AWC 死霊の都4     つきかげ


        
#3753/5495 長編
★タイトル (BYB     )  97/ 2/19  18:35  (186)
死霊の都4     つきかげ
★内容
  私とジュリは、半刻後に屋敷へ向かった。見張りたちは、半覚醒状態で、ふら
ついている。ジュリは、推刀を見張りの延髄に突き立て、永遠の眠りにつかせた。
  屋敷の中は、微かな月明かりで蒼ざめて、幻想的に見える。屋敷の中の人間は、
明け方近くで眠っているのだろう。見張りの者たちも、ツバキの夢の中に取り込
まれているらしく、誰もこない。
  私たちは、マダム・セリーヌの部屋へたどりついた。セリーヌ夫人は、ベッド
の中で眠っている。その銀色の髪の女性は、眠っているにも関わらず、侵しがた
い気品を漂わせていた。
「セリーヌ夫人、起きていただけます?」
  ジュリが、めずらしく、丁重といっていい口調で語りかける。セリーヌ夫人は、
我々が来るのを予期していたかのように、即座に目覚めた。
「ジュリアス王子ね」
  セリーヌ夫人は、ベッドの上に身を起こす。まるで、サロンで客を遇するかの
ように、自然な態度で我々を迎えた。
「私は、もう王子とは呼べません。ジュリと呼んで下さい。突然の訪問のご無礼
を、お許しください」
「よくってよ、ジュリ。ご用は何かしら」
  セリーヌ夫人は、稟とした態度で、ジュリに話かける。まるで、イタズラをし
た子供を、窘めるような雰囲気すらあった。
「ご存じかもしれませんが、シュラウト王子が行方不明となっています」
「知らなかったわ」
「シュラウト王子は、デルファイへ行くと、王に伝えて姿を消しました」
  セリーヌ夫人の、青い瞳が鋭く冴える。しかし、薄い唇には面白がるような笑
みが湛えられていた。
「私が、シュラウト王子を監禁していると?」
「いいえ、まさか」
  セリーヌ夫人は、声をたてて笑った。
「あなたね、私の兵士を6人殺したのは」
「非常手段を、とらせてもらいました。時間がありませんので」
「私も、拷問する?」
「まさか」
「私は、自分が拷問の苦痛に耐えられないことを、知っています。ですから、嘘
をつくつもりはないわ。拷問をうけるまでもなく、すべてを話しましょう」
  ジュリは、頷き質問した。
「デルファイとは、実在するのでしょうか。そして、そこへ行く為の麻薬とは?」
「デルファイは、実在します。私は、そう信じています」
  私は、思わずジュリの顔を見る。可能性としては、セリーヌの手のうちにシュ
ラウトがある確率が最も高いはず。ジュリはこの話を、信じるのか?本気で拷問
せず、信用する気なのか。
  ジュリは、深く頷いた。その瞳は、静かに澄んでいる。疑っている様子はない。
「デルファイへ行く為の麻薬は、クイック・デッドと呼ばれています。私は扱っ
ていないけど、それを扱っている男は知っているわ」
「教えてください、その男を」
「キャロル・レインボウといいます。魔導師であって、麻薬の売買を行っている
訳ではない。シュラウトがそのキャロル・レインボウに会ったかも、保証できな
いけど」
  セリーヌ夫人は、キャロル・レインボウの居場所を伝え、ジュリは礼を言った。
「私をどうするの、殺す?」
  セリーヌ夫人は、どこか投げやりに言った。
「いいえ。あなたのことは、王に伝えるつもりもありません。ただ一つ、条件が
あります」
「何かしら」
「質問に答えて頂きたいのです。なぜ、黒狐団を支配しているのですか?権力を
手にするには、有効な手段といえません」
「多分、あなたが男性を捨てたのと、同じ理由よ。ジュリアス」
  セリーヌ夫人は、物憂げにいった。その姿を見るジュリは、なぜか哀しげだ。
「あなたも知っているように、私の夫と息子は下らない政治的対立によるテロル
の犠牲となった。多分あなたが自分の体を焼き尽くされた時に感じたように、す
べての戦い、すべての理念、すべての宗教は無価値で無意味であると感じたの。
それらは、所詮イデオロギーにすぎないと。リアルな絶望の前では、あらゆる救
済の約束も芝居のセリフほどのリアリティを持たないと思ったのよ」
  セリーヌ夫人は、無感動に続ける。
「本当の生を、生きているものは、いない。本当の価値を、見いだしたものは、
