣は、後輪を裂かれ、暴走する桿馬のように大きく飛び跳ねなが
ら、私の横を通り過ぎる。一台は、轟音を立てて、ショーウィンドウへ飛び込ん
だ。ガラスが光の洪水のような輝きを見せ、道へ落ちる。跳ね飛ばされたマネキ
ンが無機質な笑みを見せながら、狂気のダンスを踊るように路上で回転した。
  もう一台は、火花を散らしながら、道を滑っていく。そのまま車道へ、出る。
たまたま通りがかったタクシーが乗り上げて横転し、轟音とガラスの破片を散ら
しながら石の建物へぶつかった。
  やがて漏れたガソリンが引火したらしく、炎が深紅の舞踏を始める。踊り狂う
サラマンダの僕たちが、街を狂乱の赤に染めていく。情熱的な女の愛撫のように、
炎が石の建物を舐め回す。
  私は、背後で繰り広げられる灼熱のサラマンダたちの乱舞に押されたように、
一歩ふみだす。それに応えるように、中央にいる鉄の獣に跨った男が、火砲のよ
うなものを懐から出した。
  いわゆる、グレネードピストルのようだ。グリップの後ろに、ショルダースト
ックが付けられている。
  ナチスドイツが昔、そういったピストルを開発したという記憶があった。確か、
ワルサーカンプという名だ。ロシアの戦車の装甲をぶち抜いたという、伝説があ
る。ただの不良が、いにしえのドイツ軍の拳銃を持っているとは考えがたい。と
すれば、彼らはこの世界で私が関わった裏社会の、戦闘要員だろうか。
  男は、グレネードピストルを肩付けし、私に照準を合わせる。私は、再び水晶
剣をふるった。炎の精霊たちが巻き起こす灼熱の風を切り裂いて、氷の妖精の羽
が疾り抜ける。
  グレネードピストルを持った男の腕がずれ、下に落ちていく。銃口が後ろを向
き、道路へ落ちた。切断された肩口から血飛沫があがるのと同時に、グレネード
ピストルが暴発する。
  対人用留散弾が、最後尾にいた鉄の獣の燃料タンクをぶち抜いた。私は、慌て
て道路へ伏せる。天空から星が墜ちたように、一瞬あたりが眩い光につつまれた。
轟音とともに、熱風が狂乱の叫びをあげ吹き抜ける。あたりは、火龍の巣窟のよ
うに、凶暴な焔たちに支配されていく。
  男たちは乱舞する焔に囲まれ、その熱狂が乗り移ったのか、金属の獣に雄叫び
を上げさせる。私は、アーケードから抜けて、路地に飛び込んだ。金属の獣たち
が狂おしい絶叫をあげながら、後を追う。
  私は、細い路地を疾走した。迷路のような路地をゴミ箱をなぎ倒しながら、走
り抜ける。男たちは、バイクに乗りまき散らされたゴミを踏み潰しながら後に続
く。石の建物の裏口から出ようとした男娼が私たちの疾走に出くわし、罵声を浴
びせる。
  私はバイクに追いつかれないよう、細かく路地を曲がった。多少引き離したも
のの、いきなり大通りに出てしまう。幅広い道に直面した私は、飛び込む路地を
さがして見回す。背中にエンジン音が、迫ってきている。
  突然、私を呼ぶ声を聞いた。
「ケイン!」
  私は声のするほうへ、走る。一台の中型車が、路肩に止まっていた。私を呼ぶ
声はその中からしているようだ。車の助手席のドアが開く。私はその中へ駆け込
んだ。
  車は発進した。後ろで、バイクが大通りに出てくるのが見える。向こうは、こ
ちらに気が付いていないようだ。私は運転席の男に、声をかけた。
「誰か知らんが、ありがとうよ」
  黒のロングコートに漆黒のサングラスを付けハンドルを握る男は、苦笑しなが
ら言った。
「礼はいいから、その剣を収めてくれるか」
  私は、手のひらに隠した水晶剣を、手首の鞘へ戻す。私は、男に尋ねた。
「あんたは、クイック・デッドを飲んでここへ来たのか?」
「いや、私には向こうの世界の記憶はない」
  私は疑わしげに、男を見る。私のケインという名を知っているという事は、王
国での私を知っているという事だ。
「信じられないのは、尤もだろうな。まぁ、おいおい説明するよ。私の名は月影。
月影愁太郎」
  そういうと、男は口元を歪めた。笑っているらしい。えらく野卑な笑いに思え
た。
「私の名は知ってるようだが、自己紹介しておこう。トラウスのケインだ。で、
どこへ向かっている?この鉄の箱は」
「私の家だよ」