いない。あるのは、幻想のようなイデオロギーだけ。そして多分、あなたが本当
の生を見いだす為にとった方法が、男を捨てることだったように、私にとって麻
薬を扱うことが、本当の生、本当のリアリティを見いだす道だった。
  私の夢想、この国の男たちをすべて麻薬で狂わせ、政治も宗教も理想もすべて
灰燼に帰し、狂気の王国、廃墟の王国を招来する。それだけが、私にとってリア
ルと呼べるものだった」
  セリーヌ夫人は、疲れたように言った。
「私にも、ひとつ質問させてもらえる?ジュリアス、あなたは男性を捨てて、リ
アリティを取り戻せたの?」
  ジュリは、憂鬱な表情で答えた。
「いいえ。ただ、私とあなたの決定的な違いは、私が全身を焼き尽くされた時思
ったのは、自分の絶対的な無意味さだったということです。あなたは、世界のリ
アリティを失った。私の失ったのは、自己のリアリティですよ」
  ジュリは、深々と礼をする。そして私たちは、立ち去った。

  キャロル・レインボウの家は、ローズフラウから離れた、ひどくのどかな場所
にあった。キャロルの家の周りはお花畑であり、色とりどりの鮮やかな花々に囲
まれている。それは、まるで、夢の中のような美しさを持った風景であった。
  艶やかに咲き誇る花々は、どこか現実味を欠いている。それは、麻薬による幻
覚のリアリティに近いものがあった。原色の絵の具で彩られたように、鮮やかな
色の花は、夢の中から出現したように、重みを持たない。
  そして、キャロルの家は、白い砂糖菓子のように瀟洒な作りである。キャロル
は、私たちが来るのを玄関に立って待っていた。
  キャロルは、神経質そうな栗色の瞳をした、愛らしい少女を思わす薔薇色の肌
の美青年である。キャロルは、私たちを躁病者のような微笑みで迎えた。
「セリーヌ夫人の連絡は、受けている。歓迎するよ、ジュリアス王子」
「私はもう、王子でもジュリアスでもないの。ジュリと呼んで下さらない、レイ
ンボウ殿」
  キャロルは、けらけらと笑った。
「わかったよ、ジュリ。まぁ、はいんな。おれの事は、キャロルと呼んでくれよ」
  そうして、キャロルに招かれて入ったその部屋は、麻薬の幻覚もかくやと言わ
んばかりの色彩の渦に覆われていた。まず、目につくのは、壁一面を覆う極彩色
のタペストリである。しかし、よく見るとそれはタペストリでは無かった。蝶で
ある。宝石のような鮮やかな色の羽を持った、蝶たちの死骸。それらは、防腐処
置をされているのだろう。生きて壁に止まっているかのように、見事な保存状態
である。
  その蝶たちは、カレイドスコープを思わす複雑な色彩パターンを表現するよう
に、壁へ張り付けられていた。今にも蝶たちが飛び出し、部屋じゅうを煌めく色
彩の洪水に満たしそうな気がする。
  そして、天井は南国の極彩色の鳥たちの剥製で、埋められていた。南の島の幻
想的な楽園に迷い込んだような気にさせられる、原色の羽を持った鳥たち。南国
の大輪の花々の上を羽ばたく姿そのままに剥製とされ、天井からつるされている。
  さらに、床や壁に無数に散らされた花びらが、眩惑を起こさせるような艶やか
な色彩と、濃厚な甘い香りを放っていた。その花々は、夢の中からこぼれ落ち、
部屋に散らされたようだ。
  私たちは、キャロルに招き入れられ、テーブルにつく。やがて、キャロルは、
深紅の薔薇の花を浮かべたスープを持ってきた。
「さあ、食いたまえ」
  キャロルに進められるが、私とツバキは顔を見合わせ、スープを眺めるばかり
だった。その濃厚な薔薇の香りに眩暈を感じる。とてもその血を落としたように
紅い薔薇を食べる気にはなれないが、ジュリだけは別だったらしい。平然と薔薇
の花びらを口にする。
「ああ、こくがあるわね、紅い薔薇は。黄色いやつは、ちょっと酸味があって苦
手」
  ずいぶんかってな事をいっているが、キャロルは面白そうに頷いている。私は、
ツバキに囁きかけた。
「こういうのは、魔法と何か関係しているのか?」
「全く関係ないな」
  私たちの会話を目に止めたらしい、キャロルが怪訝な顔をして、私たちを見る。
私は思わず、キャロルに言った。
「こういうのは、その、魔法とは関係ないようだな。趣味なのか?」
  キャロルは、くすくすと笑った。
「魔法とは関係ない、ね。いったい、あんたは魔法とはなんだと思っているんだ?」
  私は、思いがけない質問に、教科書的な答えをした。
「知の体系だろ、事物と主観の関係の一つの在り様といえる」
  キャロルは、けたけたと笑いころげた。笑いながらも、口元が神経質そうにひ
きつる。この後、キャロルは魔法についての説明を延々と行うが、この物語と直
接関係ないので、省略させてもらおう。
  丁度キャロルの話が終わったところで、ジュリも薔薇を食べ終えていた。
「なかなかまったりとして、口当たりの爽やかな味の薔薇を育ててるじゃない。
美味しかったわ」
  キャロルは、口元を歪めて微笑みながら、頷く。
「そいつは、どうも」
「それは、それとして、そろそろデザートを出してくれてもよろしいんじゃない
かしら。クイック・デッドのチョコレートソースあえとかを」
  キャロルは、にやにや笑いながら言った。
「あんたら、クイック・デッドとは何か知ってるのか」
  ジュリは夢見る少女のように、無邪気に笑う。
「デルファイにいけるのでしょう、その麻薬で」
  キャロルは、無垢の少女を誘惑する堕天使のように、笑う。立ち上がると、部
屋の奥の扉を開いた。そこには、地下へと続く階段がある。まるで、冥界まで続
くような、昏く深い階段であった。
「下へ降りながら、話そう」
  私たちは、その長い階段を下りながら、キャロルの話を聞いた。
「クイック・デッドは麻薬とは呼べないな。幻覚を見るのは確かなようだが。た
だ、いわゆる麻薬とよばれるものは、脳内に物質が浸透し、作用するものだ。ク
イック・デッドはそうした脳の神経を麻痺させたり、感覚を変容させることによ
り幻覚を見せる麻薬とは根本的に違う。まあ、下につけば、判ることだが」
  そして、我々はえらく深いところにある地下室についた。そこは、祭祀場のよ
うになっており、壁には異形の神々が描かれている。その神々は体の一部が欠け
ているか、余剰な器官があるかどちらかであった。ただ、その顔はみな美しく描
かれており、形の崩れた身体との対比を際だたせる。
  それよりも、目を引くのは床に並べられた棺桶であった。部屋じゅうに無数の
棺桶がおかれている。キャロルは舞台に立った俳優のように、部屋の中心に気取
った歩みで行くと、棺桶の一つを蹴飛ばし蓋をあけた。
  私は呻くように、言った。
「そいつは、死体か?」
  棺桶の中には蒼ざめた、美貌の女性が横たわっている。
「ああ。死体だ。そして、こいつがクイック・デッドを服用した人間の姿だ」
  ふふん、とジュリは鼻で笑った。
「上等じゃない」
  私は、キャロルの所へ行こうとするジュリを押さえて、言った。
「クイック・デッドを服用するということは、死ぬということなのか?」
「ほぼ、死ぬといってもいい」
  ツバキは、傍らの棺桶をあける。蒼ざめた顔をした壮年の紳士が横たわってい
た。ツバキはその死体らしきものを、調べる。
「脈は無い。呼吸も止まっている。死後硬直状態だな」
  私は、ツバキを横目で見ると、キャロルへの質問を続ける。
「ほぼ死ぬということは、死ぬとはいえないという事か」
「今、そちらの魔導師さんが言った通りに、クイック・デッドを飲むと死んだと
いってもいい状態になる。ただ、通常であれば死体は腐敗が始まり、やがて土く
れに還るが、クイック・デッドを服用して死んだ者の死体は決して腐敗せず、お
そらく何千年でも死んだ時そのままの姿だ」
  そして、キャロルはどこが邪悪な笑みを見せる。
「そしてたまに、死体が生き返る事がある。そいつらは、ある一つの都市の事を
語りだす。あらゆる快楽があり、望むものはすべて手に入り、天上世界のように、
美しい都市。生き返った死体たちの話す街は皆、同じ街のことのようだった。い
つかその生き返った死体たちの語る都市に、名がついた。それがデルファイだ」
  ツバキが、ひとりごとのように言った。
「確か、デルファイというのは、伝説の魔導師の名前と同じだったな。王に逆ら
った為、生きながらにして墓に埋葬された男。その男は、最後の魔法により、墓
地に集う死者の魂を集め、死者の王国を作った」





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