  月影の家は、高いガラスの塔の最上階にあった。星屑を撒き散らしたような地
上を、窓から見下ろすことができる。遠くに赤い輝きが見えるのは、さっきの騒
ぎの火事だろう。
 近くに赤い尖塔がある。電飾でかざられたその塔は、天に向かって突き出され
た赤い槍のようだ。
  私は月影がグラスに注いだスコッチを飲み干すと、尋ねた。
「あんたは、なぜ私を知っているんだ?」
  月影は、部屋の中でもサングラスをつけたままで、服装も漆黒のセータと黒の
スラックスで固めており、立ち上がった影のように見える。肌は妙に白く、年齢
はよく判らない。十代のようでもあり、四十近くのようでもあった。笑わなけれ
ば、整った顔立ちといってもいいのだろうが、笑った時のいやらしさは何とも形
容しがたいものがある。
  月影は、又しても例の野卑な笑みを見せた。
「てっとりばやく言えば、私はこの世界の魔導師なんだ。君がいたあの王国を、
感じ取ることができる」
  月影は、傍らのデスクを指す。そこには、モノクロ液晶ディスプレイのワード
プロセッサーが置かれている。
「それを見てみな。私の見た夢を書いてある」
  私は立ち上がると、デスクの前へ移動した。そこに打ち込まれた文章を、読ん
でみる。

『黄昏の薄闇が、そっと王宮を覆い始めていた。中原で最も東方に位置する小王
国トラキア、そこは草原の異教徒の度重なる侵略を受けるうちに、その影響を色
濃く受けるようになっている。
  廊下の片隅におかれた彫像の中には、異教徒の崇める獣の姿をした神がまざり、
壁を飾る色鮮やかなタペストリも、東方のものらしい。又、ケインの前を案内す
る侍従も、東方系の顔立ちに、黒髪である。
  ケインは冒険者としては、すでに若くない。というより、老いたと言っていい
だろう。そのケインをこの東方の辺境の地へ呼び寄せたのは、友情というよりも、
ノスタルジアかもしれなかった。
 旅そのものに対するノスタルジアというのも不思議だが、放浪の生活が長すぎ
たせいか、一つ所に留まれぬ性分になってしまったようだ。そのせいもあって、
かつての友の招きにのってしまったらしい。
 ケインの前をいく侍従が立ち止まると、厚い布に閉ざされた部屋を指し示した。
「こちらで、王はお待ちです」
 ケインは頷くと、部屋に踏み込む。心を落ち着かせる薫りのする香が焚かれて
いるらしく、紫色の煙と強い薫りに満たされた部屋だ。複雑な幾何学模様の織り
込まれた絨毯の上に、巨大な男がいた。巨大といっても、横幅がの話だが。
「おう、おう、おう」
 男は、獣のうめきを思わす声で吠える。
(どう考えても、こいつが王というのは、なっとくいかねぇやな)
 と、ケインは声にださず、呟いた。トラキアの王にして、かつての友であるジ
ーク、いや、ジークフリート・ローゼンフェルト王が両手を広げ叫んだ。
「久しいなぁ、ケイン。よくぞ、余のために来てくれた」』





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